第1話 旅立ちの時
「マサムネ、色々世話になったな」
「何の何の、拙者がお役に立てて何よりでござる」
旅立ちまでの三日間は、終わってみれば速く過ぎ去ったなという印象だ。
ただ、少なくともその三日は生きた心地がしなかったけどな。本当、マサムネが付けてくれた修行は下手したら死ぬレベルの物だったし、実際俺は何度も死を連想した。
ただ、マサムネ曰く、それぐらいまで追い込まなければ短時間での著しい成長は望めないとのこと。
それは、俺にもなんとなく理解できる。俺にとって圧倒的に足りなかったのは死線を超える程の経験だ。マサムネもそれが良く判っていたのだろう。だからこそ本気になってくれた。
それに今回マサムネのしごきを乗り越えたおかげで、俺にも目に見える形で成長が現れた。
具体的に言えばセカンドジョブを手に入れた。セカンドジョブというのは本来覚えているメインのジョブ、俺の場合既に最高位のハイキャンセラーを取得済みだったが、それとは別に同じ最高位のグレイトダブルセイバーを取得できた形だ。
セカンドジョブはゲームの時も条件が相当厳しかったんだけどな。まさかここで覚えられるとは思わなかった。
ちなみにセカンドジョブは高位から覚えられる可能性がある。そしてセカンドジョブを取得するとセカンドジョブもメインと同じように上位のジョブに昇華できたり、またセカンドジョブしだいでメインのジョブの昇華時に特殊なジョブが得られたりとかそういったことがあった。
ただセカンドジョブ絡みの昇華はメインのジョブ系統よりはどうしても遅くなるし、それ相応の苦労もあるんだけどな。俺の場合はマサムネの地獄の特訓などがそれだろう。
勿論厳しかった分、嬉しさも一入だけどね。
それはそれとして、実は俺以外にも一人セカンドジョブに目覚めた仲間がいる。そう、俺がこの異世界に来てからの付き合いになる、メリッサだ。
そしてセカンドジョブはアルケミスト。薬草を磨り潰したりして薬の調合にも余念がなかったメリッサらしいジョブといえるだろうな。
「ほな、いこっかボス」
「あぁ、そうだな。名残惜しい気もするけど」
「うぅ、寂しいなの……」
エリンが悲しそうな声で訴える。中々くるものがあるな。すっかり仲良くなっていたし。
「エリンちゃん、またいつでも遊びに来てね。焼き菓子を用意して待っているから」
「うちの妻も随分とエリンちゃんを気に入ったみたいだからね。勿論私もだよ、落ち着いたらまた立ち寄ってください」
エレメン夫妻がそんな優しい言葉をかけてくれた。いや、実際エリンは随分と好かれていたみたいでメイドや執事も見送りに来てるぐらいだ。
エレメン夫人はエリンの頭を撫でてお土産の焼き菓子を持たせてくれている。
エリン大人気だな。可愛いから判る気はするけどね!
「本当にお世話になりました。この領地がいつまでも平和でいられることを願っている」
「王女様にそう言われる光栄の極みですね」
「……知られておりましたか」
「ははっ、雰囲気からなんとなく察することが出来ました。それに、色々と噂は伝わってきますからね」
屈託のない笑顔でエドが言う。
まぁ、領主なら知っていてもおかしくないんだろうけど。
「ですが……正直私は王女などと言われるほど大した存在ではありませんので――」
何だろうか? 今のアンジェの返答からは謙遜とも違う、どこか物悲しげな雰囲気も感じる。
「わかるわぁ、確かにアンジェは王女って気せぇへんし。近所のお節介で口うるさいおばちゃんって感じやわ」
「な!? 誰が近所のおせっかい焼きのおばさんだ! 大体そんな年じゃな~~~~い!」
「ほらこれや。すぐそうやって頭に角はやしたように怒るんやから、王女言うには淑やかさが足りへんわ」
「言わせておけばこの!」
あっかんべぇをして逃げるカラーナを追いかけるアンジェ。このやりとりも見慣れてきたな。なんだかんだで仲がいいんだよあの二人。
でもまぁ、カラーナのおかげでアンジェの暗い雰囲気は吹っ飛んだな。
「はい、この焼き菓子はセイラちゃんに」
「……私?」
「うん、それにこっちはフェンリィちゃんにね。町の子供達の遊び相手になってくれていたでしょう? 主人に代わってその御礼ですよ」
