第24話 布石
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「ようわからんのやけど、モール砦は今その黒獅子盗賊団が占領してるんやろ? それなのになんで領主のアクネがモール砦を拠点に出来るんや?」
一通り話を聞くと、カラーナが不思議そうにブルーに問う。
「簡単なことですよ。黒獅子盗賊団はアクネ伯爵の飼い犬みたいなものだからです。だからこそ土竜山賊団を欺き砦を奪うことが出来たわけですから」
「……ブルーの言うとおりさ。あたい達はうちの副頭だったダンテの持ってきた情報を頼りに、アクネが懇意にしているという商会の馬車を狙った……けど、それが罠であたい達は――」
悔しそうにアイリーンが肩を震わせた。黒獅子盗賊団に襲われた事や裏切られたという事は話にあったけど、そんな経緯もあったんだな。
「それに、黒獅子盗賊団の頭領だったブルートも、砦に関しては土竜山賊団を裏切ったダンテに一任し、今は西部にあるスチールストーン鉱山の鉱山長を任されています。これも領主と関係がある何よりの証拠になりますね。この町から連れて行かれた男性もそこで強制労働させられているのが現状ですから、この問題も後から解決する必要があるでしょうが」
モール砦にブルートがいない状況を、アイリーンはよく思っていないようだ。
裏切り者はダンテだが、父親の止めを刺したのはブルートな為、仇討ちをしたいという気持ちが強いのだろう。
だが、ブルーは頭領がいない今こそが絶好のチャンスと思っているようだ。
「アイリーンの気持ちも判らなくはないですが、ブルートが身につけているヘブィーボクサーというジョブはかなり厄介な代物なようですし、黒獅子盗賊団の多くが砦に残っている事を考えれば、いないに越したことはありませんね」
ブルーの言っている事も判る。アイリーンの気持ちもわかるが、ブルートはブルートで鉱山の件で動くときなどにまた関わりになってくることだろう。
「ところで砦を落とす手は考えているのか?」
「はい、そうですね。ちょうどいい具合に私達はあの連中に見つかってますからね。それを逆手に――」
そしてブルーの作戦を聞く俺たちであったが――
◇◆◇
「ふ、副頭領大変です! また、夜襲を受けました!」
「くそまたか! これでもう三日目だぞ! 何故捕まえられない!」
「そ、それが奴ら揃いも揃って随分とすばしっこい連中で。それに、時間もまちまちで丁度手薄になったところに現れては、何人かに傷を負わせてすぐに逃げ出すんです。やってられませんよ」
くそ! とダンテが憤る。前の頭の娘であるアイリーンとそれを助けた女たちによってこれで何人もの兵が傷を負わされている。
最初の邂逅でも部下を数人失っているが、その時と違い、この三日間の夜襲では命よりも肉体的な損傷を与えることが目的なようであった。
しかもどうやら得物に厄介な毒が塗布されているようであり、この治療にも追われてしまう。
ポーションや毒を癒やす薬はある程度備蓄があるが、普通の毒消し程度では大きな効果は望めず、例えポーションで傷を癒せても毒の効果は残ってしまう。
「たかが四人と一匹相手になんでザマだ!」
砦の壁を強く殴りつける。黒獅子団の頭領であるブルートはその功績を領主のアクネに認められ今は鉱山長をやっている。実質あの辺りではセブンスに次ぐ権力を手に入れたことになるのだ。
だが鉱山を任された以上、砦には残れない。そこでダンテのジョブが目をかけられ、副頭領として砦を任された。アイリーンの父親だったクロームも屍兵として宛てがわれ待遇は決して悪くない。
にもかかわらずこんなところでいいようにされていては面目が丸つぶれだ。ましてや相手はあのアイリーンである。
敗れるなんてことは絶対にあってはいけない。それどころか今すぐにでも捕まえて頭領に報告するぐらいでなければ出世は望めないだろう。
「あいつらは夜にしか仕掛けてきていない。しかもあの人数だ。太陽が出てからどこかで休みをとっているのは間違いないはずだ。全く足取りは掴めないのか!」
「は、はい。随分と慎重な奴らなのか痕跡がさっぱりで……」
馬鹿な! とダンテは頭を抱える。確かにアイリーンは土竜山賊団の一員としてそれなりの腕があった。
だが、あの女のジョブはマジックボーダーだ。高位職ではあるし弓をもたせれば魔法の付与もあり厄介だが、盗賊系がメインではない。
それなのにここまで完璧な偽装が施せるか? だとしたら考えられるのはアイリーンを助けたという女たちだ。
その中に高位の盗賊がいて、偽装をしているという可能性がある。また、夜襲が始まってからは姿をみせていない妙な吟遊詩人も気になる。
あれも奇妙な歌の使い手だった。間違いなくスキルだろうが、それも関係してるのだろうか?
