第13話 投降命令
「ご主人様!」
「ヒット!」
ベアとヨンを縛り上げた後、冒険者ギルドに残った三人が心配で様子を見に駆け出していた。
だが、それから間もなくしてアンジェとメリッサ、そして彼女の背中に担がれているエリンの姿が確認でき安堵する。
どうやらエリンは眠っているようだが、怪我をしてる様子は感じられない。
「良かった無事だったんだな」
「なんとかな。しかしその様子だとヒットもやはり襲われたのか?」
「あぁ、まぁ歯向かったのは俺ってことになるんだが、どうにも連中のやり方が酷くてな」
「ご主人様の気持ち判ります。私達も突然囲まれて良くわからない理由で襲われましたから」
そんな事だろうと思った。とにかく眠っているエリンのこともあるし、連中は縛って身動き取れなくしているとは言えやはり気になる。
だから俺はアンジェとメリッサに簡単に状況を説明し、あの親子の下へと戻ることにする。
「この度は、本当に、本当にありがとうございました」
「私もお母さんも、あのままだとどうなっていたか、感謝してもしつくせません」
揃って家の中に招かれ、その途端に床に頭がつくほどまで深々と頭を下げられてしまった。
勿論許せないという気持ちもあって歯向かった結果、助けた事になったけど、ここまでされると逆に申し訳ない。
「頭を上げて下さい。そこまでされるような事ではないですし」
「うむ、ヒットは人として当然の事をしたまでだな。私でも同じことをしただろう」
「私はご主人様がご主人様であったことを誇り高く思います」
いや! だからそんな風にあまり持ち上げられると、何かむず痒くなるし!
「それにしてもだ、一体どうなってるんだこの町は? 冒険者ギルドが依頼を強要し、依頼料も最低五万ゴルドだなどとあこぎが過ぎるだろう」
「しかも、領主にも認められているなんて……」
「あぁ、セントラルアーツでもギルマスが悪事に手を染めていたが、ここは下手したらそれ以上に酷いな。あの、以前からこの町はこうだったのですか?」
神妙な顔をしている母娘に尋ねる。ベアとの話を聞いていた限り、どうやら夫は強制労働送りにもされたようだが、それがいったいいつごろからの話だったのやら。
「そうですね……以前から税は高い方でしたが、それでも前領主の頃は今ほど酷いというわけではありませんでした。冒険者ギルドもただ住人から依頼をもらい、冒険者に斡旋するという形態でしかなかったのですが……先代が病死し、その嫡男であるアクネ様が伯爵の座を世襲されてから目に見えて酷くなったのです。冒険者ギルドが、今のような体制に変化したのもそれからでした」
なるほど、やはりアクネという領主が原因か。マントス領のエドもいい噂を聞かないと言っていたし、関わらないほうが懸命とも忠告してくれていたけど、結果的に関わることになってしまったかもしれないな。
「確か、貴方の夫は強制労働で連れて行かれたのだったな。他にもそういったものはいるのだろうか?」
アンジュは、質問に若干の躊躇いが見える。思い出させるのは酷だと思ったのかもしれないが、それでも少しでも情報は知っておいたほうがいい。
「……はい、あの人は最後まで冒険者ギルドのやり方に抗い続け、それに賛同する皆とギルドへ直談判に向かったのです。ですが、その結果……」
「ふん、そんなもの当然だろうが。ギルドの方針に従わない連中は、死ぬまで後悔しつづければいいのさ」
「……目が覚めたのか――」
壁際にて、縄で縛られ身動きできない状態にあるベアを俺は見る。本当はあまり中には入れたくなかったが、目の届く位置においておかなければもしかしてという事もありえる。
とは言え、さっきまで気絶していたのだが、どうやらもう一人のヨンも含めて意識を取り戻したようだな。
「全く、なんという身勝手で不徳義な男達なのだ。よくそれで冒険者が名乗れたものだな?」
「おっと、これはこれは、そこにいる愚かな冒険者のお仲間さんじゃねぇか。まさか無事だとはな」
「チッ、カールのやつ言伝もまともに出来ないのかよ」
「あの男は確かに戻ってきていたぞ。私達もお前らのような悪辣な連中に囲まれたが、全員返り討ちにしたまでのこと」
「なんだと?」
「悪いことは出来ないということです。だけど、あなた方のような人が冒険者だなんて、信じられません」
