第6話 麓の町
ふた手に分かれた後、俺達は予定通り山を下り町を探した。
途中で川を見つけたのでそれにそって向かい、見晴らしの良いところからメリッサに麓を確認してもらう。
「ご主人様、このまま下っていけば町があるようですね」
「そうか、流石メリッサ見つけるのが早い」
「ほ、褒めて頂きありがとうございますご主人様!」
メリッサが随分と嬉しそうに声を上げた。身体の上下の動きに合わせて大きな果実も揺れ動く。
なんていい眺めなんだ……。
「おいヒット、鼻の下が伸びてるぞ」
「へ?」
「いやらしいなの! エッチぃなの!」
「い、いや違う! と、とにかく町が見つかったし早く向かおう!」
ジト目のアンジェから逃れるように、話を反らした。
やれやれと嘆息するアンジェだが。
「一応、カラーナ達が追いついたときの為にここにも目印を残しておこう。察しが良いからこれで気づくだろう」
アンジェは携帯用のナイフで近くの木に目印を刻んだ。ふた手に分かれてからは定期的に目印を残している。
カラーナは勿論だが、セイラやフェンリィもいるしな。
ニャーコは……一応シノビのジョブ持ちだけどアイツ何か抜けてるしな……。
「随分と閑散としてるな……」
町に入り最初に漏れた言葉がこれだった。町は周りを木製の柵で囲まれており、開かれた入り口には門番らしきものもいなかった。
ただ、町の四角に櫓が立てられていたのが唯一気になる点か。櫓は外からは中が見えず、小窓から望遠鏡のようなものだけが飛び出ていた。
他にも小さな窓が何箇所が抉られている。敵対者に応戦する為のものだとしたらあそこから弓で狙ってくるのかもしれない。
それにしても、本当に田舎の町といった雰囲気。山の麓は灌木が散在し、草原の広がる盆地であり、町は草地をそのまま利用しているようだ。
一応道になるところは草が刈られた後、地面を踏み鳴らしているようだがその程度である。
まぁ、それはそれで趣があると言えなくもないかもだけど――それにしても寂しい町だ。
「……随分と静かな町だな」
「誰も、いませんね……」
「きっと皆お留守なの!」
エリンがそんな事を言うが、流石に全員と言うのもな。規模は村をちょっと大きくした程度かなと思うし、比較的こぢんまりとした家屋が多いけどな。
それでも誰一人外に出てないのは、些か不自然ではないだろうか?
「おう、見慣れない顔だな」
と、そんな事を思っていたら、横から声が掛かった。
振り向くと、髭面の熊みたいなおっさんが近づいてくる。
金属の輪を組み合わせた鎧、輪の大きさから見てリングメイルだな。それを装着し、その上から熊の毛皮を羽織っていた。頭に丁度熊の顔が被さっている。食われてるみたいだ。
そして背中には長めの柄が見えていた。
それにしても歩くたびにガチャガチャと煩いな。チェインメイルみたいに細かく鎖を編み上げたものではないから、仕方ないかもだけど、相手に気づかれず近づくのは難しそうだ。
「我々は今しがたこの町を訪れたばかりだからな」
応対は先ずアンジェがしてくれた。そんな彼女を、ほう、と値踏みするように見てくる。
何かあまりいい気分はしないな。
「それはそれは、ようこそアドベンフットへ。それにしてもあんた随分と立派な装備だな。まるで騎士だぜ」
「う……いや、憧れみたいなものでは」
アンジェがごまかした。一応王国の紋章は消してあるが、雰囲気がもうそれっぽいからなアンジェは。
「なるほどな。で、そっちのあんたも中々の装備だ。そっちのネェちゃんは何かエロいな。その指輪からして、奴隷か? 夜専門のお供ってところか、羨ましいなおい!」
ガハハハ、とか笑いだしたが、正直最低だ。ギャグにもなってない。言われたメリッサも明らかに不機嫌な様子。
「彼女が奴隷であることを否定しないが、妙な勘ぐりはやめてほしいな。俺も彼女も冒険者として登録している、そして全員俺の大切な仲間だ」
「何! あんたやっぱ冒険者だったか!」
失礼なおっさんにしっかりと伝えると、目を見開いて食いついてきた。
なんだ? 冒険者であることがそんなに珍しかったか?
「いやはや、それはそれは、あんたらは運がいい。この町は冒険者にとってはいい町だぜ。で、そっちの見た目騎士っぽい、いかしたネェちゃんと、その子供、は違うか? エルフでも餓鬼は餓鬼だしな。とにかく、あんたも冒険者なのか?」
言葉の端々に失礼が滲み出ている野郎だが、この様子だとこいつも冒険者っぽいな。
「私は、冒険者とも違うが、縁あってな、ここにいる――」
そこで言い淀み、俺をチラリと見たが、頷いて返した。名前を言っていいか? という意味なのだろうけど、冒険者として登録している以上ごまかしても仕方ない。
「え~と、ヒットと旅を共にし協力しているんだ」
「つまり戦えるって事か? なら冒険者になっちまえばいいだろう?」
「その辺は彼女も色々あるんだよ。それよりもどうして冒険者にとっていい町なんだ?」
「おう! そうだな。それなら一緒に来てくれ。この町の冒険者ギルドまで案内するぜ。そこで話を聞いてくれや」
なんだかよくわからないが、とにかく俺達はこの熊みたいな男に連れられてギルドに向かう。
「あぁそうだ、俺の名前はベアだ。これでもエキスパートランクの冒険者だぜ。わかんないことがあったら聞いてくれよ」
別に大して興味もなかったが名前を教えてくれた。ベアとかわりとまんまだな。とりあえず改めてヒットという名前を伝えてよろしくとだけ返した。
それにしてもエキスパートか。8段階あるランクの上から4番目で、丁度真ん中のマネジャーランクである俺の一つ上だな。
「なぁあんた、今のジョブは何なんだ?」
ジョブか……ハイキャンセラーであることは伏せておきたいが、グレイトダブルセイバーもな……ジョブをギルドにいちいち報告する義務はないはずだし。
「俺はダブルセイバーだ」
「おお! 双剣を持ってるからそうかもなと思ったが高位職とはやるな。まぁ俺も高位のバーバリアンだけどな!」
とりあえず下のクラスで告げておく。
それにしてもこの男はバーバリアンか。シャウト系のスキルが多いジョブだな。
得意武器が斧なジョブでもある。そういえば背中に見えていた柄の正体は長柄の斧だったな。
片刃の斧で、形状が波形をしている。
「さぁついたぞ。ここが自慢の冒険者ギルドだ!」
「え? マジか……」
思わず目を見張った。ベアに連れてこられた冒険者ギルドの建物は正直言って……かなり豪奢だった。
いや、この町の規模で行ったらあまりに場違い過ぎるというか……ルネサンスやバロックを思わせる芸術的な作りで、ちょっとした城のようですらある。
入口前は何故かここだけ石畳が伸びていて、柱が露出した屋根が覆っていた。
そんな妙に荘厳な冒険者ギルドにいよいよ脚を踏み入れることになるわけだが、さて、一体どうなってるんだか――




