第18話 老兵の援護
「そっちの投石機はもう十度左、そっちはそのままでオッケーだ、それは八度――」
ヒット達の戦いが臨める位置で、更に櫓からは見えない角度に立った老獪が、戦う事を決めた皆に指示を出す。
投石機の数は全部で三機、弩は十挺にも満たない。だが、それでも彼らは戦っている。
その多くは高齢であり、とても現役で戦えるようには思えない。中には腰が曲がった者もいる。
しかし、老体にムチを打ち、ヒット達を助けるために奮闘した。
「弩を持ったやつは二人一組で動け! 弾込めに時間を掛けないよう射手と交換手と交互に動いていくんだ! 同じところには留まるな! 隠れながら常に動き回れよ!」
「はん! 誰にもの言ってんだ!」
「あたいだってまだまだ若いもんには負けないよ!」
だが、彼らの表情には自然と笑みがこぼれていた。怖くないわけがない。
だが、それ以上に自分たちが少しでも役立つということに、役目を担っている事に気持ちが高揚しているのだろう。
「岩や鉄球がなきゃ、油を入れた鍋でもいい! 投石班は手当たり次第打ちまくれ!」
『おうよ!』
所詮は老人、されど老人、一人一人の力は弱くても一致団結することで彼らは戦士となった。
そんな彼らの決死の抵抗は、結果的に彼らを助けることに繋がり――
◇◆◇
「これは、どうなってるんだ?」
正直、状況はかなり悪いと思っていたのだが、突如上から降ってきた岩や鉄球が狙ったのは、ギルドの冒険者共だった。
つまり、これは援軍か?
(ご主人様! 町の人達が、援護してくれてるんですよ!」
「そうだ、弩を持っているのは確かに――」
そう、投石は町の方から山なりに飛んできている。それはつまりそういう事なんだろうが、まさか町の住人が動くなんてな――
「おい、お前! 何ボーッとしてやがる! いいからとっととこっちへ来い! いつまでも敵の狙われるような場所にいてどうすんだ!」
その時、弩を持った老爺が俺に声を掛けてきた。
手には弩を持ち、反撃しようとしてくる冒険者たちに抵抗を続けている。
「だけど、今、俺達が行ったらあんた達まで巻き込むことになるぞ」
「バッキャロー! 今更何言ってやがる! あいつらに喧嘩売ってる時点でとっくに巻き込まれてんだよ! だが、それに乗ってやろうって言ってんだ! いいから急げ! ここを抜ければ家屋がある程度密集している! あんたらのほうが人数少ねぇんだから地形を活かすんだよ!」
地形を、か。確かに見通しの良いこの場所じゃ、人数の多いギルド側の方が圧倒的に有利だ。
「ヒット! ここはもう頼らせてもらおう!」
「そうですご主人様、この援護を無駄には出来ません!」
確かに、アンジェとメリッサの言うとおりだ。このままジリ貧になるより、家屋の並ぶ地形のほうが俺たちには有利に働く。
「よし! 一旦場所を変えるぞ!」
「はい!」
「判った!」
俺達は弩を持った老爺の後をついて広場から路地へと入っていく。
それにあわせて他の弩を持った面々も引き上げたようだ。
それを認めたのか。
「弩連中が逃げたぞ!」
「きっと弾が切れたんだ!」
「負傷した連中は回復に回せ、残ったのであいつらを追うぞ!」
そんな声が耳に届く。ここからは、恐らくだがパーティーで分かれて俺たちを追い込もうとしてくるはずだ。
◇◆◇
「おい、どうなってる? まだ片がつかないのか?」
グレイが少々苛ついた顔で問いかける。
彼は安全な後方に控えて、報告を待っていた。
グレイからすれば相手はたかが三人。いくら最高位がいるといっても、数で優位に立っている状況でそれぞれの役目をしっかり果たし作戦通り動けばもうとっくに制圧していておかしくない話だった。
アンジェや他の冒険者が連れてこられ、目の前に並べられていたはずだ。
小生意気な姫騎士とやらの屈辱に歪んだ表情が堪能できる筈だった。
だが、未だ作戦成功の知らせが届かず、それどころか――
「報告します! 現在、町の住人からの反撃にあい、負傷者が多数出た模様! こちらの回復要員の人数から、負傷者の戦線復帰は多少時間がかかると思われ――」
思わずグレイが立ち上がる。そして、抵抗だと? と目を見開いた。
「あの連中が、俺達に楯突いたというのか? だとしても、ろくな武器などありはしないだろう!」
「それが、どうやら投石機や弩の類を何点か隠し持っていたようで……」
「この、バカ野郎が! 連中が抵抗しないよう武器のたぐいは徹底して押収しろと言っておいた筈だろう!」
大声で怒鳴り散らす。グレイにとっては計算外の事であった。まさかそんな物を隠し持っていたとは――ここにきて全て冒険者に任せていたツケが回ってきたというべきか。
