第37話 吠える豚ども
「ん~ん~、そうか、貴様、フリータムの真似事をするつもりか……」
シャドウを睨めつけ、ヘンデルが言う。彼のフリタームとはボガード大陸の内海の島に建てられた都市国家であり、ヘンベルの言うように貴族といった概念は廃されシャドウの提案した議員制度に近い仕組みが導入されている。
「ふん、なるほどな。だがそんな浅知恵が上手くいくものかな。それにあそこは確かに表向きは爵位などが存在せぬが、実情は他国とそう変わりはせん。何せあそこは民に三級市民、二級市民、一級市民と階級によって区別されているからな。確か議員になれるのも一級市民と認められたものだけよ。仕組みが若干ことなるだけでやってることは何も変わらん」
確かにヘンベルの言うことにも一理ある。フリタームは自由商業都市とも称されるほど商いが盛んな場所でもあり、資本力の高い者ほどよりよい階級に就ける仕組みである。
そして階級が上なものほど制限がなくなり自由が与えられる。税にしても上に行くほど締め付けは緩くなる。逆に三級市民などは同じ都市で暮らしていても入れる場所に制限が課せられ、上級の市民に対しても敬う姿勢を求められ、一切の贅沢は禁止される。
更に税の徴収も厳しくなり、一〇日に一度は税の支払いを課せられ遅れれば奴隷堕ち。また月に一日以上休めば就労を怠ったとされ罰金が課せられ、それを支払えなければやはり奴隷に堕ちてしまう。
このため、貧富の差が激しく、一度落ちたものは生涯上のものに搾取され生きていかなければいけず這い上がることもほぼ不可能だ。
つまりもしシャドウの言っている仕組みが、このフリータムと同じであれば、確かにこれまでとそう変わらない、いや下手すれば更に酷くなってもおかしくないわけだが。
「なるほど。流石に王国の騎士殿は博識ですね」
「……心にもないことを言いおって」
確かにシャドウの言葉には皮肉がしっかり込められている。
「ですが、確かに議員制度自体はフリータムにもございますが、それをそっくりそのままもってくるわけではありませんよ。まず等級に関しては採用いたしません」
「は? それなら誰が議員になるというのだ?」
「それは今後の人々の気持ち次第ですね。議員は選挙の投票によって決める仕組みといたしますし、それに投票はこの領地で暮らす人々全員で行います。勿論議員への立候補も成年として認められる一五歳以上であれば誰でも可能と致します」
「な!? 馬鹿な! そんなことをしては農民風情や教養のないものでも立候補出来てしまうではないか!」
「それに何か問題が? 立候補しても投票されなければ議員にはなれませんし、その結果選ばれた方は立場はどうあれ人々からみて信頼出来る何かを持っていたということでしょう。ただ一つだけ付け加えるならば犯罪者は立候補が出来ないなどといった制限は勿論設けるつもりですが」
「馬鹿な、そんな重要なことを平民風情に決定させるというのか!」
「だからですよ。それに現に今、貴方が平民と称している人々は逞しく暮らしています。街の復興も貴族ではない人々の手でなされているのです。それぞれが協力しあってね」
ヘンベルの顔をじっと見据えながらシャドウが述べる。それにヘンベルは面白く無いといった顔を見せ唸り声を上げた。
「それに先程も申し上げましたがこれは王国にとっていい機会だと私は思っております」
「なんだと? こんなふざけた話のどこがいい機会だ!」
「それはこれが王国にとってのモデルケースになりえるからですよ。その提案書にも記してあるようにこの領地は新しい施策をとる条件が揃っております。貴族の件もそうですが、人々の結束も今は高まっていますからね。それに先程から貴族を派遣することに随分と固執されているようですが、正直それがいい結果をもたらすとは私には思いません。寧ろ逆効果だとすら思えます」
どういうことだ! と激昂し机を叩くヘンベルの姿がそこにあった。既に冷静さも失っているようですらある。
「貴族への不信感ですよ。今回の件もあり人々は貴族に対して決していい感情は抱いておりません。寧ろ貴族が不在のこの状況の方が暮らしやすいと感じています。精神的ストレスからも解放され、それぞれがそれぞれの目標をしっかり見据え、少しでもこの地が豊かになればと励んでおります。しかしこの状況でまた貴族が派遣されるなんてことになれば――場合によっては暴動にすら発展しかねません」
シャドウがそこまで言うとムスッとした表情で腕を組み、騎士たちが黙りこんだ。
ただ、威圧的な態度は変わっておらず、それから暫しの間を置いてヘンベルが口を開く。
「そのために騎士団から我々が派遣されている。暴動などが起きたなら我等の手ですぐにでも鎮圧し、牢屋に放り込んでくれよう!」
シャドウはそこにヘンベルの魂胆を垣間見る。尤もすぐにそこを問いただすような真似はしないが。
「ふむ、なるほど。しかしその気持は判りましたが、揉め事は無いに越したことはありませんよね?」
「……ん~ん~、まあ勿論そうであるがな」
「そうでしょうそうでしょう。それにこれはあくまで提案ですので。王都に持ち帰って頂きじっくり精査頂ければ」
「ん~ん~、馬鹿言うな。こんなもの持ち帰られるか。この場で却下だこんなもの」
「ソレを勝手に決めて宜しいのですか? 正直これだけのことが起きてるのですよ。その上で王国の今後のことも考慮しての計画書です。それそうおうの権限のある御方に精査して戴く必要があると思いますが」
「き、貴様なんたる無礼な! ヘンベル卿にはその資格がないと言うつもりか!」
「これはあまりに不敬ではないか!」
「私はそうは思いません」
シャドウを騎士たちが非難しはめると、毅然とした態度でアンジェが言を発した。
「ライド卿はこの通りしっかりとした資料も揃え提案されているのです。それであれは王国も真剣に取り組むべきであろう。それにこの件は貴族側の責任も大きい。それに対する問題提起でもあるのだ、ならば陛下の耳にいれなければ筋が通らぬというもの」
その佇まいは既に一介の騎士などではなく王族のそれであった。最初はアンジェを見下すような発言も多かった騎士たちも、今は完全に飲まれてしまっている。
きっとこれが本物と偽物の決定的な違いなのであろう。
「くっ、もういい! これは部下にでも預けて届けさせる!」
「ふむ、ヘンベル卿は一緒には行かれないので?」
「私にはまだやるべきことが残っているのでな。ん~ん~、それに魔族の遺体も確認せねばいかん。そうだ! 魔族だ! それこそが先決である。さあそこまで我々を案内せよ」
全くどこまでも勝手な連中だ、といった様相でアンジェがため息をついた。
とはいえシャドウからしてもこれ以上この場で話を続けていても時間の無駄であることは理解している。それにシャドウとしてはとにかく先ずはこの提案を王都に持ち帰らせたいという思惑があった。
それに関してはとりあえず予定通り進んだわけだ。そしてここから先は――




