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異世界のキャンセラー~俺が不遇な人生も纏めてキャンセルしてやる!~  作者: 空地 大乃
第二部二章 王国西部の旅編

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幕間 謎の化物

『ギ、ギャアアアアァアアアアァアアアアァアアアァアアアアァアアアァアアアアアアアァアア!』


 ザクス男爵の寝室から異様な悲鳴が漏れ出していた。それを聞きつけ、慌てて兵士が部屋の前に集まってくる。


「ザクス男爵! 一体どうされたのですか? 大丈夫ですか?」


 扉の前で数人の兵士が問いかけ続けた。すると、ギィ、と扉が開き、顔面蒼白の男爵のその様相に一様に驚愕する。

 

 男爵は、何も着ていなかった。その理由は、兵士にもなんとなく判ってはいる。

 事前に、今夜はお楽しみ中であることは伝えられていたからだ。


 だが、今の男爵の姿はとても、お楽しみの最中だったとは思えない、変わり果てたものだった。先ず普段から自慢しているグングニルが根本から抉られており、股間から大量の出血が溢れ、床の絨毯を濡らしていた。


 しかもそれだけでは終わらず、肩や腹など、数カ所に何かに齧られたような後が散見されている。


 ふらふらとザクスは兵士に近づきながら、

「ば、化物だ、お、お前たち早く、あの化物を――」

と震える声で訴える。


 その姿に訴えに、互いに見合わせる兵士だったが。


――カチカチカチカチカチカチカチカカチガチガチガチガチガチッ……。


 耳障りな音が駆けつけた兵士たちに届き、彼らの表情が変わる。


 その不気味な金属音に、自然と恐怖心が張り付く。


 ザクスは兵士たちの後ろに回り込み、ひぃひぃ、と恐怖の声を上げ続けていた。


 一体何が? と剣を構える兵士たちだったが――その瞬間、何かが部屋から飛び出し、正面の兵士を組み伏せた。


 ギギギギギッギギイギギギイイギッギギイッッギイッギイイ――嫌な軋み音が広がり、全裸の女の背中が周囲の兵士の目に飛び込む。


 綺麗な肌をした女だ。だが、その顔は――化物としか言いようがない。口が耳まで裂け、先鋭した牙がびっしりと生え揃っている。


 しかもその牙もただの骨ではなく、明らかに鉄製の代物だ。


「ひっ、ぎ、ぎやぁああぁあああああぁああ!」


 鮮血が噴出した。まるで噴水のごとく勢いで。その女が兵士の首に噛み付いたのだ。


 いや、これは女なのか? 兵士たちの顔に動揺が溢れる。


「あ、男爵!」

「ひ、ひいぃぃ、こんなところにいられるか! 私は城を出るぞ!」

「そ、そんな無責任な、ひっ、こ、こっちに、く、くるなぁああぁあ、ぎゃああぁあああぁあ!」

 

 城を守るべく立場にあるザクス男爵は駆けつけた兵士をおいてさっさととんずらを決め込んだ。背中に兵士たちの悲鳴が突き刺さるが構ってなどいられない。


 自分とて決して軽くはない怪我を負っているのだ。

 腰が砕けそうになりながらも必死で逃げる。だが、その内に城中にこだまする悲鳴に気がついた。


 あちらこちらから、恐怖と痛みを訴える悲鳴と、更にあの金属音や不気味な軋み音が聞こえてくる。


「な、なんだ? 何が起きている?」

「ざ、ザクス男爵! ここにおられましたか!」


 すると一人の騎士と数人の兵士がザクスへと駆け寄ってきた。安堵の表情を浮かべる。これで助かったと思ったのかもしれないが。


「おお! 丁度よかった! ば、化物だ! あのエキの野郎! この私に化物の女を宛てがいやがった! 絶対許さねぇ! あいつはどこだ? と、とにかく、私を守れ! そしてあのエキをとっ捕まえろ!」


 色々な要求を騎士に突きつけるザクス。だが、駆けつけた騎士は神妙な面立ちで口を開いた。


「ザクス男爵、今はとてもそれどころではありません! その化物というのは人の姿をした鋭い牙を持った化物の事ですよね?」

「そ! その通りだ! それが私の寝室の前にいるのだ! お前たちさっさとあの化物を!」

「落ち着いてお聞きくださいザクス男爵。その化物ですが、城の騎士が多数犠牲になっているのです。同じようにエキに夜伽の相手にと紹介された騎士たちが同じように変貌した女に噛みつかれて、それで――」


 な、なんだと? とザクスは狼狽した声を発した。目玉が小刻みに揺れ、焦点が合わなくなってきている。


「ば、馬鹿な、つまりあの化物が、他にもいるというのか?」

「そのとおりでございます。とにかくここは危険です。まずは城から逃げ出すことを優先に。エキについては後回しです。さあ!」


 くっ! とザクスは悔しそうに歯噛みした。なぜ自分がこんな目にあっているのかと、理解できていない顔だ。

 

