第11話 ギルドへの反撃
「本当に、最低な連中だな」
「ハハッ、強がるのも結構だが、素直に諦めたほうが身のためってもんだぜ。今ここには俺とあと二人、高位のジョブ持ちがいる。ほかだって全員上位だ。あのヒットとかいうのは高位のダブルセイバーだったらしいが、それで考えればそっちの奴隷のジョブはそれ以下と考えるのが妥当だ。冒険者ですらねぇテメェは騎士の格好こそしてるが、精々上位のソードマンがいいところだろう。餓鬼については論外だ」
アンジェを前にして醜悪な顔をした冒険者たちが得々と語りだした。
かなり自信がありそうだが、この考えは当然ずれている。
アンジェにしても呆れる思いだ。何より、エリンに関してはタガが一度外れたらもう遠慮がない。
その上――
「あのピュートンという男は高位職のバンディットです! それに……」
「何? くそ! チェッカーがいたのかよ!」
次々と冒険者たちのジョブを言い当てていくメリッサに、一人の冒険者が呻くように言った。
しかも、ここに来てメリッサの鑑定速度はかなり上がっている。
それも冒険者にとって脅威に思えたようであり。
「落ち着け! 所詮チェッカー如き、戦闘も出来ない上位職でしかない。鑑定する以外にこれといった事は出来ない筈さ」
ピュートンが居丈高に口を開くと、周囲も、確かに、といった顔を見せ、再び獲物を狙う狼のような雰囲気を醸し出し始める。
かなり単純な連中だ。尤も、アンジェ達からしてみれば精々野犬程度といったところだろうが。
「私の大事な友であり仲間でもあるメリッサを如きとは、随分な言い草だな。それを言うなら貴様とて、強引にぶんどる事しか出来ない程度のバンディットであろう」
あえて高圧的な物言いを見せるアンジェ。
バンディットは特に盗賊業を生業としている者の中に見られるジョブだ。
故にアンジェとしてもやり慣れている部分はある。
「たかが剣士風情が舐めた口聞きやがって。俺はな、こっちだってイケるのさ」
ナイフを取り出し、腹の部分を舌で拭ってみせる。
それを見て不快そうにアンジェは眉をしかめた。
「俺はナイフ術とスキルを組み合わせたコンビネーションに定評があってな、そんじょそこらの盗賊と一緒にされたら困るぜ?」
にやりと口角を吊り上げ、舐め回すようにアンジェを見やり。
「ククッ、テメェは意地でもスペシャルスキルを決めてやる。さぁ! お前ら狩りの時間だ! そっちの鑑定女と幼女には二人ずつ付け! 残った剣士を四人で片付ける! それで後は、お楽しみの時間だ!」
『ヒャッハーーーーーー!』
そこいらの野党のような下品な声を上げ、八人が一斉に動き出す。
アンジェとしては自分に多くついてくるのはありがたがったが、エリンはともかくメリッサが気になり一瞥するも。
「大丈夫です! この程度なら、私でもいけます!」
「あん? この程度だって?」
「おいおい、戦えないチェッカーが、どうやって戦士系の俺達を相手に」
「エイッ!」
挑発じみた笑いを浮かべるランザーの男へ、メリッサは細長い管状の瓶を投げつけた。
は? と目を丸くさせるランザーだったが、それが見事頭に命中し、液体が目にかかった瞬間悲鳴を上げる。
「ぎゃ、ぎゃあああぁああぁああ! 目が、目が~~~~!」
「デスリーパーとババネイロ、それにジョロウギアという三大激辛果実を組み合わせた目潰し薬です! 暫く目は開けられませんよ!」
メリッサが語る。そう、メリッサの基本職はドラッカー。
このジョブは回復薬は勿論だが、こういった相手に危害を加える薬だって調合可能だ。
その上セカンドジョブであるアルケミストの効果もあってより強力な調合が可能となっている。
「くそ! このアマ! 舐めやがって!」
今度は残ったソルジャーの男が偉い形相で挑みかかってくる。
だが、メリッサの顔は落ち着いたものであり。
「な、なんだ? 体がブレて……」
そう、メリッサが着ているのはヒットから拝戴したミラージュドレス。
これを着ていると、敵意あるものにはメリッサの残像がみえるようになる。
相手はこれで完全にメリッサの位置を見失っていた。同じくヒットから受け取っていたウィンドエストックを構え、狼狽する相手へ刺突を繰り出す。
メリッサは確かに直接戦闘向きのジョブではない。だが、護身用の剣術ぐらいは心得ており、しかもヒット達との戦いの中で、その腕も少しずつ磨かれていた。
今や上位ジョブ程度の戦士であれば十分相手出来る程。そして、メリッサの一撃は見事、男の肩や膝を刳り、戦闘不能に追い込んだ。
「俺はこんな餓鬼より、あっちの姉ちゃん達のほうが良かったけどな」
「グヘヘ、お前判ってねぇよ。このエルフで幼女という組み合わせ、最高じゃねぇか。さぁ、大人しくしておけばおじちゃんがかわいがってあげるからねぇ」
エリンを挟み撃ちにしようと企むふたりの冒険者。片方はあまり乗り気ではなさそうだが、もう片方は色んな意味で危なそうなタイプである。
そんなふたりが、エリンを捕まえようと、そして悪戯しようと近づいてくるが。
「やっちゃっていいなの?」
エリンが首を愛らしく傾げ、尋ねるように言った。
は? とふたりの冒険者が怪訝そうに口にするが。
「エリン! 構わないぞ! 思いっきりやってしまえ!」
四人の冒険者と切り結びながらアンジェが叫ぶ。
判ったなのーー! とエリンは両手を上げ、そして、エイッ! と危ない目つきの冒険者を先ず殴りつける。
――ドオォオオオオオォオオオォオオォオオン!
