第2話 助けを求める少女
マントス領を出発して二日経った。エドからもらった最新の地図を頼りに俺たちは今、この山岳地帯を抜けるルートを探っている。
徒歩ならば、多少険しくても体力と能力さえあれば何とかなるが、馬車はそうはいかないからな。
一応山道もなくもないのだけど、かなり険しい山地だけあってか、完備とはいえないし、舗装も決して良くはない。
結局はある程度地図で位置を確認しながら、馬車でも問題のないルートを自分たちで構築していく必要がある。
尤も、こういう時こそメリッサの出番でもあり、遠くを見ることの出来る天眼や、透けて見えるようになる透視との組み合わせにはかなり助けられた。
迷うこと無く、地図と照らし合わせながら目的地に向けて進むことが出来たのも、彼女のおかげといって良いだろう。
そして二日過ぎたところでいよいよ峠を抜け、正真正銘俺達はマントス領とお別れとなった。つまりここからは悪名高いレクター領内ということになる。
「そこの馬車止まれぃ!」
そしてある程度進んだところで、岩場の上に砦が見えそこから監視している兵から声が掛かった。周囲には弓を構える兵士の姿もある。
中々物騒な事だ。
「この先はヴァルチェ伯爵の治めるレクター領である! 承認であれば王国の発行する通行証を、それ以外であれば立場と目的を述べるが良い! これは警告も兼ねている! 少しでも妙な動きがあれば射つ! 三秒以内に答えなくても射つ!」
そんな無茶な。三秒は流石に短すぎな上、全く容赦がないな。
「俺の名前はヒット! 冒険者だ! わけあってカナール領の港町を目指して旅をしている」
「わけとはなんだ! それとそこの後ろの女たちはなんだ!」
「冒険者として依頼を請けて動いている。後ろの女性は……俺の奴隷だ!」
少々心苦しかったが、当初の予定通りそう伝える。これは予めシャドウからも言われていたことだが、砦などで監視の目が厳しい場合は、素性がばれないように全員奴隷という事にしておいた方がいいと、そういうことだった。
そしてこういう時の為に、隷属器のレプリカも用意してもらっている。指輪タイプのな。隷属の魔法に関しては通常不可視の状態が基本だから、他の人間でもわからないしな。
だから隷属器っぽいものさえあれば、ある程度はごまかしきれるはずだ。
「ほぅ、なるほどそういうことか。判ったちょっと待っているといい」
すると監視役の一人がそんなことを言い出し、砦のある岩場から下まで梯子を下ろした。
それを使って、俺達のいる場所まで下りてくる。
「ふむふむ、なるほどな」
かと思えば、突然メリッサ達を値踏みするように見だした。
なんだこいつ?
「うん、判った。この娘でいいな」
「え? キャッ!」
「おい何するんだ!」
「そや! メリッサに勝手に触れるなや!」
下りてきた男が、突然わけのわからないことを口にして、メリッサの手首をつかむものだから俺も声が荒くなった。
カラーナも一緒になって抗議の声を上げている。
「は? 何をするんだも何もない。通行税として奴隷の一人を貰っておくと言っているんだ。お前は運がいいぞ、全員レベルが高いが、特に俺はこの娘が気に入ったのだ。だから一人だけで勘弁してやる。本来なら全員おいて行けといってるところだ。判ったら大人しくこいつをおいていけ。俺の気が変わらないうちにな」
「キャンセル」
「……は? あれ? 女は、て! 貴様何を勝手に!」
俺はすぐにキャンセルで男の記憶を一瞬飛ばし、その隙にカラーナが男の手からメリッサを引き剥がして、そして既に馬車の出発準備が整えてくれていたセイラの操る車体に飛び乗って、すぐにその場を出発した。
本当はできるだけ頼るなと言われていたけど、今回ばかりはステップキャンセルも利用し、すぐに砦から離れる。
それにしても初っ端からこれか。幸先が不安すぎるな。
しかし色々教えてくれたエドには感謝だが、やはり油断できないな。
一度砦を抜けてレクター領に入ると山賊なども跋扈しているらしいからな。
エドの話だとこの山賊にも弱り果てているようで、以前は規模の大きい商団などのみが狙われた程度で、命を決して取らないなどある程度節操があったようなのだが、ここ最近はそれも薄れ、特にエド側の領地から商人が向かうとかなりの高確率で被害にあっているそうだ。
命を奪われることも少なくないらしい。
だけどヴァルチェ伯爵とやらの息の掛かった商人はほぼ被害がないらしい。
つまり、伯爵の嫌がらせの可能性も十分あり得るって事だ。
しかし砦からしてこれならば、しっかり用心して置く必要はありそうだ。
「全く! なんて男だ! 騎士の立場を隠してなければ、即刻打ちのめし詫びの一つもいれさせたというのに!」
とりあえず砦の連中もすぐに追いかけてくるような真似はしてこないようだけどな。
しかし、アンジェは腹の虫が収まらないようだ。砦の連中には当然騎士もいるだろうし、だからこそ同じ騎士として許しておけないってところか。
「そんなこといいつつ、ほんまは自分が選ばれなくて悔しいんちゃう?」
「な!? 馬鹿言うな。あんな連中に選ばれなかったからといって何を悔しがる必要があるか! むしろ選ばれた方が汚点であろう!」
「……汚点――」
「あ、いや違うぞメリッサ! そういう意味ではないのだ!」
しょんぼりするメリッサへ必死に弁解するアンジェだ。そんなやり取りを見て一人笑っているニャーコ。
どうでもいいが、お前も選ばれてないんだぞ?
