第34話 目覚めはメリッサの声とともに
「ご主人様起きてくださ~い。朝ですよ」
目覚めはメリッサの優しい揺すりと、耳心地のいい声で訪れた。
どうやら少しは寝れたようだな。昨日の夜は本当にヤバかった。
一生懸命煩悩をキャンセルしようと思ってたが、途中から眠りについたメリッサがその細身を揺らし、そして柔らかいクッションが俺の背中を撫でまわしてくれた。
しかもそれだけならまだしも、途中から寝言と共に嬌声を上げてくるものだから、もう色々とヤヴぁい。
それでも負けなかった! 俺負けなかった! 偉い!
「おはようメリッサ。起こしてくれてありが、ふぁ!?」
俺はとりあえず上半身を起こし、メリッサに身体を向けたが――ブ、ブラだけ、思わず目がそっちにいってしまい驚きの声を上げてしまう。
「あ!? ご、ごめんなさい! 見苦しい物を――」
そういって慌てた様子で布団で前を隠すメリッサ。
いや見苦しいどころか朝からご馳走様ですって感じだが……そうか昨日の音はドレスを脱いていた音なのか――
「その、折角ご主人様からお借りしているドレスに、皺がついたらいけないと思って……」
顔を伏せ、照れくさそうにしながらも健気な理由を口にするメリッサに、俺はもう朝からダウン寸前だ。
「そ、そうか。いやそこまで大事にして貰えて俺は嬉しいぞ。でもそのままじゃマズイだろうしな、こっちをみてるから着替えてしまってくれ」
俺はくるりとメリッサに背を向けるようにしてそう告げる。
「ご主人様になら見られても良いのですが……」
背中を打つ小さな声。いやまだ奴隷としてそういう気持ちが残ってるのだろう。そうに違いない。
何はともあれ、メリッサの着替えも終わり、俺もマジックバッグを装着した後、お互い顔を洗って食堂に向かう。
一〇〇〇ゴルド払って朝食を摂るが、パンと目玉焼きが出てきたな。
シンプルだが朝にはありがたい。牛乳もあった。
ジャムやバターも用意されていて食事は本当に普通に食べることが出来る。
そして馬車は宿に預けたまま、俺はメリッサとふたりアロエーの森に向かうことにする。
昨日の依頼の件は気になったが、まだ朝も早いしな。
まだ6時だし。門は5時から空いてるらしいがギルドが開くのは何か特別な理由がない限り7時からだ。
まぁそんなわけだから、今日は早めにアロエーの森でナンコウ草を手に入れて、戻ってきてからドワンの依頼に取り掛かろうと思う。
「よぉご両人。こんな早くから依頼かい?」
アロエーの森は西門からの方が近い。
だからそっち側から出ようとしたが、声を掛けてきたのはダイモンだ。
流石に昨日よりもかなり砕けた感じになってるな。
まぁ無視するのも味気ないし返事する。
「あぁ依頼でちょっとアロエーの森までな」
「アロエー? 馬車持ちでスラムにまでわざわざ赴くあんたがかい? あそこはビギナーやアマチュアから抜け出せないような連中が行くところだぞ? あんたそれなりにランクは高いんだろ?」
……これはまた実はビギナーですとは言えない雰囲気だな。
「まぁ知り合いに頼まれてな。ちょっと雑用みたいなもんだ」
「ふ~ん大変なもんだな冒険者ってのも。やっぱ守衛ぐらいが気楽でいいぜ。高い税金もとられねぇし色々お手当もあるしな」
……悪い顔して笑ってんなこいつ。こいつらには銀行とか関係ないのかね?
