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異世界のキャンセラー~俺が不遇な人生も纏めてキャンセルしてやる!~  作者: 空地 大乃
第二部二章 王国西部の旅編

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プロローグ後編

前回の話をプロローグ前編としました。

「頭、さっきは失礼致しました」


 酒盛りも終わり、私室に戻った頭の下へやってきた彼が頭を下げた。


「ダンデか。別にいいさ、それであいつはどんな感じだ?」

「へい、俺の方でしっかりいいつけときましたので」


 副頭のダンデがそう伝えると、そうか、と頭が頷く。彼は土竜結成当時から行動を共にしてきた。今となっては頭が尤も信頼する右腕である。


「……ですが頭。奴の肩を持つわけではありませんが、確かに最近ウチの仕事に不満を持っているのもちらほら見かけます。今回のように稼ぎが大きかった時は少しぐらいウチらの取り分を増やしてもいいのではないでしょうか?」

「――欲ってのは際限がないもんだ」


 はい? とダンデが疑問の声を上げた。すると頭が瞑目し話を続ける。


「そうやって一度でも自分たちの欲を満たすために慣れちまうと次はもう少し、もう少しとなってな、しまいには全て自分のものにしないと気がすまなくなる。そうなった時――俺達はただの山賊に成り下がっちまうのよ」


 頭がじっとダンデを睨めつける。すると彼は軽く頭を下げ、

「肝に銘じておきます」

と答えた。表情からその感情は推し量れない。


「……俺達は最低限の暮らしは十分できてる。それで十分じゃねぇか」

「――そう、ですね。他のものにもしっかり伝えておきますよ」


 そこまで話し、ところで、とダンデが別の話を切り出した。


「近々あの山道を領主お抱えの商団が通ると言う情報が入りやした。そいつらを襲えばあのアクネにかなりのダメージを与えることが出来るのではないかと――」


 そのダンデの話に、ほう、と耳を傾ける頭であった――





◇◆◇


 山道を数台の馬車が駆けている。だが荷物が沢山積まれている為なのか、そこまで移動は早くはない。護衛の冒険者の多くが徒歩というのも要因の一つだろう。


 馬車の進行方向から見て左側は岩肌の目立つ崖。右側は急斜面が続いており落ちれば下を流れる川まで滑落し死は免れないとも思われる。


 そんな山道を進む馬車を、土竜山賊団の面々が見下ろしていた。

 彼らがいるのは崖の途中に穿たれた穴の中だ。この横穴はまるで隧道のように入り組んでおり様々な場所に繋がっている。

 山の反対側まで続いていたりもするので山賊たちが密かに行動するには持ってこいだ。


 この横穴はかつてヤマクイと呼ばれる魔物が掘り進んだ物だ。ヤマクイはその名の通り山を食べる。巨大な土竜のような様相の魔物であり、鉤爪で山を掘り進み、その際に出てきた土や岩を食べるのである。


 尤もそのヤマクイも既に存在しないとされている。実際ここ数年ほどは見たという噂も聞かない。だからこそこの場所は土竜によって利用されているわけだ。


 山賊たちはこの崖に出来た穴の何箇所かに仲間たちを待機させていた。勿論山道を走る馬車からは見えないような位置だったり、場合によっては土などで穴を塞いで偽装したりもしていた。


「頭、あれが目的の商団です。護衛の冒険者はアマチュアランクとマネジャーランクが殆どですがエキスパートも数名混じっているようです」

「……なるほどな」

「へへっ、エキスパートと言っても親父に掛かればなんてことはないって!」


 鼻を擦り頭の娘が誇るように言った。

 

