第31話 ふたりの変貌
ゲイルの住む家に上がり、ふたりの姿を認めた俺だったが、ゲイルに関して言えば正直すぐには気づくことが出来なかった。
それぐらい変わり果ててしまっていた。
レイリアの座るベッドに寄り添うその顔は青ざめ痩せこけ、最後にあった時の面影なんて全く残っていない。
それに俺が声を掛けてもピクリと肩を動かす程度で、それ以上なんの反応もなかった。
とにかく終始、レイリアすまない、レイリアごめん、俺が悪かったレイリア、などとブツブツ呟き続けるばかり。
そしてレイリアだが――彼女もやはり普通ではなかった。
上半身だけ起こし、虚空を見つめながらぼんやりし、彼女に関しては声を掛けても何の反応もせず、何かを語ることもない。
ただ――両足の腱が断ち切られているのは知ることが出来た。
エキの話では傷が深く、もう回復魔法でも治すことは不可能で――一生まともに歩くことは出来ないらしい。
その様子に、一番悲しんだのはやはりメリッサであった。
レイリアに声を掛け、反応がないその姿と、更に脚の事もあり、その場で号泣してしまった程だ。
俺に縋り、なんとか助けて欲しいと懇願されたが――時間が経ちすぎていた為、ダメージキャンセルでも回復する事は出来なかった。
正直今ほど自分の無力さを悔いた事はない。
それから結局俺達は一旦ゲイルの家を出た。そしてエキの家に向かう。
彼が気を遣ってくれた形だ。
話をするにしても、あの場所では居た堪れないだろうとの事で、それには俺も同意だった。
カラーナも悲痛な顔を見せていたし、何よりメリッサが冷静ではいられない。
彼女は以前チェリオ伯爵に囚われ屋敷に軟禁されていた時、レイリアと親しくなっている。
ゲイルとの事も自分のことのように喜んでいたんだ。
それなのに――こんな事になっては。
「……それで、どうして……あんな事に?」
「――辛い話になると思うがいいか?」
エキの家に上がり、席についてすぐの俺の質問に、エキは確認するように問いなおしてくる。
メリッサを見た。もしあまり辛そうなら一旦席を外させた方がいいのかもしれないと思ったが、彼女は目で、覚悟はできてる、と訴えた。
カラーナもセイラもフェンリィだって、その場を離れようとはしない。
それを認め、皆聞く覚悟は出来てると踏んだのかエキが重い口を広げる。
「……正直何が正しいのか、一体何が悪かったのか、俺にもはっきりとわからない事が多い。だが、とりあえず判る限りの経緯で話すと――」
エキの話してくれた内容は――あの豚野郎どもの話していた事と通ずるものがあった。
どうやらあの騎士連中はセントラルアーツに来る前にここに立ち寄り、そしてイーストアーツに残る駐留組と、セントラルアーツに向かう組と分かれたらしい。
だから門番があの糞みたいな兵士に変わっていたわけだな。
そして――エキの話ではあの豚野郎どもがイーストアーツを出る際に、俺達に向かって言っていた事と同じような事をゲイルに言い残して言ったらしい。
そしてゲイルはその事をレイリアに問い詰めたらしいのだが――
「嘘ですそんなの! レイリアがそんな事をするはずありません!」
エキはまだ話している途中であったが、メリッサが激昂し声を荒げた。
彼の言う、レイリアがそれを認めた、という話が信じられなかったのだろう。
勿論それは俺も一緒だ。いくらなんでもあんな奴らに身体を許すなんて……しかもそれを条件に見返りを求めるなんてあり得ないと思う。
ただ、エキが嘘を言っているようにも思えなかった。
これはつまり、エキは聞いた事をそのまま話しているという意味でだが。
「俺も俄には信じられない話だと思っている。何よりレイリアはゲイルを愛していたし勿論ゲイルもだ。それなのに……ただ、ゲイルはそれを信じてしまってな。そしてレイリアに強くあたり、手も出しちまったらしいんだ。そして出て行けと怒鳴り――それがレイリアがああなる前に見たのはそれが最後だったらしい」
