第18話 ビュートと魔族
「ねえ? 今どんな気持ち? 手も足もでなくてどんな気持ち~?」
檻の中に閉じ込められた俺達に向けて、ビュートが小憎たらしい顔で訊いてくる。
俺達が結果的に捕獲されたこの檻は、どうも移動が出来るタイプだったらしく、その為、今は檻に入れられたまま、例のアンデッドのナイトに引かれて揺られている最中だ。
……正直言えば、今すぐにでもこいつら全員ぶっ倒したい気持ちでもあるんだけどな。
だけど、檻ごといどうする直前、このビュートが言った言葉を耳にし、とりあえず大人しく閉じ込められておこうという話になった。
なぜかと言うと、どうやらこいつら、俺達をこのまま現在ダンジョンを牛耳ってるボスの下へ届けてくれるようだからだ。
つまり、本来の目的地まで連れて行ってくれるというのだから、こちらとしてはありがたい話でもある。
「それにしても、野郎ふたりはともかく女たちのレベルは本当に高いな。ふふっ、これは楽しみだ」
好色でゲスな笑みを浮かべながらビュートが言う。この表情一つで何を考えているか丸わかりだな。
「ばっかやないの! いっとくけどなぁ、うちらあんたみたいのの好きになんかならへんで!」
「ふん、小生意気な女だな。だがそれがいい。お前みたいな女を屈服させるのも僕は好きでね。そっちのツンっとしてる女騎士もいいね。そういうのに限って一度やられれば従順になるんだけどな」
「くっ! 誰が貴様なんぞに!」
カラーナが吠え、アンジェが瞳を尖らせる。嫌悪感が半端ないけど当然だよな。
むしろこんな奴に指一本でも触れさせてたまるかってところだ。
「その勝ち気な感じもそそられるよ。そっちのメイド服も胸が小さいのが残念だけど、クールな感じがいいし、ドレスのはこれまた胸が大きいし、そんな露出度の高いの着ちゃって誘ってんの? ふふっ、いいよ僕が後でいくらでも相手してあげるからね」
「だ、誰が貴方なんかに! これはご主人様の趣味なのであって、貴方に見せるためじゃありません!」
「……噛みちぎる」
「グルウルルルウゥゥウウ!」
……いや、うん、いいなりにならないっていうそれは素晴らしいんだけど、別に趣味ってわけじゃないからね! メリッサのドレスは性能で見てるから! 性能だから!
あと何気にセイラも怖いな。何を噛みちぎる気だ何を。というかナニだとしたらバッチィからやめなさい。
「猫耳の子も中々可愛いよね。ちょっと性格が残念そうだけど」
「お前には言われたくないにゃ」
「全くでござる。ニャーコ殿はこうみえてとても理知に優れているでござるよ。拙者が道に迷ってもすぐに修正してくれるでござるし」
「……何かそれ馬鹿にされてる気がするにゃ」
マサムネに言われてもな……そもそもマサムネの方向感覚が群を抜いておかしいわけだし。
「……お前、さっきから勝手なことばかりいいやがって。言っておくが俺の仲間には指一本触れさせないからな」
とはいえ、ここまで好き勝手言われて黙ったままじゃ男がすたるしな。そこんところははっきりさせてもらうぜ。
「ふふっ、そんなこと言ってられるのも今のうちさ。それにしても、君本当に生意気で腹が立つよ。僕でもこれだけの上玉、ハーレムメンバーにいなかったのに、お前みたいな目つきの悪い冴えない男がね。全くこんなののどこがいいんだか」
……くっ、なんか目つきが悪いは久しぶりに言われた気がするな……切れ長のせいで地球では結構言われてたことだけど。
それにしてもハーレムって、やっぱこいつ仲間の女をそんな目でみてたのか。その上、自分を慕ってくれていた仲間をあっさり敵に引き渡すわけだがマジで真性の屑だな。
「ふざけたこというとるんやないで、このボケ! カス! ボスに比べたおまんなんか月とすっぽん、いや、神様とゴキブリや!」
「ご主人様のことを何も知らない癖に勝手な事を言わないで下さい! それに冴えないなんて、ご主人様は世界一の素敵なご主人様です!」
「愚か者ほど他者を貶めるのに必死になるというものだ。お前のように多少顔がいいというだけでチヤホヤされた男ほど勘違いが甚だしい。一体貴様のどこにヒットに勝る部分があるというのか? 身の程を知れ!」
「にゃ~こいつは本当に気持ち悪いにゃ~久しぶりに鳥肌が立ったにゃ~」
「……お前なんてフェンリィの餌にもならない」
「アンアン!」
ビュートに対して女性陣から猛バッシングが送られる。フェンリィも後ろ足で砂を掛ける素振りを見せたほどだ。
「ふむ、ヒット殿はもてもてでござるな~」
「あ、いや、その――」
そこはスルーしてくれよ! がっはっはって笑いながらはっきり言われると照れて仕方ない!
