第32話 風呂場と夕食と褐色女
前半お風呂で主人公のドキドキが止まりません
「結構広いな――」
脱衣所で服を脱ぎ、引き戸を開けて脚を踏み入れ浴室を眺める。
そこには思ったよりもちゃんとした作りで、結構銭湯に近いものも感じる。
全面タイル張りで、シャワーこそないが、蛇口が付いた洗い場がしっかりあるし、木製の椅子も用意されている。
浴槽は一つだが、大人が一〇人ぐらい入っても余裕がありそうなほどは広い。
富士山の絵こそ無いが、壁に、俺のいた世界では獅子が定番だったが、ここには海竜を模した顔が付いており、そこからお湯をバシャバシャ垂れ流していた。
……と、まぁそこまではいいが、桶といっていいのか? まぁとにかくそれに近いもので身体を流したり、タオルでゴシゴシ背中を流してる方々。
全く堅気に見えん。いや異世界で堅気もクソもないが、一癖も二癖もありそうな連中ばかりだ。
てか、スキンヘッドの上部に十字傷って、どうやったらそんなとこに傷がつくんだよ。
てか必死に頭洗いすぎだろ! 伸びないよ! 洗ってもその傷の毛根復活しないよ!
背中洗ってる男も身体中傷だらけだしな。
一体何をどうやったらこんなに傷がつくんだ?
まぁとにかく、そんな連中が洗い場でゴシゴシ自分を磨いてるからちょっと近づきづらい。
厄介事に巻き込まれる事多いしな。仕方ないからそのまま浴槽に向かおうと厳つい連中の間を歩く。
どうやら湯船には、一人浸かってる人がいるみたいだけど――
「おい兄ちゃん!」
て! 来たよ、本当に来たよ。背中のデカイ傷まみれのおっさんが、身体を洗いながら厳つい顔で俺を見上げてきた。
ヤバいな、今は武器もない。こうなったらキャンセルか? しかしタイミングが重要だな。
まぁ武器がないのはこいつも一緒だしな。股間の武器がやたらデカイが……
とにかく舐められないように。
「なんだ? 何かようか?」
俺は負けじと、目に力を込め、低めの声で応対する。
やるっていうなら、俺も覚悟を決めなきゃならないな。
「お前――浴槽に入る前に先ずはここで身体をしっかり流せ。常識だぞ」
「……え? あ、そうですねすみません」
俺は頭を下げて謝った。そしたら、わかればいいのさ、と再び自分の身体を洗い出した――
中々渋くて常識のある人だったよ。見た目で判断してすみません本当。
俺は言われた通り、まず身体を流してから改めて浴槽に向かった。
「ははっ、兄ちゃん言われちまったな」
そして俺が脚から風呂に入ろうとすると、何やら気安く話しかけてくる人物……て!
「モブさんじゃないですか!」
「よぉ、また会ったな」
右手を上げてにこやかに口にし、そしてお湯を両手ですくって顔に浴びせる。
「ふぁ~やっぱ風呂はいいよなぁ。一日の疲れが吹き飛ぶぜ~」
そうですね、と笑いながら肩まで浸かる。
うん確かに気持ちがいい。
久しぶりだしな~思わず、は~、と声が出る。
だけど――
「それにしても、モブさんがこの宿を使ってるとは意外でした」
そうだ。よく考えたらここはシャドウに教えてもらった隠れ家的宿だ。それなのによくこの人知ってたな……モブなのに。
「まぁ俺も知り合いから聞いてな。で、一度泊まってからは俺はずっとここさ。値段も手頃だし気兼ねもないしな」
まぁここは、基本宿泊者の事を詮索してはいけないという暗黙のルールがあるみたいだしな。
「それでヒットだったか。最近の調子はどうだい?」
うん? 俺の最近か、そうだな――
とりあえず俺は話してもそれほど問題の無いことだけを選んでモブに伝える。
「なるほどな。ヒットも色々依頼をこなしているんだな~でもそれだとランクアップは近いんじゃないのかい? ナンコウ草採取だけだとまだかもしれないが、その鉱山のを達成すれば、ノービスには上がれると思うぜ。後はそれから四、五回ノービスの依頼をやればアマチュアにも上がれると思うぞ。まぁ冒険者はそこからが大変なんだけどな」
そうだったのか。それはいいことを聞いたな。このモブは結構役に立つ情報を教えてくれる。
ただ、依頼書の貼りだす時間に関しては、今のところ全く活用していないが。
『あれ~あんた~うちのお仲間なん?』
と、モブと話していたら唐突に女の子の声が男湯に響き渡ってきた。
勿論これは俺のいる浴室絡みの声ではなく――
俺は声の聞こえた方に顔を向ける。それは壁の向こう側。
一枚の境界を堺に隔たれた桃源郷からの響き。
『でも今日はもううちしかいなかったんよ~丁度寂しいと思ってたんよ、お仲間が来てくれて嬉しいわ~』
『え? いや、あの、わ、私は――』
『ほれほれ~女同士遠慮なんてするもんちゃうで~。背中流してあげよか~?』
『え? いえ、私はその、キャッ!』
『おお! これは中々えぇもん持ってまんなぁ、むむむっ! あたしも結構自信あったんけど、この大きさには負けるわ~肌もすべすべやし~』
『え? えぇ! いやそこは、ちょ、ん、だ、らめれすぅうう~~!』
……とりあえず一人が誰かは判らない。うん、判らないが、もう一人はメリッサだ。
間違いなくメリッサだ。
てか……何してんだ一体。
「なんか聞いたことある声が混じってたなぁ」
「…………」
うん、まぁモブとも面識あるしな。
てか! なんで洗い場にいる連中急に身体を洗う動きが遅くなってるんだよ! 顔も紅いし!
