第19話 余裕のアウナス
「そ、そんな! この檻を抜け出すなんて!?」
ビュートが驚愕の表情を浮かべた。俺たちを檻に閉じ込め、捕獲できたと喜んでいたんだろうけど、悪いが俺達は檻の中で手なづけられるような動物とはわけが違うんだよ。
「はははっ、まあ当然だろうな。この者たちの潜在能力は高い。あの程度の檻、運ばれている途中もいつでも抜け出せる自信があったのだろう」
しかし、ビュートとは対象的にアウナスは悠然たる態度で言い放つ。随分と余裕があるな。俺達ぐらい葬ろうと思えばいつでも出来るといった自信を感じさせる。
「そのように余裕を見せていられるのも今の内だ。魔族ということで随分と我らを甘く見ているようだがな」
「アンジェの言うとおりや。大体魔族なんてもんはなぁ、うちら何度も相手しとるんや。もう怖くもなんともないんやで」
でも、アンジェも負けてないな。自信に満ち溢れた佇まいと、物怖じしない強い口調で言い返している。
そしてカラーナも相手を挑発するように腕を組み、片目を瞑ってアンジェに続いた。
「ふふっ、まあいいだろう。少しばかり遊んであげるとしますか」
いよいよアウナスが立ち上がったな。向こうはやる気満々といったところか。
だけど、この状況で戦々恐々としているのが一人だけいるけどな。そうビュートだ。
「ヒット殿、この下劣な輩は拙者が相手して宜しいでござるか?」
その理由は明白だな。マサムネがビュートと相対し、修羅のごとく形相で睨み続けている。
……冷静に考えればビュートが裏切り、骨の中に捕らえられた女冒険者を倒し続けてきたのはマサムネだ。一見冷静に見えたマサムネだがやはり憤りは覚えていただろうし、湧き上がる怒りも大きいのだろう。
「ああ、そいつは頼んだマサムネ。彼女たちの無念を、しっかりその身体に刻んでやってくれ」
「承知したでござる」
刀の柄に手をかけ、ジリジリと近づいていく。その気迫にビュートは完全に呑まれているな。
これはこっちは問題なさそうだが――
「ビュート、何をそこまで恐れている? お前にはその腕輪があるだろう。それを発動してみろ、きっと面白いことが起きるぞ」
腕輪? そういえば確かにビュートの腕には髑髏のあしらわれた腕輪が嵌められている。正直輪の部分も骨で出来ていて趣味が悪いなと思えるけど――
「こ、これか、よし!」
ビュートが決意めいた表情で腕輪に集中する。
すると、突如腕輪がガチャガチャと蠢きだし、髑髏が笑い声を上げながら、骨が伸びビュートの身体をぐるぐる巻きにしていった。
「これはまた、面妖な――」
流石にこの光景にはマサムネも驚きを隠せないようだな。発せられた声からもそれが判る。
「うわ、うわぁ! な、なんだこれは! ひっ、そ、そんなところまでぇええぇ!」
だが、それは当の本人であるビュートも一緒なようだ。それにしてもどんな仕組みかは知らないけど、伸びた骨が縄みたいにビュートをぐるぐる巻きにしていって、すっかり姿が見えなくなったな。
中で何が起きているかは想像したくもないけど――これはもしかしたらキャンセル掛けておいた方が……。
「そやつにばかり集中していていいのか? 言っておくが檻から出たぐらいで安心しているなら甘いぞ、何せお前たちは既に取り囲まれているのだからな? さぁ顕現せよ、我が下僕達よ!」
なんだ? と思っていると、突如床一面にばら撒かれていた骨が突如形を変えスケルトンとなり、死体はゾンビとして蘇り続々と起き上がり始めた。
「ちっ、こいつら全員アンデッドだったのかよ!」
とりあえず俺は、ビュートから目標を変えて蘇ったアンデッド共に向けて範囲指定のキャンセルを掛けた。
何せアンデッドが立ち上がるまでが早すぎる。おかげでビュートの位置も一瞬見失ったほどだ。
だけど――このキャンセルは正直意味がなかったことに気がついた。何故なら一度キャンセルして蘇りを阻止したところで、すぐにまたアンデッド化が始まるからだ。キャンセルは一度使用すると同じ相手に連続使用は出来ないし、そう考えるといくらキャンセルしたところで体力の無駄以外の何物でもない。
「くっ、あはははははっ、これはいい! 体中から力が漲るようだーーーー!」
かと思えば、ビュートの勝ち誇ったような声が俺の耳に届いてくる。だけど大量に湧いたアンデッドが壁となってどんな状況か掴みきれない。
「ご、ご主人様!」
「メリッサ!?」
やばい! メリッサがアンデッドの波に飲み込まていく。いつの間にか身体を引き摺られていたのか!