「お嬢はあまり無茶せんといてくださいよ」

「何いってんだい。あたいだって弓には自信あるんだ、足手纏にはならないよ!」


 弓を構えて見せながら少女が返す。そんな娘を父親でもあり頭でもある男は優しい目で見つめていた。だが、すぐに表情を引き締める。


 仕事を前に頭を山賊のソレに切り替えたのだろう。そして横穴から相手の動向を覗いタイミングを見計らう。


 商人達に気がついている様子は一切ない。これであれば問題ないだろう――と、そう判断し、

「野郎ども! 出番だ!」

と叫びあげた。


 突然の雷声に商団の馬車が動きを止めた。冒険者達が馬車を守るよう配置に就く。

 しかし少女も含め弓使いの先手によって、一斉に上から矢の雨が降り注いだ。


 冒険者達の腕や脚に命中しその行動を阻害する。かと思えば山賊達がロープを使い一斉に崖を降りていく。その動きは軽快で手慣れたものだ。


 しかも、頭と娘に関していえばロープさえ使わず頭は飛び降り、少女は僅かな窪みや出っ張りを足場に飛び降りていく。


「俺達は土竜山賊団だ! 命が惜しければ積み荷を半分置いていけ!」

「くっ! ふざけるな!」


 頭が大声で恫喝すると、一人の冒険者が猛り飛びかかってきた。

 しかし頭は全く意に介すことなく、手持ちの戦斧を振るう。軽く振っただけなのだがその一撃で冒険者は横の崖まで飛んでいき岸壁に身体を打ち付けた。


 どよめきが起こるが殺してはいない。派手なやられ方はしたが、気を失っただけで大した怪我もしていないだろう。


「ほら、これで判っただろう? あたい達に逆らおうとしたって無駄だよ。さあどうするんだい? 荷を置いていくのか! それとも命を置いていくかい!」


 ずずいっと前に躍り出て少女が啖呵を切った。満足気な表情から言い切った感が溢れている。


「……判りました、ここは言うとおりにしましょう」


 すると馬車に乗っていた商人が姿を見せ、観念したように両手を上げて言った。

 片眼鏡をし、こんな状況にも関わらず随分と落ち着いた雰囲気のある細身の男だ。


「素直なのはいいことだぜ。さあお前ら! 積み荷を運ぶぞ!」


 頭が声を上げると仲間たちが一斉に馬車に入り込む。

 今回は護衛の冒険者も数が多いので油断は禁物だ。その為品定めをしている間は崖際で手をつかせ大人しくしておいてもらう。


 だが――何か変だな……と頭は妙な胸騒ぎを覚えた。


「頭、こっちは随分と大きな(・・・)酒樽が大量にありますぜ」

「こっちはなんだか御大層な木箱が並んでるねぇ。全く一体何を運んで――」

「!? 待て! お前ら今すぐそこから離れろ!」


 頭が声を張り上げたその瞬間だった――馬車の中から仲間たちの悲鳴。そして……。


「な!? た、樽の中にこいつら潜んで――」

「こっちも! 畜生荷物は空だ! ぐわっ!」


 馬車の中に入っていた仲間たちの悲痛な叫び声が続く。何人かは馬車から飛び出してきたが体中傷だらけで既に虫の息の者もいた。

 それを認め、くっ! と頭が歯噛みし崖側に並ばせた商人達を見た。


「てめぇら! 今すぐ馬鹿な真似をやめさせろ! ぶっ殺されてぇのか!」

「おやおやこの状況でそんなことよく言えましたね」

「な、なんだと?」

「お、親父! 大変だよ上の連中が!」


 娘の緊迫した台詞に思わず頭が顔を上げた。

 すると土竜の仲間たちが次々と崖から転落してくる。


 落ちてきた者は全て事切れていた――


「な、なんなんだこれは――」

「が~っはっはっは! ざまあねぇな土竜の頭さんよぉ?」


 すると上から蔑むような声が轟き、かと思えばドスンッ! と何者かが地面に落下した。

 重々しい響きを皆の耳に残し、その場に姿を見せたのは浅黒い肌でスキンヘッドな男。体格は土竜の頭より更に良く、特に腕に関しては筋肉が限界まで膨張しているかのような様相だ。両腕とも脚より太く感じられる。


