第41話 ドワンとエリンギとエリン
「そうか……行っちまうのか――」
俺達がドワンの鍛冶屋を訪れ事情を話すと、彼は少し寂しそうな表情でポツリと呟いた。
この街ではドワンにもかなりの世話になったな。今持ってる武器も改良してもらい性能を上げてもらったし、ちょいちょい手入れもしてもらっていた。
「……あぁ、でも丁度良かったこれができていたんだ。ほれ――」
すると、ドワンがカウンターの上にソレを置いた。これは――前に俺がお願いしていたスパイラルヘヴィクロスボウの改良版か。
「ヒットの要望どおり徹底的に小型軽量化して、腕にベルトで固定出来るようにしておいた。本来これだけ小さくすると威力が落ちるもんだが、うちのも協力してくれてな。魔道具も中に仕込んでるから回転力が増して貫通力は寧ろ上がってる。使用しない時は折りたたむことで更にコンパクトになるから移動中の邪魔にもならないと思うぜ。小さくなった分、ボルトはこれまでのが使えないが、ヒットが持ってた分と同じ本数のボルトを用意しておいたから使ってくれ」
ドワンの説明を聞いた後、改めて俺は改良されたスパイラルヘヴィクロスボウを腕に装着してみた。
うん、確かにこれは随分としっくりくるな。これまではいちいちマジックバッグから取り出さないといけなかったからその辺が面倒だったんだが、これなら双剣で戦ってる間も邪魔にならないし、武器の切り替えもスムーズだ。
「お~、ボスかっこええやん」
「はい、ご主人様よくお似合いです!」
「うむ、中々使いやすそうではないか」
「……また、強くなる」
「ウォン!」
皆からも中々に好評だな。ただ――
「流石にこれだけコンパクトになるとスパイラルヘヴィクロスボウという名前にも無理がある気がするな」
「確かにそうだな。だったらヒット、新しい名称をお前が決めればいい」
……なるほど、確かに俺が頼んで改良してもらったわけだしな。
ふむ、だったら――
「ファルコン……」
「うん? ファルコン?」
「……あぁ、そうだ。ファルコンにしよう」
「ふむ、なるほど。良い名じゃねぇか。よっしじゃあその武器はこれからファルコンだ!」
他の皆もドワンに同意なようだ。まあ、俺としてはちょっとありきたりかなとも思ったんだが、広げた時のフォルムがなんか隼っぽい気がしたしな。それにボルトの弾速も上がってるしピッタリはまってる気がする。
「さて、それじゃあ全員装備品を置いてきな」
「え? 装備品をか?」
「ああ、明日の朝早くにはもう出ちまうんだろ? それまでに出来るだけ手入れしておいてやるよ」
「いや、しかし流石にそこまで世話になるわけには……」
「おいおい、誰も別にタダでやるとは言ってねぇよ。この街を出る前にしっかり稼がせて貰うって言ってんだ。いいからさっさと置いた置いた」
……なるほどな。気を遣わせないようにあえてそんな事を……でも確かに旅立ちの前に少しでも手入れしてもらえるならありがたいな。
「判った。じゃあこれとこれを頼むよ」
「じゃあうちもこのナイフとか頼むで!」
「では私もゴブリン退治で使いましたのでこのウィンドエストックを」
「……フェンリィの牙で――」
「オン!?」
「いや、無理して頼む必要ないやろセイラ。フェンリィもビビっとるやん」
「クゥ~ン……」
「……冗談」
セイラもこんな冗談が言えるようになったんだな。なんとなく嬉しい。
「では私はこの剣を頼む」
「……うむ。エッジタンゲか、相変わらず見事な剣だな。しっかり手入れさせてもらおう」
ドワンは前もこの剣を手入れする時に職人冥利に尽きるって言っていたしな。今回も光栄って感じではある。
それにしてもドワンは相変わらず余計なことは語らないな。結局改良されたファルコンを受け取って武器を預けたところですぐに工房に篭ってしまった。
ま、それだけ仕事に一生懸命ってことなんだろうな。だから俺達もドワンの店を後にしてその脚でエリンギの店に向かう。
「そうですか……寂しくなりますね」
魔道具店に着いてエリンギに事情を話すと、かなり淋しげにエリンギが言葉を漏らした。
よく考えたら彼女とも長い付き合いだしな。いや実際は俺がこの世界に来てから一年も経ってないけど、内容が濃いしな。
