第15話 VS冒険者ギルド
「よぉ、ちゃんと逃げずにやってきたようだな」
冒険者ギルドからも少し離れた、町の中心部辺り。そこがギルドから指定された場所だった。
これといった遮蔽物もなく、つまりは身を隠したりといった手が使えない。
条件はお互い一緒だが、数の差が絶対的だ。本当によくもまぁこんなにもと思えるぐらいで、俺達三人に対して相手は五十人以上いる。
ふぅ、エリンもまだ眠ってるから、こっちには魔法の使い手がアンジェしかいないことになる。ナントモ厄介な事だ。
正面には、俺を睨めつけ続ける精悍な男が仁王立ちで待ち構えていた。ふんぞり返ってやたら偉そうな辺り、この男がギルドマスターになるのか?
「あんたがギルドのマスターか?」
聞いたほうが早い。気は抜かず、常に双剣を抜けるようにしながら男に問う。
乱雑に刈られた灰色髪。顎の先端にかぶる程度に髭もはやしている。色が色だけにまるでそこだけ灰を吹き付けたようだ。
目元や顔の表皮には皺が多く、水分の足りて無さそうな顔相をしている。年齢は四十代そこそこといったところだろうか?
背は俺よりもかなり高い。灰色の外套を身にまとい、腰には長大な湾曲した剣。確かファルカタ系の武器がこんな形だったか。素材には拘っているようで、握りの部分が狼の形をしており、豪華な象嵌が施されていた。
とにかく、この男は周りの連中とは纏っている空気が違う。明らかに格上だ。
「俺は副長のグレイだ。マスターは野暮用で町を出ていてな。その間はこの俺が任されていたんだが、全く面倒事を引き起こしてくれたもんだ」
ハンッ、と不機嫌そうに鼻を鳴らす。そして、改めて俺をじっと見据え。
「で? 返事は?」
低い声で、威圧感のこもった響きで、再度詰問してきた。
もう、余計な話は許さないといわんばかりに、周囲の連中も得物に手をかけ始めている。
「……答えなんて最初から決まっている。こんな事で怖気づくぐらいなら、最初から歯向かったりしないさ」
「だろうな。そう言うとは思ってたぜ」
この時点で、決着は戦いでつけることが確定した。正直簡単ではないが、俺も全力を尽くすしか無い。
「副長はそのまま後ろへ」
「あぁ」
グレイと俺との間に、盾持ちが三人割り込んだ。つまり、壁となった。
やはり馬鹿ではない、この場で大将が自ら動くような真似はしてこないし、悠々と後ろに下がれる準備を済ませていた。
「この人数差で、どれぐらい持つかな? 弓隊、撃て!」
更に前衛に盾持ちや重装の戦士を並べた後、後衛の弓使い達が一斉に曲射してくる。
こういった軌道の攻撃は俺からしたら面倒だ。滞空時間があるこの手の攻撃は俺のキャンセルと相性が悪い。
だが、対弓ならこちらにはアンジェがいる。
「頼んだぞウィンガルグ――」
アンジェが声をかけると、肩にのっかっていた風の精霊獣がコクリと頷き、空へと駆けた。
精霊獣は単独で行動しても自分の属性の力を行使出来る。
矢の軌道と規模を見極め、ウィンガルグが宙を疾駆し、その動きに合わせて突風が起こり飛んできた矢が全て押し戻された。
冒険者達から慌てふためく声が聞こえてきた。これで、多少でも崩れてくれれば、と思ったけど甘かった。
グレイとかいう副長がすぐに声を張り上げ、それだけで全員冷静さを取り戻した。
冒険者ギルドそのものは腐っていても、上の連中の腕まで腐っているわけじゃないということか……。
弓による攻撃が止むと今度は盾持ち隊が大盾を正面に構えて突撃してきた。
シールダーか、その系統のジョブ持ちだろう。
だが、このタイプならむしろ俺の出番だ。キャンセルを掛けて、連中の動きを強制的に止めていく。
「ぐわっ! おま急に止まるなよ!」
「知らねぇよ、そんな事言われても知るか!」
そんな争う声も耳に届いてきた。盾持ちの後ろからは、槍持ちが背後から着いてきていた。盾持ちで動きを封じて、間から槍で刺していこうとしたのだろう。
