第8話 アクアマントスの冒険者ギルド
結局俺達はエドの依頼を請けることとなった。シャドウに利用されてるみたいで癪に障らないわけじゃないけど、シャドウに利用されるのは正直今に始まったことじゃないしな。
つまりもう慣れっこだ。嬉しくない慣れだけどな。でもシャドウのやってることは結果的に後々意味が出てくる。
今回に関してはそれが判りやすい。同盟を結べれば王国騎士団を牽制するのにも効果的かもしれないしな。
そんなわけで俺達は街の冒険者ギルドへと赴いた。ダンジョンの情報はエドよりも冒険者ギルドの方が掴んでると聞いたからだ。
まあダンジョンが出来たと同時に攻略に向かったのはギルドに登録している冒険者だったわけだしそれも当然だよなと思う。
冒険者ギルドは街の北側に敷設されていた。見た目はセントラルアーツと変わらないな。どうやらニャーコによると冒険者ギルドの様式はある程度決まっているらしい。だからどこも見た目には大差ないとの事。なるほどね。
「ふ~ん、お前たちが領主様に直接依頼をねぇ」
で、とりあえずカウンターに向かってこの街の受付嬢はどんな子なのかな? と思っていたら対応してくれたのはガチムチのおっさんだった。
うん、確かに必ずしも受付嬢だとは限らないよね~でも一人も受付嬢がいなくて、大体ガチムチだ。なんだここ、華がねぇ! キャンセルしたいぞ!
「……なんか残念そうやねボス」
「うむ、ヒットはこれだけの女性に囲まれていながら、それでもなおそこに不満を抱くのか。全く大した男だな」
アンジェ、思いっきり皮肉言ってるよね。なんかムスッとしてるし。いやいや今いるメンバーは勿論全員見目麗しい女性たちだけど、それとこれとは別だからね!
「なんならニャーコがカウンターに立つにゃん!」
「お、おい何勝手なこと言ってんだよ。ここは俺達の仕事場だからな!」
ニャーコがカウンターを飛び越えて向こう側に入ろうといて押し戻された。何やってんだよ……。
「あの、ところでご主人様、周りの目が――」
「うん?」
メリッサに言われて辺りを確認するが――
「……殺気が凄い」
「クゥ~ン」
うん判ってた。あえて気にしないようにしてたけど、ギルドに入ってからの男冒険者、というよりここ冒険者男しかいないけど、とにかくめちゃめちゃ睨まれてるんだよな。まあ、理由はわかるけど」
「おい、テメェ、さっきから見てればそんないい女ばっか侍らかせて、当て付けかこら!」
うん、来たよきたきた。我慢できなくなったのか睨んできていた冒険者の一人がこっちに来て因縁つけてきたよ。
参ったな……面倒だしキャンセルしようかな。
「おいポンコツ、ギルドで騒ぎ起こすなよ」
「プッ――!」
やべ、吹いちまった。受付おっさんが相手を諌めてくれたんだけど、ポンコツって……あ、今ので更に眼力強くなってしまった――
「てめぇ今笑っただろ!」
「いやいや、笑ってませんって」
「嘘つけ!」
「お、おいポンコツいい加減に――」
「駄目なの!」
ポンコツが迫ってきて、受付のおっさんが前に乗り出して止めようとしたところで、幼い声が俺達の耳に届く。
見るとそこには腰に片手を当ててもう片方の手で指を突きつけているエリンの姿。耳を小刻みに揺らして眉をキリリッとさせてプンプンっと怒っている。なにこれ可愛い。
「喧嘩はだめなの! めっ! なの!」
「くっ! こいつ!」
そして因縁を掛けてきた冒険者が歯噛みしてエリンをみた。おいおいその子に手を出したら流石の俺も――
「か、かわいいじゃねーーーーーか!」
「へ?」
「ほ、本当だ可愛い……」
「天使だ! 天使がいるぞ~~~~!」
「お嬢ちゃん名前なんていうの?」
「エリンなの!」
「リンゴ食べるかい?」
「食べるなの~わ~いなの~」
……なんかすっかり冒険者たちを虜にしてしまった。
「うむむ、末恐ろしい子にゃん!」
そして何故かニャーコが悔しそうに唇を噛んだ。ま、なにはともあれ可愛いは正義ってことだな。
「なあ? そろそろ話を進めていいか?」
「じゃあとりあえずギルド証を見せてくれ。領主様に頼まれたと言っても下手なランクの奴をあそこに向かわせるわけにはいかないからな」
エリンの件も落ち着いたところで受付のおっさんからギルド証の開示を求められた。なので俺は素直にギルド証を差し出す。
「どれどれ、てヒット? ヒットだと! あんたもしかしてセントラルアーツのヒットか?」
「え? あ、ああそうだが」
「やっぱりそうか! 話は聞いてるぜ。魔族殺しのヒットだろ? そうか、ということはあんたらがセントラルアーツの英雄か。なるほどなそれなら領主様にお願いするのも判るぜ」
急な持ち上げは照れるな。しかし向こうでのことがここにまで知れ渡ってたんだな。
「おっとそうだそうだ。だったらその前にギルド証を書きなおしておかないとな」
「うん? 書き直し?」
「そうだ。何せあんたはあの魔族を倒したわけだからな。いつまでもマネジャーってわけにはいかないぜ。よっし、これで大丈夫だ。今日からあんたのランクはスペシャリストだぜ!」
なるほど。どうやら魔族を倒したことが評価されてランクアップに繋がったようだな。
でもスペシャリストって――
「エキスパートを飛び越えていきなりスペシャリストなんだな」
「それはまあ、これだけのことをやったわけだしな」
「良かったではないかヒット。ようやく正当な評価が下されたわけだな」
