第15話 敵の推測
あれからの迷宮攻略は熾烈を極めた。いや、正直いえば敵自体はそこまで手強いのが出てくるわけでもなく――だけどな……。
『ウォオォオォオオォオ――』
『グゥウアウアアァアア』
「チッ! ボスまたアンデッドや!」
「しかも、まだ死んで間もないものだな……」
「つまり、このアンデッドも攻略に向かった冒険者達の成れの果てということにゃ」
「こ、こんなのが一体いつまで続くのでしょう」
「…………」
「クゥ~ン……」
「ヒット殿、そして皆様も、つらいでござろうが、ここまで来たら――」
「ああ、判ってるさ……」
群がるアンデッド達を俺たちは次々と駆逐していく。元は同じ冒険者だ、アンデッドは痛みがないのかもしれないが、それでも出来るだけ速やかに天国に送ってやりたい。
ただ、アンデッドはまだいいというのも失礼な話だが、すでに死んでいる分、それでも諦めがつく。
だけど――
「い、いやだぁああ、死にたくない、死にたくないよぉ――」
「判ってます、これしかないって、判ってます、だけど、だけど……」
「いや! 娘だってまだ小さいのに! こんなところで死ねない、死ねないよーーーー!」
全員の表情が昏く沈む。正直見ているのもキツイ。あのスレイブホーン、あそこにだけ登場する魔物というわけではなかった。
と、いうよりほぼ間違いなくあれ以降の各階にいて、しかも下ではどこかの部屋限定というのではなく、普通に徘徊して歩いていた。
そして――当然だが奴らの骨の中には常に何も身につけていない女がいた。そもそもスレイブホーンが捕らえているのは常に女だ。
逆に男はアンデッドとしてだけ徘徊して回っている。正直胸糞が悪くなるダンジョンだ。こんなに気分が悪いのは初めてのことだろう。
「……無痛斬」
だけど、何より心配なのはマサムネだ。何せスレイブホーンに関して言えば対処は全てマサムネが買って出ている。少しでも一思いにあの世に送ってあげたいという気持ちが強いのだろう。
そもそも俺達だとダメージは全て中の女性達に向かってしまう。魔物に向かうダメージを代わりに全て受け止めるのだから、その苦しみは想像を絶するものだろう。
『クカカッ、そうか、あっさりと仲間だった者を殺すか! 女を殺すか! いい性格であるな。称号は差し詰め仲間殺しと言ったところか? 全く可愛そうにな。先程の女など娘がいるというのに、それなのに迷いもせず、お前たちは鬼か? 全くこれではどっちが悪かわかったものじゃ――』
「黙れ、無痛斬!」
……またひとり死んだ。諸悪の根源が何を宣ってやがると文句の一つも言いたいが、正直言葉がもう出てこない。
そもそもこんな罵声はさんざん浴びせられてきた。魔物のくせにあいつらは妙に饒舌だ。キャンセルで強制的に口を閉ざさせたのもあるけど、こう続くと気力的にそれも苦しくなってくる。
「マサムネさん、大丈夫ですか?」
「……はは、心配かけてしまいかたじけないでござる。でも、まだ大丈夫でござるよ」
……強がりだな。なんとなく判る。浮かべる笑みにも力がなくなってきてるし、声のトーンもおちてきている。
だけど、これは別に戦闘による負傷というわけではない。精神だ。そうこのダンジョンでの戦闘はとにかく精神をすり減らす。心を折られそうになる。
「本当に、なんやねんここは! ええ加減にせぇや! 次から次へと、身内ばかり送りこむなんて、人のすることやないで!」
「……カラーナ、ここはダンジョン、人が何かをしているわけじゃない」
「それぐらいわーっとるわボケェ!」
「クゥ~ン、クゥ~ン」
フェンリィが悲しそうに鳴いた。やばい、この陰鬱とした空気はやばい。
いつもならムードメーカーのカラーナでさえ、このざまだ。
「カラーナ、セイラはちょっと突っ込んでみただけだと思うぞ。セイラなりの気遣いだと」
「……わーっとるボス。ごめんセイラ、うち、苛々してて」
「……大丈夫判ってる」
とりあえず誤解は解けたか。流石にこの状況で仲違いは不味いしな。
「しかしヒット、正直このまま進み続けるのは厳しい。少しは休んだほうがいいだろう」
「ああ、そうだな――」
正直先を急ぐばかりにかなり強行してた部分も大きいか。だけど、ダンジョンはまだまだ先が長そうだ。正直時間も判らないが、ここらで一休みしておいた方がいいだろう。
