プロローグ
「そんな、こんな事が――」
復讐を誓い、打倒帝国を掲げ王国の再建を夢見たクラークの視界では――恐ろしいほどの惨劇が繰り広げられていた。
ベガ帝国の今上皇帝、ルガール・ベガ・セルフリーザは恐ろしく、そして悍ましく、残酷な男であった。
クラークがその真実を知ったのは一年前。そう、彼の母がルガールに殺されたという真実を――
だが、それは別にクラークの母に限ったことではなかった。これは皇帝ルガールの儀式のようなものであったからだ。
皇帝は自らが抱いた女が子供を産んだ後――容赦なく切り捨てる。
つまり、皇帝にとっての妻というものは自らの血を残すための道具でしかないのである。
そして切り捨てられた女は――上の者から下の者へと性欲のはけ口として回され、最後には処刑される。
処刑する理由は結果的に皇帝以外の子を宿すことになっては面倒だからだ。だから妊娠が発覚する前には確実に殺される。
だが、皇帝の悪辣な儀式はこれだけでは終わらない。なぜなら、殺された後の元妻だった女は、そのまま解体に回され、保存され――最終的にその息子の食材として利用されるからだ。
勿論、これに関しては本人も気づかないうちにの話ではあるが――
だが、自らが知らない間に、そのような鬼畜な所業をなされたことを知ったクラークは胃の中の物を全て吐き出し、嗚咽し、慟哭し、叫び、そして誓ったのだ、その手で皇帝を討つと。
勿論クラークの回りに彼を祀り上げた人物も存在した。その多くは帝国によって没落した元王国の王国貴族の中で落ち延びた兄弟や子供たちであり、その助けもあって、クラークは密かに準備を進めていき。
気づけばその兵力は五万を超すまでに拡大し、帝国各地に存在する砦や城を次々と攻め落としていった。
まさしく破竹の勢いで版図を塗り替えていくクラーク軍。彼は亡国の正統後継者を名乗り、元王国領内にあった主力となる砦や、都を開放した後に遂に帝国へと宣戦布告を行ったのである。
クラークには自信があった。ゼロから、そう何もないところから始めた、それは細い糸をたどるような行為であった。
だが、今のクラーク率いる軍勢は、既に二十万を超えている。
圧倒的な武力で、力による支配で皇帝としての地位を確立させ揺るぎないものにまで上り詰めた史上最悪の皇帝ルガール・ベガ・セルフリーザ。
だが、クラークは今まさに皇帝を捉え、その首に手が届きそうな感触を実感できた。
皇帝の七番目の息子として産み落とされたクラーク。だが、父はまともにクラークに顔を見せるような事はせず、一切を配下の者に丸投げにしていた。
母親とて物心ついたときには存在せず、肖像画でのみその顔を知ることが出来た。
美しい母だった、できれば生きて会いたかった。だが、その母は皇帝の手で始末され、その命はクラークの血となり肉となった。
クラークの中でもはやあれは父などではない。その血が己に含まれていると思うだけで悍ましく感じるほどだ。
だがら討つ、自らの手で、母の仇を、虐げられた王国の民の無念を晴らす――そう、その誓いは、しかしある時を境に脆くも崩れ落ちていく事となった。
それは宣戦布告をして僅か三日ほど過ぎたあとの事であった。
クラークが最も重要な拠点と位置づけていた砦、二十万の兵力の半分を注ぎ込んでいたその砦が――落とされたのだ。
しかも、相手の兵力はたったの一万。しかもその一万の内、砦を落とすために動いていた主力の兵は僅か千程度だったという。
つまり砦を守っていた十万の兵の殆どは、僅か千程度の兵に討ち滅ぼされたのである。
しかも、誰ひとりとして撤退は許されず――殲滅させられた。捕虜すらとられず、全員が惨たらしく殺されたのである。
その時のクラークはあまりの出来事に言葉を失った。しかも、帝国側は砦で殺した死体をアンデッドとして蘇らせ、不死の軍団とし、他の砦や街も次々と壊滅させていった。
そして死体は次々とアンデッドとして蘇り、不死の軍団が拡大していく。
このことにもクラークは驚愕し、彼に尽力してくれていた側近や騎士、魔導師すらも震え上がった。
死体をアンデッドとして蘇らせる魔法というものは確かに存在する。
だが、ここまで強力な力を有すものなど記憶に無いのである。相当な腕を持つ者であってもアンデッドとして死体を操れるのは多くても百いけばいいほうなのである。
だが、そんなクラークに更に絶望的な報告が齎される。アンデッドを抜かした一万の兵力、その内、特に強力な力を持った千の兵は――人間ではないというのだ。
そして、あれは間違いなく魔族だ、とも――
クラークは、馬鹿な! と思わず叫び憤った。よりによって皇帝が魔族と組むなどありえないと思ったからだ。
そもそも魔族などは既に生き残りはいないとされている者たちだ。しかも人間とは常に敵対関係にあった種族だ。
それが、皇帝と組むなど――いや、よしんばそのような事があったとしても、その場合逆に数が多すぎる。
