第20話 ビュートとの対決
ご主人様から受け取った魔法のバッグをギュッと抱きしめ、そのぬくもりを肌で感じます。
これだけで、このアンデッドの溢れる悍ましい光景の中でも頑張ろうという気になれました。
だけど、あまり浸ってばかりもいられません。私はすぐに腰にご主人様から預かったバッグを巻き装着します。
「メリッサ殿、ニャーコ殿! 大丈夫でござるか?」
「は、はい! 心配なさらないでください。こうみえて身を守る術ぐらいは心得ておりますので」
「にゃ! 心配は不要にゃ!」
そう返し、ニャーコさんの軽快な声も耳にしつつ、私は護身用として携えている、ウィンドエストックも確認。いつでも抜けるように準備はしてあります。いざとなれば私だってこの武器を片手に戦うことも厭いません。
ただ、ご主人様がこのバッグを預けてくれたのは、私が前に出て戦う為、などではないでしょう――
そう、私は調合しやすいように事前に下処理を済ませておいた素材を即座にバッグから取り出し、薬を作成します。
薬の調合は私の重要な仕事の一つです。ですから、毎日何かしら薬の作成に関係することを行ってきました。
その結果、腕も大分上がったと自負しております。そして、薬は何も自分たちが飲むためだけにあるとは限りません。
「作成、浄化の薬!」
出来上がったばかりの薬を、集まってきたゾンビやスケルトンなどのアンデッドに向けてばら撒きます。
すると、薬を浴びたアンデッドが煙を上げて苦しみだしました。
アンデッドに効果があるものに聖水というものがありますが、私が調合した薬もそれに近く、エクソスの木から採取できる樹液にハライグサをすり潰して粉末状にし清水と合わせます。
そして更に特殊な調合法を用いることで濃度を高め、聖水よりも遥かに強力な効果をアンデッドに与えるのです。
人間には無害ですけどね。なので自分にもこの薬を掛け、マサムネさんとニャーコさんにも渡しました。状況が状況だけに投げて渡した形ですが、ふたりとも危なげなく受け取ってくれました。
流石身体能力が高いだけあります。これを身体にかけたことで、アンデッドも簡単には私たちに触れられません。
痛みを感じないアンデッドでも、この効果には抗えないからです。ただ、直接かけるのとかけた相手に触れるのでは効果も変わります。
当然直接よりもふりかけておいた相手に触る場合の方が効果は低くなります。
なので浄化の薬があるからと完全に安心というわけでもありません。油断は禁物です。
尤もそんなことを敢えて言わなくても、おふたりは判っておられるようですね。
そして私はご主人様から賜ったウィンドエストックにも浄化の薬をかけ、近づいてきたゾンビやスケルトンを切りつけていきます。
このアンデッドは例え倒したとしても、すぐに再生してしまうのが厄介です。
なので単純に倒すよりは怯ませておくぐらいのほうがまだマシともいえます。
そして相手が怯んでいる相手に私は更に調合を重ね、肉体強化の薬と、頑丈さを増す鋼筋の薬を作成、ニャーコさんとマサムネさんに渡します。
「メリッサ殿、かたじけないでござる」
「にゃん、助かるにゃん!」
ふたりにお礼を言われてしまいました。やはり誰かの役に立つというのは嬉しいものです。
アンデッドによってご主人様と一時的とは言え離れ離れになったのは悲しいですが、とにかく現況を打破するため、私にできることを模索していきたいと思います。
それに薬を作成してしまえば、ご主人様の声さえ聞こえれば、上手くやれば渡すことが――
「【スカルクリエイト】、骨の壁!」
だけど、その時、あのビュートという裏切り者が何かスキルを使用、すると、なんということでしょう。
ビュートの行使したスキルでご主人様側との間を隔てる堅牢そうな骨の壁が出来てしまいました。
これでは投げて薬を渡すことも叶いません。
「あ~っはっは! 残念だったな! どうだ、この鎧の力で手に入れた僕のスキルは! 惚れ惚れするだろう? どうやら薬を作るのが得意そうだけどな、今後は全て俺が邪魔してやるよ!」
むむぅ! 何か本当に最悪の人ですね。ご主人様とのお話を聞いてる間も胸が痛み仕方ありませんでした。
こんな男のために、あんなにも沢山の方が酷い目に、それを思うと胸が苦しくなります――
