エピローグ 人形師
第二部一章はこれで終わりです。
王国のとある町――これといった特徴もない閑散とした小さな町だ。そしてその分特に脅威になる魔物も周囲に存在せず安穏とした町ともいえる。
だが町に住む若者にとっては退屈な日々を約束された場所であり、仕事以外ではこれといった楽しみを見出すことも出来ず、変化のない毎日を過ごすのみ――の筈だったのだが……。
町の中心、普段は何もない、誰もいないような開けた場所にて多くの人びとが集まっていた。人垣が出来るなどこの田舎町では非常に珍しい。
しかも老若男女問わず、その光景に目を奪われていた。
彼らの視線の先では――簡素ではあるが舞台が出来上がり、そこでは一つの劇が催されている。
内容はこの世界でも人気の英雄譚、しかも成り上がりものだ。奴隷として囚われた男が数多の苦難を乗り越え剣闘士として成り上がり、戦で武勲を上げ、姫とのラブロマンスを経て王へとのし上がる。
大きな街の酒場に行けば吟遊詩人あたりが好んで謳っていそうな代物だが、それを劇でとなると中々に珍しい。本来なら王都あたりで大々的にやるもので、このような辺鄙な町で披露しようなどという変わり者はそうはいないのだ。
しかし彼はそれを行っていた。しかも助手にメイド服の女の子一人だけ控えさせた壮年の男性がその手で見事なまでの演技を披露していた。
それがより町の住人の興味を引いていた。何せ舞台で演技をしているのは――人形なのである。糸で操られた人形なのである。
壮年の彼は自らを人形師と名乗っていた。そして数多くの人形をその双腕で巧みに操ってみせた。声は男性の声を人形使いの彼が、女性の声を助手のメイドが務めた。
それもまた見事な演技であった。時にあどけなく、時に力強く、王は押圧的に、姫は可憐に、その声も人形の動きも、それぞれが別人が操っているかのような感覚、しかし実際はふたり、たったふたりがこれだけの演技を披露していたのである。
そして――最後は奴隷だった男が王を追い詰め、そして姫が自ら己の父を討ち取る悲劇的な展開で締めくくられていた。
「これにて――本日の劇は終了とさせていただきます」
壮年の男がそう言って恭しく頭を下げると、集まっていた人々から惜しみない拍手が送られた。
そして観覧料としてメイドが料金を徴収していく。
だがそれを渋るものはいなかった。そもそもこれだけの出し物にも関わらず金額が一人一〇〇〇ゴルドというのは破格の値段とも言える。これが王都などで行われるものであれば最低でも一人五〇〇〇〇ゴルドはとられることだろう。
そして料金の回収も終わりふたりはこの町で借りた家屋へと戻っていった。小さな町なので家を借りる値段もそれほど高くはない。
その割にそこそこの広さがあり、更に町外れにある建物ということが彼には都合が良かった。
「本日の収入は三八万五〇〇〇ゴルドとなります」
「ふむ、悪くはないな」
「この町で暮らす殆どの方が見に来てくれますから――ですがもっと大きな町であればこの十倍以上は手にすることが出来るかと思いますよ」
「そこまで稼ぎたいとは思わないさ。それに私は高い金額にして見てもらえないよりは、安くても沢山の人に見てもらった方がやり甲斐があると思うからね」
「……本当に欲がありませんねハピス様は」
メイドの彼女が銀髪の彼をそう評した。ハピスは年齢で言えば三〇半ば程度。黒みを帯びた銀髪は男性にしては長く、後ろで括り総髪にしている。
背は高く荘厳な面立ち。身なりは良い方であり厚手のマントを上から羽織っている。
一方で彼に仕えていると思われる女は年齢的には少女と言って良いぐらいか。白を基調としたメイド服に身を包まれている。目はぱっちり大きな碧眼、髪は短めのブロンド髪。全体的には小柄な可愛らしい女の子である。
「さて、私は疲れたし少し部屋で休むとするよ。後のことはお願いしてもいいかな?」
ハピスがそう告げると承知致しました、とメイドの彼女が頭を下げた。
それからハピスが部屋に戻り、彼は久しぶりにゆったりと読書を楽しむ。尤も彼の場合はこれも劇を行うための糧としているわけだが。