「な、なんなんだいあんたは!」


 すると目の前に降り立った男に向けて、頭の娘が激しく誰何する。


「おっと、中々威勢のいいお嬢ちゃんだぜ。これが噂の頭の娘ってやつか。ふむ、ち~とばかし幼いが中々の美人じゃねぇか。親父には全く似てねぇな~本当にお前の娘か?」

「……余計なお世話だ。それよりもテメェ、娘の質問に答えろや」

「ん? あぁそうだな。これはこれはお初にお目にかかる。俺はよ、黒獅子団という盗賊を纏めてるブルートってもんだ」


 黒獅子団だと? と頭が何かを思い出したように声を上げた。


「親父、黒獅子団って言えば――」

「あぁ……相手が女、子供でも容赦なく、村も平気で襲うような連中だ。こいつらに目を付けられ壊滅させられた村も数知れねぇ――」

「ほぉ、良く知ってるじゃねぇか。俺らも随分と有名になったもんだな」


 土竜の頭はギリリッ、と怒りの形相で歯噛みした。仲間たちの死体を目の当たりにして腸が煮えくり返る思いなのだろう。


「だが解せねぇ、なんでお前らが俺たちの抜け穴を――」

「はっはーーーー! 上手くいきましたねブルート様! 全くこんなに簡単に嵌ってくれるとは笑いが止まりませんぜ!」


 頭が疑問の声を発したその時、上から聞き覚えのある声が降り注いできた。

 頭と娘のふたりが見上げると――そこには以前、頭のやり方に文句をつけてきた男の姿。


「あ、あんた! あんたが裏切ったの! くそ、なんて奴なの!」

 

 少女が声を上げ相手を責める。しかし裏切った男は気にする様子も見せずヘラヘラとしていた。


「頭、お嬢、すまねぇ……俺のせいだ――」

「……ダンデ、何もお前が謝ることじゃねぇさ」

「そうだよ。悪いのは裏切ったあいつだ! あの野郎のせいであたいの仲間たちが!」

「……いえ、悪いのは俺のせいですぜ。あいつが裏切ったのも全て、この俺の命令でだからな!」


 キャッ! という少女の悲鳴。弾けたように頭が振り返るが、その目に飛び込んできたのは、娘を羽交い締めにし剣を手にしたダンデの姿だった。


「……まさか、ダンデ、お前もなのか?」

「悪いな頭。そういう事なんすわ」


 すると、ブルートの笑い声がふたりの耳を貫いた。


「がーーーーっはっはっはっは! 全くおかしくてたまんねぇぜ。テメェの手下に裏切られてる事にさっぱり気が付かねぇんだからな」


 すると馬車から出てきた男達や崖の上からふたりを見下ろす連中、そして――無事だった残りの土竜団の仲間達も同じように笑い声を上げていく。


 それは土竜の頭を嘲笑してのものだ。そしてそれを見てようやく頭も気がついた。

 

 今ここに残ってる土竜団の連中が全員自分を裏切ったんだということに。


「……なんでだよ、あんた! 親父の信頼した仲間だったじゃないか! 親父の右腕とも言われてたじゃないか!」

「ああ、確かにその通りだ。だからこそ――お前らを騙すのはわけなかったというわけだ」


 口角をにやりと吊り上げダンデが言う。その表情からは、全く心を痛めてる様子が感じられなかった。


「てめぇ……」

「おっと、そこから動くんじゃねぇぞ。てめぇの大事な娘の頭と身体が離ればなれになるぞ」

「……そこまで堕ちたのかダンデ――」


 その眼に悲しみを宿し頭がかつての仲間に向けてそう言った。信頼していただけに裏切られたショックも大きいのだろう。


「堕ちた? ガハッ、それは違うぜ。そいつは元々そういう奴なのさ。だからこそ砦の情報も含めて俺達に売ってくれたんだからなぁ」


 嫌らしい笑みを浮かべブルートが言う。それに目を見開き頭がダンデを睨めつけた。


「あんた前に俺に言ったよな? 別に感謝されたいと思ってない、身勝手な行動だってな。だから俺も勝手に動いたまでさ。それにな、黒獅子団は協力すればあの砦は俺に任せてくれるとも言ってくれた。幹部にもしてくれるとな。生ぬるいやりかたのあんたと、勢いに乗ってる黒獅子団と、どっちにつけば得かだなんて考えるまでもねぇだろ?」