「なんだその眼は? あ~そうか、悔しいのか。そうだろうな~この壁の向こうにいるヒットとかいう雑魚が魔族に敵うはずがない上、お前の周りには、か弱い子猫ちゃんと、妙ちくりんな剣を持った脳筋ぐらいしかいないわけだし」
「誰がか弱いにゃん! 舐めるなにゃん!」
言下にニャーコさんが文句をいいました。当然ですね。ニャーコさんはシノビというジョブ持ちな上、忍術という特殊なスキルが使用できるんです。
ただの受付嬢じゃなかったんです。強いんです。
それにマサムネさんだって、刀という武器はちょっと変わってますが、それを扱えさせれば魔獣だってあっさり倒してしまうほどです。
「ふん、おっとお前、随分と熱い視線をこの僕に送ってるな~?」
すると、随分と的外れなことを私に向かって言ってきました。
「さてはお前、僕に抱かれたいんだな~? いいぞ~だったら僕のために精力の上がる薬でも作ってろ! それで気が狂うまでお前を抱いてやるよ!」
「心の底から下衆な男でござるな」
本当に醜悪な男です――マサムネさんが怒るのも無理ないです。それに、私だって好き好んで見ているわけではありません。
この男、あんな趣味の悪い骨の鎧をつけて、喜んでるのが信じられないです。胴体に大きな骸骨の頭が備わってるんですよ。
本当に趣味が悪いです。でも、この男にならお似合いかもしれません。醜悪で下劣で卑劣で愚かな彼にはぴったりです。
「火印の術・息吹にゃ!」
「鬼斬流抜刀術百蓮――」
ビュートが随分と余裕をみせて静観を決め込んでいる間も、マサムネさんとニャーコさんの攻撃は続きます。
流石にふたりともすごいです。アンデッドにはもともと火が有効というのもあるので、ニャーコさんの息吹が効果的なのは確かですが、それんしても轟々と少し離れたこちらにまで熱が伝わりそうな勢いです。
そしてマサムネさんに関しては、正面のアンデッドの波が一気に開かれました。
正直私の眼でも何回斬ったのか数え切れないほどの速さですが、その速さから放たれた斬撃で、切り刻まれたアンデッドの山が築き上げられていきます。
いきますが――でも、アンデッドはいくら倒してもまたどんどん再生していきます。
「アハハッ! 本当に馬鹿だなお前たちは。アウナス様の力でここにいるアンデッドはいくら倒しても立ち上がる。どれだけ倒そうがこの僕に近づくことすら不可能さ。近づけるのはお前らの戦う力がなくなってから、そこの女ふたりを、この僕とアンデッドが犯すときだけなんだよ!」
気持ち悪い。本当に気持ち悪いです! 怖気が走ります。全身が粟立ちそうです。
こんな男に、指一本だって触れさせたくありません! 私の、私の身体も心も、ご主人様だけのものなのですから!
「随分と自信があるようでござるな。されど、倒せないなら倒せないなりのやり方があるでござるよ」
「はん! 強がりだな。倒しても倒せないものを一体どうするってんだ。お前らは何度でも立ち上がるアンデッドには勝てない! 体力をどんどん削り取られ、いずれ動けなくなるのさ! そこからが、この僕の時間だ!」
「そんな時間は――貴様には一生訪れないでござる、【鬼気鬼陣】!」
「ふにゃ!?」
マサムネさんがそう叫んだ瞬間、ニャーコさんの耳も尻尾もピーンと逆立ち、一瞬動きが止まりました。
だけど、それは私も一緒です。何か尋常でない気配がマサムネさんを中心に広がりました。
まさに鬼気迫るような気配――一瞬心臓を鷲掴みにされたような感覚。
ですが、私のそれはすぐに解けました。ニャーコさんも一緒のようです。
でも――アンデッドは別です。
そう、マサムネさんから発せられたソレによって、アンデッド達はピタリと動きを止めてしまったのです。まるで蛇に睨まれた蛙の如しですね。
「す、凄いにゃ! なにかニャーコにも妙な感覚があったにゃ、でも、凄いにゃ!」
「それはすまんでござるな。少々調整を間違ったでござるよ。だけど――これでお主も人、いや、この場合は屍任せといかなくなったでござるな」
「ぐ、うぐうぅううぅうう!」
ビュートが悔しそうな顔を見せていますが、おかげで溜飲が下がった気がしました! この調子でいけば、この裏切り者のビュートを打破できそうです! 無念の死を遂げた冒険者達の分まで頑張らないと!