しかし、だとしてもあの連中はこの三日連続で夜襲を仕掛けてきている。つまり砦からそう遠くない場所を拠点にしているということだ。
当然ダンテは無事だった兵を総動員させ付近を捜索させている。拠点にできそうな場所もほとんど探らせた。
だが、見つからない。いくら高位の盗賊が仲間にいたとしても、歌に何らかの効果があったとしても――
「そこまで全てを隠せるか? いや、それよりも――だ」
「あ、あのどうかしましたか副頭領?」
「……町だ。そういえば、麓のアドベンフッドは調べたか?」
「え? アドベンフッドですか? しかし副頭領だって知ってますよね? あそこは冒険者ギルドが実質支配してるようなもので、当然頭領とも協力関係にあります。あの娘のことだって念の為手配書は回してますし、町に入るのは不可能ですよ」
「そんなことは判ってる。だけど他にも仲間がいるんだ。全く可能性がないというわけじゃないだろ?」
「そ、そうですが、あそこにセブンスもいますから下手に突っつくのも……」
「だが、様子見ぐらいは構わないだろ。暫く町にも顔を出していなかったんだ。お前、ちょっと人数集めて様子を見てこい。手紙の方は俺で書いておくから」
こうして黒獅子盗賊団から何人かが手紙を預かり、町へと下りることとなったわけだが。
「うん? なんだお前たちは?」
「なんだとはご挨拶だな。黒獅子盗賊団のもんだよ。副頭領のダンテ様から町の様子を見てこいって言われてな。ちょっといれてもらっていいかい?」
「今か? 構わないが何かあったのか?」
「あぁ、実は――」
黒獅子盗賊団が町に入ってすぐ出くわした双剣持ちの冒険者に説明する。
「そうか。だけどそんな女は見てないぞ?」
「一応確認だよ。それとグレイにダンテ様から手紙を預かっている」
「それはご苦労さま。だけど今グレイはいないけどな」
「いない? どういうことだ?」
「少々厄介事があったようでな。ビッグ砦に向かったんだ」
「そうなのか……そういえばお前あまり見ない顔だな?」
「あぁ、最近入ったばかりでね。ツーベースというんだ。よろしくな」
「つ、ツーベース? 変わった名前だな。まぁいいや、新入りならじゃあこの手紙は戻り次第渡しておいてくれ」
「判った」
「よっし、それじゃあちょっくら町の中を……」
「も、もういい加減にしてくれ!」
盗賊団連中が町を調べようと動き出した直後、一人の老齢の男性が姿を見せツーベースを怒鳴りつける。
「お前たちのせいでこの町はメチャメチャだ! あんな高い依頼料支払えるわけ無いだろう!」
「あん? だったら娘でもなんでも売ってでも金にかえろや。この町で暮らしていきたいならこの町のルールに従え」
「ぐ、ぐぐ! もう許さん!」
「お、おい……」
爺さんが懐からナイフを取り出し、ツーベースに向かって飛びかかってきた。
だが、双剣を抜いたかと思えばナイフを飛ばし、もう片方の剣で容赦なく胴体を斬りつける。
「ギャァアアアァアアアァアア!」
老人は断末魔の悲鳴を上げ、血しぶきを上げながら地面に倒れていった。勿論既に事切れている。
「チッ、無駄に剣が汚れてしまったぜ」
「……ハハッ、相変わらず容赦がないんだな」
盗賊団の一人が顎を拭いつつ呟く。双剣使いは感情を無くしたような目を向け、当たり前でしょう、と答える。
「こんなの家畜を殺すのと変わりませんよ。あぁでも、家畜のほうが食える分まだマシか。俺たち冒険者のために金も用意できなくなったこんな連中、何の価値もありませんからね」
「……はは、ま、そりゃそうだな」
すると、あ~あ、と一人の青年が現れ、哀れな爺さんの遺体を見て嘆息する。
「本当この町の年寄り連中は無駄なことばかり。全く遺体を片付ける方の身にもなってくれ」
「あぁ、ちょうどよかった。おい、お前」
「……は、はい。なんでしょうか?」
青年はツーベースに声を掛けられると途端に姿勢を正し言葉遣いも変えた。その場で跪き、聞く姿勢を見せる。
「この皆さんが人を探してるそうだ。若い娘らしいんだが」
黒獅子盗賊団が探しているという女たちの特徴を伝える。
「全員いい女だ。俺は特に褐色のいい女が好みでな。ヘヘッ」
そんなどうでもいい情報も織り交ぜて聞いてくる盗賊の男だが。
「も、申し訳ありません、見た覚えがなく。ですが、もしそのような者が町に入ってきたなら非常に目立つかとは思います。それに、素性もわからないような女ならすぐにでも売られてお金に変えられるかと……」
「うん、まぁ確かに、すぐにでも奴隷行きが普通だろうな」
そこまで話を聞いたところで、青年にはもういいよ、と告げ帰らせた。
黒獅子盗賊団は何やら相談しているようだが。
「ま、こんな状況ですが調べますか?」
「……いや、まぁいいだろう。住民もよく調教されてるようだ。逆らうやつには容赦がない。そんな町に隠れる場所があるとも思えないしな」
「そうですか。まぁでも、また何かあったら来てくださいよ。こっちでも出来るだけ情報を集めておきますので」
「あぁ、頼むよ」
「……ところで、褐色の女はそんなにいい女でしたか?」
「そりゃあもう。しかも中々勝ち気っぽくてな。俺はそういう女を無理やりってのが一番興奮すんだよ。ヘヘッ、捕まえたら徹底的にやってやろうと今から楽しみで仕方ないぜ」
「……そうですか。あぁでも、危険な相手なんでしょ? 油断してザックリいかれないよう気をつけてくださいねぇ」
「は、俺達黒獅子盗賊団がそんなドジ踏むかよ」
そんな事を得意げに話しながら、一行は引き上げていったのだった――




