第43話 蔓延する病
「一体どういうことなのだ!」
ザクスの怒号が執務室内に爆散した。顔を真っ赤にして憤然と立ち上がり、どうにも収まりがつかない様子である。
このまま放置していれば野生の熊のごとく暴れ回り、その辺りの物を壊して回るかもしれない。
尤もそんなことをされても報告しに来た騎士には痛くも痒くもないが、ただこのまま怒りの矛先が自分に向けられても面倒なだけであろう。
「その、ご報告の通りどうやら街の住人が妙な病に罹ってしまい――その為代わりの女を用意させるのは難しい状況なのです」
なので改めて騎士が説明する。彼は街に配置した警備兵を纏める任を与えられた男だ。故に市街の様子をザクスに伝えるのは彼の日課となっていた。
そしてザクスからの命令を街の警備兵に振り分けるのも仕事の内である。その警備兵も町の人間ではなく騎士と一緒に赴いてきた王国兵が担っている状況だが。
そして今回彼がザクスに急務として告げられたのが――新しい女の確保。と、言うのも二日ほど前、城の召使い(あくまで建前だが)として奉公していた女が突如居なくなってしまった。
ザクスは色を好む男だ。以前ゲイルの婚約者であったレイリアも屋敷に連れ帰り慰みものとしたこともある。
しかしそのレイリアも城から居なくなり、その代わりにと地下の牢屋に繋ぎ止めていた筈の女もどこかへ消えてしまった。
勿論街中探して回ったがどこにもおらず住人に聞いても知らぬ存ぜぬで話にならない。
そこで業を煮やしたザクスが他の女で構わぬから代わりを連れて来い! と言い出し、兵士に命じ街の若い女を探しに向かわせたのだが――その後兵士から受けた知らせは彼にとって決して喜ばしいものではなかった。
「大体病とはなんだ! ついこの間までそのような兆候もなかったではないか!」
「はい。ですが、どうにも突然発症したようで」
「ふん! どうせ下民達が我々を謀ろうと嘘を言っているのであろう。兵達にしっかり調べるよう言え! それがお前の仕事だろう!」
「そ、それはそうなのですが、しかし当然兵もその疑いは持ったようで家屋にまで入り中を検めたようなのですが――事実病に罹った者は体中にできものが現れたり高熱に魘されたり嘔吐を繰り返すものもいたりするとのこと。しかも多数の兵が目撃しておりますので、決して嘘には――」
騎士がザクスの顔色を窺いながら答える。尻窄まりな声がなんとも弱々しい。
恐らく彼にとってはとても報告しにくい内容だったのだろう。何せこれは非常に面倒な案件だ。
「くっ! まさか私が任されている間にこのような問題が起きるとは、え~い忌々しい! ならば今すぐ病に罹っているものを焼却処分しろ! これ以上病が広がっては堪らん!」
「し、しかしザクス卿。病は街の殆どの人間が罹っております。それを全員となるとこの街の人間がほぼいなくなってしまいますし、それにまだセントラルアーツの件が正式に決定されていない状態でそのような真似をしてしまうと――」
騎士の言葉にザクスは、ぐぅ、と苦々しそうに呻き、立ち上がっていたその腰をドサリと椅子の上に落とした。
そして額に手を置く。報告に来た騎士の言っていることにも頷けるところがあった。近いうちにセントラルアーツは王国騎士団の管理する軍事拠点となる予定ではあるが、それはまだ街の人間には知られていない。
正式に王国より通達されれば、街の人間などどうとでもなるのだが、今下手な行為に出て騒ぎ立てられても厄介である。
それにいくらヘンベルに管理を任されているとは言え、流石に街の住人の多くを焼却処分するような真似を勝手に行っては、いざというときの自分の立場が危うい。
もしそれが後々問題になると判断すればヘンベルは容赦なくザクスのことを切り捨てるだろう。表面上はヘンベルに従順な態度をとっているザクスであるが、腹の中では微塵も信頼していない。
「……仕方がない。ならば病を治す方向で考えねばな。この街にも教会はあっただろう? ならば神官に回復魔法を――」
「それがザクス卿。どうやら神官は既に亡きチェリオの手によって殺害されてしまっているようで残念ながら現状この街には……代わりとなるものも――」
「くっ! ならば薬師は、薬師はどうだ! ドラッガーのジョブ持ちぐらいいるであろう!」
「それは、いるはいるのですが、どうやらこの街にいる薬師では対処不可能な病ということで……」
「くっ! あれも駄目、これも駄目とは、貴様! ならば一体何が出来ると言うのだ!」
怒鳴り散らすザクスに、申し訳ありません! と騎士は頭を下げることしか出来ずにいた。
「……ならば仕方ない! ここからであれば早馬を走らせ三~四日ほどでヴァリスにたどり着けるだろう。それで神官の手配をしてまいれ!」
「……それはどうかと。その、既にヘンベル卿より魔族の確認のためにヴァリスに派遣要請が出ております。その状況でザクス様が動いては越権行為にあたる可能性も……ならばヘンベル卿を通して」
「馬鹿言うな! こんな問題でヘンベル卿の手を煩わせてたまるものか!」
ザクスもまた地位に固執し欲にまみれた男であった。だからこそこのようなことで失墜するような真似はさけたい。
もし今ヘンベルに頼ってしまえば、この程度の街も管理できない愚かものなのかと失望され、管理者としての任を解かれる可能性すらある。
