第20話 援軍
町に戻ってきた冒険者二十名に状況を説明し、早速アンジェの捕縛に向かわせる。
グレイはこれで勝ちの目が見えたと思っていた。催眠ガスの効果で連中は碌に動くことも出来ないはずだ。
この状況なら、あとはもうどうとでもなる。当然向かわせた二十人には眠りの耐性がつく装身具を身に着けさせた。
そう、間違いがない、間違いがない筈なのだが――
『グレイ、悪い知らせだ。また町に侵入者が現れた』
「は? なんだそりゃ。おい、それで一体人数はどれぐらいだ!」
『……不明だ』
「不明、だと? 馬鹿な! テメェ最高位のスナイパーだろうが! 何のためにそんな高い櫓に引き込んでやがる!」
『――問題がおきたんだ。褐色の女は一人だけ確認できた。だが、その直後櫓が暗闇に塗りつぶされた。これではここにいては索敵は不可能だ。だが、俺はスペシャルスキルも使用し、万全じゃない』
「て、テメェふざけたこと抜かしやがって! 首にされたいのか!」
『――首? おかしなことを言う。確かに俺もここの援護役を任されたが、セブンスとしての立場はお前と対等なはずだ。一方的に責められる謂れはない』
グレイが喉をつまらせた。それを言われては身もふたもないからだ。
実際グレイもスコープもセブンスに数えられる二人であり立場としては同じ。
ただ、スコープはその能力柄、援護に回る事が多いため、共同作業の一つの形としてグレイの命令を聞き遂行しているに過ぎない。
『相手は馬鹿ではないようだ。もし人数がいたなら、もしくは人数はそうでもなくても相応の使い手がいたなら、用心することだな』
最後にスコープはそれだけ言い残し交信を切った。
糞が、と呟くグレイ。そして、スコープの危惧していた事は現実のものとなり――
◇◆◇
「火印の術・息吹にゃん!」
「ぎゃぁああ! あちぃ! 身体が燃えるーーーー!」
「……フェンリィ」
「ワンッ! ワンッ! ガルルルゥウウウ!」
「ヒッ、こ、こいつただの狼じゃねぇ!」
「あ、脚が、俺の脚がーーーー!」
「姐御と盃を交わしたあたいを舐めるんじゃないよ! サンダーアロー!」
「シビビビビッ、あぁあぁあ、痺れる~~!」
「いやいや! だれが盃交わしたねん!」
「ギッ! こいつも、つぇえぇえ……」
睡眠ガスの手前では、町に突入したカラーナ、セイラ、フェンリィ、ニャーコ、アイリーンの三人が暴れまわり、ヒット達をねらう冒険者たちを蹂躙していた。
作戦は、あの一見変態チックな吟遊詩人であるブルーが考えたものであり、どうやらスコープというセブンスの存在も予め知っていたようである。
その為、先ずはカラーナに侵入させ、バークラーのスペシャルスキルであるダークスペイスを行使することで櫓を闇に包み厄介な監視の目を奪わせた。
これで狙撃の心配は一旦消えた。何よりヒット相手にスペシャルスキルを行使していたのが大きい。それもあって、スコープの動きもかなり制限されていた。
そして、肝心の町に広がった睡眠ガスだが――
「目覚めよ目覚めよ、朝日が伸び、霧は晴れ、種から芽へ、芽から蕾へ、そして今花開く、蝶よ踊れ、スズムシよ歌え、これは目覚めのオーケストラ、一万年眠る巨人さえも起こす、目覚めの調べ――」
ブルーの歌声が、その美声が町中に広がっていく。歌に合わせて、ガスが徐々に薄まり、遂には完全に霧散した。
不思議なことに、彼は一切の楽器も手にしていないというのに、弦楽器や管楽器の調べが奏でられ、その場はまさにオーケストラの如き様相を醸し出していた。
歌に合わせて、眠っていた住人たちも目覚め始める。
その変化に、メリッサの薬による中和の範囲で様子を見ていたヒット達も気がついたようであり、三人がブルーの前に姿を見せる。
◇◆◇
「ボス! 良かった無事やったんやね!」
「あ、あぁ。でも、驚いたなこれは一体?」
「にゃん、この変態さんがやってくれたにゃん」
「へ、変態さん……」
「ふ~ん、変態でも役立つときってあるのね」
「アイリーンまで酷いな~」
「……変態に感謝」
「アンッ! アンッ!」
何だかすっかり変態で浸透してしまったんだな。
まぁ、確かに変態だったかな?
