第72話 死のマーチ
バイオレンスの気配が、重く、肌にまとわりついてくる。それはまるで、濁った泥に足を取られるような――圧倒的な存在感だった。
「くっ……まだ動ける。スピニッチ、援護頼めるか」
「もちろんだ。私の矢はまだ尽きてはいない!」
スピニッチが矢をつがえ、バイオレンスの膝を狙って放つ。狙いは正確だった。矢は関節を的確に撃ち抜いた――ように見えた、のに。
「……効いてねぇ」
奴は微動だにしない。まるでただの虫でも踏み潰したかのような、無表情な顔。
「ハイパータフネス……かよ。そりゃあ無茶も効くわけだ」
常時発動型のスキル。攻撃そのものを半減し、痛覚すら無効化する特性があると聞いたことがある。こっちの攻撃は、奴の皮膚の表面すら傷つけられない。
それどころか――
「ぐっ……! なんだ、この振動……!?」
奴が一歩、前に足を踏み出すたび、大地が揺れた。ほんのわずかな揺れ。でも、それは確かに足元から全身に響いてくる。
「ヒット、これは……!」
「――【デスマーチ】、だ」
足音が、衝撃波となって拡がる。静かなる破壊。広域衝撃による拘束と威圧。そのスキルが発動している。
そして、バイオレンスは歩みを止めることなく、俺たちに近づいてくる。無表情、無感情。まるで殺戮を目的に作られた兵器のようだ。
「逃げたつもりか?」
低く、くぐもった声が響いた。その瞬間、奴の身体からじわりと赤いオーラが立ち上る。
「来るぞ……強烈なのが!」
俺が叫ぶと同時に、奴が大剣を振りかざした。
「【デスクリムゾン】!」
振り下ろされた剣から赤黒い衝撃波が解き放たれた。それは斬撃というより“呪い”に近い。命そのものを刈り取ろうとする――そんな気配を帯びていた。
「キャンセル――っ!」
咄嗟にスキルキャンセルを放つ。けれど、間に合わない。速度も、威力も、規模も。すべてがこれまでの敵を上回っていた。
赤い波が、迫る。スピニッチの背に――
駄目だ。間に合わない。
「下がれ!」
俺はスピニッチを突き飛ばし、自らが波に身を晒した。
赤い衝撃が俺の身体を裂く。痛み。熱。それでも俺は、立っていた。
その時、脊髄が警鐘を鳴らすような感覚を覚えた。これは何だ? いや感じる、死の気配を。
キャンセラーの力? いや違う。ふとマサムネの顔が思い浮かんだ。
別れる前につけてくれた修行。厳しかったし死ぬ思いだったが、あの修行のおかげで、俺は死に敏感になれたのかもしれない。殺気を感じ取れたというか、とにかく、この状況は不味い――
「ヒット、お前……!」
「まだだ。終わりじゃねぇ……!」
俺には一つ考えがある。絶対に、ここで止めなきゃいけない。
仲間の仇。ジーニの無念。そして、俺の責任として。
キャンセラーの名に懸けて――この力でこいつを倒して見せる。




