第4話 盗むもの、追う者、忍び寄る者
「ボスのアホーーーー! ほんま、なんでバッグ盗られるねん! どうするねんほんま!」
「め、面目ないと思ってるし、返す言葉もない……」
手をブンブン振り回してプンプン怒り出したカラーナに、平謝りの俺。
いや、カラーナも何かめちゃめちゃ怒ってるというよりは、全く仕方ないな、といった、駄目な子を叱るみたいな雰囲気で、だけどそれがまた個人的にキツイ。
大体怒ってる姿も可愛いって何だよ……逆に張り合いがない。
「ふぅ、しかしこればかりはヒットばかりを責めてもいられないな。私達だって近くにいながら、誰ひとりとして気が付かなかったのだから」
「そ、そうですよ。と、とにかく今はこれからどうするか考える事が大事だと思います」
「にゃんにゃん、アンジェもメリッサもヒットのことになると甘いにゃん」
「そ、それは、その――」
「べ、別にヒットだからどうという事ではない! これはヒット一人の責任ではないと言っているだけだ!」
「……エリンお腹減ったなの――」
「な!? エリン大丈夫か! うぅ、済まない俺が不甲斐ないばっかりに……」
「……ご主人様はエリンのことになると甘い」
「アンっ!」
「全くや、このまんまやとボスに子供が出来た時大変やな~」
『…………』
いや! なんでいきなり沈黙するんだよ! カラーナも自分で言っておいて顔赤くするなよ!
「ふぅ、まぁしゃぁないな。こうなったらうちがささっと逃げた連中を探してくるわ。ボス達は先に山をおりとき」
「え? いやいや流石に危険だろ!」
カラーナからの提案。そして早速動き出そうとしていたが俺が止めた。
何せこの辺りの地理関係もよく判っていないのに危険すぎるだろ。
「ほんまボスは心配性やなぁ。あ、それともうちと離れるの寂しいん? ボスってばかわえぇなぁ」
流し目を俺に向けつつ、誂うような発言。だけど、ごまかされないしやはり単独行動は危険すぎる。
「寂しいというか、心配なんだよ。カラーナに何かあったら後悔してもしきれない」
「……ボス――」
俺とカラーナの視線が重なり合う。何かカラーナの瞳もちょっと濡れてきてるような……。
「コホンっ! 浸ってるところ悪いが、とにかく方針は早めに決めたほうがいいと思うぞ」
するとアンジェが咳払いし、俺も、ハッ、と現実に引き戻される。
な、なんか妙な雰囲気にのまれるところだった……。
「全くお前達は……とにかく、カラーナが一人でいくというのは私も反対だ。何かあってからでは遅いからな」
「……それなら、私もついていく」
え? と全員の視線がメイド姿の彼女に注がれる。発言したのはセイラだ。
「……追跡ならフェンリィも得意。一人より一緒に行ったほうが安心」
「ウォン! ウォン!」
フェンリィが任せておけと言わんばかりに二回吠える。
確かにフェンリィは鼻も利くしな……。
「でも、それならもう俺たち全員で追跡に回ったほうが良くないか?」
「ボス、それは無理やで。流石に馬車で追跡は無茶やねん。大体こういうのはあまり人数多くても意味ないねん」
確かにそう言われてみればそのとおりだ。追跡するのにぞろぞろと出向いても気づかれる可能性の方が高くなるし、馬車はこういった追跡には向かない。
「にゃん、それならふた手に分かれるというのはどうかにゃん? ニャーコも探しものが得意にゃん、カラーナやセイラについていくにゃん」
……なるほど、確かにカラーナ一人で行かせるよりは安心になるな。
三人共十分に強いし、頼りがいのある仲間だ。それにニャーコとカラーナはジョブの特徴として気配を消すことや追跡が得意だ。セイラもメイドのジョブの効果で万能性が高い上に、フェンリィと組むことで効率はかなり良くなる事だろう。
盗まれた物は諦めるには惜しすぎるしな。
「……判ったよ。それならここからは一旦ふた手に分かれて、俺とアンジェ、メリッサ、エリンは馬車にのって山を下り、町か村を探す」
「オッケーやボス、うちとセイラにフェンリィ、そんでニャーコはうちらの荷物を盗んだ連中を追うねん。絶対にみつけたるさかい安心せいや」
「あぁ、頼りにはしてる。でも、同時に心配もしているから皆危ないと思ったら深追いせずに山を下りてきれくれ。とにかく自分たちの身を一番にな」
全員が納得を示しこうして方針は決まった。俺達は引き続き馬車に乗って麓を目指した。こういった山は麓に村や町、最低限宿場程度は存在している可能性が高い。
どちらにせよ、何かあったら麓で落ち合うよう約束はしてある。
「ご主人様、町が見えてきました!」
「あぁ、やっぱり予想通りあったな」
「うむ、これで落ち合う場所も問題ないな」
「町なの~お腹ベコぺこなの~」
御者をしていたメリッサが指をさし、俺も町の場所を確認した。
アンジェの言うようにこれでカラーナ、セイラ、フェンリィ、ニャーコと落ち合う場所もわかりやすくなったな。