 傷だって痛むのに、とても手当を施している場合ではないということで、辛い体に鞭を打って騎士たちと共に城を出る。


「こちらです、とにかく城を出て、町に向かいましょう。適当な民家を見つけ、そこで立て籠もるのです」


 そんな事で大丈夫なのか? と不安に思ったものだが、しかし今は細かい作戦を考えている暇などないだろ。


 そして、裏口から表に出る男爵達であったが――


「な、なんだ貴様達は!」


 その途端、護衛の騎士が厳しい口調で誰何した。なぜなら、裏口を出たところで、取り囲むように大勢の人間が待ち受けていたからである。


「な、なんなのだこいつらは!」

「はっ、この格好といい、おそらく街の人間です。何故、こんなところにいるかは不明ですが」

「街の人間? 元々街に住んでたゴミ連中か! くそ! とっとと片付けろ! 切り捨てても構わん!」


 ザクスが居丈高に叫ぶ。すると兵士たちも剣を抜き、騎士も構えを取り暫くのにらみ合い。


 だが、様子がおかしいことにきっと全員が気がついていた事だろう。

 なぜなら街の人々は一様にうつむいており、全く顔を上げようとしない。


「な、なんなのだこいつらは? 何故黙っている!」

「……おい! ザクス男爵のお通りだぞ! おとなしく道をあけろ! さもなくば全員切る!」


 護衛の役目を担う騎士が警告を発した。本来ならそのような事をせず直ぐにでも切りかかるところだろうが、不気味さが先立ってしまっているのか、騎士も兵士もためらいの様子が感じられた。


 何より町の人間はいつのまにかどんどんと数が増し、既に二百や三百を超えている。下手したら街の人間全てが、ここに集結しているかもしれないという状況。


「えい! お前、その弓は飾りか! さっさと射って片付けろ!」


 ザクスの怒号がとんだ。確かに兵士の一人は矢筒を肩に掛け弓の準備もある。


 だが――どこか及び腰でもあり。


「……おい! 男爵がこう言っているのだ! 一発射ってみろ! その反応で先を決める!」

「わ、わかりました!」


 兵士が矢を番え、そして狙いを定めて、集まった中の一人を射る。


 それはものの見事に命中するが。


「……え? は、反応がない?」

「お、お前の狙いが悪いのだろう!」

「――いえ、今のは間違いなく急所でした。しかもこやつらはどうみても防具の類を身にしていない。それなのに、何故?」


――ガチガチガチガチガチガチガチガチガチガチガチ……。


――ギギギギギッギギイギギギイイギッギギイッッギイッギイイ……。


 だが、その時、けたたましい程のあの金属を打ち鳴らす音と、不気味な軋み音が一斉になりだした。それはまさに唱和に近い行為であり、そしてその音の発生源は、目の前の街の住人たちであった。


「そ、そんな、なんだこの音は! ま、まさか、まさか、まさ、かああああっぁあああぁあああ!」


 ザクスが恐怖の声を上げたその瞬間、一斉にグルンっと人々の顔が上がる。中には首が一回転し騎士や兵士に顔を向けた者もいた。


 そしてその顔は、あの騎士やザクスを襲った連中と同じく、化物のような様相を呈しており。


「ぜ、全員! ザクス様を守れーーーー!」


 騎士が叫ぶ。兵士も含めてザクスを囲むが、その瞬間一斉に街の人々が歯をむき出しに、しかも今度は鋭い爪まで伸ばし、騎士と兵士に襲い掛かってきた。


「ひ、ひぃいぃいぃい、いだいいいぃいぃいい、食べられるぅうぅ、おでの、腕が、脚が、肉がああぁああぁあ!」

「や、やめてくれ! 悪かった! お前たちを蔑んで、わるかった! 女を無理やり犯して悪かった! 謝るから、ひぃ、腸を、腸を引っ張るなーーーー!」

「こ、この! 化物が! この私を舐めるなよ! 私は誇り高い王国の、な! や、やめろ! そこは違う! お前らのような化物が咥えるところじゃ、ひ、ひいいいいっぃいいい!」


 あ、あああぁああ! とザクスはすっかり怯え、恐怖し、折角自分の身を守ろうとしてくれた騎士や兵士を見捨てて、なんとか重囲の中逃げ出し、裏口の扉をあけ、再び城の中へと飛び込んだ。