魔族は寿命は長いが繁殖率は低い種族である。しかも過去に絶滅されているとさえされていた連中だ。
それがもし生き残りがいたとしても、千もの数を実戦配備出来るのはおかしい。しかもこれまで一度も見つかることなくだ。
クラークは戦慄を覚えた。しかも、それから対策を興じる暇もなく、本拠地としていた城壁都市セーレも魔族とアンデッド軍に包囲されてしまった。
「貴方――」
「だ、大丈夫だ。心配することはない……」
クラークの横には怯える妻の姿があった。この戦の中で愛を確かめ合い、娶った美しい女性だ。今回の反乱に尽力してくれた伯爵の娘でもある。
臣下の者たちからも城を捨ててでも逃げたほうがいいと助言するものが現れた。王さえ生きていれば、まだ何度でもやり直すことは可能だ。
だが、そう言われてすぐに納得できる程、クラークの決意は軽くはない。
そんな最中であった――
『聞いているかーーーー! 愚息よ! 我がわざわざ会いに来てやったぞ!』
ベガ帝国の皇帝であり、クラークの憎き父親でもある、ルガールの叫び声が城にまで響き渡ってきた。
クラークはギョッとして伝令を待ったが、直後やってきた兵の話によると、なんと皇帝は単身一人で城に乗り込んできたらしい。
近衛兵一人付けずにだ。
「どうしたクラーク! 我はこの通り一人よ! 討てるものなら好きに討つが良い! 可能なら、我がお前の下に辿り着く前にな!」
その宣言にクラークは体が震えた。恐怖ではない。怒りでだ。ここまでコケにされて、最早黙ってなどいられない。
ならば、望み通りしてくれると、騎士団の総団長も呼び、全力を持って皇帝を討つように命令した。
相手はたったひとりだが、容赦などする必要が無いとクラークは考えた。
そして、その考え自体は決して間違いではない。尤もそれが、口先だけのただの皇帝だった場合だが――
「あ、ああぁ、あぁあ、あぁああぁああぁあぁああがあああぁああぁあ!」
今クラークは、絶望に打ちひしがれていた。その理由は目の前の皇帝にあった。
そして憎き敵でもある皇帝の下になっている妻と、その上で愉快そうに身体を動かす皇帝にも――
「ふむ、愚かなお前の女にしてはなかなかいい具合ではないか」
「がぁああぁああ、畜生! 畜生!」
クラークは、きっと今すぐにでも皇帝に飛びかかりたい気持ちで一杯であったことだろう。
その首をかききってやりたいとも思ったことだろう。
だが、それは最早叶わぬことだ。何故ならクラークの四肢は、とっくにルガールによって切り飛ばされている。
しかも彼の身を守る立場にある近衛兵も惨たらしく殺された。それ以前に城には大臣やメイドなどの使用人も含め、最早一人も生き残っていない。
なぜなら目の前のルガールが、場内のすべての人間を誰一人漏らすこと無く、全員殺したからだ。
そして――
「あぁ、ごめんなさい貴方、ごめん、なさい……」
「ふむ、しかし惜しいな、愚息の妻でなければペットにぐらいはしてやっても良かったが、やはりこんな愚か者のお下がりはゴメンだ」
身動き取れないクラークの目の前で咽び泣く妻。だが、そんな妻の、つまり義理の娘といっても差し支えない女の首を、ルガールは容赦なく刎ねた。
勿論、散々愉しんだ後でだ。
そしてクラークの前にその頭を置き、狂ったように泣き叫ぶ息子の頭を、見苦しいと言いのけ、ルガールはあっさりと踏み潰した。
「ふん、この程度の戦力しか用意できない分際で、我に歯向かおうなどとは笑止千万」
そして笑い声を上げながら、剣の一振りで城を一刀両断にし、残ったものに後処理を任せ、ルガールは自分の城へと戻っていった。
◇◆◇
「本当、あの皇帝の実力は大したものだねぇ」
空から、セーレの崩壊、そしてクラークの最後まで観察していたベルモットは、何故かどこか楽しそうにルガールを評した。
「確かに、単純な力だけなら、あの皇帝は脅威と言えるだろうな」
「そんな皇帝に、いつまでも協力していて大丈夫なのかな? アンデッドを操っているアレだって、僕達の研究の成果だよねぇ」
ルキフェルの答えに、更にベルモットが目を丸めながら問いかける。
すると、フッ、とルキフェルが笑みをこぼし。
「確かに、このままというわけには行かないだろうな。それに、必要な情報は大分手に入っている。特に封印の一族の血筋が判ったのは大きい。後は、もう少し計画が進んだなら、退場願おうか」
「ふふっ、だったらその時は、約束通り僕に頂戴ね。あの力は、玩具にするにはピッタリだし」
「……あぁ、そうだな――」
そしてまた二人の魔族はその場から消え失せた。不穏な空気だけを、その場に残して――
活動報告にてご報告致しましたが、怪我のため執筆ペースがダウンしてしまっております。
とは言え、怪我も回復に向かってますので自らを発奮させる思いも込めて一先ず新章のプロローグを公開させて頂きます。




