第8話 冒険者の営業講座
「なぁベア?」
「うん? なんだヒット?」
ベアに案内されて町を行く。他のふたりは黙ってベアについてきていた。寡黙な方なのだろうか?
とにかく俺は、ずっと気になっていたことをベアに尋ねる。
「この町にきてから思ってはいたんだが……住人はどうして一人も外に出てないんだ?」
そう、ベアと一緒に歩いている間も、一般人の姿を全く見ない。
見えるのは彼らと同じ冒険者の姿だけだ。
「……さぁな。俺にもよくわからないぜ。ただ、ここは冒険者の数も多い町だ。普段はあんな感じで冒険者も普通に歩いているしな。それで遠慮しているのかもしれないぜ。全くやることやってくれれば普通にしてればいいのにな」
やること? 何だろうか、妙にそのフレーズだけが耳に残る。
「よし、先ずはこの家からだな」
そんな事を話している間に、目的の家にたどり着いた。
しかし……こういってなんだが辿り着いた家屋は、なんとも質素で見窄らしい平屋だった。
ここで営業をかけるのか……一体何を依頼してもらうのか見当もつかないな。
「それじゃあカールはここで待っていてくれ」
「あぁ」
やっと一言喋ったな。いや、それ以前に外で待ってる? 中に入れるのか? だとしても外にいるつもりならどうしてわざわざ一緒に?
「邪魔するよ」
「お、おいおい、いきなり入るのかよ」
「いいんだよ鍵なんてどうせついてないんだから」
いや、確かに扉には鍵なんてついてなさそうだけど、だからってノックもなしにドカドカと入ってくのはどうなんだ?
「よ、ようこそいらっしゃいませ」
ズカズカと足を踏み入れるベアとヨン。仕方ないので俺も後ろからついていく。
狭い家だから、冒険者の俺達三人が入るだけで更に狭く感じられるな。
それにしても――ベアが中に入った途端、奥にいた女性二人が慌てたように駆け寄ってきて、かと思えば平伏して出迎えてきた。
一人は三十代前半ぐらいの女性か。化粧っ気はないけど顔は整っていてかなりの美人。
となりで彼女に倣うように頭を下げているのは十代半ばぐらいの少女。
雰囲気的には母娘といったところだろうか?
「よう、まぁそうかしこまるなよ。今日はな、新入りがはいったから、仕事を教えるためにやってきたんだ。なぁ?」
ベアが顔だけを俺に向けてニカッと笑った。
何だろう? かなり異様な雰囲気を感じるし、そもそも新入りと言っても冒険者としてはとっくに活動しているんだが。
「あ、あのヒットと申します。よろしくお願いします」
「は、はい。ど、どうぞよろしくお願い致します」
母親と思われる方の女性が返礼してきたが、声が震えていた。
何かすごく怯えている。
「さて、それじゃあ本題だ」
ベアが言葉を続ける。今までのどこか軽薄な雰囲気から一点、声にドスのようなものが感じられた。
頭を下げている二人の肩もビクリと震えている。
どうなってる? そもそもどうして仕事を貰おうとしているベア達のほうが上からの物言いなんだ?
依頼を出すお客側の方が頭を下げているなんて、どう考えてもおかしいだろ。
「今日の分の依頼、受取りに来たぜ。依頼書の準備は出来ているよな?」
「は、はい、こ、こちらに……」
依頼書の準備が、出来ているか?
この言い方、やはりどこか妙だ。そして女性が一枚の依頼書をベアに手渡すが。
「ふむ、なになに? 依頼内容は買い物代行か。地味な依頼だな。で、依頼料は……五千ゴルドだと?」
買い物代行か……しかし、わざわざ代行を頼むほどの事なのだろうか?
それに、その依頼で五千ゴルドは偉く割りがいいな。
ただ、先入観で判断してはよくないのだろうが、この家、そこまで余裕があるのだろうか?
どうしてもそこが気になって――
「おい――ふざけるなよあんた。これ、桁が一つ間違っているだろ?」
だけど、ベアの発言に俺は耳を疑った。桁が、一つ違う?