いや、あったらこんな事してられないか。
「また欲しい情報があったらいつでもいってくれよ。勿論対価はもらうがな」
そんな言葉を身に受けながらも、俺はメリッサと一揖し、門を離れた。
「ご主人様は人心掌握術も心得ておるのですね。凄いと思います」
メリッサが尊敬の眼差しを向けながら言ってくるけどな。
別にそんな大層なことはしてないつもりだが。
まぁいい。とりあえず門が見えなくなった辺りで俺はメリッサの手を取りステップキャンセルで森に向かった。
森まではあっさりたどり着いた。
それにしても流石にこれだけ早ければまだそれほど人は来てないのでは? と思ったが甘かった。
一〇〇人とまでは言わないが、恐らく一つの場所に三〇人ほどは集まって採取してる。
なんかやっぱ皆目がギラギラしてるな。
それにしてもナンコウ草で富を築いたという商人も上手いことやってるもんだ。
これはもはや工場のラインに近いしな。黙ってても毎日冒険者が薬の素材を運んでくれるわけだし。
ドラッガーは作るのに専念できるってわけだ。
まぁそんな事を考えつつ、昨日の群生地に赴く。
で、メリッサと一緒に摘もうとするが。
「おいお前たち!」
「誰に断ってここで採取している!」
「ここは俺達のなわば――」
「はいはいキャンセルキャンセルキャンセルと」
俺が鼻歌交じりにキャンセルすると、三連星は街へと引き返していった。
まぁこれまで勝手な理由で乱獲してきた罰だな。もうこれまでみたいに採らせはしないさ。
「さぁメリッサ。ドワンの依頼の事もあるしさっさと終わらせるとするか」
「はいご主人様」
こうして俺とメリッサは、昨日と同じようにせっせことナンコウ草を摘み始める。
それにしても……正直思い出したくもないが銀行のせいで俺の資金はほぼ底をついている。
言ってて意味が判らないがそうなのだから仕方ない。
一〇〇万ゴルドは戻ってこないし五〇万ゴルドだって期間内には絶望的だ。
……まぁそれでもこれが終わって街に戻ったら除いてみるか。
そう思いながらメリッサの一生懸命な姿に癒やされながら、俺はナンコウ草を摘み続けていたのだが――
「お、おいここ……」
「マジか、本当にあいつらいねぇし」
……俺とメリッサが、ナンコウ草の採取を続けて一時間程経っただろうか。
俺達の周りに他の冒険者が集まりだし、ポカーンとした表情で群生地を眺めている。
そしてその中の一人、見た目好青年の戦士然な男が俺に近づいてきて問いかけてきた。
「なぁ、ここはグリーンスリースターズの連中が縄張りにしてた筈なんだが、あんたらそんなに堂々とナンコウ草を採取していて大丈夫なのか?」
……まいったな。どうやら昨日の様子が見られてたのか、それとも今気がついたのか。
とにかく他の冒険者がここの事を嗅ぎつけてやってきたようだ。
さてどうするか。そのまんま事を伝えるわけにもいかないしな。
「あぁあいつらか。何か勝手な解釈で偉そうにしてたから文句を言って帰らせたんだ。だから問題はない」
とりあえずそんな感じに言っておく。
「帰らしたってあんたがか? 昨日みてたけど、あんた確か登録したてのビギナーだろ?」
別のやつが口を挟む。見られていたのか。なんとも面倒な事だな。
「問題はない。大したこと無い連中だったしな」
「いや大したこと無いって……あいつらのランクはマネジャーだぞ?」
「それでもご主人様にかかれば、あのような無法者達は問題ではありません。何も出来ずすごすご街に戻って行きました」
俺に変わってメリッサが得々と話してみせる。
なんか誇らしげですらあるが、俺が特別と思われるのもな。
「別に俺が凄いわけじゃない。よく考えても見ろ、あいつらは所詮ここのナンコウ草採取だけで上に上がってた連中だ。実際の実力がそこまで高かったわけじゃない。やろうと思えばあんた達にだって同じことが出来たはずさ。それがマネジャーというランクで必要以上に気圧されてしまってたんじゃないか?」
そんなご主人様は! とメリッサが口を出そうとしたが俺が手で制した。
それにあいつらが大したことのない連中なのは確かだろ。
装備品でなんとなく判る。
「あいつらが大したこと無いってマジかよ……」
「でも確かにそういえば、俺あいつらが戦ってるのを見たこと無い気がする……」
