第42話 旅立ち
「馬鹿なことは言わないのエリン!」
「だって、だって――エリンも、エリンも一緒に行きたいなの!」
「駄目です! 皆さんは遊びに行くわけじゃないんですからね!」
……エリンギがこんなに怒るの見るのは初めてだな。ただのドジっ子眼鏡エルフ人妻じゃなかったのか――
とは言え、流石にこればっかりは俺もエリンを擁護するわけにもいかないしな――
勿論それは他の皆も同じ考えなようで、だから必死にエリンを説得していた。
そしてエリンもすごく沈んだ顔にはなってしまったけど、結局それ以上は何も言わなくなったな。
「あ、そうだメリッサ。これを差し上げます」
その後はエリンギと相談しながら道中必要になりそうな魔道具を揃え、そしてそろそろ辞去しようかと言う話になった時、エリンギからメリッサに薬研が手渡された。
「これは前に上げたものより更に効果の高い魔法が込められた薬研です。これで作れば薬の効果も上がると思いますよ。旅に少しでも役立てて下さい」
優しい笑顔でエリンギが言った。メリッサはその薬研を胸に抱きしめ、泣きそうな顔で、先生ありがとうございます、とお礼を言った。
……なんかいいなこういうの。カラーナといいメリッサといい貴重な餞別を頂いてるな。
そして俺達はエリンギの店を後にする。明日の朝には見送りに来てくれるとも言っていたな。
本当にドワンといいエリンギといい、この街にはいい人が多いよな……。
◇◆◇
「あんた達明日には旅立っちゃうんだって?」
宿に戻るなりアニーが声をかけてきた。彼女の耳にも届いてたんだな。
「それじゃあ馬車はもう返すしかないね。でもこの馬車で仕事してたあいつも今は別な事やってるしね。でも助かったよありがとうね」
「いえ、少しでもお役に立てたなら良かったです」
そう、明日からはまたこの馬車のお世話になるからな。お姫様の護衛にこれ? と思いそうなものだけど、事情が事情だけにあまり目立たない馬車のほうが良い。
「それにしてもねぇ」
そして、何故かアニーは俺と女性陣を交互にみやってニヤニヤとしだした。
……一体何を考えてるんだ?
「全くヒットも隅に置けないね~これだけの美女に囲まれてハーレムな旅だなんてね。あ、でも子供が出来ないように気をつけなよ? 一応護衛なん――」
「しませんよそんなこと!」
俺は思わず叫びあげた。ぐっ、顔が熱い! 全くこの人は相変わらずすぎるな! 他の皆はなんかしんみりした感じもあったのに!
「え? やらへんのボス?」
「な!? 何を言ってるのだ貴様は!」
「え、え~と、え~と」
「……ご主人様が望むなら」
「ア、アン、アン……」
カラーナはしれっととんでもないことを口走ってるな! アンジェは慌ててるし、メリッサは顔が真っ赤だし、セイラもドサクサに紛れて何言ってんだよ! そしてフェンリィもなんで声がか細いんだ!
……ふぅ、結局アニーに誂われながら俺たちは部屋に戻った。
そして最後のお風呂に行ったら他の冒険者にも囲まれてなんか泣かれたり羨ましがられたり(?)胴上げされたりした。
なんで胴上げされてるんだ俺?
「今日でお別れなんて寂しくなるな~でも、だからこそ腕によりをかけたよ! お金はいらないからたっぷり食べてね!」
そして食堂ではあの見た目な子供シェフがごちそうを振る舞ってくれた。みんなで腹一杯になるまで食べて、そして夜が更け――朝が来た……。
「出来るだけのことはしておいたぜ」
「あぁ、ありがとうドワン。見れば判る、すごくいい仕事だよ」
「全くだな。本当にドワンの腕は大したものだ。これだけの技量を持つ鍛冶師など大陸中探してもそうはいないぞ」
俺が双剣の仕事ぶりを褒め、アンジェも追随するように感嘆の言葉を述べる。
勿論メリッサやカラーナも一緒だ。それにドワンは悪い気はしてない様子だ。
「ま、俺は心配なんてしてねぇよ。護衛ぐらいちゃっちゃと終わらせてこいや」
「ああ、そうだな」
「あの、ごめんなさい……エリンが部屋から出てこなくて――お別れぐらい言ったら? て声かけたんですけど」
……昨日も最後まで納得していない感じだったもんな。仕方ないか。
まあ、また戻ってきた時にエリンとまた遊んであげるかな。
「全く、ヒットも罪深い男にゃん。こんな綺麗どころに囲まれて旅立つなんてにゃん」
「いや、それはもう突っ込むのも疲れたが……」
「突っ込むのにつかれたなんて嫌らしいにゃん」
「そういう意味じゃねぇよ! てか、なんでお前も一緒にいこうとしてるんだよ!」
思わず叫ぶ。そう、ニャーコの奴、何故か旅仕度して俺たちを待ってやがった。
「悪いなヒット。なんかこいつも王都のギルドに呼ばれてるみたいでな。ついでだから一緒に連れて行ってくれよ」
「そういうわけにゃん」
「いや、そういうわけって……」
思わずげんなりした声で言う。モブに言われたら断れないけどな……。
「むぅ、またボスのライバルが増えたやん」
「そ、そうなのか? ヒットはモテるのだな……」
「はい。ですからアンジェも油断してたら駄目ですよ」
「な、メリッサまで何を言っているのだ! いや、だから私は……」
「……油断大敵」
「オン! アオン!」
……なんだろう、旅立つ前から嫌な予感しかしてこないぞ……。
「さて、それではヒット、アンジェ殿下のことはお任せしましたよ。それと先に話しましたが、途中マントスの領主にこの手紙を渡して頂けますか?」
シャドウから手紙を受け取る。確かにシャドウとは道程についても話をしてる。西側から王都に向かうためには途中ふたつの領地を越えて、船に乗り運河を北上する必要がある。
その最初に通り掛かることとなるマントス領で領主様に手紙を渡して欲しいということだ。封蝋もされていて結構大事な文面みたいだな。
「貴様! 主様の大事な手紙だぞ! なくしでもしたら死んで詫びるぐらいの覚悟は必要だと思え!」
……コアンは相変わらずだな。まあ、でも確かになくすわけにはいかないよな。
それにしても馬車の中……みんな食料とか水とかそんなのが一杯詰まった木箱とか樽とか一杯詰めてくれたんだけど、おかげで定員はギリギリだな。尤も好意でやってくれたことだから文句は言えないけど……まあ落ち着いたらマジックバッグに少し移動するかな。
「さて、それじゃあ……」
「ああ、いよいよだなヒット」
「ボスとラブラブの旅やな!」
「いや、カラーナそれは……」
「……メインは護衛」
「アンッ!」
「何はともあれ出発にゃん!」
こうして俺たちはまだ朝日が昇ったばかりの時間にも関わらず見送りに来てくれた皆と別れの挨拶を済ませ、馬車で王都に向けて旅だった――
「それにしてもやはりいざ旅立つと少しは寂しいものだな」
「なんやアンジェ泣いてるんか?」
「な、泣いてなどいない!」
「でもエリンちゃんには悪いことしちゃいましたね……」
「仕方ないにゃん。確かにあの子は強い力を秘めてるみたいにゃん。でも旅に同行するには幼すぎるにゃん」
「……力が不安定」
「クゥ~ン?」
確かにな。流石にこの旅にエリンを連れていくわけにもな……。
「――夫なの!」
……て、うん? なんか今声が聞こえたような――気のせいかな?
まあ、何はともあれ――こっからは気を引き締めていかないとな!