「……馬鹿野郎が。テメェ判ってんのか? そこの商人たちは間違いなくアクネの手のもんだ。つまりこの黒獅子団だって裏ではあの糞野郎と繋がってるってことだろうが!」

「ほう、少しは頭が回るみたいだな。だが、それがどうした? だからこそ俺達は自由に活動が出来る。その分儲けも甘ちゃんのお前らなんかとは比べ物にならねぇ」

「……そういうことだ。俺たちはあんたを見限ったんだよ。どんなに稼いでも最低限の分け前しか寄越さないあんたをな。だから大人しく死んでくれ」

「くそ! この糞野郎どもが! 親父! あたいのことなんて気にしないてこいつら全員!」

「出来るわきゃねぇよな~? こいつはあんたが眼に入れても痛くないぐらいに可愛がってた娘だ。それを見殺しに出来るか? どうよ? なあ!」


 ダンデは娘の首に剣を突きつけたまま、かつての頭を挑発する。

 それに娘は涙目で、あたいのことはいいから……と父親に訴えるが――肩の震えから強がりなのは明白であった。


「……頼む、娘だけは助けてやってくれ――」


 細い声で――頭が屈強な身体を折り曲げた。その姿にダンデが愉悦に浸る。


「全く、情けない姿だなおい。だがなぁ、俺はこうみえて優しいんだ。だから約束してやるよ、お前が抵抗せず三分間俺の攻撃に耐える事ができたら娘は解放してやる」


 するとブルートがニヤニヤしながら土竜の頭に条件を告げる。それはつまり、頭に攻撃を受けるだけの案山子になれと言っているようなものであり――


「出たぜ、ボスの地獄の三分責め」

「まあアレをされて一分持った奴を見たこと無いけどな」


 周囲の手下達は面白おかしくその状況を囃し立てる。

 そしてダンデも醜悪な笑みを浮かべかつての頭に言った。


「おい、当然スキルも使用するなよ。ちょっとでもそんな素振りをみせたらすぐにこいつをぶっ殺すからな」


 ダンデの腕の中で、親父――と蚊のなくような声で発する娘。

 それに大丈夫だ、と笑顔で告げ――


「さぁ、好きにしやがれ」


 そうブルートに告げる。


「いい覚悟だ。くくっ、まあ安心しろ、俺は武器を使用しない。【ヘブィーボクサー】持ちの俺はこの拳が最大の武器だからな。さあ、いくぜ!」


 そして公開処刑が始まった。ブルートが距離を詰め、鋼のような拳を次々に振るっていく。

 それを父親でもあり頭でもあった彼は抗うことなく受け続けた。


 助骨が折れ、顎が砕け、体中が悲鳴を上げているようにも思える。だが、それでも彼は立ち続けた。


「お、おいもうすぐ三分だぜ……」

「マジで耐え続ける気かよ――」


 最初はどうしたどうしたなどの野次を飛ばしていた連中も、段々と声が萎み、沈黙していく。

 そんな中、彼はブルートを睨めつけ言い放つ。


「どうした? テメェの拳はこんなもんかよ? 全くこれじゃあ怒った娘に叩かれた時のほうがよっぽど効いたぜ」

「……いい度胸だ。いいぜこれで終わらせてやる。【ヘヴィーチャージ】!」


 ブルートがスキルを発動した。このスキルは拳の重みを増す。常時一トン級のパンチ力を誇るブルートであるが、ヘヴィーチャージを重ねることで三二トンにまで拳の重さを上げた。


「更に、ブラッドハード(鉄血の)パンチャー《拳撃》!」


 ブルートはスペシャルスキルも重ねて使用。血の巡りを操作し鉄分の増加で拳の硬度を高め、パンチの威力を一気に跳ね上げる。


「残り数秒で約束の三分だ。だがテメェはこれで地面に沈む。ジ・エンドだ!」


 踏み込みブルートがその心臓目掛け回転を加えた拳を打ちはなった。拳撃スキル――コークスクリューブローだ。スキルで重みが増し、更にスペシャルスキルで硬質化した拳に鋭い回転が加わり、頭の胸を貫いた。

