第25話 モール砦攻略戦
「町にもいないとはな……一体どこに隠れているんだか」
「一応あたり一帯を虱潰しに探しているんですが、全くみつかりませんね」
「……チッ、仕方ない。とにかく今夜もまたやってくる可能性がある。体調が治ってない連中は砦の守りにつかせて、大丈夫な連中は外だ。背後に満遍なく振り分けて対処できるようにするんだ」
モール砦は切り立った崖の上に建築された堅牢な砦だ。故に崖側からの侵入は考える必要がない。
問題はその反対側だが、砦に至るまでの間には道と言える道は盗賊たちも利用している一本のみ。
それ以外は緑の生い茂った険阻な山道である。尤も、それであっても盗賊や元山賊のアイリーンには関係がなく、逆にうまいこと身を隠しながら進行する要因になってしまっていた。
だが、それもそう何度も通用するものではない。これまでの事をしっかり教訓とし、この数日間で密かに伐採を進め大事な拠点を確保した。
「相手はたかが数名だ……対策さえとれば問題ない。あの連中はずいぶんと小狡い手でしてやったりと思っているかも知れないが、最後に笑うのは俺様よ」
罠も周囲に散りばめている。例え罠に気がつけたとしても解除している時間は与えない。むしろその為に足を止めてくれたならそれだけでも罠の意味はある。
ダンテは今夜中に決着がつくと踏んでいた。確かに仲間もかなり負傷したが、それでも砦にはまだ五十の戦力がいる。
たかが数名のしかも相手は女だ。ここまでずいぶんと煮え湯を飲まされはしたが、ダンテが本気になれば倒すことなど容易い。
そのため、既にダンテの気持ちはその後の事に傾いていた。今回砦を狙ってきたのはアイリーンを含めて全て女。
しかも話を聞くに全員相当な上物だ。あのアイリーンだって生意気な小娘ではあったが中々旨そうな体はしていた。
勿論最終的には奴隷として売り飛ばすことになるだろうが、その前にどう楽しんでやろうか――
舌なめずりをし、今から興奮状態がさめやらないダンテであったが――
夜の帳が下りる。ダンテは鋸壁の窓から外の様子を眺めていた。
そろそろ何か動きがあるころだろうか? そんな事を考えていた矢先であった。
――ドォオオン! とけたたましい衝撃音が鳴り響く。
何事だ!? と目を白黒させるダンテであったが、そこへ手下の一人が報告に戻ってくる。
「た、大変です! あ、あの連中が攻めて来ました!」
「そんな事は外の様子で判る。それよりなんだこの音は? 相手はたかが数名だろうが!」
ダンテが憤る。先程から音は断続的に続いている。外もかなり騒がしくなってきた。
「そ、それが、どうやら投石機でも攻撃を受けてしまっているようで……」
「な――と、投石機だと?」
ダンテの目が驚きに見開かれた。ありえない話だった。あの人数、しかもこのたった数日間で砦を攻撃できる投石機など用意できるはずがないからだ。
考えられるとしたらどこかで入手したといったところだが、このあたりでそんなものが手に入る町など一つしか考えられない。
だが、あそこは冒険者ギルドが実質支配しているようなものだ。手配書が回ってるアイリーン達がそこで手に入れるなど不可能だろう。
ましてや町の様子は部下に見に行かせたばかりだ。話を聞く限り町に変わりはない。ならば、一体どうやってか?
