第23話 危険な言葉
気がついたらメリッサやマサムネ、ニャーコのいる側と残りの俺達がアンデッドを相手している側との間に、えらく頑丈そうな骨の壁が割って入っていった。
完全に部屋を二分する形で壁は天井まで届いている。これがアウナスという魔族によるものか、ビュートによるものかは判らないが――
余裕があれば壁ができた直後にでもキャンセルをかけたいところだったのだが、残念ながら群がるアンデッドの対応に追われていてそれどころではなかった。
ただ、向こうにはマサムネがいる。メリッサも鑑定眼の力があるし、薬を作ることに長けている。ニャーコは忍術で炎を吐くことも可能だ。
向こうは三人とは言えバランスはいいとも言えるだろう。とにかくここは信じるしかない。特にマサムネ頼んだぞ!
正直あいつは俺から見てもかなり強い。単純な火力なら俺なんかより遥かに高いとも思える。
だけど、俺だってキャンセルという唯一無二のスキルがある。上手く活用してこっちもアンデッドを片付け、アウナスをなんとかしたいところだ。
だから俺は改めて双剣を構え、ハリケーンスライサー(キャンセル)ジャイロスライサー(キャンセル)ファルコン!
双剣による全方位攻撃から回転しての突撃に繋ぐ、合間にキャンセルを挟み隙をなくした上で、移動したことで距離も離した。そして最後にファルコンから爆破のボルトを発射する。
これは爆破の余波を受けないためでもあるのだけど――そこから更にアンデッドを貫通して爆発していく先から、クイックキャンセルを連続でかけていく。
クイックキャンセルは通常のキャンセルより短い間隔で連続的にキャンセルを掛けるスキルだ。
上手く使えば通常の攻撃でも連続的なダメージを狙えるわけだが、これを爆発した瞬間に行うことで強力な相乗効果を生んでくれる。
つまりクイックキャンセルを行使することで、爆発が間髪入れず連続で発生する。これによって爆轟に爆轟が重なり、更に強力な大爆発を発生させアンデッド共への大ダメージが期待できるってわけだ。
気をつける点としては、当然味方への巻き添えだな。なにせこれだけの爆発が広がるとその辺しっかり見極めておかないと洒落にならない。
「やるではないかヒット!」
周囲のアンデッドが一気に減ったことで、アンジェの姿も確認出来るようになった。そして、当然、今ので巻き添えを食らった仲間はいない。これで怪我でも負わせたら泣くに泣けないしな。
ただ、アンデッドはいくら倒したところでどんどん蘇生していく。だから結局はあの魔族を倒さない限りは何も解決はしない。
とは言え、流石にこれだけ大量に倒せば蘇生までは時間が掛かるようだしな。咄嗟に考えた手としては悪くなかったな。
「私も負けていられないな、はぁあぁああぁあ!」
アンジェが宝剣エッジタンゲ片手にアンデッドへと切り込んでいく。刃に風の精霊獣を纏わせての攻撃は切れ味も抜群に上がっている。
そしてアンジェはアンジェでアンデッド対策として四肢を切断する程度で攻撃をやめている。
こうすることで蘇生させることなく身動きだけを封じることが出来るからだ。剣術に関していえば俺なんか足元にも及ばないほどの腕前を有すアンジェならでは戦法といえるだろ。
「……フェンリィ――」
「ガウゥウウゥウゥウウ!」
セイラの声に合わせてフェンリィの身体を鋭利な風が包み込む。その状態で縦横無尽に駆け巡り、アンデッド共を切り刻んでいった。
そのやり方はアンジェに追随したものとなっていて、相手の動きを封じることに趣を置いている。
なにせあのフェンリルの子供だけにフェンリィも風を操るのが得意だ。最近は風の刃を飛ばしたり魔法的な攻撃も行使し、咆哮と同時に突風を起こし相手を退けたりもしている。
そしてセイラはフェンリィの様子を確認しつつ、フレイムシュートを連射、アンデッド系は火に弱いという点を上手くついているな。
「中々やるではないか。だが、これでどうかな?」