天井が抜けた。
「な、へ? は、はぁあああぁあああぁ?」
「いくなの!」
「え? いや、ちょちょちょちょ、ちょっと待っ……」
「問答無用、なのーーーー!」
二度目の轟音。腹に一発決められた冒険者は、体をくの字に曲げながら、反対側の壁まですっ飛んでいき、その壁も破壊され、その奥の壁も破壊され、遂には外にまで飛び出し地面に突き刺さった。
「悪い子にはお仕置きなの!」
『な、なんだそりゃーーーー!』
残った四人の冒険者が声を揃えた。目玉が飛び出さんばかりに驚いている。
まぁ、当然だろうが。
「よそ見をしている場合か――」
「な! く、くそ! とにかくお前ら! あのエルフの餓鬼はやべぇ! なんとしてでも止めろ!」
エリンに気を取られている隙にアンジェに攻め込まれ、慌てながらも他の三人に命じるピュートンだが。
「で、でも!」
「でもも何もねぇ! とにかくアレを――」
「スピー……スピー……」
「あの幼女、メリッサとかいう女に膝枕されて寝てます……」
「な、なんじゃそりゃーーーー!」
ピュートンが仰天した。あれだけの強さを見せつけたエリンだが、実は燃費が悪いのが欠点である。特に今回は町について休む間もなくこのようなことに巻き込まれたのが大きいのだろう。
「お前、顔の動きの忙しい奴だな――」
「黙れ! テメェらが意味判らねぇんだよ! 餓鬼も鑑定士の女もなんであんなに戦えるんだ畜生!」
「お、落ち着いて下さい。どっちにしろ、あのエルフはもう寝てます」
「あ、あぁ、そうだったな」
一旦アンジェと距離を取り、気持ちを落ち着けるピュートンであり。
「よし! いくら強くても寝てるなら意味がねぇ! 予定通りこいつを倒してから残りをやるぞ! おい!」
「任せておけ、我は炎と縁を結ぼう、その一旦を頒ち、支援の炎を彼の下へ――グボゥ!?」
ピュートンに命じられ、杖持ちの男が詠唱を始めた、が、エレメンタルガーディアンである風の精霊獣が飛び出し、魔法を行使する前に突撃。
相手はそのまま吹っ飛んでいき、壁に激突、気絶した。
「は? な、なんだそれ、は?」
「私の自慢の精霊獣、ウィンガルグだ」
戻ってきたウィンガルグをなでながら、アンジェが答えた。
「せ、精霊獣、だと? なんでたかがソードマンがそんなものを――」
「ふぅ、全く愚かで独りよがりな連中だ。それはお前たちが勝手に決めつけた事であろう? 私のジョブはエレメンタルナイトだ」
「な!? せ、精霊騎士だと! 馬鹿な、あれはそう簡単になれるようなジョブじゃねぇ! 精霊を使いこなす必要がある上、騎士の素質だって必要なんだぞ!」
「別に信じる信じないは自由だが、いい加減決めさせてもらうぞ――」
アンジェが宝剣エッジタンゲにウィンガルグを纏わせ、目にも留まらぬ速さで肉薄、驚愕する冒険者たちに、フッ、と笑みを残し。
「シルフィードダンス――」
まるで風の妖精が戯れているような華麗なステップを踏みつつ、流れるように冒険者共へ剣戟を叩き込んでいった。
『グァアアァアアァアアアァア!』
そして三人まとめて飛沫のように飛び散り、壁と残った天井と、床にそれぞれ叩きつけられ、戦闘不能となった。
「やりましたねアンジェ!」
「あぁ、ただ――ちょっと、やりすぎたな」
「スピー……」
アンジェが部屋を見回しながら苦笑した。天井は勿論、エリンのパワーで壁は貫かれそのまま外まで続く新しい出口が出来てしまった。
おかげでわざわざ鍵のかけられた扉を何とかしなくても抜け出すことが可能そうである。
「とにかく、一旦ここは出たほうが良さそうだ。ヒットの事も心配だしな」
「そ、そうですね! ご主人様を探しましょう! あ、エリンちゃんは私が背負いますので――」
眠ってしまっているエリンを背負い、メリッサが立ち上がる。
そしてアンジェとふたり頷きあい、壁にできた穴から外へ飛び出した――