「ヒットにゃんの功績を考えれば当然にゃんね」
「おめでとやでボス!」
「ご主人様素晴らしいです! スペシャリストは中々なれるものではありませんよ!」
「……これで冒険者としては一流」
「アンッ! アンッ!」
「りんごも美味しいなの! スペシャリストも凄いなの!」
なんか皆にそう言われると照れくさいな――でもこれで冒険者としては少しは箔が付いたかもしれないな。
「さて、ギルド証も書き換えたところで本題だが、あんたがあのヒットだって判った以上、お仲間も含めて攻略を止める理由はこっちにはない。だが、同時にダンジョンの情報となると、正直言うとこっちも大したものはないんだ」
「なんや、ここの方が詳しい言うからきたんやで」
「それは済まないな嬢ちゃん。だけどな、もう聞いてると思うがあのダンジョンに潜って戻ってきた冒険者が一人もいないんだ。だから中の構造もどんな危険が潜んでるかも全くもって判らずじまいでな、こっちも参ってしまってるのさ。敢えて言えることがあるなら、このギルドで一番腕が立ったのはエキスパート級の冒険者で、そのパーティーが潜ったんだがそれでも戻ってこなかった、つまり最低エキスパート級以上の腕がないと無駄死にする可能性が高いってことだけだ」
それはもう情報というより警告だな。しかしエキスパートか……一応今はプロフェッショナルまで上がったけどな。
「後はそうだな、ダンジョンに行く途中森を抜けることになると思うが、そこにはたまに魔獣が出没するから注意したほうがいいってことぐらいかな。うん」
「ふむ、情報といってもそのぐらいか、て、魔獣だと!?」
アンジェが驚いた。そりゃそうか。魔獣とか普通に厄介だろ。そんな森でひょっこり現れるみたいな軽いノリで言われても困るぞ。
「まあ魔獣といっても目撃例はそんなにないしな。よっぽど運が悪くないかぎり大丈夫だと思うぞ」
いやいや! それ普通にフラグっぽいからな!
で、結局貰える情報はそれぐらいってことで正式に依頼書を受け取った。それにしても何か不安が多い依頼だな。やるしかないわけだけど。
「あんたさっきは悪かったな。まさかそんな凄いお人だとは思わなかったからよ」
話を聞いてカウンターを離れるとポンコツがやってきて頭を下げた。
ふむ、素直に謝れるあたり根はそこまで悪くないのかもな。
「何せみんなあのダンジョンのことで気が立っててな。特に女の事が絡むのは――あんたも見て分かる通り、女の冒険者が少ないだろ?」
「少ないというか、いないですね……」
「確かにそやな、一人もおらへん」
「ふむ、元々女性の登録がないのかと思ってたが、その口ぶりだろ違うのか?」
「ああ、まあ、だからって元々そこまで多かったわけじゃないんだがな。これでも少しは女の冒険者もいたのさ。だけどな、さっきも受付が言っていたと思うが、エキスパート級の冒険者の一人にビュートってのがいてな。こいつは見た目が良いせいか女から随分と人気あったんだが、手が早くて俺らみたいな男の冒険者からは評判が悪かったんだが――そいつが女の冒険者全員とパーティーを組んで例のダンジョンに潜ってしまってな。それで案の定潜ったきり戻らなくなって、この有様ってわけよ」
……そんな理由があったのか。ただ嫉妬して絡んできたってわけでもないんだな。俺とそのビュートってのを重ねたってわけだ。そうとは知らずさっきは思わず手が出そうになったけどエリンのおかげで助かったな。
「これだけ戻ってこないわけだから俺達も覚悟はできてるけどな……やっぱ少しでも助かって欲しいとは思ってるんだ。だからよ、あんたらもし見つけたらなんとか助けてやってくれよ。ビュートの野郎は野垂れ死なせておいてもいいけどな」
ビュートに冷たいな! それだけ嫌われてるってことか――
「……ああ判った。見つけたらなんとしてでも連れ帰るようにするよ」
「ま、ボスは女のことになると頼りになるしなあ、任せとき!」
「あはは、戻ってきていないのは女性の冒険者だけではないのでしょうけどね」
「どちらにしても、救助すべき相手がいたなら、私も騎士として全力を尽くそう」
「にゃんにゃん、受付嬢として冒険者を助けるのも務めにゃん」
「……フェンリィの鼻も頼りになる」
「ウォン! ウォン!」
全員やる気になってくれたようだな。そして俺は別に女だけ特別ってわけじゃないんだぞカラーナ。男でも困っていたら助けるし!
「そうだ! あんたら今思い出したんだが、実はつい三日前あんたらと同じで他所からきた冒険者がいてな。格好といい口調といい妙な男だったんだが、ダンジョンの話を聞いて自分が何とかしてみせる! とか言って一人で出て行っちまったんだ。止めようとしたんだけど足が早くてな。もう三日経ってるし駄目かもしれないが、もし見つけたらそいつもよろしく頼むよ」
俺がポンコツと話していると受付のおっさんが思い出したように声を掛けてきt。
一人で向かったって随分と無茶な奴がいたもんだな。
「ああ判った。それでその冒険者の名前はなんというのかな?」
「ああ、名前もちょっと変わっていてマサムネとか言っていたな。名前もそうだけど妙な格好してるんだよ。だから見ればすぐ判ると思うぞ」
マサムネ、ね。確かにこの世界にしては変わっているな……まあいいや。とにかく話も聞いたし、それじゃあダンジョンに向かうとしますかね――