 

 背中から血飛沫が舞い上がる。

 親父ーーーー! と娘の悲痛な叫び。ブルートがにやりと口角を吊り上げるが。


「……てめえ、何勝手に勝ち誇ったような顔見せてんだ、よ――俺はまだ生きている、約束の三分間、耐えて、みせた、ぜ……」


 辺りに静寂が訪れた。ぎょっとした顔でブルートが彼の顔を見やる。ダンデの腕の中では娘が鼻をすすり泣きじゃくっていた。

 

「……なるほどなぁ、腐っても頭張っていただけあるってことか――だが」


 ブルートが拳を引き抜く。だが、それでもまだ彼は立ち続けていた。ブルートが腕を振り血を落とす。


「親父、やった、親父は耐えたんだ。親――」

「死んだぜ」

「え?」


 抗い続けた父親の姿に、娘の顔がくしゃくしゃになるが、そこにブルートの非情な宣告がなされた。


「死んでるんだよコイツは。残念だったな」


 その瞬間、残された娘の慟哭があたりに響き渡った。


「おい、ちょっとこいつを任せるぞ」


 するとダンデが部下の一人に少女を預け、死んだ頭の下へ近づいていく。


「――【ジョブチェンジ】!」


 そして死してもなお不動の構えで立ち続ける元頭に手をやり、スペシャルスキルを発動した。

 その瞬間、ダンデのジョブがバンディットキング(山賊王)に変化した。


「なるほど、それがてめぇのチェンジャーの力か」

「ああ、そしてこれが死体のジョブに切り替える事のできるスペシャルスキルさ。この野郎もジョブは中々いいのをもっていたからな」

「て、テメェ! 何してやがる! 親父を! 親父を愚弄しやがって!」

「ふん、馬鹿な娘だ。いいか? テメェの親父は死んだ。無様にな! そしてテメェの親父が残したジョブも砦も、この俺のものになった!」

「くそっ! 殺してやる! 絶対あんたを殺してやる!」

「殺す? それは無理だ。テメェはここで死ぬ。まあだけど安心しな。お前とお前の糞みたいな親父が残したもんは、この俺が有意義に活用してやるよ」

「おいおい、一応こいつは三分間耐えてみせたんだぜ? それでも殺すのか?」


 ブルートがニヤニヤしながらそんな事を言う。


「くくっ、死人に口なしでしょ?」

「ガハッ! 違いねぇ! 全く馬鹿な男だ。俺が本気で約束を守るとでも思ってたのかね」


 顔を歪め死者を嘲笑う。その姿に娘は声が枯れるほどに叫び、ありったけの罵声を怨嗟の言葉を浴びせていく。


「全く小煩い餓鬼だ。おい、お前らさっさと殺っちまえ」

「へへっ、ボスその前に、少しは楽しんでもいいですかい?」

「なんだテメェら。そんな乳臭いのが趣味なのかよ? ふん、まあいいか。好きにしろ」

 

 歓喜の声を上げ、男達がまだ幼さの残る少女に群がっていく。


「や、やめろ! 放せ! やめろ、やめろよぉ……」

「くっく――いいざまだなぁ~、でも良かったじゃねぇか。最後に女として役に立つことができ……」


 その時――全員の動きが止まった。少女の服に手をかけ剥こうとしていた男達の動きもだ。


 近づいてきていた。それは心地よい音色だった。そして全員の心を鷲掴みするような甘美な声であった。


「な、なんだテメェは?」


 そんな中、先ずブルートが振り返り、いつの間にか近づいてきていた彼を見た。

 肩まで伸びた白髪に整った顔立ち。しかし顔の左半分は前髪で隠れてしまっていた。上質な絹糸で紡がれたガウンを身に纏い、特に誰と一緒ということもなくたった一人で彼らの傍までやってくる。


