第16話 助けを呼ぶ男
俺達はその後もアンデッドを倒しながら、下へと降り続けた。
幸いなことにあのスレイブホーンは途中から大分その数を減らしていったわけだが――いや、幸いというのもおかしな話か……。
それはある意味では、もう捉えられてる女冒険者はいなくなったとも言えるわけで……いや、よそう。それに全員が死んだといい切れるものでもない。
もしかしたら冒険者にだってまだ生き残りがいるかもしれないんだ。かなり入り組んだダンジョンでもあるしな、そのあたりを彷徨い続けている可能性も――
『た、助けてくれぇええぇ! だ、誰かーーーー!』
「ご、ご主人様今の声は!」
「ああ、間違いなく人の声だな!」
「うむ、こっちから聞こえたでござるな!」
「違う! 全然違うにゃ! どこをどう聞いたらそうなるにゃ!」
こんな時にそんなボケはいらないぞマサムネ! あ、いや渋々と戻りつつも表情は真剣だった。本人はいたって真面目なのかよ……。
「何や緊張感に欠けるけど、気配はこっちや!」
「アオン!」
「……フェンリィもこっちといってる」
「うむ、急ぐぞヒット!」
「ああ!」
皆に促され、俺も先頭を行くフェンリィやカラーナの後を追った。
声の主はわりとすぐに見つかった。二度ほど分岐を曲がった先にちょっとした空間があって、そこで一人の男が魔物に追い詰められていたからだ。
追い詰めてる魔物は大きな骨鬼といった姿。骨太で片手に持ってる武器も巨大な大腿骨といったところか。
そして助けを求めていた男は、見た目には中々のイケメンで、男の癖にサラサラの金髪ロン毛。見たところ動きやすそうな、それでいてしっかり保護するところは保護できている白銀色の鎧。赤マントを羽織っていて、武器はこれもかなり切れ味の良さそうなバスタードソード。
……う~ん、見た感じ構えも結構出来てるし、別に弱そうじゃないんだけどな。まあ、相手がそれだけ強いってことなのかもだが。
「鑑定できました! あの魔物はスカルジャイアント! え~と、体力があってしぶとい魔物ですが、骨を振り回すぐらいしか出来ない単純な敵ですね。ただ攻撃力が高いので近づくなら注意して下さい!」
……ふむ、なるほど。
「それであれば拙者に任せるでござる」
「ニャーコにも任せるにゃん」
「……やる」
「ふむ、私でも役立てそうだ」
そして全員が前に出てマサムネは、鬼斬流抜刀術鬼爪、という技で鬼の爪に似た斬撃を飛ばし、ニャーコは火印の術・息吹で骨を焦がし、アンジェはウィンガルグと協力しての風刃で、セイラはファイヤーボールの魔法を放って、そしてトドメは俺のこの腕に装着したファルコンに爆破の効果が篭ったボルトを装弾し、発射!
接近すると危険な魔物ってことで遠距離からの総攻撃で攻めたわけだが――可哀想なぐらい何も出来ず一方的に蹂躙されてスカルジャイアントは倒れた。
……ま、相性とかあるしな。
「ほ、本当にありがとう、助かったよ! 強いね君たち!」
そんなわけで金髪碧眼のイケメン君が俺達にお礼を言ってきた。パッと見の印象は中々爽やかな好青年でもある。いちいち髪を掻き上げたりする仕草は鼻につくが。
「――それにしても、随分と見目麗しい女性の多いパーティーだね。君がリーダーなのかな? なんとも羨ましいよ」
白い歯をニコリと覗かせ、そして彼は女性陣に愛想を振りまいた。
……う~んなんだろう。そこはかとなくイラッとする雰囲気も纏ってるんだよな。いや態度とかに特に問題あるようにも感じないんだけど。
「拙者のような男も混ざってるでござるよ」
「え? ああそうだね。君変わった格好してるよね~でも技は凄かったよ。うん」
技は、ね……。
「そんなことより、あんさんこんなところにいるって事は冒険者なんやろ?」
「おっとぉ! これは奇抜な口調で、でもまたそこがいいね。褐色の肌も健康的で魅力的だし」
……質問してるんだから答えろよ。いや、褒める事自体は悪くないんだろうけど。
「質問に答えるにゃ。とりあえず名前ぐらい知りたいにゃ」
「僕が教えたら君たちも教えてくれるかい?」
……うわ、なんだそれ。急に口説きにでも入ってるような様子に変わったぞ。この状況でよっぽど自信があるんだな。
「名前ぐらいこの状況ならいくらでも教えよう。私はアンジェだ。さぁ君の名は?」
「アンジェ、君によく似合う美しい名だ。そう、まるで草原に咲き乱れる可憐な華のよう、ヒッ!」
「いいから早くいえ!」
「……こいつ、いけすかない」
「ウォン!」
アンジェが喉元に剣を突きつけて問い詰めた。セイラも表情は相変わらずだけど、あんまりこの手のタイプはよく思ってないようだ。フェンリィもね。
「何か軽薄な方に思えますね――」
そしてメリッサも中々辛辣だった。うん、意外にも女性陣には不評だな。でもなぜか胸がスッとしたけど。
「は、はは、判ったよ。だからこの剣はおろしてほしいかな。うん、僕の名前はビュート、こうみえて結構アクアマントスでは名が知れた冒険者のつもりなんだけどね」
名が知れてるなら、こんなところで情けない悲鳴を上げて逃げ回ってるのもどうかと思うけど、て、あれ? ビュート? 何か聞いたことがあるような?