本当改めて見ると俺には勿体無い仲間ばかりだよ。
「ふん、そんな態度でいられるのも今のうちさ。さあ! もうすぐ我らが主の部屋に到着だ!」
俺達が捕まった場所から暫く言った先、何か壁の開く隠し通路を抜けた先に魔法陣の刻まえた部屋があり、その中心部に降ろされる。
するとあたりが光に包まれ――かと思えば何か大広間を思わせる空間にでた。
四方を壁に囲まれているけど、壁に沿って柱が立ち並び、妙に厳かな雰囲気が感じられる空間だ。
尤もそれは床を見なければだけどな。何せ床には死体や骨がびっしりと転がっている。魔法陣のある場所以外は床も見えないほどだ。
全くもって趣味が悪いな。匂いもキツイし、そのせいかフェンリィも顔を顰めている。セイラが宥めているけどかなりつらそうだな。
『我がダンジョンへようこそ、勇敢なる冒険者よ。見事最深部まで到達したお前たちに心から敬意を送ろう』
すると、正面から大仰に手を叩き俺達を迎える人物。
そいつは正面の椅子に腰を掛けていたわけだが――
「見るからに性格の悪そうなやつだなお前は」
「全くだ、悍ましい!」
俺とアンジェが吐き捨てるように言う。何故か? あまりに胸糞が悪かったからだ。
奴は、奥にある椅子に腰を掛けていた。骨で作られた台座の上に設置された椅子だ。
恐らく奴は玉座のつもりなのだろうが――その材料はあまりに悍ましい。
何せ奴が腰を掛けている部分は明らかに女の胴体を利用して組み合わせ固めたものだ。しかも首から上はなく、その頭だったであろう部分を骨で作られた背もたれにまるで装飾品のように飾ってある。
「うん? 何を怒っているのだ? ああ、そうかそうか。この素材のことを言っているのだな? ふふ、しかし君たちは勘違いしているぞ」
両手を広げ、愉しげに語る。見れば判るが、こいつはやはり魔族なのだろう。胴体の部分に骨で出来た悪趣味な鎧を身に着け、蒼い肌の顔を晒している。
額からは短い角が一本生えていて、後ろ髪の長い白髪という様相。
その魔族の男が俺たちに向けて更に言葉を続けてきた。
「この素材は自らの境遇を誇るべきなのだ。何せ魔族の男爵たるこのアウナスに選ばれたのだから」
「……選ばれたやって?」
相手を睨めつけながらカラーナが問いかけす。すると、魔族の男爵を語る男が不敵な笑みをこぼし。
「そう、彼女たちはこのダンジョンで死にこそしたが、この私に気に入られたおかげで素材として永久に残り続ける。これは素晴らしいことだ。ふふ、みてみるがいいこの顔を。この絶望に満ち溢れた表情は、見ているだけでこの雌どもを甚振っている最中の事を思い出させてくれる。ああ、実にいい――」
椅子の素材となりはててしまった女の顔を撫でながら、そんなことを口にするアウナスという男に殺意が湧く。
こいつの言うとおり、椅子に張り付いたその顔はどれもが絶望の色を滲ませていて、一体ここで何が行われていたのかを如実に表していた。
「酷い、どうしてこんな酷いことを……」
「女の敵にゃ! 絶対に許しておけないにゃ!」
メリッサは椅子から顔を背けながら唇を噛み締め、ニャーコは歯牙を剥き出しに怒りに震えている。
セイラは口にこそしないが、アウナスを見る瞳は恐ろしく冷たく、フェンリィは唸りっぱなしだ。
「……あのおなご達もお主の仲間だった者でござるか?」
そんな中、マサムネがビュートに向けて問う。
すると、ははっ、と一笑し。
「そうさ。僕の貢物が気に入ってもらえたようで嬉しいよ。ま、あの女も椅子の材料にされただけマシだろ?」
「……お主の事はよくわかったでござるよ。お主に騙された冒険者の無念は、必ず拙者が晴らすでござる」
「あ~はっはっは! 面白いことを言うね! 一体この状況で何が出来ると言うんだか! ねえアウロス様、もうこいつらさっさと殺ってしまいましょうよ~あ、でも女はとっておきましょうね。中々こんな上玉はいませんから」
「ふふっ、たしかにそうだな。この装飾にも飽きていたところだ。だが、その女たちであれば新たな素材にふさわしい」
「あ、でも、その前に味見は是非この僕に! ここまで運んできたわけですから――」
そんな遣り取りをする魔族とビュート。全く、随分と勝手なことを言っているけどな。
「全く、本当にいい気なものだぜ」
「本当でござるな。わざわざここまで運んでくれたのはお主だと言うのに」
は? と間の抜けた声を発するビュート。だけどな――
「やるぞ皆!」
俺が声を発すると同時に、俺も含めた全員が行動に移る。その瞬間、俺達を捕らえていた檻は粉々に砕け散った。
「な、ななな! なんだって!」
「はいはいここまでご苦労さん。ば~か、この程度、出ようと思えばいつでも出れたんだよ」
悔しそうな表情で唸るビュートに言い捨て、そして俺は椅子の上でふんぞり返る魔族を睨みつけた――