「ハピス様――お客様がお見えになられておりますが……」
するとドアをノックする音と、メイドの知らせが耳に届く。
ハピスは、判った、と腰を上げ客間へ向かった。
「貴方がハピスですか。お初にお目にかかります」
ハピスが客間に向かうと、まるまるとした顔の商人然とした男が彼に挨拶してきた。
その言葉のとおりハピスも初めて見る顔である。
「ふむ、みたところ商人のようですが――」
そう口にしつつも彼はその男の後ろに立つ男達に視線を這わす。それぞれが見事な体つきをした屈強な男で人数は三人。
腰には長剣や手斧、ナイフを隠し持っている者もいる。
格好からしても革の鎧や鎖帷子といったところで、いかにもといった様相だ。
「ははっ、彼らのことは気にしないでください。確かに私も街から街へ旅して歩き商売を勤しんでおります。故にこういった護衛は常につけておりましてね」
なるほど、と一応は納得した体を装う。
「それで、その商人殿がどのようなご用件で? あいにく今はそれほど不足している物はありませんが」
「ははっ、いやいや別に何かを売りつけたくてここまできたわけじゃありませんよ。それぐらいあなたも判っているのでは?」
「さあ? 一体なんのことか?」
「またまた、私はこれで耳は良い方でね。今日来たのは売るためではない、貴方に人形を売ってもらうために来たのですよ」
その声にピクリとメイドが反応する。
「ふむ、なるほど。しかし残念ですが私の人形は大事な商売道具です。売り物ではございません」
「外でやられていたあんな遊びのような代物に興味があるわけじゃないんですよ。そうではなくもっと人間に近い――わかりますよね?」
そこまで言うと男は机の上に人物画と髪の毛を置いてみせた。
「この男の人形を作って欲しい。貴方は非常に精巧な自動人形を作られると聞いております。勿論報酬は十分な額をご用意しますので」
下衆な笑みを浮かべ男が言った。彼が見せた人物画の男が一体何をしたのかは知らないが、きっとろくでもないことに使うつもりなのだろう。
「申し訳ありませんがどなたかと勘違いされているのでは? 私にはそのような力はありませんよ。ですのでソレ以外に特にご用件がなければどうぞお引き取りを――」
「いいから黙っていうことを聞いておけばいいんだよ。こっちが大人しく言ってるうちにな」
笑顔は崩さず、しかし声色に本性を乗せ、どこかどすの聞いた響きを残す。
「へへっ、ボスの言うことを素直に聞いたほうがあんたのためだぜ。それに大事なメイドを傷物にしたくはないだろ?」
警告の声がドア側から聞こえてきた。見ると商人の護衛の一人がメイドの後ろを取り、喉元にナイフを突き付けていた。
「……なんとも愚かなことを」
「ふふっ、なんとでも言うがいい。こっちはなんとしても人形を作ってもらう必要があるのさ。手段なんて選んじゃいられない」
「そういうことを言っているのではありませんよ」
「は? 何を言って――」
商人の男が怪訝そうに眉を顰めるとその瞬間、ぐぇっ! という呻き声。商人の男が振り返ると、顎を蹴り上げられた護衛の姿。
メイドの華麗な反撃だ。スカートの裾がパラリと落下し、美しい脚線美が顕になっているが特等席にいたはずの男の意識はとっくに刈り取られている。
「な、ななっ! 何を――」
商人の慌てた声と残りの護衛ふたりがメイドに向け飛び出すのは同時であった。
一人は長剣を一人は片手斧で左右から迫る。しかしふたりの男の攻撃は見事に空を切り、屈んだメイドの足払いで一人は後頭部を床にしこたまぶつけ、もう一人は勢いをつけ放たれた膝蹴りに身体をくの字に折り曲げた。
「そ、そん、な!?」
唖然とする商人の男であったが、その周囲に突如人形が現れそれぞれの手に持った得物を商人へと突きつけた。
「全く、私は面倒事は嫌いなのだがな」
指に絡めた糸を巧みに操作しながらハピスが言った。その手の動きに合わせて鳴るギシギシという関節音が、より商人の恐怖心を煽る。
