第33話 潜入はおまかせ
夜陰に紛れてうちは元はあの屑なチェリオの物だった城に潜入した。
それにしてもボスは心配性やな。
一人じゃ危険だ~なんて。そないゆうてもあの中で上手く潜入できるのなんてうちぐらいのもんや。
ボスも珍しい能力使うんは確かやけど、それでも斥候としては完璧やない。
その点うちは気配を断つのも得意やし、何よりかつての本業や。
それにうちのバークラーのジョブは夜にこそ本領発揮出来るしな。
この城の構造は以前も来とるから理解しとるしな。
それい前の戦いで城の中に設置されていた魔導器も大分壊れたし、今は物資にも余裕がないからな。
おかげで内部の光源は壁に掛けられた燭台のローソクぐらいや。
これやったらもううちの独壇場や。元シャドウキャットのうちをなめたらあかんで。
「……でよぉ、あの女すっかり俺の虜だぜ」
「かかっ、何言ってるんだか。終始泣きっぱなしだったじゃねえか。お前は乱暴がすぎるんだよ」
ん? なんや向こうの角で声が聞こえてくるな。
う~んこれやったら――ほっ! よっし天井に上手く張り付けたわ。
これで移動して、う~ん爬虫類にでもなった気分やな。
このまま近くまでっと――う~ん、下に見えるんは兵士らしきのが三人やな。
多分夜の見回りとかやろけど、さぼって談笑でもしとるってとこか。
それにしても悪そうな顔してるわほんま。ボスとは大違いやな。まあ、ボスはちょっとお人好しなところがあるんが欠点やけど。
「でもよぉ、やっぱりあれじゃあレイリアには勝てねぇな。あれは本当身体といい容姿といいかなりの上玉だったからな」
……なんやいきなりビンゴやな。やっぱこいつらレイリアの事知っとるんやないか。
それやのに確認に来た時は知らないとか白を切ってたんか。
ほんまろくでもない連中やな。これで本当に王国軍なんか?
「全くお前が余計な事をいうから思い出しちまっただろ」
「でもよぉ、ザクス男爵も中々粋なことをしてくれたもんだよな。地下の女もそうだけど、レイリアの事もな」
「ま、地下のにしてもレイリアにしても男爵に散々弄ばれたあとのお零れだけどな」
「レイリアなんて、中佐や他の騎士に散々ヤラれた後だったからな。まあ、それでも十分楽しめたけどよ」
「それにしてもあの女、よりにもよって身を投げるなんてな。全く、おかげで俺たちは一回しか楽しめなかったんだから、そういう意味では使えない女だったぜ」
「本当だな。でもあの女見つかったんだろ? だったらまた連れて来てくれねえかな」
「馬鹿いえ。なんでもゴブリンに散々やられたあとだっていうじゃないか。いくらなんでもゴブリンの後の中古品なんてゴメンだぜ」
「そもそもゴブリンにやられて何のこのこ生きて返ってきてるんだって感じだしな」
「まあそのおかげですっかりイカれちまったらしいから、ここでの事がバレる心配もないだろうけどな」
「はん、バレたってバロン様やヘンベル中佐がなんとかしてくれるだろって。大体どうせ街の人間なんて全員今後は奴隷みたいなもんだ。王国軍に逆らえるような力もないだろ」
「そりゃそうだな。しかしな、あのゲイルって奴どんな面してあの女の傍にいるんだろうな?」
「全くだ、俺ならとても耐えられないね。自分の女とはいえ何人もの男を相手した尻軽女なんてな」
「まあそれも無理やりなんだけどな」
「ふん! 王国の騎士や兵士様に相手してもらったんだ。むしろ感謝して欲しいぐらいだろ? それなのに俺たちを満足させきれずに命を断つなんてな。ゴブリンにヤラれるのも当然の仕打ちだぜ。ざまあみろってなもんだ」
……あかん。やばいわこんなん、今すぐにでも全員の喉を掻き切ってやりたいわ、ほんま。
レイリア――こんな奴らに……苦しかったろうな、辛かったろうな。
ほんまあいつら畜生や! ボスとの約束がなければこの城の連中、全員殺したいぐらいや! いや、ただ殺すだけじゃ足りんわ。
地獄の苦しみを味わせてやりたくてしゃーない!
やけど、ここで短気起こしてバレるのは不味い。口惜しいけどここは我慢や……堪忍なレイリア――
……とりあえず、あの糞みたいな三人は見回りに戻ったな。
にしてもあいつら妙な事を言っとったな。地下に女? そういえばこの城、地下にけったくその悪い拷問部屋があったな。
この城の地下と言ったらそこの事やろな……ちょっと行ってみよか。気になるしな。
地下室に繋がる扉の前に兵士の姿はない。気配も探ったけど近くにいないし天井を蹴って床に着地した。
音を立てるようなアホな真似はせえへんで。
扉は鋼鉄製で案の定鍵が掛かっとる。やけど、この程度の鍵うちにかかればちょちょいのちょいや。
髪の毛の中に隠してる針を取り出して、ガチャガチャっと、うん開いた、なんやほんま簡単やな。
全くこの程度で見張りも付けないなんて怠慢やな。
まあおかげで面倒がなくていいんやけど。
中に入って扉を閉める。鍵も念のため掛け直しとくで。
うち一人が降りるので一杯一杯の狭い階段や。石造りで途中で湾曲しとる。
ぐるりと廻るようにして四〇段ぐらいを降りて地下室に着いたで。
一度見とるけど相変わらずいい趣味しとるわ。
ギロチン台に十字に磔にする器具、鞭にロウソク……なんやこれ? まるで男の――て、何まじまじ見とるねんうち!
