第16話 狙撃のスコープ
彼は、町に鎮座する櫓の中からひたすら状況を観察し続けていた。
セブンスの一人であり、狙撃の名手とも名高い男、それが彼、最高位スナイパーのジョブ持ちであるスコープである。
スナイパーは通常の弓系ジョブと異なり、クロスボウを主力とする。
その為、通常の弓スキルは使用できないが、スナイパーならではの特殊スキルを多く取得していた。
例えばターゲット、これは指定した相手に行使すると、効果範囲内であればどこにいても居場所が特定出来るというものだ。
他にも射程距離が伸びるアップディスタンス、それに空気抵抗を受けてもボルトの勢いがほぼ落ちなくなるノットダウン、このスキルのおかげで弩の欠点であった有効射程距離の低さが補える。
そしてダメージが増加するクリティカルヒットが発生する確率が高まるクリティカルアップや、ボルトの威力を暫く向上させるバーストボルトのスキルによって威力を底上げ。
ワイドアイは視界が強化され、より広くより遠くまで見渡せるようになる。
こういった固有スキルの数々が、彼を必殺のスナイパーと言わしめる要因であるのは間違いないが。
しかし、彼には何より特徴的なスキルが存在し――
『スコープ、聞こえるか?』
ふと、近くに置いてあった、小さな箱型の魔導具より、声が聞こえてくる。
どうやらこれは今この場にいない相手とも声でやり取りできる魔導具のようであり。
「――問題ない」
スコープは一言だけそう答える。にべもない態度だが、魔導具の向こう側の声の主は気にもしてないようだ。
『――今からうちのやつが一人、手紙を届けに行く。それをお前の力であの連中に届けろ。そのときに、ついでにベアとヨンは片付けてくれ。問題ないな?』
「……あぁ、問題ない」
頼んだぞ、と言い残し声は途絶えた。スコープの口数は少ない。
そして間もなくして一人の冒険者が手紙を届けに来た。
スコープは特に中身も確認せず、それを槍に結びつける。
すると、突如槍がその姿を変え、弩用のボルトに変化した。スコープは更にもう一本の槍をボルトに変える。
それを弩の弾倉にセット。この弩は連弩であり、一つの弾倉には二十四発のボルトが込められている。
スコープは用途に合わせて使い分けられるよう弾倉を多数持ち歩いている。
ただ、その場その場で別途用意する場合もあるので、その時のために空の弾倉も所持していた。
弾倉を弩の横にセットし、スコープは照準を使用し狙いを定める。
対象は家屋の壁の向こう側にいるようだが、ターゲットの力があるので問題はなかった。
そして、ボルトを射出。連続で二射。櫓の方が高い位置にあるので、自然とボルトは斜めの軌道で壁に向かい、壁に擬する直前元の槍に戻り、壁を貫いた。
それで、終わりだ。ターゲットの消滅を確認した。ターゲットの効果は対象者が死亡しても消える。
こうして一つの仕事を終えたスコープは再び町の監視に専念する。
グレイからはその日のうちに再度連絡があった。どうやら、ギルドに逆らった冒険者達と一戦交えることになるらしい。
その内、アンジェという名の騎士然とした女だけは傷つける事がないよう念をおされた。
スコープに万が一にもミスはありえない。完璧な仕事が自慢でもある。
合図があるまでは監視を続けていればいいと言われていた。
そのうちに、グレイを含めた冒険者の集団とヒットという男の間で会話があった。グレイは最初から予想していたがやはり投降するつもりはないらしい。
しかし、冒険者側は全部で五十人を超える戦力があるのに対し、ヒットという冒険者は自分を含めて三人しかいない。
これでは普通は勝負にならないと思うが、なるほど、戦闘が始まってスコープは彼らの実力の高さを感じ取った。
例えば例のアンジェなどは騎士でありながら精霊の力を操る。これはおそらくエレメンタルナイトのジョブを有しているのだろう。
グレイは最初に弓で機先を制そうとしたが、アンジェは風の精霊獣を従属させていたようであり、風を操ることで矢を全て跳ね除けてしまった。
矢が通じないと見るや今度は盾持ちの重装戦士隊による制圧に乗り出したようだが、ここではヒットの妙な力がその進攻を妨げていた。
相手の動きを急停止させるなど随分と変わったスキルである。一見するとグレイトダブルセイバーのようでもあるが、そのジョブでは聞いたことのない能力だ。
コレは中々厄介な力とも言えるかもしれないが、グレイは必要であればあっさりと仲間でも切り捨てる。
後ろで控えていた魔法隊に、炎の魔法であるヒュドラムを放たせた。
地上戦に集中しているところを上からの魔法で仕留めようといったところなのだろう。
だが、それは事前の情報にあったメリッサという女が声を上げたことで阻止された。
