第14話 仕方のないこと
「な、なんやねんこれ!」
女の身体が閉じ込められた骨の魔物を目にし、カラーナが叫んだ。三体の魔物はどれもが一糸纏っていない女性を捕らえたままである。
それ故か、カラーナは勿論女性陣の反応が顕著だ。なんでわざわざ裸で捕らえる必要があるのか、とアンジェなどはとくに怪訝そうに眉を顰めている。
『くくっ、予想通りこの女どもに注目してやがるな』
「い、いや……」
そう言って一体の骨の魔物が捕らえている女の胸を鷲掴みにしながら下卑た笑い声を上げてくる。
こいつら、マジで最低だな……。
「貴様! 何をしている! 恥を知れ!」
アンジェが怒気の篭った声を骨の化け物たちに叩きつけた。姫騎士である彼女は当然こういう卑怯なやり口が一番嫌いなのだろう。
「ご主人様、鑑定してますので少しお時間を――」
メリッサはどうやら即座に鑑定眼を発動していたようだ。悍ましいという気持ちもあるだろうがとにかく自分の仕事を全うすることが捕まった彼女たちを救う近道だと考えたのだろう。
この辺りの判断力は流石と思える。意外と精神的に一番逞しいのはメリッサなのかもしれない。
「……全く、悪辣な魔物もいたでござるな」
マサムネも雰囲気は一変していた。静かな怒りをその内に秘めさせ、三体の魔物を睨めつけている。
「うぅ、助けてぇ、助けてよぉ――」
少女が呻くように言った。三体に囚われているなかでは尤も若い美少女だ。ぼろぼろと涙を流して助けを訴える姿を見ていると俺まで胸が痛くなる。
「ボス! もうみてられへんで! ようはあの骨を破壊すればええんやろ!」
するとカラーナが前に躍り出て持ち前の投擲術で捕まっている女性たちを避けるように骨だけを狙って投擲した。
確かに上手いこと骨だけを破壊できれば彼女たちを解放できるかも知れない――と、思ったのだが……。
「あぁあぁあ! 痛い、痛いよーーーー」
カラーナの投げたナイフが命中した瞬間、悲鳴を上げたのは捕らえられている少女の方だった。カラーナの腕は完璧だ、当然ナイフを間違って少女に刺したなんてことはなく、見事に骨にだけ命中したのだが、にもかかわらず悲鳴を上げたのは中の女性であった。
『クカカカカッ! 人間は本当に愚かよ! そんなことで解放できるような安易な仕組みではないわ!』
『我らの中に取り込まれた時点でこの女達は一心同体』
『我々へのダメージは全てこの女どもに行くぞ。つまりいくら骨を傷つけたところで痛くも痒くもない、痛いのはこの中の女だけよ!』
「くっ、何から何まで卑怯な連中よ!」
「……これじゃあ手出しが出来ない」
「ク~ン……」
アンジェが怒りに拳を震わせながら吠える。セイラも無表情ながら口惜しそうだ。フェンリィも悲しそうな声を発している。
「骨だけに焼いてやろうと思ったんにゃが……」
「いや、それだと中の彼女たちも無事ではすまないだろう……だったら、キャンセル!」
ニャーコの手は、あの骨の言うとおりなら苦しみを味わうのは寧ろ女の子達の方だ。
だから俺はキャンセルを試してみるが――
『うん? 何かしたのか? カカッ、さっぱり効いていないぞ』
くっ! やはり無理か! 捕らえられてすぐならともかく、時間が経ってしまったものへはキャンセルは効かない……何か、何か手はないのかよ――
『それにしても人間は愚かだな、本当にこの手はよく効くぜ、しかも中身が女だと更に効果覿面だ』
『全くよ。例えばこの女ふたりは母と娘でな、父親と一緒に家族で冒険者やっていたようだが、このふたりの捕らえられた姿を見て父親は何も出来ず俺達に殺されやがった』
『まあその父親もゾンビ化させて役に立ってもらったはずだがな、それはどうだ? お前たちが殺したか? 可哀想になぁ、なあおい、目の前の連中はお前たちの父親の仇かもしれないぞ?』
「う、うぅ、ごめんなさい、私が、私がもっとしっかりしていれば、夫だって、あの子だって……」
母親が嘆くその姿を見て、骸骨たちが大声を上げて笑い始めた。
本当に、糞野郎だなこの骸骨連中は――
「ご主人様、鑑定が、終わりました……」
「そうか! それで、どう――」
メリッサの知らせを受け、望みを彼女の鑑定結果に託す思いで振り返ったが――彼女の暗い表情がその全てを物語っていた。
「……あれの名前はスレイブホーン、連中の言っていたように骨の中に別の種族、つまり人間などを埋め込み、その知識やスキル、魔法などを自由に扱えるようになります。ですが、尤も忌まわしいのはあの魔物が言っていた通り――一度捕らえられた物は助けるすべがなく、魔物本体に対するダメージは全て中の人達に向かってしまいます……だけど、倒すには……」
俯いて苦しげに言葉を濁す。だけど、それが答えに等しかった。
しかし、かといってそんな話をそう簡単に受け入れられるわけがない――
『貴様らにも少しは理解できたようだな。つまり我らの中にこの女どもが捕らえられている限り、こちらにダメージは一切ない』
『しかも、我らを殺すには中の人間を始末するしか無い』
『だが、貴様らに出来るか? この哀れな女を殺すなど、そんな真似がな!』
カタカタと骨を鳴らして愉悦に浸る魔物ども。いますぐにでも地獄に叩き落としたいぐらい醜悪な連中だ。
だけど、どうする? 彼女たちを傷つけずに救うなんて、女性陣だって当然攻撃に移れない。当然だ、彼女たちには何の罪もないんだ、それなのに――
『うん? なんだ先に殺されにきたのか?』
「……」
え? と俺が骸骨の一体に目を向けると、その目の前にいつの間にかマサムネが立っていた。
沈黙し、そして――その手は刀の柄に添えられている。