「で、ですが……」
「ですがも何もないんだよ。こっちだって慈善事業でやってるんじゃないんだ。あんただって最低の相場は判っているだろう? 依頼は最低五万ゴルド、しかもこれは一人分だ。そっちの嬢ちゃんのもこの中に含むなら更に五万上乗せで十万ゴルドは出してもらわねぇとなぁ」
「ちょ、ちょっと待てベア!」
思わず俺が口を挟む。正直言っている意味がわからない。
「うん? どうしたヒット? 俺は今大事な交渉中だ。どうでもいい話なら……」
「いやいやいや! そうじゃない! そうじゃなくておかしいだろ! だって、買い物代行だろ? 正直この町の規模で考えれれば五千ゴルドでもおつりがくるぐらいの依頼料だと思うぞ。それなのに五万、しかも二人だから十万ゴルドって、ぼったくりが過ぎるだろ!」
俺がそう告げると、ベアとヨンが顔を見合わせ、そして大声で笑いだした。
「ガハハハ! いいねぇその反応初々しくて!」
「全くだ。まぁ、最初は仕方ないんだろうけどな」
ヨンの声もようやく聞けたってとこだが――
「正直何がおかしいのかさっぱりわからないんだが……」
俺は思ったままを口にし、ふたりにぶつけた。すると、ニッ、とベアが胡散臭い笑顔を浮かべ俺の肩をバシバシ叩く。
正直今はそれら一つ一つの行為が非常に不快だ。
「ま、お前は新入りだからな。そう思うのも仕方ねぇさ。だからこそこうやって仕事の仕方を教えるんだ。まぁ、俺はこいつらと話を詰めるから、詳しいことはヨンに聞いてくれ」
「お、おい……」
「おっと、ベアの邪魔はするなよ。とにかく話を聞けって。いいか? この町ではな、絶対的なルールがある。その一つが冒険者に対する住人の協力だ」
「住人の協力だって?」
「そうだ。なにせこの町が平和でいられるのも冒険者ギルドがあってこそ。だから、いまやこの町のトップは冒険者ギルドのマスターだ。それは伯爵様だって認めてるんだぜ?」
伯爵……領主の事か。そういえば、エドが言っていたな。跡目を継いだレクターという領主には気をつけた方がいいと……。
「だから、この町では冒険者以外の住人は全員、毎日最低一人五万ゴルド分の依頼をギルドに提出するのが義務付けられているのさ。これは領主にも認められた冒険者ギルドの権利だ。だからヒット、お前も冒険者なら何も気に病むことなんてない。容赦なく依頼を貰っていけばいいのさ」
一人最低五万ゴルド? どんな依頼でも?
そんな、無茶苦茶だ。どうりで町に冒険者以外の人を一切みないわけだ。
ベアはこの町が冒険者にとっていい町だといっていたが、それは逆に言えば冒険者以外の住民にとって最悪の町という事でしかない。そりゃ住人だって冒険者を恐れて家をでなくなるさ。
「ど、どうか御慈悲を! うちは夫も強制労働に連れて行かれ、とてもそれだけの依頼料を捻出出来る状態ではないのです。毎日食べるのもやっとで、ですから……」
「そうかそうか。なるほどな。それは大変だなぁ。だけどなぁ、そんなことは俺達にとっちゃ関係ないことだ。お前の亭主が強制労働行きになったのも、元はといえば俺達冒険者に楯突いたからだろう? だったらそりゃお前らの旦那が悪いのさ」
「…………」
「だけどな、俺もないところから取るわけにはいかねぇ。だから、ここは一ついい案を提示してやる。その横で震えてる娘。そいつを売れ! その娘なら奴隷としてそれなりに値段がつくだろう? 二十万か、上手く行けば三十万ゴルドぐらいつくかもしれない。そうすれば三日間持つだろ? その三日の間になんとか次の十万ゴルドを稼げばいい。な~に、あんただって中々の器量持ちだ。その身を犠牲にすれば、十万や二十万すぐに稼げる。まぁとにかく、そういうわけだから、おいヨン」
「あぁ――」
ヨンが一旦俺との話を中断し、娘に近づいてその腕を掴んだ。
「い、いや! 嫌だよお母さん!」
「お、お願いです! どうか、どうか娘だけは! あの人も連れて行かれて娘までいなくなったら私は――」