とは言え、ダンジョンでゆっくり休めるポイントというのはそう多くないのだが――そこはカラーナやニャーコ、そして素晴らしい観察眼を持ったメリッサのおかげもあってか、なんとか小休止できそうな空間を見つけることができた。
「ふぅ、とりあえず一息はつけそうだな」
「にゃん、このあたりなら魔物の気配も少ないにゃん」
「そやね、空気の淀みもまだマシな方やし」
「……アンデッド特有の匂いも感じないとフェンリィも言ってる」
「アオン!」
優秀な斥候役にフェンリィの鼻もあって助かったな本当。
「だがヒットよ、そもそも、このダンジョンはあまりに異質だ。私も過去に何度かダンジョンに潜ったことはあるが、ここまで陰湿なものはなかったぞ。トラップぐらいならまだしも、あまりに敵の配置が醜悪であるし、正直これが自然のものとはとても思えない」
「わ、私もアンジェの意見に同意です。このダンジョンにはなんというか人為的なものを感じます」
「にゃん、ニャーコもそれなら納得出来るにゃ。それにこのダンジョンは罠がそんなに多くないにゃ。でもその理由があの腹ただしい魔物とより多く戦わせる為と言うにゃら判らないでもないにゃ」
なるほど、確かにそれは、俺も薄々勘付いていた。ただ偶然生まれたダンジョンにしてはやることに手が凝りすぎている。
どう考えてもこのダンジョンは俺達の精神をすり減らす目的で稼働しているようにしか考えられない。
そして、そうであればこのダンジョンが湖の汚染に関係しているというのも納得できる。
「しかしでござる、ダンジョンに手を加えられるものなどいるでござるか?」
疲れきった目でマサムネが問いかけてくる。そうか、マサムネも流石に俺たちが遭遇した事件について詳しく知っているわけがないからな。
だけど、俺達にはそれに思い当たる節がある。と、いうよりそれしか考えられないが。
「ああ、いるさ。俺達もそれには随分と手を焼いた」
「……やはりヒットもそれを考えていたか」
「ま、こんな悪賢いことを考えるのは連中ぐらいやしな」
「……腹ただしい」
「……ワン! グルルルルルルルゥ!」
「う~ん、皆の考えてる相手はニャーコも判るにゃんが、でもだとしたら相当厄介にゃんね」
ニャーコがため息混じりに言う。確かにな、セントラルアーツでも随分と苦しめられたし。
だけど、そうなると俺達だって放ってはおけない。
「……何やら拙者以外の皆様には判っているような素振りでござるな。しかし、それは一体?」
「ああ、実は――」
俺はこれまでの経緯をマサムネに話して聞かせた。
「なんと、そのようなことがあったでござるか。しかし、そうなるとこのダンジョンに手を加えているのは?」
「ああ、恐らくだが、魔族の連中が関わっている可能性が高いと思う」
そうでなければこの嫌らしい方法の理由がつかないしな。本当に、腹ただしい奴らだ……。
「ふむ、ただ、どちらにしても先をゆかねばはっきりとしたことはわからぬでござるな」
「ああ、そうだな。だけど、マサムネ本当に大丈夫か? かなりつらい役目を一人でこなしてるけど」
「そうで、ござるな。何か美味いものでも食べることが出来れば、きっとまだまだ頑張れると思うでござるよ」
「は? なんやそれ、ほんまあんた食い気張りすぎやで」
「でも、確かに休憩したらお腹が減ってきましたね」
「うむ、ダンジョン内だけに無駄にはできないが少しぐらいはいいのではないか?」
「……食べないと持たない」
「ウォン」
確かにな。一応外でマサムネに結構食べられはしたけど、それでもまだ保存食もバッグに残ってるしな。
「ああ、そうだな。とりあえず腹ごしらえするか」
なので俺はマジックバッグから食料を取り出し全員に分け与える。勿論飲料水もね。
それにしても、なんだかんだでマサムネの発言でちょっと場の空気も和んだな。本当、厳しいことを言うこともあるけど、不思議な侍だな。
それにしても――あくまで可能性の話だが、相手が魔族となるとこっちも気合を入れないといけないな……。
新連載始めました。
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