「……ビュートというとエキスパート冒険者のビュートでござるか?」
するとマサムネが彼に向けて確認の言葉を投げかける。それを聞いて俺も思い出した。
そうだ、ビュートといえば確かギルドで聞いた、ダンジョンに向かった冒険者の一人の名前で、そして――
「そや! ギルドで確かに聞いた名前やで。うちも思い出したわ。でも、それやったらなんで一人やねん!」
「……え?」
「カラーナの言うとおりだ。俺も聞いたぞ、そしてビュート、君は確か多くの女冒険者とこのダンジョンに挑んだんじゃないのか?」
一瞬だが顔が引き攣ったその姿を俺は見逃さなかった。だから俺もカラーナの後を引き継ぐように質問をぶつける。
すると、ビュートはどこか答えを躊躇っている様子。
「答えてもらおうか? 君は一緒だった冒険者をどうしたんだ?」
「……いや、実は逸れてしまったんだよ。それで僕も彼女たちを探して回っててね。その途中であんな化け物に襲われてしまって」
「……うそ」
「へ?」
ポツリと述べられたセイラの一言にビュートが反応した。そして怪訝な顔でセイラに問い返す。
「なんで君に嘘だって判るんだい?」
「……どう考えても不自然。迷宮の奥で全員が逸れる、怪しい」
確かにセイラの言うとおりだ。今のビュートの言い方だとこの階層で仲間と逸れて探して回っていたように聞こえる。
だけど、こんな危険な迷宮で逸れるような行動を取ること自体がおかしいし、第一――
「お前、今探して回ってるって言ってたよな?」
「ああ、そうだけどそれが何か?」
「だとしたらやはりおかしい。……あまりいいたくはないが、俺達は途中で魔物に身体に取り込まれた女冒険者を沢山見ている。しかもこの階層の前でな。なのにここで逸れたというのには無理があるだろ?」
「……それで、その冒険者はどうしたんだい?」
「拙者がとどめを刺したでござる」
「――ッ!?」
ビュートの問いにためらう様子もなくマサムネが答えた。それにビュートが一瞬目を見開く。
「……そうか、いや別に恨んでやいないさ。あのままじゃ彼女たちもあまりに哀れだしね。そして、確かに逸れたというのは嘘だ。実は途中でかなりの強敵に襲われてね。僕もなんとか助けようと頑張っては見たんだけど、このままじゃ全滅すると思って――苦渋の決断だったけど仲間を置いて逃げてしまったのさ」
眉を落としてそう説明し、軽蔑するかい? なんてことも聞いてきた。
……救えなかったという意味では俺達だって一緒だ。だから責める資格なんてないとは思うんだが、どこかモヤモヤするな……。
「私たちにそれをどうこういう資格はないさ。ただ、今の話だと全滅を避ける為だったと聞こえるが?」
「ああ、実はちょっと怪我人なんかもいてね、今は比較的安全な場所を見つけてそこに彼女たちを休ませているんだ。ただ、そのままじっと黙っているわけにも行かないから男として僕がこの階層を調べて回ってたわけさ」
……話としては特に不自然な点はないか。
「そ、それなら私、薬が作れます!」
「そやな、それにセイラも回復魔法が使えるで」
「……初級だけど」
「ウォン!」
「本当かい!? それは助かるよ! 正直薬も切れてしまってどうしようかと思っていたんだ。少々図々しいお願いかもしれないけど、怪我人を見てやってはくれないかな?」
「それならば、放っておくわけにもいくまい?」
ビュートの願いを耳にし、アンジェが俺に目で問いかけてきた。確かにそれを聞いたら見過ごすわけにもいかないか。生き残りの冒険者がいるなら出来るだけ助けたい。
「情けは人の為ならずともいうでござるしな」
「にゃん、ニャーコも特に異論はないにゃ」
「……判った。じゃあ案内を頼めるかな?」
「本当かい? 良かったこれは僥倖だったな。じゃあこっちだよ、ついてきてくれ」
そんなわけで俺達はビュートの後について怪我人がいるという場所へ向かった――