「私も言い寄られたから、しつこいって思わずびんたしたらなんか涙目になってたよそういえば」
「てかお前男だろ……」
何か随分とざわついて来たな。てか冒険者集まりすぎだろ――
「……どうやら連中がいないのは事実だし、追い返したというのは本当か――ところで一つ訊きたいんだが、そうなるともう俺達もここで採取しても大丈夫か?」
……やはりそうきたか。
ご主人様――と、メリッサも少し眉を落として呟くが、だがその答えは決まってる。
「あぁ勿論だ。好きに採ればいい。この森もこの場所も誰のものでもないのだからな。俺がとやかく言う筋合いではないさ」
俺の答えを聞いた冒険者たちから歓声が湧いた。
メリッサは小声で、宜しいんですかご主人様? と訊いては来たが、いいんだと返して顎を引く。
するとメリッサは、そうですか、と優しく微笑んでくれた。
メリッサは俺の気持ちを理解してくれたのかもしれない。
ここで俺が、独占! なんて言い出したら連中と同じになっちまうからな。
まぁでも一気に冒険者達が押し寄せてきたな。
これ以上はもう採取は無理だろう。仕方ない。
俺はメリッサと一旦離れ、そのままギルドへと戻ることにした。
「今日は少ないにゃんね」
「まぁちょっと色々あってな。それでいくらになる?」
「全部でピッタリ六キロにゃん。三〇〇〇〇ゴルドにゃん」
……仕方ないか。
「判った。それで依頼の方はどうなった?」
「それは依頼書が出来てるにゃん。カウンターで渡すにゃん」
あぁ頼むよ、と告げ俺はカウンターへ。メリッサと一緒に話を聞き依頼を請ける。
請負依頼
・鉄鉱石と魔鉱石の運搬
条件 冒険者ヒット指定
内容 マウントストーン鉱山から
・鉄鉱石三kg
・土の魔鉱石一kg
・火の魔鉱石一kg
を運んできてください。
代金は依頼者のドランから頼まれたといえば判るようになっています。
報酬 三〇〇〇〇ゴルド
報酬は三万ゴルドか、だが贅沢は言っていられないな。
とはいえこの依頼の後はもっと稼げる依頼も請けるようにしないと――まぁとにかくこの依頼に集中だな。
「無事依頼を終えたら、依頼書に依頼者本人のサインを貰ってくるにゃん」
「あぁ判った。じゃあひとっ走り行ってくる」
「私も頑張りますね!」
メリッサも気合入っているようだがマジックバッグがあるしな。
基本あまりやることはないとおもうが……まぁいい。
とりあえずギルドを出て、ついでに銀行によってみることにする。
番号札だけは貰っておく必要があるからな。
だが、実際確かに凄い人の数だ。席は埋まってるし立って待ってるのもいる。
これ全員一〇日待ってから来てる奴なのか? それにしても……
「この書類はこの一箇所の文字に誤字があります。これでは受け取れません。修正し番号札をとって再度お待ちください」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ! 一箇所だろ? 今直すよ! すぐ直すから!」
「間違いのある書類を受け取ることは出来ません。また再度番号札をお取りになってお待ちください」
「ふ、ふざけるな! そんなのまた一〇日待ちだろう! ただでさえ預金の半分を持って行かれてるんだ! これで下ろせないなんて!」
「規則ですので、改めて番号札をお取りになってお待ちください」
「頼む! 少し間違えただけなんだ! 下ろさせてくれ! せめてこれだけでも下ろしておかないと!」
「規則ですので」
「頼むよお……店もなくなるぅ、娘もまだ小さいんだよぉ、それなのに一家で奴隷は嫌だぁ……」
「規則ですので」
……なんか凄いな。懇願してる方は涙と鼻水でぐしゃぐしゃだし。そして土下座までし始めたけど……受付は事務的な言葉を繰り返すだけだし。あ、遂になんか屈強な男たちに無理やり連れて行かれた。
……正直胸糞悪くなるな。よく見ると、ここに来ている人間で明るい顔のものなんて殆どいない。
みんな生きるか死ぬかの瀬戸際のような、そんな顔をしている。
……俺の金もこいつらに搾取されてると思うとやはり腹ただしい。
こいつらも仕事で仕方なくやってるだけと思おうとしても、あの能面みたいな受付の顔を見るとやはり納得は行かない……だが――