頭を悩ませるが、そんな事を考えてる暇はない。
「状況はどうなんだ?」
「は、はい。精度がかなり高く――こちらからは認識できない森の中から撃ってきてるようなんですが、そのせいで少々現場も混乱しておりまして……」
「だったらさっさと立て直せ馬鹿野郎! こんなことで戸惑ってたらぶっ殺すぞ!」
はい! と声を上げ部下が出ていく。くそ! と悔しそうに吐き出し、ダンテは急いで部屋に戻った。
「まさかこんなことになるとはな。だけどこっちにはアレがいる。それに、俺にはバンディットキングのジョブがあるんだ! そう簡単にやられるかよ!」
◇◆◇
あのブルーという男の作戦は見事に嵌ってくれた。モール砦を占拠している黒獅子盗賊団が領主と繋がっていて、そうなると当然アドベンフットの冒険者ギルドとも通じていたという事になるわけだが、それが功を奏した形だ。
ここ数日は俺たちは動かさず、敢えて最初に盗賊団に見つかっているアイリーン、カラーナ、ニャーコ、セイラそしてフェンリィだけで夜に行動させたのも良かった。
その際にブルーが注意していたのは、決して深追いはしないこと。メリッサの調合した毒を利用して、ある程度戦力を削ぐ程度でいい。
決してやりすぎてはいけないというのがブルーの作戦だった。
特に恨みの深いアイリーンには徹底するよう釘をさしてたな。それで自分を抑えられないようなら今回の作戦からは外すとまでいい切っていた。
何せ数では相変わらずこっち側が不利だ。いくら盗賊団の頭領であるブルートがいないといっても、それ相応の戦力は残っている。
そんな時に下手な真似をしては逆にピンチを招かねない。恨みが強いからこそ、牙を研ぎ澄まし、ここぞというときまで隠し通すぐらい慎重でないといけないとはブルーの考えだ。
これはアンジェも同意してた。やはり感情的になりすぎてはいい結果は生まれない。
だから、アイリーンもすぐにでもダンテの首を取りたい気持ちを抑え込んで、作戦を徹底させた。
こうすることで当然相手は朝や昼に、彼女たちを探し出そうとする。その過程で色々と作戦も考え出す。
だが、うちにはメリッサがいる。多少離れていてもある程度見晴らしのいい場所を確保できれば、メリッサのスポッターのスキルで相手の動きは筒抜けだ。
特に太陽が昇っている内に確認ができたのは大きい。それにしても、ブルーは盗賊たちが町にやってくることまで見事読んでみせたな。
おかげで俺も一芝居うつことになったけど、来ると判ってなければ流石に危なかったかも知れない。何せ今はギルドに冒険者がいない。
副長を任されていたグレイだって出ていったし、それを知られたら確実にアイリーン達が身を潜めている事も、俺達の計画だってバレていただろう。
だからこそ、敢えて入口付近で俺が容赦なく住人を殺したりして見せしめを行っていると思わせる事で、そこまで調べなくても問題はないだろうと判断させた。
勿論、俺が切ったのも血しぶきも死んだように見えたのも、全部演技だけどな。本当ノリノリでやってくれたんだよなぁ住人も。
それにしてもあの連中も、まさかその町の住人が投石機で攻撃を仕掛けてきてるとは夢にも思わないだろうな。
そう、今まさに連中が新たに用意したそれぞれの拠点に遠距離から投石機で攻撃しているのは町の住人、例のごとく年を感じさせない老兵達だ。
そしてそれをサポートするのがメリッサとブルー。メリッサはスポッターのスキルで正確な位置や射出角度、距離などを割り出し、ブルーの音楽を奏でるスキルで投石機から打ち出された岩の威力を上げる。
更に遠くの仲間にメッセージを届ける。これはつまりメリッサの割り出した情報を伝えることで、別の場所からの投石機での攻撃の精度も上げているわけだ。
こうすることで外に配置された盗賊たちも次々と数を減らしていくことに。混乱も来しているな。
そしてその隙をついて、砦攻略の本隊となる俺たちが攻め込んでいく。
これまでのアイリーン、カラーナ、ニャーコ、メリッサ、フェンリィに俺と、アンジェが加わった形だ。
投石機で機先を制する事ができたのもあって、砦までの道も開かれている。
「……ご主人様、横から――」
「ウォン! グルルルルゥウウ!」
「な、なんで判ったんだ!」
「こっちには優秀な斥候役がいるのだ!」
「そういうことだ!」
前を行くフェンリィが反応を示し、それをセイラが察し、敵の存在をいち早く教えてくれたおかげで余裕で対処できた。
挟撃を仕掛けてきた盗賊たちを俺とアンジェで撃破する。
砦までは二手に分かれて進んでいた。俺とアンジェ、セイラにフェンリィ、もう一組はアイリーン、カラーナ、ニャーコだ。
カラーナは俺と一緒がいいのにと剥れてたんだけど……でもアイリーンがカラーナと離れたがらないからな。
それにこの三人は機動性に長けているという利点がある。だから互いが互いの足を殺すような心配もない。
俺とアンジェも身体能力に自信がないわけじゃないけど、俊敏さではどうしても三人に劣るからな。ステップキャンセルも密度の濃い森の中じゃ活かしきれないし。
そんなわけでこの分かれ方は必然ともいえるわけだが――
「な! てめぇ町にいた!」
深い森を抜け砦が見える位置までやってきた俺達は、例の町に調査にやってきた連中と遭遇した。
「どういうことだ? 何で冒険者のお前らがこんなところに……」
「おいヒット、この連中はこんな事を言っているぞ?」
「あぁ、全く何を当たり前の事を聞いてるんだってとこだな」
「は? 当たり前? 何が当たり前だってんだ!」
「だから――」
俺は連中を睨めつけながらはっきりと言い放つ。
「冒険者が盗賊退治をする、なんて当たり前すぎるだろって事だよ」
◇◆◇
一方その頃、アイリーン達もまた砦近くまで進行していたのだが――
「随分と久しぶりだなぁアイリーン。だけど、ここから先はいかせないぜ」
「――お前、エビーラ!」
そこに立ち塞がったのは、ダンテと同じく土竜山賊団を裏切った男であった――