「うるせえ! それが嫌なら、だったらいますぐ耳を揃えて十万ゴルドと依頼書を用意するんだな!」
「そ、それは……」
「ふん、やっぱ無理なんだろうが。おい、そういうわけだ、とっととソレを連れてけ。丁度今日は奴隷商人が立ち寄る日だしな」
「あぁ、そうだ――て……」
俺はヨンの正面に立ち、その腕を掴んだ。
怪訝そうな顔で俺を睨めつけてくる。
「おい、何だこの手は? 放せよ!」
「……お前こそ、その薄汚れた手を娘さんからとっとと放せ」
「……あん? テメェ何を言って――チッ!」
気がついたら、俺は抜いた双剣を振り下ろしていた。
娘を掴んでいた方の腕だ。だが、さすがクンファーだけあって身軽だな。
当たる直前に振りほどいて、飛び退いた。刃は空を切ったが、キャンセルですぐに元の状態に戻しておく。
するとヨンの蹴りが俺の顔面めがけて飛んできた。十字受けでそれを止める。
「テメェ、何のつもりだ?」
「……気に入らないんだよ。冒険者がそんなに偉いか? そんな筈はないだろう。依頼あってのギルドだ、それを無理やりなんて間違ってる」
「あまちゃんが!」
ヨンが構えを取り一歩踏み込んだ。俺も双剣を手に迎え撃つ姿勢。
「待てヨン! ヒット! ストップだ!」
だが、ベアの怒号でヨンの動きが止まった。
俺も視線だけベアに向ける。勿論、好意的なものではないが。
「オッケー、ヒットそこまでだ。お前の気持ちはよくわかった。だけどよく考えてみろ? これはあまりに簡単な選択肢だ」
「選択肢?」
「そうだ、俺も教育係としてここに立ってる。ヒット、お前がこの町でキッチリ冒険者としてやっていけるよう育てないといけない。こんなところで躓いている場合じゃないんだ。俺様はこう見えて寛大だ。だから一度は許そう。そしてよく考えろ」
ベアはガタガタと震える母娘を一瞥し、それから再び俺に向けて語りだす。
「いいか? これはこの町のギルドマスターが決めたルールだ。そして領主であるヴァルチェ卿もお認めになっていることだ。むしろ伯爵様は積極的に住人から依頼を請けて冒険者が少しでも地域に根づくのをお望みだ。だからヒット、この行為に罪悪感なんて持つ必要はないんだよ。決められた金額を用意できなきゃそいつらが悪いんだ。そうだろ? 俺達はただ粛々と冒険者としての任務を全うしておけばいい。そうすれば金は黙ってても手に入る。ランクも上がる。いいこと尽くめだろ?」
ベアはまるでそれが当たり前であるかのように話してくる。
だが、ちょっと考えればこれがどれほど異常な事か判るはずだ。
「積極的に? 強制的にの間違いだろう? 大体支払えない金額を無理やり採取して、冒険者以外の住人に苦しい思いをさせているだけだろう」
「それがどうした? そんな事、俺達がいちいち気に病む必要はないだろ? いざとなれば領主様が考えるべき事だ。とにかく俺達は毎日町の住人から依頼を集め、それを全うして金を稼げばいい。そうだろ? それの何が不満なんだ?」
「不満だらけだな。俺は冒険者として、人の不幸を糧に金を稼ごうだなんて思えない。冒険者は人々のためになるべき存在の筈だろ? 大切にすべきは依頼者だ、それを蔑ろにするなんてありえない」
「オッケーオッケー、これで二度目だ。いいか? 二度は許してやる。だが三度目はなしだ。これで選択肢を間違えれば、ヒット、お前は必ず後悔する事になる。その上で最後の確認だ、ヒット、これまでの言動を反省し、しっかりとギルドの方針に従って行動する事を誓うな?」
「断る。二度も三度もない、こんなやり方願い下げだ。それとなベア、俺は最初あった時からアンタのことが好かなかった。その理由がようやくわかったよ。お前、全身から悪党って匂いが滲み出てんだよ」
「そうか、よくわかったヒット、いい度胸だ」
そして、ベアも斧を背中から抜き、構えを取る。
俺も当然だが、もう後戻りはきかないな――