散々上のものに媚び諂い、ようやく男爵の位にまで到達したのだ。
それなのにこんなところでヘマをしてたまるか、とザクスは必死に普段悪巧みにしか使用していない頭をフル回転させる。
すると扉を叩く音が室内に響いた。眉を顰めながらもザクスが騎士に顎で合図する。
「今はザクス卿と大事な話の途中であるぞ。一体何用だ?」
そして騎士が扉の向こうの相手にそう答えると、実は謁見の申し出がありまして、と言う返事。
それに、謁見だと? とザクスが怪訝な表情を見せた。
一体このような時に誰が、といった思いなのだろう。
「それが、街で流行っている病について解決策があると――」
それを耳にした瞬間ザクスが蹶然し、すぐに連れて来い! と叫びあげた。
それから間もなくしてザクスの部屋に男がひとりやってくる。
「……お前は確か――」
「エキストラです。皆は私のことをエキと呼びますのでそう呼んで頂いても結構です。以後お見知り置きを」
そう言ってエキはザクスに向かって恭しく頭を下げた。
「ふん、そうであったな。名前はともかくゲイルと良く一緒にいたのを知っているぞ」
ザクスは鼻を鳴らしならそう告げ、訝しげにエキを見た。
病の対処法があると聞き呼んでは見たが、ゲイルの知り合いなら油断は出来ないと考えているのかもしれない。
「はい、ザクス卿にはそのことで先ずお礼をと思っておりました」
「何? 礼だと? 一体何の話だ?」
「勿論ゲイルのことです。正直言うと私はあの男が好きではありませんでした。自分勝手で横暴で、人の話など聞きはしない。そのくせ婚約者をやたらと自慢してくる。本当に鼻につく鬱陶しいやつでした。しかしザクス卿のお力で奴はすっかり大人しくなりました」
ほう、とザクスは顎を擦りエキを見やる。そしてじっとその顔をみながら。
「まあ確かにな。あの男は自分の婚約者の管理も出来ぬ愚か者だ。全く勝手に死なれ迷惑を被っているのは我々であるというのに。だが、そのことを感謝するのは勝手であるが私がお前に聞きたいのはそのようなことではないぞ?」
「勿論判っております。街に蔓延する病の件ですな。それに関してですが今イーストアーツにはこの病に対処出来る者は残念ながらおりません」
「そんなことは知っておるわ! まさか貴様そのようなことをわざわざ言いに来たのではあるまいな?」
「いえいえ、滅相もありません。本題はここからです。実はセントラルアーツにエリンギというエルフが居るのですが――その女は今でこそ魔道具店を経営しておりますが、元は腕の良い薬師であったという話です。もともとエルフはあらゆる植物に精通しており薬作りが得意とされる種族。そのものを頼れば、きっとこの問題も解決することでしょう」
エキがそう進言すると、ザクスが、はっ! と忌々しげに口にし。
「何かと思えば――セントラルアーツのエルフだと? この街の問題にセントラルアーツの力を借りるなど……」
「勿論、このことは秘密裏に。つまりヘンベル卿には知られないよう動きます」
「なんだ、と? そんなことが可能なのか?」
ジロジロとエキをみやりながらゲイルが問う。
「病に罹っていない中には元セントラルアーツの冒険者がいます。彼なら特に問題なくセントラルアーツに戻れますし、今セントラルアーツで門番をしてる男とも顔なじみです。エルフの一人ぐらい気づかれずに連れてくるなど容易いことでしょう」
むぅ、とザクスが唸る。
「しかし、そこまでしてお前に何の得がある?」
「その件ですが。勿論私にも願いがあります。今回の問題、上手く解決した暁にはこの私をザクス卿の執事として雇って頂きたい」
「し、執事にだと?」
「はい。正直言うともう冒険者の生活にはうんざりでしてね。あのゲイルにも散々こき使われてやれ魔物退治だ、やれ盗賊を捕まえろだ、その割に報酬も微々たるもので正直やってられないと思っていたところです。しかし高名な騎士であるザクス卿の下で働かせて頂ければ暮らしは遥かに安定するでしょう。勿論ザクス卿の為ならば質の良い娘を確保することも厭いません。必ずザクス卿のお役に立ってみせましょう」
そこまで行ってエキはザクスの前で床に膝と手を付け、服従のポーズを取ってみせた。
ザクスの口元がにやりと歪む。
「そうかそうか。いや、いい心がけであるぞ。全く飯だけ食べてろくに使い物にならない騎士や兵士なんぞよりよっぽど役に立つではないか。よし判った! この件が解決したならば執事にぐらいしてやる」
その返事を聞き、ありがとうございます、と再度エキは頭を下げ立ち上がる。
「それでは早速手配致しますが――一つだけ。ご存知の通りこの病は人から人へ伝染るものです。すぐに命の危険があるというものではないようですが、問題が解決するまでは騎士も兵士も街にはおりてこないほうが宜しいでしょう。私の方でも病に罹ったものは隔離させておりますが、念のためということもあります。それと街で警備にあたっていた兵士たちも念のため城の中で隔離しておいたほうが良いと思われます。今は無事でも時間を置いて発症する場合もありますからね」
「む、確かにそのとおりだな。判った、ただし街の様子はお前が逐一報告に来るようにな。もし一人でも逃げ出す様なことがあれば……」
「判っております。私にお任せください」
そういってエキはその場を後にするのだった――