そしてエリンは中々にマイペースだ。とは言え気持ちも判る。
ただな、肝心の手持ちが心許ない。一応アンジェが路銀を持っていてくれたから、それで賄ってくれると言ってはくれているのだけどすごく情けない気分で一杯だ。
こうなったら、久しぶりにギルドで稼ぐしかないかな。冒険者ギルドがあるといいんだけど……。
◇◆◇
「悪い話ではないと思うがな?」
「……いや、しかし――」
ヴァルチェ伯爵は戸惑っていた。何故なら本来警備が厳しく、屈強な私兵によって守られている筈のこの城に、ソレは突然姿を見せたからに他ならず。
すぐに近衛兵を呼んだヴァルチェであったが、しかし誰ひとりとして駆けつけることもなく、目の前の存在は不気味に笑いながら。
「無駄だよ。殺してはいないが全員少々眠ってもらっている。誰も来やしない」
そんな事を平然といいのけたのである。恐怖がその感情を支配した、一体何が目的か? と、金か? まさか私の命か? と声を震わせながら問いもした。
「落ち着くことだ。別に取って食おうというわけではない。ただ、お前に一つ取引を持ってきただけだ。しかもお前にとって決して悪くない話をな」
だが、それの持ちかけてきた話はヴァルチェにとっては確かに意外なものであった。
だが、彼にはそれでも戸惑いがあり、改めて返事を待つソレに難色を示しつつ口を開いた。
「伯爵である私が、魔族と取り引きなど――」
その言葉に、彼は、ククッ、薄気味悪い笑みをこぼした。
彼は黒い外套に身を包まれていた。だが、袖から伸びる手は青白く、それは健康面によるものなどではなく元の肌からしてそうだというのはヴァルチェにもすぐに理解できた。
頭から被せたフードの奥では赤く光る眼が彼を捉え続けている。しかしそれは朱色の光を灯し続けているにも関わらず、底冷えのするような冷たさを感じさせた。
どちらにせよ、その特徴から彼が普通の人間でないことは明確であり、そして肌の特徴はヴァルチェが過去に聞いた魔族の特徴と一致していた。
その上で、警備が厳重なこの城に単身でまるで息をするように乗り込んできたのだ。屈強な近衛兵の意識すらあっさり刈り取ってだ。
そのような真似が出来るのは魔族しか考えられず、そしてヴァルチェの発言を彼は特に否定もしなかった。
「私の正体などこの際どうでも良くないかな? ヴァルチェ伯爵、お前は元来そんなことを気にするたちでもないだろう? 自分にとって利益のある話ならば、王国を裏切ることとて厭わぬであろう?」
「……これに、それだけの価値があれば、だ。大体、本当なのか? このレクター領に第四王女が来ているなどと……」
「事実だ。そして何より重要なのは、それが非公式、つまり王国でさえ完璧には把握していない話であるという事。何せ王女は本来のやり方とは別のルートと仲間を伴って、旅を続けているからな」
「……しかし、どうしてそれを魔族が?」
「魔族だからだ。あまり魔族の情報網を舐めないことだな。まぁ尤も、王国内でも我々と協力関係を結んでいるものは少なからずいる。中にはそれ相応の立場の人間もな」
な!? とヴァルチェが驚いた。
「そんな話、聞いたことが無い」
「当たり前だ。そう簡単に情報が漏れるわけがないだろう。私だってここで相手の名前まで明かす気はないからな。だから信じる信じないはお前次第だ。しかし、私と組めば、お前の計画もスムーズに進むことになるのは間違いないだろう。何故なら第四王女を、つまり姫騎士のアンジェを私に引き渡す事で、お前はマントス領もアーツ領さえも手に入れるチャンスを掴むこととなる」
「何だと! い、一体どういうことだ!」
外套の奥の口元が緩む。餌に掛かったなと、内心ほくそ笑んだことだろう。
そして、魔族の男は計画をヴァルチェに伝授し。
「な、なるほど、確かにそれであれば……しかも、そのようなものを本当に貸してもらえるのか?」
「あぁ、それは約束しよう。お前が自慢としている兵などより遥かに強く頼りになる存在だ。期待しているといい」
「そ、そうか……後は、アンジェという姫騎士は死体でもいいのか?」
「ダメだ! それは生け捕りが絶対だ。だからこそ、貴様にそれを渡したのだ。アンジェを生け捕りとしそれを必ず付けさせろ。それで後は思い通りになる」
「……思い通りか」
「あぁ、そう、思い通りだ。そういえばアンジェという女はそうとう美しいそうだぞ? そして今も言ったが我々としてはアンジェは生きてさえいればよい」
「……生きてさえいれば?」
「あぁ、そうだ。後は捕まえた後私が引き取りに来るまでに何をしてたとしても、生きてさえいれば問題はない。つまり、そういうことだ」
その言葉を耳にし、下卑た笑みを浮かべる。
「判った、この話受けるとしよう。ところで、今後貴方のことは何と呼べば?」
「私の名はヴァネルだ。そう呼べばいい。では、成果を期待しているぞ――」