「色々とお世話になりました。しかしここの魔道具は本当に素晴らしい。王都に着いたら是非とも喧伝させて貰おうと思います」
アンジェが畏まった口調でエリンギに告げると、うふふっ、と眼鏡の奥の瞳を崩し笑ってくれた。
「それは素晴らしい宣伝になりますね。ですが、先ずは自身の身の安全を第一に――どうかご無事で……」
祈るように手を組み、エリンギが言った。簡単な概要しか話していないが、俺達も護衛としてお伴すると知り何かを察しているようでもある。
「先生、私、先生に教わったこと忘れませんから――」
そしてメリッサが瞳を潤わせ感謝の言葉を述べる。そういえばメリッサはエリンギに薬の調合法を教わったのだったな。
「メリッサ、そんなんまるで今生の別れみたいやんか。全くしんみりしすぎやで。ただアンジェと王都に行くだけやし、それが終わればまた戻ってくるんやし。な? ボス?」
「ああ、確かにカラーナの言うとおりだな。別に皆とこれで終わりってわけじゃない」
「……この街には色々お世話になった。これっきりなんて、ない」
「アンッ! アンッ!」
ちょっとしんみりした空気になりそうだったけど、やっぱりこういう時にはカラーナの存在がありがたいな。明るい空気が戻ってきた。
「確かにカラーナの言うとおりだな。勿論私とてまたこの街には戻ってきたいと思う。その為にも……特にヒットには頑張って貰わないとな」
「へ? 俺?」
「そやな、ボス! 頼りにしとるで!」
「ご主人様が一緒なら何があっても大丈夫です」
「……心配、ない」
「ウォン! ウォン!」
少々持ち上げられすぎな気もするけどな。でもまあ、責任は重大だよな……。
「……いや、なの――」
うん? 俺達がそんな話をしているとエリンが母親の裾を掴んだまま何か泣きそうな声で口にした。そういえばエリンは店に入ってからずっと黙ったままだったな。
「嫌なの! エリン! 皆と離れ離れになるなんて嫌なの~~~~!」
そしてパタパタと可愛らしくダッシュして――アンジェの脚にしがみついた。
そしてそのままメリッサとカラーナ、セイラの脚にも順番に抱きついてわんわん泣き出してしまった。最後にフェンリィにももふもふしながら泣いてる。
ちなみに俺には何もない。……いや別に嫌われてるわけではないと思うんだがな。うん、そう最初は俺だってエリンと遊び相手になろうとしてたりしたさ。
でも俺がエリンと仲良くしようとするとドワンが凄い形相で睨んでくるんだよ
おかげでエリンに近づきにくくなってしまった。なんか、いくらヒットでもエリンは渡さん! なんて言い出すし。
いやいや流石にこんな小さな子に何かしようなんて思わないし! と言ってもなんか信用ないんだよな~全く。
まあそれはそうと、その分エリンはアンジェやメリッサ、カラーナやセイラにはかなり懐いていたからな。
アンジェとメリッサは勉強も教えたりして前のちょっと舌っ足らずだった口調も大分良くなったし。まあ語尾に、なの、とつけるのはそのままだけど、これは可愛らしいからいいと俺は思う。
そしてカラーナは手先が器用だから色々と面白い芸なども見せてあげたりして楽しませていたし、セイラはフェンリィと一緒に遊んで上げてた。
だから――離れるのは寂しいと思っているんだろうな。
「エリン、わがままを言っては駄目ですよ」
エリンギがエリンに近づき頭を撫でながら言い聞かせようとする。
だけどエリンは首を振って嫌だ嫌だと言ってきかない。
う~ん、参ったな。
「エリン、さっきも言ったけどこれで永遠のおわかれというわけではないんだ。私たちは一旦王都に向かうけど、用事が終わればまた戻ってくるからな」
「そうですよエリン、お姉ちゃんもエリンに会いに必ず戻ってきますから」
「勿論うちもやで! 面白い土産話持ってくるから待っとき!」
「……フェンリィも一緒に戻る」
「アン! アン!」
全員でエリンを慰めている。するとエリンが四人とフェンリィに目を向けて、その後エリンギを振り返って――
「それならエリンも王都に行くなの! 一緒に付いて行くなの!」
そんな事を言い出した――