『な~、ところであんたもわけありなん?』
『いえ、別にそういうわけでは……』
てか、ここよく響くな! 壁どんだけ薄いんだよ! まぁよく見ると、壁の上は隙間が空いてるしそこから聞こえてるのか――
そしてメリッサと喋ってるのが、誰かは判らないが似非関西人みたいな女との会話はそれからも続いていた。
といっても殆ど知らない女の声でメリッサは戸惑ってるうにも思えたけど――
ただ段々と笑い声も混じってきているような気もした。
まぁとにかく、俺はもうなんか微妙に気恥ずかしくなったので、とっとと身体を洗ってモブに挨拶し、風呂から上がった。
てか、モブ長湯だな――
◇◆◇
風呂から上がった後は暫く廊下でメリッサを待つ。
何せ彼女は、先に出たら待っててくれるといってくれたからな。
それなのに、俺は無視して食堂でというのも薄情な話だろう。
で、それから暫く待つこと一〇分か一五分して――
「あ! ご主人様! もしかしてお待たせしてしまいましたか?」
「いや、俺もいま出たところだ」
メリッサが女湯から上がって来たので、男としては定番の台詞で返す。
ドライヤー等は無いから俺もだが、彼女のブロンドの髪は濡れたまま。
だが、それがまたいい。女性の濡れ髪はどこかそそるものがあるな。
しっかり身体を洗ったのか、芳しい石鹸の臭いも漂ってくる。
それがまた男心を擽る――んだが、後ろにいるのは?
「おお~この男がメリッサちゃんのご主人様なん? ちょっと中々いい男ちゃう?」
……うん、この声間違いなくさっき風呂場で聞こえてきた女の声だな。
◇◆◇
「で、だ。どうしてこの女が、俺の目の前でメリッサと隣り合って座っているんだ?」
俺は思わず怪訝に目を細め、テーブルを挟んだ向こう側に座る女へ視線を送る。
メリッサが風呂から上がったので、俺達はそこから少し進んだ先にある食堂までやってきたのだが、どういうわけかこの女も付いてきたのだ。
メリッサと一緒に風呂から上がってきて、いきなり気安く声を掛けてきた女だから、気になってはいたが、なんの気兼ねもなく一緒の席になりやがったな……
「まぁまぁ、別にえぇやん。食事はひとりでも多いほうが楽しいし~」
右手を顔の前でパタパタ上下させながら言う。仕草が正に似非関西人だな。
しかしこの女、年齢は俺よりは下か? メリッサよりは上っぽいかもしれないが、肌は褐色。
髪は肩まである黒。目は猫みたいな目をしていて元気そう……というよりはうるさいだな。
うん、うるさい女だ。そんな感じだ。
まぁ胸は、風呂でも聞こえたようにそれなりに……て! 何を考えてるんだ俺は!
てかこいつもこいつだ。やけにゆっる~い黒シャツ着ているもんだから、果実が零れ落ちそうな勢いだぞ。恥らいはないのか!
まぁとはいえ、口調がこんな感じだから大してエロくも感じないけどな。
「てかメリッサ。この女と別に知り合いってわけじゃ」
「カラーナや」
俺がメリッサに視線を移動させ、訊こうとすると、隣の女が口を挟んできた。
それに眉を顰めてると。
「カラーナいうんよ、うち。この女とかレディーに失礼やで。しっかり覚えてな~」
……断りもなく、いきなり人のいる席に座るのは失礼ではないのか?
とにかく俺は目でメリッサに、一体何者なんだ? と訴える。
だが彼女もどこか戸惑ってる様子だ。
「いや~メリッサちゃんとは風呂場でばったり会ってな。境遇が似たようなもんやから、意気投合してすっかり仲良くなったんよ。ねぇ~メリッサちゃん」
満面の笑みで尋ねるようにいわれ、は、はい。まぁ、と戸惑ったような返事を返すメリッサ。
どこか強引な気もするがな。ただ名前をメリッサから教えるぐらいには親しくなったという事か。
そして……境遇か。まぁそれはきっとあれなんだろうな。首に巻かれてる首輪からして。
「はぁ、なんかもういい、疲れた。ただおま、じゃなくてカラーナ。こんなところにいていいものなのか? 敢えて言うが主が待ってるんじゃないのかよ?」
首輪が見えてる以上、不干渉もクソもないしな。というより、こいつが勝手に俺達の領域に踏み込んできてるわけだから聞かざるを得ないが。
「あぁ、そんな心配は無用やで~。だってあたし逃亡奴隷やし」
「そうか。でも逃亡奴隷といっても、ハァ!?」
俺は思わず素っ頓狂な声を上げて、その女に驚きの目を向けた――
というわけで怖いお兄さん達にどきどき……す、すみません(汗)
そして更なる新キャラ登場なのです