うん、間違いないな。あの時もおっぱいおっぱい連呼していたこいつのことを思い出し、俺は確信した。
ただ、その後、皆の話を聞いてみれば、どうやら俺たちが助かるのに一役買ってるのは、この男のようだ。
そして――
「姐御! お役に立てて何よりです!」
「わ~ったからあまりくっつくなや~も~う!」
うん、俺からマジックバッグを奪った張本人が、何故かカラーナにベッタリになってたよ。
まさか、カラーナがこっちの山賊団の間でも有名だったなんてな。
「テメェら随分とふざけたことをやってくれるじゃねぇか」
すると、俺達の前に遂にグレイが姿を見せた。副長とは言っていたが、ギルドで随分好き勝手な事をしてきた野郎だ。
「これはこれは副長殿、降参にやってきたのかな?」
敢えてニヤケ顔でいやみったらしく応じてみる。
ペッ、とグレイが地面に唾を吐いた。行儀のなってないやつだな。
「全く運のいい連中だ。俺の作戦はほぼ嵌っていた、だが、成功しそうになるとそこにいるような年だけ無駄に取った死に損ないや、わけのわからない援軍がやってくる。だがな、こっから先ツキだけで乗り越えられると思ったら大きな間違いだぜ」
死に損ないと言われ、助けてくれたご高齢の戦士が怒鳴り返している。彼らは確かに年こそかなりとっているが、その気概は若者に負けてないと思う。
ただ、カラーナ達の到着などは確かに丁度いいタイミングだったし、おかげで助かったと言える。
それがなければ、決して楽な戦いではなかっただろう。
「運だけで勝利できるほど、甘くはないと思いますよ。むしろ彼の意志が、その勇気が、運を呼び寄せたと言うべきでは? 今私はハッキリと感じていますよ。きっと英雄とは彼みたいな男を言うのではないかとね」
だけど、そんな俺を擁護し、持ち上げてくれたのはあの変態、もとい、ブルーだった。
グレイは怪訝そうに眉を顰め。
「チッ、おかしな歌を使う吟遊詩人か。揃いも揃ってムカつく連中だ。なら、見せてやるよその決定的な差をな!」
グレイが曲刀を抜き、瞬時に俺に肉薄。
速い!
「灼血炎刃!」
湾曲した剣が、俺の身体を撫でるように切る。しかも、一発に見えて、素早く重ねるように二回切っていた。
俺のクイックキャンセルに近いが、スキルとしてこれをやっているのだろう。
完全にキャンセルするタイミングが遅れた。刻まれた出血が、信じられないことに燃焼し、俺の肉体にまで炎が及ぶ。
「チッ!」
咄嗟に地面を転がり、炎を消して立ち上がる。 すると、グレイがいなくなっていた。
なんだ、一体どこに?
「どこを見てやがる!」
「な!」
思わず声を上げる。完全に見失っていた。グレイの曲刀が俺を捉え、かと思えば瞬時に後ろに回り込まれ背中も切られた。
「どうしたどうした! 手も足も出ないか!」
ステップキャンセルで一旦間合いを離そうと試みる。しかし、スキルを行使した後に、既に目の前に迫っていたグレイにまた切られた。
「ぐぅうう!」
「テメェはあめぇんだよ!」
「ご主人様!」
「ヒット! くっ、いますぐ加勢を……」
「ダメだ! アンはそのまま動くな! 他の皆もアンを見てやってくれ!」
アンジェの肩がビクリと震える。今回狙われているのは彼女だ。こいつが自ら出てきたってことは、俺と戦いながら機会を窺っている可能性が高い。
こいつの動きなら、やろうと思えばアンジェだけつれて逃げ出すぐらい可能かもしれない。
そして、また俺の視界から消える。
これじゃあキャンセルも……。
「ヒットさん、そのグレイは恐らく盗賊系から派生させたジョブ持ちです! だから気配を断つのも感じ取ることにも長けている。でも惑わされてはダメです。本人は結局一人です!」
ブルーの助言が耳に届く。そうか、だからこいつは俺のステップキャンセルも見切ったのか。
アレは確かに移動した事実だけをキャンセルして結果を残すが、姿を見せた瞬間の気配までは消えない。
気配が現れた瞬間を狙われたってわけだ。そして消えたようにみえるのはあいつが瞬時に気配を消せるから。
だけど、本当に消えたわけじゃないし、ましてや瞬間移動しているわけでもない!
「な!?」
グレイの攻撃が空を切る。俺がステップキャンセルを行使し一気に距離を離したからだ。
しかも相手は気配を消して攻撃を仕掛けてきていた。ブルーの言っていた通り、相手は所詮一人だ。
気配を頼りに攻撃を仕掛ける、気配を消して相手の死角から近づく。それぞれ確かに厄介だが、身体が一つなら二つの事を同時にはできない。
攻撃を外した直後に、ステップキャンセルで離れた俺を追いかけるなんて事は不可能なわけだ。
そして、同時に気配を読める事が仇となる事もある。
シュッ、という風切音に反応し、グレイが曲刀を横に振った。やはりコイツは気配に敏感すぎる。
だから、俺の放ったボルトにもすぐに反応してみせた。
だが、それは――刹那、響く轟音と生じる爆発。
俺が使ったのはグレネードボルト。当然剣で切ればすぐに爆発。その上でしっかりクイックキャンセルで回数も稼がせてもらった。
グレイの派手に吹っ飛んでいく姿に、溜飲が下がる思いだったぜ――




