第53話 エアと封印
「何や。エリン急にどないしたんや?」
カラーナが目をパチクリさせ疑問の声を上げた。エリンはまるで人が変わったように直立し瞼を半分閉じたような状態で自分はエアだと口にした。
「――古来よりエルフは自然神と関係が深いとされていた。故にもしかしたらエルフのエリン様ならエア様と交信出来るかも知れないと思ったのだがここまでとは――」
族長のグリーンが祈るような仕草を見せた。交信――つまりエリンなら神の声が聞こえるかも知れないと考えていたのか。
だが実際は聞けるどころじゃないな……憑依したみたいになってるし。
「にゃん! エアだかえいやぁだか知らないけどにゃ! エリンを一体どうしたにゃん!」
「おい! 無礼が過ぎるぞ猫耳!」
「猫耳って何にゃん! ニャーコって名前があるにゃん!」
不機嫌そうにクローバがニャーコに言い返す。ニャーコはニャーコで猫が威嚇するような反応を示した。
『エリンと言いましたね。彼女の事は心配しなくても大丈夫です。今は私が一時的にエルフの少女の体を通して皆様に話しかけているだけ。しかしそれも長くは持ちません。交信が終わればエリンも元に戻ります』
どうやらエアにはこちらの声が聞こえているようだな。そしてエリンの体にも悪影響はないようだ。
「エア様――まさか貴方様の声を直接聞ける日が来ようとは……」
『クリーン――そしてこの森を守るノマデスの民よ。私はずっとこの大樹を通して見ていましたよ。本当にこれまで封印を守ってくれてありがとう』
エアがグリーンに答えた。神の降臨を目にし目にうっすらと涙が溜まっている。
「……エリンの体を利用してまで現れたのは挨拶するため?」
「アンアンッ!」
そんな中セイラが真顔で問いかける。このあたりはっきりとした答えを求めるセイラらしい問い方だな。まどろっこしいやり取りはいいから本題に入れと言いたいのだろう。
「せやな。神だか髪だが知らんけど、まさか感謝してますなんて言うためだけにこんな大掛かりなことしてるんちゃうやろ?」
「な、な、お前達一体どれだけ無礼な真似をしたら気が済むのだ!」
クローバがカラーナに向けて声を荒げた。カラーナも神とかそういうことに頓着ないタイプだもんな……
「ま、俺もそっちのネェちゃんの意見に同意だぜ。神のありがたい話を聞いたところで腹も膨れなければ金も手に入らないしな」
「な、な……」
「あはは――」
しまいにはガンダルも耳をほじくりながらこの態度だ。スピニッチが絶句しエメラルドは苦笑いである。
『そちらの皆様の言うとおりですね。では本題に入ります――邪悪なる者が再びこの世界に混沌を呼び起こそうとしております。それはなんとしても阻止しなければなりません』
エアはそう俺たちに伝えてきた。混沌――それはさっき言っていた封印が関係あるのか?
「一体何のことや?」
「エア様。それは先程言っていた封印に関係が?」
カラーナが頭を捻る中、俺がエアに質問する。
『そのとおりです。私が守っている物――それは魔王の魂』
エアが答えた――ここに来て出てきたか。魔族が現れたし可能性は感じていたが魔王――ゲームにおいても強大な存在として示唆されていた。
ただ魔王についてはかつてやっていたゲーム内でも謎が多かった。そして魔王の情報が完全に明かされる前に隕石によって――
とにかく今は情報を聞いておくべきだろう。
「ここの封印が解かれれば魔王が復活するということなのですか?」
『――いえ。魔王の魂は七つの欠片となり封印されました。私が守っているのはその一つ。そしてこの地には更にもう一つ封印が眠っております。魔王の復活には全ての欠片と封印を施し一族の血が必要となるのです』
七つの欠片――それに封印の一族の血か。このあたりはなんともゲーム的だ。
とは言えこの世界はゲームではない。魔王の強さもわからないし、もし復活したら相当厄介なことになるだろう。
「しかしよ。その魔王の欠片ってのが封印されてるとして、さっきまでやってきてた連中はそれが狙いってことか?」
ガンダルが顎を擦りながら質問をぶつけた。エアがエリンの体で顎を引く。
『恐らくそうでしょう。魔族は既に動き出しております。恐らくですが幾つかの封印は既に魔族の手にあると見て良いかと』
「それは穏やかな話じゃないな」
「でもなんでそないなことわかるねん?」
俺に続けてカラーナが訝しげに問う。
『封印を預かりし身として感覚として理解出来るのです。恐らく現在魔族はベガ帝国を中心に活動していると思われます。故にその地に眠る封印は解かれ幾つかの欠片は魔族が手にしていると』
「おいおいベガ帝国とかマジかよ」
「北半分を支配している巨大帝国やな」
「北半分――そんなことになってるのか?」
「にゃん。ヒットはそれも知らなかったにゃん?」
「いや帝国は知っていたがそこまで巨大とはな……」
ゲームにも存在した国だ。好戦的な国というプロフィールだったがプレイヤーの選べる国の一つでもあった。故にゲームでの規模は他の国とそこまで大きく変わらなかった筈だが現実になった世界では随分な巨大国家になってしまっていたようだ。
『とにかく全ての封印が解かれることだけは避けなければ――申し訳ありません。もう時間が来てしまいました。恐らく今回襲ってきた人間たちはこれからもこの封印を狙ってくる筈――ですからどうか、どうか守護をお願い致します……』
「エリン!」
そこまでいい終え、エリンがパタンっと倒れてしまった。すぐにカラーナが駆け寄り俺も後に続いた。
「……眠ってるだけみたい」
「ワオン!」
「にゃん。今ので疲れたのかにゃん?」
「恐らくそうでしょう。何せ神が降臨されたのですから。エメラルドよエリン様を休ませてあげてくれないか?」
「はい。お兄さん」
こうして俺たちは一旦神木から離れノマデスの民に招かれ集落に戻った――
 




