第34話 黒装束
『ふむ、予想収穫量はこの程度か。ちょっと甘すぎるのではないか? もっと鞭を打ってでも作業を急がせろ』
『しかしあまりやりすぎるとこちらの意図がバレてしまう可能性があります。ただでさえ兵士の監視つきの農耕作業、それ以外の人間は皆一切街からの出入りを禁止。街の人間の不満も溜まってきております』
『そんなもの気にするな。どうせ奴らの運命などもう決まっている。なにせこの地は我々王国騎士団の利用する軍事拠点の一つとなることが既に内定している。セントラルアーツ共々な。アーツ地方の平民などいずれは男は農奴、女は性奴隷落ちよ。そんな連中、どう扱ったところで問題ない』
『確かにそうですが……しかしいくら限界まで働かせたとしても、この町の人数で予定の糧食を確保するのは少々厳しいものがございます』
『……ふむ、確かにそうか。判ったセントラルアーツの件が片付くまでは少しずつノルマを増やして置く形でいい。どちらにせよ規模の大きい向こうがなんとかならないと必要な奴隷が確保出来ないからな』
『……しかし元々暮らしていた民を全員奴隷に堕とすなどと、閣下は大胆なことを考えられますな』
『ふん、当然よ。これは流石閣下と言うべきであろう。貴族のいなくなった領地など平民に価値はない。むしろそんな連中をのさばらせておいても今みたいに調子づくだけよ。あやつらにはしっかりと身体に覚え込ませる必要がある。所詮あんな連中は国に飼われているに過ぎない、家畜程度の存在でしか無いのだとな』
『なるほど、そう考えるとあの連中も哀れですな』
『なんだ? まさか同情しているわけではあるまいな?』
『ははっ、まさか。ただ不満はありますけどね』
『不満だと?』
『ええ、この街には喰うのに最適な女が少なすぎます』
『かかっ! 確かにそのとおりだな! 全くどうせ死ぬなら老いた連中ばかりくたばればいいものを。まあ奴隷としても使えない連中は何れ処分することになるとは思うがな。しかしあのレイリアという女は惜しいことをしたな。全く折角この城で性奴隷として可愛がってやったのにな』
『可愛がるですか。まあ確かにここの騎士や兵士のほぼ全員が楽しめましたからね』
『ああ、お前も嫌がるあの女に相当無茶をしたのだろう?』
『抵抗する女を無理やりというのは中々そそるものがありますからね。しかしあの女も馬鹿ですね。あんなゲイルなんていう男の為にその身を捧げたのですから』
『全くだ。逆らえば罪人として牢屋にいれるぞとヘンベル卿がちょっと示唆しただけであのざまよ。だが結局勝手に身投げしてゴブリンにやられるまで堕ちるとはな。所詮どんなに見た目が良くても汚物は汚物ということだ』
……あかん。どいつもこいつもほんま反吐がでるわ。それにレイリア、やっぱりそういうことやったんやな……こんなの酷すぎるで!
ほんまなんやのんこいつら。これで王国騎士って頭おかしいちゃうか? こんなんチェリオや魔族と変わらへんやん。
でも、ほんま腸煮えくり返るほどやけど目的の情報は掴んだで。しかしレイリアだけやなくてこの連中、とんでもないこと考えとるで。ほんま早くボスに知らせんと――
『ところでザクス様。それではもう一つの汚物とのお楽しみはやめておきますか?』
『馬鹿も休み休みいえ。こんな辛気臭い街で楽しみと言ったらそれぐらいしかないだろうが。勿論今から可愛がりにいくさ。ふふっ、さて今宵はどんな声で鳴いてくれるものか……』
――あかん! ここまでや! 何せあの子も既に逃しとるし、これはバレるのも時間の問題やで!
話もとりあえず聞けたし潮時やな!
とにかく得意のダークブレンドで気配を断って脱出するで。出口はもう押さえとるしな。
途中も場内を見回りしてる兵士みて思わず殺したくなったけど、ここで手を出したら色々台無しや。悔しくてしゃあないけど、とにかくあの裏口から出ることにせなな。
裏口に着いて、鍵開けて外に出て鍵を閉めるのも忘れへんで。
後は裏から丘を降りていくだけやな。ちっとばかし遠回りになるけど林の中を通って戻ろっか。
目立たないに越したことはないしな。
それにしてもやっぱり潜入して正解やったな。はよ戻ってボスに知らせん――
「随分と可愛らしいネズミもいたもんだな」
「――っ!?」
うちが急いで戻ろうとしてたら、横から妙なのが飛び出してきて剣を振ってきたわ! なんやこいつ! 黒装束にすっぽりと覆われて不気味でしゃあないわ。
「あんたなんやねん!」
「……お前のようなネズミにチョロチョロされることを好ましく思っていない奴さ」
答えたかと思ったらなんやねん。予備動作無しでナイフを投げてきよったで。
合計八本やな。でもうちをなめたらあかんで、全部得意の身軽さで躱してやったわ、て! 上から振ってきとる!