アウナスがいよいよ椅子から立ち上がり、その手に骨の剣を持ち出した。悍ましいみるだけで胸糞が悪くなりそうな剣だが、素材が骨にも関わらず刃は研ぎ澄まされていた。
「【スワロウソーガ】――」
そして手に持った大剣を遠くから振り抜く。当然、本来であればそんな場所から剣を振ったところで届くわけもないが、しかし同時に白光する渦輪が打ち放たれた。
人程度の大きさなら軽く飲み込めそうな規模の輪だ。それは軌道上のアンデッドさえも飲み込むが、しかしアンデッドには何の影響も及ばさず通り過ぎ、そのまま戦闘を演じていたアンジェに迫る。
「アンジェ!」
迫る攻撃に気が付き、アンジェも回避行動を取ろうとするが、間に合いそうにない。
「キャンセル!」
しかし、アンジェにそれが当たる前にキャンセルで攻撃を掻き消した。
だが、次にキャンセルを掛けるには三〇秒を要してしまう。
「ヒットよ、お前は中々面白い力を持っているようだな。気に入ったぞ、どうだ? この際だからあのビュートと同じように私の下につく気はないか?」
「死んでもお断りだ!」
「ははっ、まあ、そういうと思ったぞ。ならば!」
相手を睨みつけ、吐き捨てるように返す。こんなやつの下になんて冗談じゃない。
だが、アウナスの攻撃は更に激しさを増した。骨剣を何度も振り、さっきの技を連射してくる。
しかしキャンセルで消せるのは三〇秒に一発だけだ。残りはなんとか避け続ける必要がある。
周囲のアンデッドがわらわらとやってくることもあって、俺達は相手の攻撃を避けるのが精一杯という状況に。
一見すると完全にジリ貧だが――
「ははっ、どうした逃げてばかりではどうしようもないぞ? さっきの爆発でやられたアンデッドも既に蘇生は完了している。さあ! 選ばせてやろう! このままアンデッドに貪り喰われるが、私の技にやられるか――」
「どっちでもないはボケェ! やられるのはお前の方や」
「――なっ!?」
だが――作戦は成功だ。アウナスの首から上が見事に浮き上がり、上空でくるくる回転している。その背後にはアンリエルエッジを振り抜くカラーナの姿。
そう、カラーナは気配を消すのに長けた盗賊のジョブ持ちだ。そしてアンデッドというのは基本知能が低い。
だから気配を消したカラーナには気がつけない。そうなると、あのアンデッドの大群はカラーナからすれば敵から身を隠すのに絶好の隠れ蓑となり得る。
そうして密かにアウナスへと近づかせ、起死回生の一撃を狙ってもらった。正直不安もあったが、この中で相手に気づかれることなく近づくことが出来たのはカラーナだけだ。
だから俺はカラーナの特性に賭けた。その結果、まさかこうも上手くいくとはな。
全く、本当に拍子抜けするほどの――
「――ヒット! 油断するな、アンデッドは今も蘇生を続けているぞ!」
だが、そんな俺の考えを吹き飛ばすようなアンジェの言葉。
そして――
「いやはや、これには驚いた、見事な搦手でしたよ」
声に驚き目を向けると、鎧から生えた腕が伸び、落ちてくる頭を掴み首に戻すアウナスの姿。
こ、こいつ不死身なのか?
そして、なんやて!? とその後ろからカラーナの驚嘆する声。
「ここまでされたら、何かお礼をしないといけないな」
「――カラーナ! 何かヤバい! 今すぐ離れろ!」
思わず叫ぶ。その瞬間、カラーナも何かを察したのか、アウナスの肩を蹴り上げ跳躍。更にカラーナは軽快な身のこなしでアンデッドの頭の上を疾駆してくる。
そうだ! そのままこっちに戻って――
「少々もったいないが、さようなら――デス!」
だが、褐色の背中を射抜くような冷たい響き。紡がれしは死の言葉――相手の生命を一瞬にして刈り取る最悪の死の魔法。
「――がっ……」
そして、小さな悲鳴を上げたカラーナが、途端に軽快なその足を止め、ガクンッと力をなくし――アンデッドの渦巻く波の中へと落ちていく。
その光景を俺の視界が、まるでスローモーションのように捉え続けていた――