「ま、待て、くそ! どけ――」
ワラワラとゾンビが寄ってくる。スケルトンが攻撃を仕掛けてくる。
くそ! 邪魔だ! このままだとメリッサが――
「にゃん、火印の術・息吹にゃ!」
だが、メリッサがアンデッドに飲み込まれた位置で、ニャーコの声と同時に火柱が上がった。
あれは、そうかニャーコの忍術か!
「にゃん、メリッサは無事にゃん!」
「ご主人様、私は大丈夫です!」
ニャーコとメリッサの元気な声が聞こえてきた。
良かった――とりあえず大事には至らなかったようだが。
とは言え、このアンデッドの影響で俺達は完全に分断された形になってしまった。
「ニャーコ! どこにいる?」
「ここにゃん!」
「だったらこれをメリッサに渡してくれ!」
俺は声のした方へ向けてマジックバッグを放り投げた。
すると、にゃん! と声を上げて跳躍したニャーコがバッグを咥えて再びアンデッドの中に。マジで猫みたいだな。
「ご主人様ありがとうございます――」
メリッサの声が聞こえていた。どうやら無事受け取ったみたいだな。何せあのバッグにはメリッサの採取した薬の材料も大量に入っている。
しかも事前にメリッサは薬研で調合がいつでも手早く出来るように粉にしたりと下ごしらえもばっちりだからな。
何かと役に立つだろう。
「ヒット殿、メリッサ殿とニャーコ殿とは合流できたでござる、こっちは任せるでござるよ」
おっとどうやらマサムネとも一緒になったようだな。
「ふん、馬鹿が! この姿になればてめぇみたいなイカれた格好のに負けるかよ! てめぇをぶっ殺してからまずそっちの女を犯して、その後にアンデッドにも犯らせて生きたまま喰わせてやるよ!」
ビュートも、もう隠す気が全く無いな。くそ、不安しかないが――
「ボス! こっちもアンデッドがわらわらやねん!」
「……あの魔族倒すのも一苦労」
「アン! アン!」
「ヒット、とにかく少しでもアンデッドを減らさねば!」
「あ、ああそうだな」
とにかく向こうは向こうで信頼するしかないな。 こっちはこっちでさっさと排除してしまおう!
一方その頃――そうヒット達がアンデッドに囲まれなかなか厄介な状況に陥っている頃、エリンは一人ヒット達の帰りを待ちわびていた。
「精霊さんも町も、エリンが守るなの! 矢でも魔法でも持って来いなの!」
そして、ヒット達の言いつけを胸に、町に何かあったときは自分がなんとかするなの! と張り切ってもいた。
「あ、いたいた、エリンちゃ~ん」
すると、屋敷の庭に設けられた噴水の前で張り切るエリンを呼ぶ声。にこにことした人の良さそうな笑顔を浮かべ近づいてくる彼女はこの地域の領主エド・マントス・エレメンの妻である。
「エリンちゃん、こんなところで一人で遊んでいたの?」
「ち、違うなの! エリンは町を守るためのパトロール中なの!」
「あらあら、エリンちゃんってば偉いのね~」
頭をなでなでするエレメン夫人である。完全に子供扱いである。しかし実際子供だから仕方がない。
「ところでエリンちゃん、美味しいパイが焼けたの~一緒にどう?」
「だ、駄目なの! 魔物が襲ってきたり魔族が襲ってきたら大変なの!」
パイの言葉に長いエルフ耳をぴこぴこさせたエリンであったが、それでも使命を守ろうと健気に断ろうとした。
「そう、残念ね」
「う、うぅ、仕方ないなの」
涙目で明らかにしょげるエリンである。すると夫人が微笑み、そうだ、と手を打った。
「なら、エリンちゃん、パイを食べながら魔物と魔族に備えるというのはどうかしら? きっとそのほうが効率もいいと思うわ~」
エレメン夫人からの提案。それに再び耳をぴこぴこさせるエリンであり。
「そ――」
そしてくるっと夫人を振り返り、真剣な目で彼女を見つめ言葉を発し。
「それはいい方法なの!」
「うふふ、そうよね。それじゃあいきましょう。ふふっ、でも嬉しいわ、娘が出来たみたいで」
エリン陥落! やはりエルフの幼女は甘い甘いパイの魅惑には勝てなかったようである――
拙作が星球大賞の一次選考を通過致しました。
これも偏に皆様の応援のおかげです。本当にありがとうございます!
後は二次も通過出来ることを祈るばかりです。




