第40話 別れの挨拶
シャドウの発言には俺だけじゃなくカラーナ、メリッサ、あとセイラも表情の変化が少ないが何か思うところがあるようだ。
そして何より言われたアンジェが一番驚いている様子であり。
「それにしても随分と急だな……」
「ほ、ほんまやで。それやとアンジェと別れることはあらへんけど……」
「そうですね。でも護衛だなんて……」
「……街からは離れる必要、ある」
「アン!」
俺も含めて全員が戸惑いというか急な話に頭がついていっていないというかそんな感じだ。
ただ、モブのいう通り、そう言われては俺達も断るわけにはいかないけどな。
でも――
「ちょっと待てシャドウ! いや、私から否定的なことを言っておいてなんなのだが……一応王都に戻るときにはあのヘンベルが選んだ騎士とやらが付く話になっている。それなのにあのヘンベルがギルドの介入を素直に受け入れるとは思えないのだが……」
「それは勿論そうでしょうね。当然ですがこれはあのヘンベルも知らない話です。端的に言えばあの男には何も言わず黙って話を進めてます」
「ず、ずいぶんとあっさり言うんやなシャドウ」
「黙っていても仕方ないですから」
「ちょっと待ってくれシャドウ。つまり連中には黙ってことを進めるということでいいのか?」
「そういうことですね。知られてしまうと連中は必ず阻止してくるでしょうし。ですから連中からアンジェの身を守るためにも、そうですね早めに準備を進めてもらい明朝すぐにでも旅立ってもらいたいのですよ」
なんてことがないようにさらりと言ってくるシャドウだが、その言葉の中にとんでもない内容が紛れているだろ……。
「連中から身をって……それだとまるでアンジェの命が狙われているように思えるんだが――」
「そうですね。連中はアンジェをまともに王都に帰還させる気などさらさらなさそうですし、間違いなく暗殺を狙ってくるでしょう。そのための護衛なのですよヒット」
にこにこと相変わらず何考えてるかわからない笑顔で本当爆弾を混ぜてくるよなこいつ……。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 私の命が狙われるだって? しかし何故だ! 確かに連中のろくでもなさはヒット達の報告で判ったが、だからといって私の命を狙う理由が……」
「う~ん、そのあたりは私にも流石に細かいことはわかりません。ただアンジェへの帰還の促し方や、態度でなんとなく判ってしまいましたからね。それに理由は全くないともいえませんよ。何せ貴方は魔族を倒した少なくともここハンマの英雄の一人。本来であれば王都に戻るにしても凱旋扱いで迎えられるべき御方です」
……言われてみれば確かに。連中は第四王女と見下している様子さえ見せていたが、魔族を倒したとあればむしろ王女としても姫としても誇るべき案件だろう。
だけど連中はむしろそのことで労うどころか勝手なこととアンジェの行動を責める姿勢を見せてきた。
しかしよく考えたら確かにこれはおかしいな……。
「ヒットも色々考えを巡らせているようですが、今は確かにあのヘンベルの事と言い色々とおかしなことが起こり始めています。そしてそのきっかけは魔族の復活によるところも大きい。なので皆さんにはその原因究明の為にもこの場に留まるような事はせず王都に向けて出発して欲しいのです。その過程で見えなかったものが見えてくるかもしれませんしね」
……確かに復興の作業に追われすっかり棚上げしてしまっていたが、魔族にしても倒したのはアルキフォンス一人だけ……ベルモットという魔族には結局逃げられてしまったからな――
「……そういうことか。しかし話は判ったが、このようなことを勝手に進めてはシャドウの立場が危ういのではないか?」
「それについて心配には及びませんよアンジェ。確かに文句の一つ二つは言われるでしょうが、魔族を倒すほどの実力を有した皆さんに護衛を依頼するのは自然の流れです。普通に考えればこれほど頼もしい護衛はおりませんからね。向こうもそれに対して表立って文句も言えないでしょう」
「まあそういうことだな。それにシャドウの擁護はこの俺もしっかりさせてもらうさ」
「モブさん……なんだかんだいってギルドマスターとして板についてきたじゃないか」
「そやね、なんだか頼もしいで」
「はい、すごく安心できます」
「……もうモブと呼ばせない」
「ワオン!」
それにしても最初は本当にただのモブのモブかと思ったんだけどな……いや、ほんますみません。
「とにかく話は判った。勿論その護衛依頼は引き受けさせてもらうよ。ただ……」
「ヒットの心配はわかります。ですがイーストアーツの件に関してはとりあえず私にお任せください」
……これは表情からもなんとなく判る。シャドウもこの件に関しては本気で取り組んでくれるつもりなのだろう。
だから、俺達は俺達の出来ることをやっていこう。
「判った。あ、それとあの姉弟のことは……」
「ええ、こちらでしっかり保護させて頂きますよ。今は人手も多いに越したことはない状況です。仕事も同時にお世話出来ると思いますよ」
「ほんま? それならよかったわ。本当ここまで連れて来てよかったで」
「アンッ!」
カラーナとフェンリィも嬉しそうだな。姉の方を見つけたのはカラーナだし、フェンリィも一役買ってるからな。気が気じゃなかったのだろう。
「それじゃあこれで決まりだな。じゃあ俺は先に戻ってるから後でギルドまで来てくれ。支度金を用意しておくからよ」
「え? 支度金って、いいのか?」
「勿論。正式な依頼ですからね。旅に必要な路銀も預けてありますので役立ててください」
そうか……まあここで断るのはおかしな話だしな。最も最初の頃と違って今はお金にはそれほど困ってもいないんだが、でも何があるかわからないしな。
「判った。有効に利用させて貰うよ」
「ええ、それでは宜しくお願いしましたよ」
「……色々と済まないなシャドウ」
そして俺達はシャドウの店を後にした。その後はアンジェが当初予定していた通り街の皆に挨拶を済ませていく。
勿論これは騎士たちには内密と前置きしたうえでだけどな。どうも街の人々もあまり騎士たちに良い感情をもっていないようで秘密は問題なく守ってくれそうだが、アンジェに関してはかなりの人気になっていたからな。別れも惜しむ者も多くいた。
勿論アンジェだけじゃなくカラーナもメリッサも、セイラだって街を離れることを惜しむ人が多かった。
寂しくなるよと涙を浮かべる人もいたりしてちょっと胸に来たけどな……それにフェンリィは子供たちにも人気だったからな……でも仕事が終わればまた戻ってくると約束もした。
それにしても本当、最初はとんでもない街だなと思ったりもしたもんだけど、今は俺も少し寂しい。だがしんみりばかりもしてられない。
アンジェの護衛はかなり責任重大だしな。シャドウの話を聞く限り、王都までの道のりも決して楽ではないだろう。
俺はアンジェは必ず守ると心に決めつつ、約束通りギルドに向かい報酬を受け取った。なぜか盗賊ギルドのマスターであるキルビルなんかもいたりしてカラーナも別れの挨拶を済ませていた。
「ほら餞別だ。お前にやるよ」
「え? なんやこれ、ごっつ高そうやん!」
「いいんだよ。……色々と厳しい旅になる可能性もあるしな」
そう言ってキルビルがカラーナに渡したのは、アンリエルエッジという名の短剣だった。
なんでも念じることで武器が不可視になる効果を秘めた代物らしい。
それを胸の前で抱きしめるように持ち、ありがとうや、と感慨深そうにお礼を言う。
……本当に俺たちはこの街を旅立つんだな。まあ今さらだけど。
そんなことを思いながらも、俺達は今度はドワンの店に向かった――
次の更新は連休が明けてからの5月9日か10日頃の予定となります。