「ご主人様……」
「あぁメリッサ。とにかく番号札をとって依頼の方を急ごう」
現状今のキャンセルだけでは正直厳しい。これが現実だ。
この銀行、顧客から受け取った書類は奥で別の上司のような物に確認を取っている。
何か手はないかと考えてもみるが……まず最初の難関は番号札だ。
お金を下ろすには、番号札を持ち順番を待つ必要がある。
しかもこの番号札は只の札ではなく、銀色のプレートのような形で、番号もペンなどでの記入ではなく全て同じ書体で綺麗に彫られている。
これでは偽装も難しそうだ。
そして受付嬢は札の番号を呼び、呼ばれた者が番号札を持って窓口に向かう。
その時先ず、用紙に下ろしたい金額などを前もって記入してから窓口に提出する必要がある。
先ほどのやり取りを見ている限り、それに不備がある場合書き直しを求められ、その上番号札の取り直しを要求されるようだ。
ここで問題なのは、手に入る番号が呼ばれるまでに一〇日かかるという事だ。
つまり、そもそもやる気はおきないが、強引に並んでいる人をキャンセルで飛ばしたとしても番号があわない。
受付嬢に番号札を渡して、渡したことをキャンセルしてもその場合は、番号札を取ってきてくださいと言われるだけだ。
なのでまず順番を飛ばすというのは不可能。
そしてならばと、一〇日後いざお金を引き下ろすという時に、キャンセルをつかって元の一〇〇万を取り戻せるのではないか? という考えも浮かんだが――厳しいな。
可能性としては受付の女に用紙を渡し、お金を受け取った後、キャンセルし俺にお金を渡していないと思わせるという手。
会話キャンセルを利用した行動キャンセルだが、これはあくまで受付の女が一人で全ての作業をこなしている場合にのみ有効な手だ。
だが、この銀行の場合窓口対応は女だが書類の確認は別の人間が行っている。
しかも確認作業は何人かで分かれていて固定ではない。
これではキャンセルをしても他の職員に気づかれてしまう。
そして、一度でも気づかれれば間違いなく不信感を抱かれる。
そうなったら俺は、この銀行に間違いなくマークされるだろ。
くそ! やはりままならないな! ……とにかく今考えて、どうにか出来る問題でもないのは確かだ。どちらにしても順番が飛ばせない。
仕方ないな……とにかく俺は、一度メリッサと銀行を出てマウントストーン鉱山を目指す。
街を出た後、魔法の地図で位置を念のため確認するが、先の情報の通り、この鉱山はセントラルアーツから北東に進んだ先の、その名の通りマウントストーンと呼ばれる山地に存在する鉱山だ。
確かほぼ岩山ばかりの場所だったな。
ここからだと森よりは遠いが、ステップキャンセルでいけばすぐだろ。
「さていくか」
「はいご主人様」
もうメリッサも判っているようで、ニッコリと微笑んだ後自分から手を差し出してきた。
なんか逆に俺が照れる思いだが、とりあえずその手を取り、目標地点を決めながらキャンセルを繰り返す。
移り変わる景色に、
「やはり凄いですご主人様の魔法は――」
とメリッサが感嘆の声を漏らす。
まぁ自分でも改めて便利だと思うけどな。
とにかくこのままいけば一〇分もあれば――
「キャーーーーーーーー!」
て、唐突に絹を咲いたような悲鳴が聞こえ、俺はキャンセルを中断し動きを止める。
メリッサも、ぎょっとした顔を見せているな。
俺はとりあえず最短ルートを突き進んできた形だから、街道かどうかはあまり気にしておらず、今の位置は草花の満ちた小高い丘の上。
そして悲鳴はなだらかな下り斜面の先、街道より少し外れたところ。
そこにチェインメイルを装備し、バスタードソード系の剣を構える戦士風の男と、リーフグリーン色のローブを纏い木製の杖を持つ女が狼の群れに囲まれていた。
ここからだと断定は出来ないが、只の狼というわけではないかもしれない。
魔物である可能性が高いな。
見たところ戦士系の男の腕からは血が滲んでるのが判る。
女が悲鳴を上げたのはその為だろう。
「ご主人様――」
メリッサが心配そうに眉を落とし細い声を発すが、勿論判ってるさ。あれを見て無視するわけにも行かない。
「助けに行くぞメリッサ!」
「はい! ご主人様!」
果たして銀行は落とせるのか(´・ω・`)