だが、キャンセルで急停止させたことで、奴らの陣形が崩れた。左右に展開された盾持ちと槍持ちの部隊も、次々と急停止させる。
連中の足並みが乱れている内に、俺は右手のファルコンで狙いを定め、グレネードボルトを打ち込んだ。
狙いは盾持ちではなく、その後ろの槍持ちだ。キャンセルで動きが乱れたことで、射線はしっかり確保されている。
盾持ちの背後から絶叫がこだまする。槍持ちは盾持ちほど装甲は厚くないため、ファルコンのボルトは肉体を貫通し、爆発だけを残していく。
勿論、キャンセルで使用したボルトを戻すのも忘れない。盾持ちを狙わなかったのは、盾と装甲で貫通できそうには思えなかったことと、正面から当てても効果が薄いと判断したから。
しかし、背後からの爆発には、多少は効果があったようだ。盾持ちの戦士たちが前のめりに崩れそうになる。
踏みとどまってはいたが、俺はその間にステップキャンセルで距離を詰め、無双闘剣で双剣の威力を底上げした上で、鎧の隙間を狙って双剣を刺す。
うめき声が聞こえ、ぐったりとしたのが肌に伝わってきた。マサムネとの特訓のおかげで俺の剣の腕も格段に上がっている。
鎧の隙間を狙う程度は、息をするぐらいの感覚で出来るようになっていた。
急所を狙った為、当然相手は死んだだろうが、こちらは五十人を相手にしなければいけない。
ここまできたら躊躇ってもいられないだろう。
朽ちた戦士を反対側の相手に思いっきり押し付ける。
むぅ、と唸る声が聞こえたが、そのときには既に俺は跳躍して盾持ち二人を飛び越えていた。
盾を持ち鎧も重厚な二人では、セカンドジョブとしてグレイトダブルセイバーを得た俺の速度にはついてこれない。
構えを取り、ダブルスクリュードライブで目の前の相手、その脇腹を狙う。
溜めが必要な技ではあるが、この双剣技は名人級ながらこういった装甲の厚い相手に役立つ。
双剣に回転を加え、ドリルのように放つ一撃は、貫通力が高く、厚い装甲も貫けてしまう。
当然、この盾持ちにも効果は絶大で、思わず相手も絶叫を上げた。鎧が砕け、ギュルギュルという回転音と共に厚めの内着も切り刻み、脇腹の肉を抉っていく。鮮血が吹き出し、地面にあっという間に血溜まりを残していく。
中の人間が死したことで、盾や鎧はただの重りとかし、支えることも出来ずそのまま斜めに倒れていく。
これで俺の方は残り一人だが、アンジェ達を一瞥すると、そちらも問題なく片付きそうだった。
やはりまだまだ剣術はアンジェの方が俺なんかより遥かに長けていて、精霊獣の力もある。姫騎士として戦っていた分、場馴れもしているから、心配なんていらないのかもしれないが、奴らの狙いはアンジェにあると思われる以上、俺も気が抜けない。
残された一人は、畜生と! 叫びながら盾を持って突進してきた。やぶれかぶれと言ったところか。
俺は迎え撃つ体勢をとるが――
「魔法が迫ってます!」
メリッサの警告。空中から赤い光が迫っていた。
それは、俺に向かってきていた盾持ちすら巻き込んで、あっという間に周辺を爆発で包み込んだ。
これは、炎魔法のヒュドラムか……空中から八つに分裂した炎弾が降り注ぐ攻撃魔法――
だが、メリッサのおかげで助かった。彼女の注意力に救われたな。当然、アンジェも無事だが、あの野郎、仲間をあっさり切り捨てやがったか……。
しかし、非情ではあるが、こちらの注意が戦士にいっている間に上から魔法で追撃は、こちらも気づきにくい分効果が高いとも言えるか。
しかも、あの副長自身は後ろに下がったまま、配下の冒険者を動かすことだけに集中している。
守りもがっちりと固めていて、頭を取ってそれで終わりといえるほど簡単な話では無さそうだ。
この最初の攻防も、とりあえずこちらの出方を見ていると言った感じだったしな……キャンセルアーマーを活かして一気に突っ込むというのも考えたが、相手の力量が見えない内に賭けには出れない。
あれは一度使うと暫く使えないしな……正直、人数的に楽な戦いではないが、なんとか切り崩していかないと――