アンジェの返しに眉をひそめたベアだったが、続くメリッサの訴えには、鼻で笑ってみせた。
「嬢ちゃんが勝手な理想を持つのは勝手だが、こっちは領主公認で動いてんだ。はっきりいえば俺達からすればお前らのほうが異端なんだよ」
「そのとおりだ、伯爵の言うことを聞いている俺達のほうが、この町じゃ正義なんだよ」
全く悪びれることもなく、それどころか俺達のほうが間違っているような言い草だな。
だが、こいつらの言っている事は冒険者として考えるなら明らかにおかしい。
「さっきから領主領主とお前たちは言っているが、本来冒険者ギルドは完全中立、政治不介入な組織であろう。それが一領主に肩入れするなど、それこそギルドとして規則を違反しているであろう」
「彼女の言うとおりだ、それに依頼料を強制的に採取するのだって権利を逸脱しすぎだ。許される事じゃない」
ケッ、とベアは吐き捨てるように言った。
「だからどうした! テメェらが何を言おうと、ここからお前らは逃げられやしないんだよ! 監視役には副長の他にもう一人、セブンスのスコープ様がいる! あの方がいる限り、お前らはぜった――」
ベアの口は、そこで強制的に閉ざされた。それはヨンにしても一緒だった。
メリッサが短く、母娘は長く高い悲鳴を上げた。
ベアとヨンの胸部が貫かれたからだ。鮮血が周囲に飛び散っている。
俺は急いで家の戸を開け、外の様子を確認したが特に怪しい人物はいなかった。逃げたとしたら相当脚が速い人物という事になる。
殺ったのはほぼ間違いなくギルドの連中だろう。仲間さえ容赦なく切り捨てるとはなんて奴らだ。
ただ、疑問点もある。連中はあの壁際にふたりがいると確信して投げたのだろうか? という事だ。
しかし確信してなければこんなにも早く逃げ出せないと思うが……。
とにかく中に戻り戸を閉める。アンジェが目で、どうだったと? と聞いてきたが首を横に振った。
そうか、とつぶやくアンジェの近くでは、娘を抱きしめたまま床に伏せた母親が震えている。伏せさせたのはアンジェの指示かもしれない。
遺体もすっかり見慣れたが、この母娘からすれば気持ちのいいものでもないのだろう。
とにかく、俺も引き続き警戒するが、それにしても――
「これは、槍か?」
アンジェがベアとヨンの遺体を認めながら疑問の声を上げた。
ふたりは座ったまま、固定されて絶命している。格好は若干床側に体重が向いているため、頭が下がり一見するとバランスが悪い。
壁を貫いた得物が、外側まで続いているが、斜め45度に近い角度で壁と胸を貫いている。
ふたりの胸を貫いたのは、アンジェの言うように、柄の長い槍だ。投擲用に特化した物のようでやけに細長く柄と穂の長さは半々ぐらいだろう。
全長であれば二メートル程度か。
しかし、よく考えるとこれも妙だ。この角度だと槍は当然比較的高い位置から落ちてきたことになる。
そうなると放物線を描くように投擲し、ふたりを殺害したと考えられるわけだが、相手はそれで確実に仕留められると思ったのか?
もしくはそれが出来るだけの実力者、強力なスキル持ちという事もありえるか。
どちらにしても油断ならない相手だが……うん?
「これは――」
「なんだそれは、手紙?」
「槍に結び付けられていたのですね……」
メリッサの言うように穂と柄を分けるガードの手前に、細長く折りたたまれた手紙が結ばれていた。
矢文みたいなものか……解いて中身を確認するが。
「なんだこりゃ……」
思わず言葉が漏れた。アンジェも眉をひそめ、メリッサも内容に驚いている。
その内容は、ようは俺達に大人しく投降しろという類のものだ。
勿論それもただでというわけではない。先ず俺に関してはこの責任を取って、この町で一生をギルドのために費やすこと。
それとアンジェと残りのふたりの仲間を大人しく差し出せという事だ。
これは手紙にこのまま書いていて、メリッサとエリンはついでみたいな扱いだ。
失礼な話だし、内容もとてもはいそうですかと呑めるようなものではない。
しかし、問題はそれ以外の罰についてだ。
「今回冒険者ギルドに楯突いた罰として町人全ての連帯責任とし、一人五百万ゴルドの支払いを命じるって本気かよ。一体どこまで腐ってやがるんだ……」