ま、あんなのに選ばれても嬉しくないのは確かだろうけどな。
そもそもアンジェはいかにも戦えますって格好してるしな。美人なんだけど、男を寄せ付けないオーラみたいのも感じるから選ばれなかったのかもな。
一方でメリッサは、なんというかこの手の相手によく選ばれるんだよな……まぁ、若干隙がありそうにも感じる上、このスタイルと美貌だからな。
ただ、だからといってメリッサだけが特別容姿が優れているというわけでもなく、一人一人タイプが違うって話だ。
アンジェは、一見男を寄せ付けないようなキツさを感じるけど、その実、誰よりも皆のことを考えていて、優しさに溢れた女性だということを俺は知っている。
ニャーコは、中々いい性格をしているなとは思うけどそれは猫耳獣人としての特性みたいなものなのかもしれない。だけど、そのちょっと天然っぽさも感じる爛漫さはカラーナと同じく場の雰囲気を明るくしてくれる愛らしい獣人少女ってところだ。
カラーナもその積極性には俺も少々たじろぐことがあるけど、つらい経験を乗り越えてきた故の芯の強さもある女の子だ。元盗賊だけど、義理と人情に熱く、少々変わった関西弁っぽい口調は、常に元気でムードメーカーを買って出てくれるカラーナにはピッタリだ。健康的な褐色美少女なカラーナと関西弁は既に切っても切れない組み合わせといったところだな。
セイラは口数も少なく感情の変化に乏しいところもあるけど、それでも接している内に俺や皆は彼女の細かい変化が判るようになってきている。動物や子供と接している時はどこか嬉しそうだし、何より子供にも動物にもとても好かれている。それでいてメイドというジョブであったからか細かい点によく気がつく、陰ながら皆をサポートし支えてくれるメイド美少女、それがセイラだ。
そしてセイラになつき常に一緒にいるフェンリィも俺達にとって大事な癒やしだな。
「アンっ!」
おっと、まるで心が読まれたようだな。
「エリンも選ばれなかったなの! 残念なの!
」
「エリンが選ばれてたら、俺は多分砦ごと破壊してたな」
「うちもや」
「私もだな」
「それならニャーコもにゃん!」
「……全員のをちょんぎる」
「グルルルルゥ!」
今全員の心が一つになった。そうエリンもまたフェンリィに負けず劣らずの俺達の癒やしだ。
なんかいつのまにか馬車に乗っていて、結局同行することになってしまい、父であるドワーフのドワンや、母であるエルフのエリンギにはちょっと悪い気もするけどな。
それにしてもエリンは本当に可愛いなぁ、お人形さんみたいだ。
どちらにしろ、こんな美少女達に囲まれて旅ができるなんて、よくよく考えたら俺にはもったいなさすぎるぐらいだな。
そして、馬車は更に進む。ステップキャンセルはある程度のところで止めた。山道はそこまで先の視界が確保出来ないから、ステップキャンセルでの移動に向かないというのもある。
そして、峠を越えて暫く進んだ時だった。
「た、助けてーーーー!」
突然悲鳴が耳に届く。女の子の声だ、馬が嘶き、馬車が急停止する。
「セイラ! 何かあったのか!?」
とにかく、真っ先に俺が外に飛び出し御者席に回り込んで問いかけた。
まさか山賊か? とエドの話を改めて思い出す。
「……あれ」
「アン!」
すると、セイラが前方を指差し、そしてフェンリィも短く吠える。
俺も彼女の示す方に身体を向けるが、すると一人の小柄な少女がこちらに向けて走ってくるところだった。
黄色系の肌の少女で、射るような切れ長の瞳からは真剣さが窺える。茶色い髪を後ろで束ねており、額には玉のような汗が浮かび上がっていた。
背中には矢筒が見え、彼女の体型にあった小型の弓も確認できる。
そんな彼女の様子を見るにただ事ではないのは確かかもしれない。俺に続いて馬車を降りてきた皆も似たような感情を抱いたことだろう。
「さっきの悲鳴は君かい?」
「そ、そうだよ! 良かった人がいた!」
そして俺達に向けて駆け寄ってくる少女。
「なんや、随分な慌てようやな」
「うむ、ただ事ではない気配を感じるぞ」
「な、何があったのでしょうか?」
「山賊でもでたかにゃ?」
「それなら倒すなの! 汚物は消毒なの!」
エリン、どこでそんな言葉を覚えた! むしろ誰だ教えたの!
「……何があった?」
「ウォン!」
とは言え、とりあえず、俺達の下まで駆け寄ってきた少女。随分と息も切れている様子だが、先ずセイラが御者台の上から詳細を尋ねた。
彼女は今の位置を維持している。いざとなったらまた、すぐに出発出来るようにだろう。
「そ、それが、へんた、いえ、おかしなやつに、追いかけられていて!」
「おかしなやつ?」
思わず疑問の声を上げる。いや、てっきりニャーコの言うとおり山賊でも出たかと思ったんだけどな。山賊と言わず、おかしなやつと言っているのがちょっと気になるところだが。
「ラララララ~~~~ン♪」
うん?
何か妙なソプラノ調の声が聞こえてきた。メロディーとして口ずさんでいるようだが、今度は一体何だ? と俺は彼女の逃げてきた方へと目を向けるが。
「ふふん、おっぱいはいいよねぇ~おっぱいは最高さ~アイラブおっぱい、マイ・ドリームおっぱい、それは女性の神秘、最高の淫靡、あまいすっぱいしょっぱいおっぱい、全てはおっぱいのためにランララ~ン♪」
『…………』
一瞬にして全員が言葉をなくした。だが、俺には判る。きっと皆そろってこう思った筈だ。
――おかしなやつキターーーーーーー!