「わ、判った……人形の件は諦めよう。だから――」
「残念だがそれだけで帰すわけにはいかなくなった。言っただろ? 面倒は嫌いなんだ」
「な!? き、貴様一体なに、そ、ひ、ひぃぃぃいぃいい!」
部屋中に男達の悲鳴が響き渡る。そして――
「……あれ? 私は一体――」
「どうかされましたか? 突然ぼ~っとされて。具合でも?」
「……え? あ、いや……」
「しかし申し訳ありません。今回はこちらもお役に立てず、正直提示された品物はすべて間に合っておりますので」
「……え? あ、そ、そうか。ふ、ふん! わざわざこんな田舎町までやってきてやったというのに失礼なやつだな! もう結構だ! お前たちいくぞ!」
「え? あ、はいボス」
「てか、こんな話するために来たんだっけ?」
「ボスがそう言ってるんだからそうなんだろ?」
「ほら! はやくしろ! グズグズするな!」
結局商人と護衛達は何事もなかったかのように(不機嫌そうではあったが)家を出て行ってしまった。
「……相変わらず見事な記憶操作でございますねハピス様」
「まあ、あの手の輩は放っておくとしつこいからな」
微笑を浮かべハピスが言う。人形使いの彼であるが、人間そっくりの自動人形さえ作り上げてしまう彼にとっては人の記憶操作も容易い。
そして今回彼はついでに似顔絵の人物についても忘れさせた。もっといえば商売上の大事な知識さえもだ。
しかし彼が熱意ある商人であるならば、記憶をなくしたところで再度のし上がる事が可能だろう。尤もそんなたまでないことをハピスは承知の上だが。
「ところでハピス様、実は手紙が届いております」
「手紙?」
「はい、シャトー卿からです」
メイドの話を聞きハピスが頭を振った。
「シャドウからとは、全く嫌な予感しかしない」
手紙にはシャトーと記されている為、メイドはそのままの名前で伝えているが、手紙を受け取ったハピスは彼のことをよく知っているようだ。
「……予想通りだ。全くこの間あんな無茶なものを作らせておいて、今度は街の住人分とは無茶が過ぎる」
「ではお断りいたしますか?」
「それがだなメラニー。この男は無茶だがそれでいてギリギリ出来る納期と数を見極めてもいるのだよ。全く見た目だけ人間、思考や行動はとにかく単純化か、これなら確かに用意できないことはないのだから参る。本当にあいつは一度ぐらい文句を言ったほうがいいのかもな」
「……そんなことを言いながらもハピス様はどこか嬉しそうですね」
メラニーと呼ばれたメイドは、ハピスの緩んだ口元を眺めながら笑みをこぼす。
「……そう見えるなら気のせいだ。全くこれをやるとなると早速今日から動かないといけない。君にも面倒をかけるな」
「……私はハピス様の為に働けるならそれだけで満足です」
メラニーの返事にハピスの表情が少しだけ曇る。その視線は手紙の最後の一枚に向けられていた。
「……注文以外のことも記されていてな。手紙によると君のお姉さんはもう旅立ってしまったようだ……本当に良かったのかい?」
「……今更合わせる顔などありませんから」
「……君がそう言うからシャドウにも黙っているように伝えたが――君が望むならいつでも」
「私は先生に命を助けられました。それに感謝の思いしかありません。ですからハピス様の傍に仕えたいと思ったのです」
「……私は仕事を全うしただけだよ。それに、君の父と母は結局見殺しにしたようなものだ」
「……私はそれでも感謝しています。それに父と母もそんな風には思っていないと信じてます」
それから暫しの沈黙が二人の間に訪れた。だが、それから気を取り直すようにメラニーが笑顔を讃え、
「さて、ではハピス様がしっかり働けるように美味しい食事をおつくりしますね。ですから、先生もほら仕事仕事」
と言って彼を作業室へと押しやった。
「全く、容赦のないことだな」
そして彼もまた微笑みを返し、人形作りの為に地下の作業場へと降りて行ったのだった――
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