戦闘には参加してないように思えたがなるほど、後方で控えて戦況を観察し、その内容を伝えるのが彼女の役目なようだ。
しかし、この働きを見ているとやはりただのチェッカーである可能性は低そうである。
それはあのグレイも予想していた事だ。ヒットという男は少なくとも最高位のジョブ持ちであることは確定だが、残り二人も高位持ちと見るべきだろう。
とは言え、副長のグレイもこの人数相手に無様な真似は出来ない。
一旦仕切り直しと思われたが、すぐに第二波を組み立て攻撃命令を下す。
先ずは魔法による広範囲への攻撃。炎系を中心に、雷や土系も織り交ぜていく。
だが、三人は勘がよく、更にメリッサが着弾地点と範囲予測をしっかり割り出しているようであり、そこまでのダメージには繋がっていない。
元々ギルドにはあまり強力な魔法の使い手がいないため、魔法による攻撃には限度がある。
魔法隊の攻撃が一旦終わった後は、先陣を切ったときのように、盾持ちが特攻。ただ、今度は槍隊との間を空けた。
押し込もうとした盾持ちの重装戦士をあの妙な力で止めたところで、今度は槍隊が左右にわかれヒットを狙う。
更に上からは矢の雨、今度はただ射ったのではなく、弓スキルのレインアローによる一斉掃射だ。仲間にも当たりそうだが、重装戦士がカバーに入り盾を掲げることで屋根となった。
間合い的にヒットには矢が当たるが、槍持ちが相打ちになることはまず無い、と思われたが、突如屋根にしていた盾持ちの盾がスッ、と下がった。
見るに槍持ちの攻撃やスキルも何故か何らかの力で阻まれている。
全てではないようだが、あのヒットという男は躱せる分だけは止めず、それ以外のだけ狙ってピンポイントで何らかのスキルで攻撃を中断させたり、盾をおろさせたりしたようだ。
当然だが、矢の雨は槍持ちにも降り注ぐ。槍を持った冒険者は、防具はそこまで頑強ではない。
無数の矢はその身を貫き、ハリネズミのごとく様相だ。
不思議なのはやはりヒットの妙な力だ。当然矢はヒット側にも降り注いだ。あのアンジェでは完全には防ぎきれない事情があったからだ。
だが、飛んでいった矢はヒットに届く前に突如勢いをなくし、地面に落ちてしまった。
おかげでヒットには一本たりとも届いていない。
盾持ちは鎧のお陰で被害が少なかったが、目の前で積み重なる死体が邪魔で一瞬判断が遅れる。
その隙に身軽なヒットが飛び込み、連続で攻撃を繰り出していった。
ヒット側の方のグレイ部隊の戦況は、あまりよくない。ただ、グレイの目的は別にあった。
放たれた矢の比率は実はアンジェ側の方が厚い。アンジェはそっちの対応に追われ、ヒット側の矢を逸らすことができなかった。
矢の対応に追われ、ヒットのフォローにもいけないアンジェ。
そんな彼女の横から、擬態した冒険者の集団が近づいていた。
高位職のハーミット持ちと、盗賊系のジョブ持ちといったメンバーで組まれた秘密工作隊だ。
ハーミットは周囲の仲間も纏めて風景と擬態させるスペシャルスキル、【ワイドミメシス】、が使用可能だ。
これでこっそりと近づき、攫ってしまおうって魂胆なのだろう。
だが、それはメリッサによって看破されてしまった。秘密工作隊が近づいた時に矢の雨が止んだというのもあったが、それだけでここまで完全に見破られるとは思えない。
やはりそれも彼女のスキルによるものなのだろう。何せメリッサは場所まで特定していた。
当然あのアンジェという女がすぐに反撃に移るが、数人やられただけでハーミット含めた何人かはなんとか逃亡。
彼らはそこまで戦闘力が高くないため、見つかったりした場合はすぐに逃げるというのが徹底している。
だが、たかが三人、されど三人といったところか。有象無象の冒険者が数だけ揃えても勝てる相手では無さそうであり――
『スコープ出番だ、準備しろ』
「了解だ」
やはりか、と思いつつ弾倉を入れ替える。この中に入っているのはガラスのケースに入った鋭い針だ。それが何本も詰められている。
スコープのスキルでボルトに変えられるのは一つで一本が決まりだ。だが、こういったケースなどに詰めれば中身が何であろうとケースの方で判断される。
スコープは狙いを定め、ヒットに向けて弩の引き金を引く。
放たれた矢弾が高速でヒットに迫り、途中でガラスのケースに変化。
このスキルの特徴は、ボルトで働いた慣性はもとに戻った後も引き継がれるという事だ。
そしてあのケースはその際に生じる空気抵抗で簡単に割れるように出来ている。スキルによって空気抵抗を減らすことが出来るが、ボルトからもとに戻った瞬間に空気抵抗を生じさせるといった事もスコープには可能だ。
結果、中の無数の針がばら撒かれ――それが見事ターゲットにヒットした。
「……なるほど」
無表情でスコープが呟く。その一発でどうやら彼はあの妙な能力についてある程度理解したようだ――