「それで、あの連中はどうした!」
「は、はい。広場から場所を変え、路地の方へ――か、家屋がある程度並んでいるようですが、しかし安心してください。負傷者が出たとは言え、戦力はまだこちらの方が……」
「クッ、馬鹿が……数の有利は見通しが良い広場だからこそ十全に発揮できたのだ。それが建物が並ぶような場所に逃げ込まれては完全には活かせん!」
「そ、それならいっそのこと一旦全員引き上げて、魔法で一帯を燃やし燻り出すという手も――」
「それこそ愚の骨頂だ! あの女は生かして捕らわなければいけないのに、そんな真似が出来るか!」
それに、グレイはかなりの権限をもってはいるが、結局はマスターの代理だ。これは他の町でも一緒だが、流石に町そのものを大きく破壊するような真似は独断では決定できない。
「とにかく、人数を小分けにして追い詰めろ。いいか? 油断はするなよ。特にこういう時は他の住人も何をしてくるかわからないからな」
そう命じた後、すぐにグレイはスコープと連絡を取り、さらなる援護を要請した。
とにかく最低でもアンジェだけでも捕らえなくては、グレイには立つ瀬がない――
◇◆◇
広場を離れ、ある程度進んだところで前を歩く老爺が俺を振り向いた。
「こっからはわしらも分かれる。その前に――」
彼が俺たちに皆で決めたという合図を教えてくれた。
そして――
「わ、私だって! 黙ってみてばかりじゃないわよ!」
「ギャッ! アチ、アチ、アチイィイイィイ、油がーーーー!」
「あんた! 投げるもんよこしな!」
「イヤ、でもお前、冒険者に逆らったら……」
「つべこべ文句言うならあんたを投げるよ!
」
「ひぃいぃ! は、はいこれです!」
「よっし! おら! おら! 今までの恨みだ! くらいな!」
「ぐっ、ババァこら! ふざ、ぶばっ! く、くせぇええ! なんだこれ!」
「牛の糞だよバーーーーカ!」
あちらこちらから戦いの調べが聞こえてくる。どうやら最初は援護してくれていたのは老齢の人々だけだったが、彼らの反骨精神が次々と住人に伝染していっているようだ、とくに女性に……。
「い、いざとなったら女性の方が逞しいって本当だったんだな――」
「ふふっ、当然だな。ヒットもあまり優柔不断がすぎるといずれ手痛いしっぺ返しを食らうぞ」
「そうですね、決める時はご主人様も決めないと」
棘を刺されてしまった。そういえばうちの女性陣もその強い女性の代表みたいなのが揃ってるんだったな。
さて、教えてくれた合図、壁の音で冒険者が今どの辺りにいるか察せられるようになっている。
そして、路地を左に曲がると、案の定、老人達の抵抗にあってる冒険者の姿。
あのお婆ちゃん、鍋をかぶって、箒持ってるだけなのに頑張ってるな――
「くっ、この! いい加減に!」
「ふん! お前らこそさっさとこの町を出て行け!」
「チッ、クソババァが、あんま舐めてるんじゃねぇぞ!」
「ヒッ――」
「おっとそこまでだ」
とは言え、流石に冒険者相手に勝てるほど強いわけじゃない。
だから俺が割って入り、振り下ろされた斧を片方の剣でなぎ払い、もう一方で脇腹から逆肩に掛けて斬り上げた。
断末魔の悲鳴を上げて男は死んだ。老人を労る気持ちを持てないような奴は地獄で後悔するんだな。
「な、テメ」
「どこを見ている?」
「え? あ……」
アンジェの刺突が、片割れの心の臓を貫いていた。パクパクと酸素の不足した金魚のように口を動かし、虚空を掴みながら前のめりに倒れ絶命する。
「く、くそ! 撃て! 撃て!」
すると後方で控えていた弓持ちが俺たちに狙いを定めてくる。
だが、射る直前にキャンセルを掛け、奴らは呆然となった。
そこへメリッサが、調合した薬の入った瓶を投擲。地面で砕け紫色の煙が包み込む。
「げっ、ぐ、ぐるじ――」
そして連中も喉をかきむしりながらバタバタと倒れていき、全身が土色に変色して死んでいった。
「え~とメリッサこれは?」
「はい! 特性の毒です!」
キラキラした目で言われたけど、こんな恐ろしいものも調合できるんだな……流石アルケミスト。
「あと、これも飲んでください!」
「これは?」
「はい、パワードリングで作成した強化薬です」
パワードリング……確かアルケミストのスペシャルスキルで通常ならありえない効果がつくようになるんだったな。
俺とアンジェはありがたくそれを受け取って飲み干した。
その直後だった、メリッサやアンジェの近くで何かが弾け、網に変わって二人に襲いかかる――