「ほお? これを躱すか」
「あ、あったりまえやボケ! こんぐらいうちに掛かればどうってことないで!」
本当は結構危なかったんやけどな……なんやこいつ。うちにも気配が掴めんって――ちょっと半端やないで……。
どないしよ――そもそもこんなところでこんな不気味な奴相手しとる場合ちゃうんやけど。一応顔半分隠しとるから顔バレはしてへん思うし、逃げれるなら逃げたいんやけど――こいつうちがスキル使っとっても勘付きおったしな。
ダークスペイスは搦手みたいなもんやし、気配に敏感な相手やと博打要素が強くなるしな――
「あれこれ考えているようだがな、その瞳に映るは陽炎、それは現世と幻世の境界線――イリュージョン……」
な!? こいつ魔法まで使えるんかい! あ、あかん――うち魔法にはつよないんよ……あ、目が……
「くくっ、この程度の魔法でもよく効くようだな。だがまだ終わりではないぞ、我が手に絡みし暗黒の鎖。我が腕に従いし闇色の鎖。意思に従え愚者を捕らえよ。それは決して千切れぬ鎖なり。餌を求める貪欲なる鎖なり――チェーンダークネス!」
あかん目が霞んで黒い奴の身体がブレるし――それに何本も黒い鎖、なんやのこれ? 駄目や避けきれんし、あ……。
「ああぁあああぁああぁあ!」
な、なんやのこれ、鎖に縛られて食い込んで、何かが、す、吸われていっとる感じ……。
「この鎖は生命力と魔力を吸い上げていくからな。だが時間を掛けるつもりはない。とっとと決めさせてもらうぞ」
あ、あかん――鎖を引かれて、抵抗できへん……このままじゃ……。
「ガルルルルウゥウゥ!」
「――チッ!」
あ、あれ? フェンリィ――それに鞭が黒いのに目掛けて、これって……。
「……カラーナ、大丈夫?」
「ははっ、やっぱセイラや、助かったわ。それにフェンリィも……」
「アンッ! アンッ!」
セイラとフェンリィがうちの前に立ってあの黒いのを睨めつけとる。
それにしても来てくれたんやな……フェンリィ、無事あの子届けたんやね。ほんまお手柄や、後でたっぷりモフモフしたろ。
「……ほう――」
「……収束の風、衝撃の風、仇なす者を打ち砕かん――エアハンマー――」
そしてセイラの魔法が発動や。風の塊が奴に向かって飛んでくで。
やけどあっさり躱しおった。でも、なんや? なんか黒いのの雰囲気が変わったような気がするんやけど……。
「全くご挨拶だなセイラ。それにしても、なるほど今はそいつらと一緒ということか」
「はあ? な、なんやあんた! セイラを知っとるんか!?」
これは驚きやで。こんないかにも怪しい感じのがセイラの知り合いやなんて。
うちも思わずセイラを見てまうけど――
「……お前なんて知らない」
「知らない? ふむ、そうか。まあそうだろうな」
「……お前、何者? 何故私を知っている?」
なんやこれ? セイラが嘘を? いや、ちゃう! なんとなくわかる。セイラはほんま知らないんや。しかも相手が正体を隠しているからわからないとかそういうことやない。
全く身に覚えがないって感じやで、それにフェンリィも敵意むき出しに唸り声をあげとるで。
それにこいつはこいつでわけわからんこと宣っとるし――
「おい! 見つかったか!」
「駄目だ! こっちにはいない!」
「くそっ、あの女一体どこに行きやがった」
「外をもっと探せ! どこかに潜んでるかもしれないからな!」
チッ! 流石にバレたみたいや。ほんまタイミング悪いな。こうなったらさっさとこいつを……。
「……ふむ、随分と騒がしくなってきたな。流石にこれ以上は厳しいか、仕方ない。お前、セイラのおかげで命拾いしたな」
「……は? な、何言うとんねん!」
「今いったとおりだ。この場は見逃してやろう。奴らにみつかると私も面倒だからな」
「……お前、あいつらの仲間じゃないのか?」
「仲間? この私が人間の仲間なわけないだろう」
「な、なんやのんそれ! やったらなんでうちを襲うねん!」
「念のためと思ってな。だが、まあ問題無いだろう。所詮ネズミじゃ何も変えられんさ。ククッ――」
そう言ったかと思えば、あいつ煙のように消えおった。な、なんやったんやあれ――
「おいそっちも探せ! 俺はこっちを探す!」
「……カラーナ。ここに長居、あまりよくない」
「あ、そ、そやな! とにかく今は戻るのが先決や! いくでセイラ!」
……色々気になることはあるけど、とにかく今はボスの下へ急がんとな。セイラも……嘘は言うてない。うちには判るんや! それに、うちはセイラを信じとるで――