「わ、私は! 死なない! こんなところで、死ぬような男ではない! 私は、私は――」

「ギギギッ、ギッ、オガエリ、ナザイ、ワダシダジノ、ゴジゾウ――」


 だが、直後ザクスは自分の行動を後悔することになる。なぜなら飛び込んだ先には、エキが選んだというあの女の姿。


 それに、他にも騎士たちを食い散らかしてきたと思われる、女どもの姿。

 彼らは一様に、ザクスを好奇な目で見つめ、そしてぺろりと舌なめずりをし、こう言った。


『イダダギマス――』

「い、いやだあああぁあああっぁああ、誰か、誰かぁああぁああひいぃいぃぃい、私は、私は女を食べる方だーーーー! 食べられるのは、食べられるのはーーーー!」


 そして女どもに捕らえられ、引き摺られ、ザクスは闇の中へと消えていった――






◇◆◇


「全く、ゲス共の悲鳴がここまで聞こえてきやがるぜ」


 高台の上から、城と街の様子を眺めつつエキが言った。彼はあの作戦が実行される頃には既に街を抜け出していた。


 つまり、エキはザクスや騎士たちに女をあてがった直後、すぐにその場から離れたという事になる。


「――それにしても、人形ってのは凄いものなんだな」


 レイリアの乗せられた車椅子を押しながら、ゲイルがエキに告げる。

 ちなみにこの車椅子はドワーフのドワンが拵えたものだ。そしてこういったものがあれば便利だろうという話はヒットから聞いている。


「全く、最初村人全員分の人形を用意してもらったと聞いたときは驚いたけどな。そんなもの運べるのかよとも思ったが、起動するまでは物扱いだから、マジックバッグでもいけたわけだ」


 ドゴンが頷きながら語る。そう、イーストアーツにやってきていたエルフとドワーフというのは実はドゴンとエリンギの事であった。


 尤も名前を知られて面倒になるのも厄介なので、ザクスの前では偽名を使っていたわけだが。


「……今回の作戦は、シャドウとドワンの旦那、それにエリンギ夫人の協力がなければ成り立たなかったな。本当にありがたい話だぜ」

「なんか、夫人って改めて言われると照れますね」


 頬に両手を添えて顔を赤く染めるエリング。それを見てた彼女の旦那であるドワンも妙に気恥ずかしそうだ。


 とはいえ、今回の作戦は特にこのふたりの功績が大きい。と、同時に改めてエキは街の皆にもお礼を述べる。


 それは協力という点では街の人間が一丸となって取り掛かる必要があったからにほかならないか。


 何せ今回の作戦、始まりは壮大な自作自演だ。そもそも誰ひとりとして病になどかかっていない。全て事前に飲んでいた毒の効果で敢えてあの症状を起こしていたにすぎないのだ。


 だが、コレは非常に重要な要素でもあった。今回最も大事な事は街の人々全員を街の外に逃がすことにあった。


 つまりは、街を捨てる道を選んだのだ。その為には、ザクスや騎士達に連れ去られる人々を先ず減らす必要があった。その為に考えた苦肉の策が毒を服用しての自作自演だったのだがこれが思いの外上手く言った。


 特にこの病を信じ込ませたおかげで、エキも城内に入り込めるようになり、ザクスを含め城内の連中に毒を仕込めたのが大きい。


 しかも全く同じ症状になるよう毒を選んだので、彼らは病魔だと信じて疑わなかった。


 そしてその間に件の人形入りマジックバッグを乗せたドワンとエリンギの馬車がついた。この馬車は怪しまれないようドワンがしっかりと作り上げたものだ。


 そしてここからは時間の勝負だった。薬の実験に街の人間を利用しているとごまかし、馬車に人々を乗せるたびに薬を与えつつ、人形と入れ替えた。


 そして少しずつ外に運び出す。これを繰り返しながら街の人間を全て人形に入れ替えることに成功したのである。


 ちなみに、城内のザクスや騎士、兵士に副作用入りの薬を与えたのはわざとだ。勿論理由としては彼ら性獣の行動を抑える為。尤も、あれは実際に勃たなくなる効果いりだったわけだが。


「それにしても、うちのやつをいやらしい目で見ていたぐらいだ。自業自得とは言え、あの人形は恐ろしい代物だな」

「ああ、たしかにな」


 エキもそれに関しては同意だ。あの人形の凄いところは、見た目には人間と変わらず、ある程度の意思疎通も可能なところにある。


 話によると材料と時間次第では人間と全く同じように動くことも可能になるらしいが――その上で、予め設定されたキーワードを告げると、あの仕掛けが作動する仕組みでもあった。


 つまり、仕掛けとは夜のある時間を過ぎると化物に変貌するというものだ。そして一度化物に変化したら後は朝まで周囲の人間を食い尽くす。


 そして日が昇ると同時にあの人形達は街に戻り街に火をつけて自らも葬る。こうすることで怪しい痕跡は一切残さない。


 後で他の騎士や兵士が偵察に来ても、魔物にでも襲われたようにしか思えない事だろう。


「さてと、俺達も覚悟を決めないとな。もう流石に街には戻れない。だから、とりあえずどこかで身を潜め続けるほか無い」


 エキがそう述べる。だがそれに文句を言う者は一人もいなかった。


「だったらその場所まで俺が案内するぜ。シャドウから地図をもらっててな。流石にそこまで立派な建物は用意できないが、雨風をしのげるテントは用意しているし、冒険者も何人か派遣されてる。暫くはそこで暮らして貰うことになるだろうな」


 ドワンがそう言うと、全員の顔に若干の安堵の色が浮かんだ。全く何もないところから始めないといけないと思っていたのだろうから、少しでも援助を受けられるのに安堵したのだろう。


 そして――彼らは新天地に向けて再び歩みだしたのだった……。

これにて第二部の第二章は終わりです。

次から新章に!


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