「……私は旅のしがない吟遊詩人ですよ。ところでどうですか? 折角ですからもう一曲?」


 鈴のなるような声で彼が言った。それに一瞬ブルートが目を丸くさせる。奇妙な男だった。それにあまりにこの場に相応しくない格好であった。

 この山を越えるのには、彼の格好はいささか場違いにすぎる。


「てめぇ舐めてんのか? この状況で一曲だと?」

「はい、ただ私が奏でたいのは貴方の為ではありません。そこの可憐な少女に向けてです」

「……てめぇこいつの知り合いか何かか?」

「いえ、初めてお会いする方ですよ。ですが、どうにも私は女性が困っているのを見過ごせないたちで」

「いい度胸だな――てめぇら! 何いつまでぼけっとしてやがる! この奇妙な吟遊詩人をとっととやりやがれ!」


 ブルートが声を張り上げ、ようやく周囲の手下たちがハッ! とした顔を見せ、吟遊詩人を取り囲んだ。


「なんなんだこいつは?」

「吟遊詩人だと? 舐めやがって」

「第一こいつ楽器なんてもってやしねぇじゃねぇか」


 盗賊達が口々に感想を漏らす。確かに吟遊詩人であればリュートや竪琴などの類を持ち合わせるのが普通だが、みる限りかれは身ひとつといったところで楽器の類は持ち合わせていない。


 だが、ダンデはその男に怪訝な顔を見せる。なぜなら、確かに先ほど聞こえた音色には楽器特有の音も含まれていたからだ。


「全くせっかちな方々ですね。そんなことだから――平気で女性に手荒な真似をしてしまうのですよ」

「うるせぇ!」

「俺はテメェみたいな色男が大っ嫌いなんだよ!」

「こんな現場にのこのこやってきたのが命取りだな」

「さて? それはどうでしょうか?」


 彼が怒号を浴びせてくる連中にふんわりとした口調でそう告げると、何もない空間で竪琴を弾くしぐさを見せる。


 すると、何故か楽器など手にしていない彼の手から、華麗な弦楽器の音色が鳴り響いた。

 更にそこへ彼の美声が加わり、それだけではなくフルートやリュートの音も加わっていき、彼一人にも関わらず、四重奏、五重奏と音の洪水が一斉に盗賊達の耳を奪った。


 その美しい音楽に、すっかり心を奪われ男達はその場に立ち尽くす。

 すると――音の奔流だけを後に残し、彼が駆け、少女を捕まえていた男の手から彼女を引ったくった。


「お嬢さん、大丈夫かな?」

「え? あ、あれ? あたい――」

「……ハッ! て、テメェ何してやがる!」


 にっこりと微笑む彼であったが、どうやらブルートだけは正気を取り戻してしまったようだ。


「少し弱かったですかね……」


 そんなことを呟く彼の前に素早いステップでブルートが回りこむ。


「テメェ、どんな手を使ったかしらねぇが逃しはしねぇぞ」


 するとブルートに続いて他の連中も正気を取り戻し、怒りの様相で吟遊詩人の彼に迫ってきた。


「ちょ、ちょっとあんた! 何者か知らないけどこれって――」

「ふむ、確かにちょっとまずいですね」


 追い詰められた彼の背中側には、足を踏み外しでもすれば真下の川まで真っ逆さまの崖が広がっている。そして正面にはブルートとその手下達。ダンデの姿も横にあった。


「……お嬢さん、私の運に賭ける覚悟はありますか?」

「へ? 運って何を……」

「まあ、なくてもこれしか手は、無いんですけどね!」


 あ! と盗賊達の短い叫び。そして――少女を抱きかかえたまま後ろに飛び退く吟遊詩人。


 その結果――ふたりは真っ逆さまに崖下へ落ちていった。


「ぼ、ボス! どうしましょうか?」

「……ふん、何者か知らねぇが馬鹿な野郎だ。放っておけ、この高さから落ちたらどのみち助からねぇよ」


 ブルートがそう告げると、やっと終わりましたか、と商人と護衛の冒険者達も盗賊達に近づいてきた。


「ああ、約束通り、面倒な連中は始末したぜ。だから、ヴァルチェ卿にも宜しく言っておいてくれよ」


 そしてブルートは協力してくれた商人にそう告げ、醜悪な笑みを浮かべるのだった――

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