第5話 アクアマントス到着
アクアマントスは周囲を山に囲まれた盆地の北側に存在する街だ。マントス領で主となる街というだけあってやはり規模は大きいようでご多分に漏れずしっかりと外壁にも囲まれている。
外壁の外側には堀も備わっていて綺麗な水が湛えられている。みたところ河川は北側より引っ張ってきているようだ。地図でいけば水源はノーズマントス山脈からなのだろう。
「街に入りたければ通行証を、もし通行証がないのであれば一人一五〇〇ゴルド通行税を頂くことになっております」
そして俺の目の前にはふたりの門番。例によって馴染みのセリフを口にし入り口の門を塞ぐように槍を交差させた。
頭から脚まで鎖系の装備で統一した門番だ。ふたりとも男性で、口調に関して言えばかなり丁重な方だろうな。ここ最近横暴な騎士とかしか目にしてなかったから妙に新鮮に感じる。
尤も普通はこんなもんだろうけどな。ダイモンの顔も浮かぶが、あいつも丁重とはとても言えない奴だったしな。顔も含めて。
「俺は冒険者で、他の皆は俺の連れに当たる、それで通させてもらうことは出来るかな?」
取り敢えず俺は門番のふたりに冒険者証を提示した。確か冒険者であればどの街でも通行税は支払わず済むはずだしな。
「なるほど冒険者でしたか。ですがこの街の冒険者ではありませんね。一応他所から訪れた冒険者に関しては街を訪れた理由を聞いているのですが――」
理由か。冒険者なら仕事を求めて、でもいい気がするが、今回に関してはシャドウから預かった手紙を領主に届けるといった目的があるからな――まあ領主に会いたいという話なのに隠しても仕方ないよな。
「今回訪れたのはセントラルアーツの当代、シャトー・ライド伯爵からの依頼によりだ。こちらの領主様に宛てられた手紙を持参してきた」
俺がそう言うと門番は顔を合わせて目を丸くさせた。俺は一応預かった手紙をふたりに見せる。門番は封蝋もしっかり確認し本物であると認識したようだ。
「ふむ、なるほど――ではそこの騎士様もセントラルアーツの?」
すると門番が俺の後ろに立っているアンジェに目を向けて訊いてきた。
あ~そういえばアンジェは見た目には完全に騎士だったな。鎧は変わってないから王国騎士の紋章は刻まれていないタイプだけど、それでもやっぱ騎士然としてるしな。
ただ、当然だがアンジェの身分は伏せておくことになっている。だが流石に王国騎士ですと名乗るわけにはいかないんだが――
「う、うむ。私はシャトー卿に仕える騎士である。今回は重要な書状を届けるように頼まれてな。彼に同行してもらい赴かせてもらった」
すると今度はアンジェが前に出て尤もらしい事を言った。だけどこれはこれで良かったな。アンジェは冒険者ではないしセントラルアーツの騎士だってことにしておけば怪しまれずにすむだろ。
「なるほどそうでしたか。わかりました、他の皆様もヒット様の奴隷と……それであれば問題ありませんが、え~とこちらの獣人の方とエルフの娘は?」
「ニャーコにゃん。冒険者ギルドで受付嬢してるにゃん。事情があって旅に同行してるにゃん!」
「エリンなの! エリンは皆が大好きなの!」
ニャーコは少し訝しげな目で見られたが、両手をパタパタと振って説明するエリンの姿には門番のふたりは頬を緩めてほんわかしていた。可愛いからなエリンは!
「ふたりとも俺たちの旅に同行して貰ってるんだ。身元は俺達が保証するってことで大丈夫かな?」
「そうでしたか。それであれば大丈夫です。ただ奴隷にしてもおふたりにしてももし何が問題を起こした場合保証人である貴方達に責任がいきますのでそこはご了承を」
それに関しては素直に納得しておくことにする。そしてついでに門番に領主の屋敷も聞いてみたが、どうやら街のどまんなかにあるらしく目立つからすぐにわかるとまで言われた」
「それではどうぞお通り下さい。ようこそ! アクアマントスへ!」
こうして俺達は門を抜け街の中へと脚を踏み入れる。
とりあえず最初に何をすべきかってところだけど、やはりまだ時間にも余裕があるし領主の屋敷っていうのに向かうべきなんだろうな。
一応皆にも確認したがそれで問題ないとのことだ。街はマントス領で一番大きな街というだけあって結構広い。
それに全体的に広く感じられる作りというのだろうか? 街に建てられた家屋にしても隙間なく立ち並ぶということではなく、ある程度は間隔を空けて建てられている感じだ。
どの建物も壁は白石で屋根は青系で統一された造りでもある。なんとも清潔感があるな。
道も広めにとっているから歩いていても余裕が感じられる。
そして大きな街だけに人は当然それ相応に多いが余裕のある作りなせいか窮屈な感じもなく、なんとも過ごしやすそうな街だなといった印象だ。
「ふむ、なんとも穏やかな街であるな」
「ほんまやな。でもうちには何か物足りないで」
「……フェンリィには過ごしやすそう」
「アンッ!」
馬車に揺られながら幌を開けっ放しの状態で街を眺めつつアンジェが感想をこぼした。
確かに大きい街だが田舎町のようなのどかさも感じるな。
カラーナはスラムとまで言われたところが活動拠点だったせいか静かな雰囲気は肌に合わないようだ。
セイラはフェンリィを基準に考えてるな。そしてフェンリィはどこか嬉しそうに鳴いている。
広々とした街だからな、フェンリィが駆け回っても問題なさそうだ。
「空気が美味しい街にゃん」
「エリン、精霊さんの歌が聞こえるなの!」
ニャーコの声は幌の上から聞こえた。全く相変わらず自由な奴だな。この辺りは本当に猫って感じだ。
そしてエリンはエルフ独特の言い回しだな。精霊の見える彼女らしい。
「精霊の歌はアンジェにも聞こえるのですか?」
「いや、確かに私は精霊と契約を結んでいるが、それでもエルフほど精霊に敏感ではないのでな」
メリッサの質問にアンジェが答える。ふむ、そういうものなのか。ただウィンガルグの機嫌はいいようだな。
「あ、ご主人様見えてきました。おそらくあそこが領主様のお屋敷と思われます」
ぼんやりと街を眺めながら待っていると御者台のメリッサから声が掛かった。
やはり結構な距離はあったな。そして俺達は一旦馬車から降りてメリッサのいう領主の屋敷を確認する、が――
「まるで川だな……」
ついついそんな言葉が出てしまう。いや、でもこれはどちらかというと流れるプールといったほうがいいのか?
とにかく街の真ん中には外側と同じように堀があり、そこに水が湛えられているわけだが――これが川のように流れている形だ。まあ勢いはゆっくりなんだけどな。
しかし中々のもんだな。多分泳いで渡ろうと思うと結構一苦労な気もする。
で、その堀の先に高台のようになっている小島があり、その上に立派な屋敷が建っている形だ。
うん、間違いないね、あれが領主様とやらが住んでる屋敷だろう。確かにこれは目立つ、門番がすぐにわかると言っていたのも納得な話だ。
とりあえず周囲を見てみるがこの堀を渡るには東側の橋を利用する必要があるみたいだな。実際大きな跳ね橋が見えるし。
なので俺達は再び馬車に乗り込み、領主のいる屋敷へと向かった――