確かにフェンリィは子どもたちが懐きやすいからな。あのモフモフがその秘訣だろ。
そして必然的にフェンリィと一緒にいることが多いセイラにも子供が集まる。
メイド服姿で感情の起伏は乏しいけど可愛いしね。女の子もお人形さんみた~いと眼をキラキラさせていたし。
「……ありがとう」
「ウォン!」
フェンリィも嬉しそうだな。なんかちょっと涎垂れてるし。
「それにしてもみなさんは本当に仲が宜しいですね」
「それもご主人様の人徳があってこそです。私も含めてここにいる皆はご主人様に救われましたし」
メリッサが答える。改めて言われると照れくさくて仕方ないな。
「ニャーコは別に助けてもらっていないにゃん」
「お前はむしろ俺たちに迷惑をかけたほうだからな」
「にゃにゃ! 酷いにゃん!」
しかし事実だろ。
「ところでヒット様、次はやはりレクター領を通ることになるでしょうが……」
レクター領というのはマントス領から西に向かった先にある領地だ。
このマントスは山に囲まれた盆地の中の領だが、西の峠を越えた辺りからはレクター領となり、事前に聞いていた話だとヴァルチェ伯爵家が管理する土地らしい。
「もし可能なら、ぶしつけではありますが、レクター領はできるだけ早く抜ける事を提言させていただきます。今あそこで長居する事は、特に皆様のように事情のある方は厄介事に巻き込まれる可能性が高いですから」
「そ、そんなに厄介な領地なのですか?」
「そうですね。昔から評判が良いとは決して言えませんでしたが、先代が突然死を迎え、二人いた息子の内、長男である【アクネ・レフター・ヴァルチェ】が家督を継いでからより顕著になりました」
「うむ、確かに拙者もあそこは全く好きになれなかったでござるな。特に貴族主義が甚だしい雰囲気が好きになれなかったでござる」
マサムネもエドに同意する。しかし貴族主義って時点で嫌な予感しかしないな。
「特に、あのアクネはあのラース大元帥を筆頭とした派閥に加わっておりますからね。その為、アーツ地方を軍事拠点の一つにする事に関して支持しており、その為に私にも色々と嫌がらせを仕掛けてきたことがあるのです」
「主人は、ラース大元帥の掲げる軍事改革と強行的に版図を広げる案には反対の立場を示していますから……」
なるほどな……同じ国の中でもやっぱり色々あるんだな。
「それでは、まさか、今回の魔族の件もその男が?」
「それは何ともいえませんね。もしそれであった場合、王国は魔族とも繋がりがあるという事になりますから……」
いくら大元帥とはいえ、そこまでするか? という思いがあるのかもな。ただ、実際にセントラルアーツには多数の魔族が紛れ込み、領主の代わりを務めていたぐらいだ。
そう考えると全く何の関係もないといい切れなくもなってきたな……。
「ありがとう、忠告として受け取っておくよ。できるだけ領主にも関わらないようにして通り過ぎようと思う」
「それが一番でしょうね」
「ところで、今の話で気になったのだが、息子は二人いて、兄が世襲をしたということは、弟は何をしているのだ?」
ふと、アンジェが気になることをエドに問いかける。関わる気はないけど、そう言われてみるとそうだな。やはり弟もとんでもない領主なのだろうか?
「それが、どうにも行方はわからないようなのです。何せ弟の方は先代、つまり父君と折り合いが悪かったらしく、なんでも弟の方は音楽が好きだったようでそれだけあればいいと考える自由人だったようなのです。しょっちゅう屋敷からも抜け出して気の向くまま旅を続けるような放蕩息子だったようで、先代もいつしかあんな息子は知らん! とまで言うようになり放逐されたも同然だったようです」
なるほどな……なんだろう、どっかの影的な誰かを思い出させる話だ。
何はともあれ、話も聞いたしな。だから、俺達もいよいよ出立のときだ。
「マサムネ、元気でな。またどこかで会えることを祈っているよ」
「そうでござるな。今生の別れという事はないでござろう。お互い旅を続けていればどこかで交わることもきっとあるでござるよ」
そして、改めてマサムネと固く握手を交わし、俺達はマントス領を出発した――