大体こんなんよりボスの方が立派やん……て、馬鹿馬鹿! 仕事や仕事。
とにかく胸糞の悪い拷問道具が一杯やけど、使った様子は感じられないな。
流石にあの糞みたいな連中でもそこまではせえへんかったか。
で、周囲を見回すと、あったあった、鉄の檻や。
壁際に三基設置されとるわ。で、その中の右端のに――誰かおるな。
近づいてみると――女の子や。うちと変わらんぐらいの娘やけど……うつむいて目が死んとるやん。
うちも気配を断ってるから気づいてないようやけど、涙の跡も残っとるし服もボロボロや――裸と大差ないやろこんなん。
これだけで彼女が何されたか判るってもんや……可哀想にな。
とにかくこのまま無視は出来へん。
「なあ、うちの声聞こえるん?」
やから、気配を少し戻して檻の中の彼女に語りかけた。
「……誰?」
顔を上げて返事してきたな。よかったまだ話す気力はありそうや。
よく見るとお下げ髪の中々可愛らしい女の子や。
うちには負けるけどな。て、そんな事いうとる場合やないな。
「うちはカラーナや。ちょいと事情があって潜入したんやけど、外の屑みたいな兵士が話してるの聞こえて寄らせてもらったんや。それにしても――なんでこんなところに捕まっとるんや?」
「……ち、違います捕まったわけじゃ! 違うんです! だから弟は、弟は、お願いですから――」
……どうやら色々事情がありそうやな。なんとなく判るけど。
とは言えここで取り乱されても困る。感づかれたら助けるどころじゃないからな。
「落ち着きや、うちは味方や。何があったか、は、なんとなく察するけど――とにかく助けたるわ。こんな狭苦しいところすぐ出したるからな」
「!? ま、待ってください! 私はここを出るわけには――そんな事をしたら、外の弟がどんな目に遭うか……」
「その辺はうちのボスが何とかしてくれるはずや。安心してな。なんならこの街から出してもええ。セントラルアーツに行けば何があっても守ってくれるわ。うちら馬車で来とるしいざとなったらふたりぐらいどうとでもなる」
御者台にはふたり乗れるしな。それなら問題無いやろ。
「……本当に、本当に私はここから出れるんですか?」
涙をボロボロこぼしながら訴えてくるな。よほどつらい目に遭ったんやろな……。
「勿論や。まっとき」
檻には南京錠で鍵掛かっとるけどこんなん出入り口の鍵より楽や。
「ほれ、開いたで。さあ一緒に来てな。裏口に別の仲間も控えてるねん」
鍵を開けたら、ありがとうございます! ありがとうございます! と何度も頭を下げてきたな。
本当、号泣って感じや。でもこっからは声は出さないように忠告しとく。
バレたら元も子もないねん。
コクリと頷いた彼女の手を取って、来た道を引き返したで。
扉を開けて、もう天井には張り付けへんから慎重に――途中見回りを何人か目にしたけど、うまく隠れてやり過ごす。
彼女も必死やから、口に手を当てて声が漏れないよう漏れないよう頑張ってくれたわ。
そんで裏口の鍵を開けて――よっし! 脱出や!
「ウォン!」
「え? きゃ! お、狼?」
「ちゃう、フェンリルのフェンリィや」
「え? フェンリル?」
「そや。あ、敵ちゃうで。この子も味方や。うちの仲間にセイラいう獣使いがいてな、子供のように可愛がっとるんや」
そ、そうなんですかって、少しおずおずといった感じやったけど、うちが撫でてるの見て同じように頭を撫でたな。
気持ちよさそうに目を細めるフェンリィを見て、可愛い――って少し笑顔が戻ったで。
流石フェンリィやな。癒やし効果ばっちりや。
「それじゃあ、後はそのフェンリィの背に乗れば、そのままうちらのボスのところまで連れて行ってくれるで」
「え? でもカラーナさんは?」
「うちはまだ少し調べものがあるねん。それ終わったら戻るから、ボスにあったら伝えておいてもらえるか? ヒットいうねん」
「……ヒット様、ですね。判りました! ちゃんと伝えますね!」
「うん、宜しくな。じゃあフェンリィ頼んだで」
「ウォン!」
ほんで彼女を背中に乗せてフェンリィが街に戻っていったわ。
さて、うちも裏口からまた城に戻るで。彼女を助けられたのは大きかったし、兵士の話でレイリアがどんな目に遭ったかはなんとなく判ったけどな――
やけど、ここの男爵というのが何したのかはっきりと知りたいところや。
とりあえず天井から兵士のいそうなところに向かって――お、みつけたで。
うん? 何か近寄ってきとる騎士がおるな。
「ご苦労。ところで変わった事はなかったか?」
「はっ! 今のところは特に」
「そうか。まあこの街に忍びこむような能力を持ったものはいないだろうがな。念のためだ。警戒を怠るなよ」
「はっ! 承知致しました」
よく言うわ。さっきまでサボって談笑しとった癖に。
そんで、騎士が再び歩き出したな。なんか紙持っとるし気になるな~。
よし、付いて行って見ることに決めたで。
で、暫く天井から後を追っていくと、他よりも立派な感じの扉の前で足を止めて畏まったで。
そんで、咳払いしてノックして――これは。
「ザクス様、報告書をお持ち致しました」
「うむ、入れ」
やっぱりか。うちの読み通りやで。ここに屑男爵がおるわけやな。
で、騎士が中に入って扉を閉めたけど、うちの聞き耳があれば扉を隔てた先の声もばっちりやで。
周囲に誰もいないのを確認して――よっし、うまく着地や。
さてさて、何の話をしとるかってとこやけど――