「……拙者たちはここで立ち止まるわけにはいかないでござる」
『あん? 何を言っているのだ貴様は?』
「だから、済まぬでござる。せめて苦しまないように、あの世に送るでござるよ」
『は? だから何を言って――』
「鬼斬流抜刀術――無痛斬」
それは一瞬の出来事だった。一体何が起きたか、俺にだって理解が出来ない。
それほどの速さ――そして直後、骨がバラバラに砕け、そして中の少女が地面へと吸い込まれていく。
その光景に俺も含めてその場の全員が言葉を失った。地面に倒れた少女は一切傷ついておらず、だが、ピクリとも動かず――
『な、なにいぃいいぃぃいぃいい! き、貴様! 貴様判っているのか! 我らを殺すということは、中のこの女だって……』
「そんなことは理解しているでござる。でも、それしか手がないでござる。それ故、すまぬ、だけどすぐに、娘の後を追わせるでござるよ」
お、おいおい、ちょっと待てって――
「……はい、ありがとうございます。これでようやく私たちは、解放される――」
「……無痛斬」
再び骨が砕け散った。そして娘に重なるように母親の遺体が倒れていく。
て、お、おいおい、マサムネの奴マジで……。
「残るはお前一匹だけでござる」
『お、おいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいぃいい! 貴様! 判っているのか! 我々を殺すということは中の女も!』
「同じことを何度も言わせるなでござる。それよりも喚くな、薄汚い言葉で人間の振りをするなでござる、苛ついて仕方ないでござるよ」
『て、てめぇイカれてやがるのか! こいつは、この女はお前らの仲間みたいなもんだろ』
「……だから先に謝っておくでござるよ。すまぬでご――」
「馬鹿なこと言わないでよ!」
瞼をギュッと閉じ、唯一生き残っている彼女が叫ぶ。そして、骨の中から目に涙を溜めてマサムネを睨んだ。
俺は、思考が追いつかないでいる。どうしたら、どうすればいいと言うのか――
「何が済まないよ! 何よ! もしかして私もあの親子と同じで、殺せば解放されたと思って喜ぶとでも思ったの!」
『お、お?』
「ふざけないでよ! 冗談じゃないわよ! 貴方に何が判るのよ! 私が何をされたから判る? こんな化物に好き勝手身体を弄ばれて、屈辱的な真似を散々されて! その上でこんな骨の中に閉じ込められて、あとは死ぬしか道がないなんて! そんなの嫌よ、あんまりよ! こんなの惨め過ぎる……死にたくなんてない、死にたくなんてないよぉ、助けてよぉ、殺すんじゃなくて、私を、私をここから出してよぉ」
「…………」
『カカッ、だとよ! どうだ? この女はこう言ってるぞ! 可哀想だよなぁ? 哀れだよなぁ? お前はここまで生を懇願してる女を殺せるのか? 見殺しに出来るのかよ!』
「……恨むなら、好きに恨むでござるよ」
『……は?』
「何を言われても、拙者の気持ちは変わらないでござる。ここで、斬るでござるよ」
「……い、いや、嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ! 何よ! あんたになんの権限があってそんなことするのよ! この人殺し! 人殺し!」
「……済まぬで、ござる。鬼斬流抜刀術無――」
「ま、待てマサムネ!」
思わず俺は魔物とマサムネとの間に割って入ってしまった。駄目だ! やはり納得出来ない!
「……何故止めるでござる?」
「ば、馬鹿落ち着けマサムネ! この子、こんなに望んで、死にたくないって言ってるんだ! だったら救う道を考えてやるのが先決だろ!」
「……だったらヒット殿には何か手があるでござるか?」
「え? いや、だから」
「どうしたでござるか? あるなら早くするでござるよ」
お、おいおいちょっと待てって!
「だから、それをこれから考えるんだろうが!」
「そうでござるか。それで、どれぐらい考えたらいいでござるか? 十秒でござるか? 一分でござるか?」
「何言ってるんだ! そんなすぐに思いつくはずがないだろ!」
「あてもないのにそんな無責任なことを言っているのでござるか? ならばどれぐらい待てと言うでござるか。一日でござるか、半月でござるか、それともこの娘を救うすべとやらがみつかるまで一生ここで待ち続けるつもりでござるか!」
マサムネの重圧が俺の肩に重くのしかかった。有無を言わさない雰囲気さえ感じさせる。
「……ヒット殿、時間は無限ではないでござる。それに、中途半端な情けは最も残酷な事でござるよ――」
何故か――心を鋭い刃物で貫かれたような、そんな気がしてならなかった。
「でも、マサムネ、俺は、俺は――」
「ヒット――」
いつの間にか、俺の傍にアンジェがいた。そして無言で首を横に振る。
それはカラーナにしても、メリッサやニャーコにしても、セイラやフェンリィだって同じだった。
納得はしていない――だけど……。
「――せめて一撃で片を付けるでござる」
マサムネが俺の横を通り過ぎる。俺はそれを黙って見送るしか出来なかった。骨に囚われた彼女の啜り泣く声が聞こえた。もしかして本人だってとっくに気づいていたのかもしれない。それでも言わずにいられなかったのだろう。
『クッ! 舐めるなよ人間が! 我が知識にはこいつの能力だってあるのだ! 喰らえ四連――』
「いい加減その薄汚い口を閉じるでござるよ」
無痛斬という呟き、そして、チンッという鞘納めの響き。
そして俺がマサムネを振り返った時、そこにはバラバラになった骨の残骸と、彼女の遺体が地面に横たわっていた――