どこか憂いを含んだ目で、呟くようにエキは言った。
話してる彼も、きっと辛いのだろう。
「あのおっさんほんま馬鹿やで、なんでレイリアを信じてやらんかったのや……」
「それに関しては俺も同意だ。だからその話を聞いた時、俺もゲイルにかなりキツイ事をいってしまったし手も出た。ただ、それでゲイルもようやく落ち着きを取り戻したようでな。レイリアを探そうって話になったんだが――それもすぐには見つからなくてな」
「それで、レイリアは、レイリアはどうしてあんな事に?」
「……結局レイリアを見つけたのは、捜索を始めて五日たった後でな――レイリアはゴブリンの巣にいた……」
エキの話を聞いた時のメリッサの顔は――絶望に満ちていた。
「その場にいたゴブリン共は俺達捜索隊が始末したが……レイリアに関しては――済まないこれ以上俺の口から詳しく話す気には……あの脚の怪我に関してはゴブリンがやったものだ。逃げられないように切ったのだろう。命にこそ別状はなかったが、かなり酷い目にあい続けたようでな。俺達が見つけた頃にはもう、精神的ショックが大きかったのだろう。なんとか食事は摂らせているが、全く口を開く事はなくなってしまった……」
それだけ聞けば十分だった。
ゴブリンはオークと同じく、多種族と無理やり交配し子供を生ませる。
エキははっきりとは言わなかったが、見つけた時には生まれたばかりのも多くいたようで、勿論それは全て始末し、今はレイリアのお腹には残っていないようだが――
「ゲイルがあぁなったのも戻ってきたレイリアの変わりようを見てからだ。自分を責め続け、ろくに食事も摂らず、ずっとあの調子だ」
そこまで聞いたところでカラーナが、キッ、とエキを睨めつけ。
「……なんや聞くだけでムカムカしてくるわ。第一レイリアはなんでゴブリンなんかに――おかしいやろ? いくらゲイルとの事があったからいうて、わざわざそんな危険な場所にいくんかい!」
烈火のごとく勢いで憤り、エキに言葉の嵐をぶつける。
エキが悪いわけではないのだが、渦巻く衝動を抑えきれなかったのだろう。
聞いているエキも、カラーナの言動に腹をたてるわけでもなく、その疑問に答えていく。
「それに関してだが――騎士の間では自殺という事にされている。しかも奴らの話では、レイリアは勝手に元チェリオの屋敷……今はザクスやその部下が自分の屋敷みたいに使ってるけどな。その屋敷に無断で侵入して勝手に身を投げた、とそう言っている」
「そんな! レイリアが身を投げただなんて!」
「……そう言いたくなる気持ちも判る。ただ、奴らの話を聞いてから、その身を投げたあたりを調べてみたら梢にレイリアの衣服の切れ端が引っかかっていた。恐らく生い茂る木々や葉っぱがクッションとなって大した怪我もなく済んだのだろう。ただ、その後ゴブリンに見つかってしまったのが不運だったわけだが――」
そんな、とメリッサがわなわなとその細身を震わせた。
当然だがエキは嘘を言っていない。
だが――
「……話が不自然」
と、ここでセイラが口を挟む。相変わらず抑揚のない声だけど、恐らく彼女も憤慨していることだろう。
なんとなく俺にはそれが判る。
「セイラ、不自然と言うと?」
俺はセイラの意見が聞きたくなり尋ねた。
くぅ~ん、ともの悲しげに鳴くフェンリィを撫でながらセイラが応じる。
「……連中の言い分。ゲイルの話聞くに、王国軍の連中は、レイリアが見つかってから、屋敷に侵入されたと言っている筈」
「そのとおりだ。レイリアの事は俺からしても腑に落ちない点が多かったからな。奴らにも話を聞きにいったのだが、その時に連中が言っていたのがこれだ」
「……連中、ちょっと街を歩いただけでも横柄で傲慢なの判る。自意識も過剰。そんな連中が、屋敷に侵入されて黙っていたのは、不自然」
そのとおりだ。セイラの言うとおり、これまでの話でいくと王国の騎士や兵士は、レイリア(その時点では何者か判らなかったという言い分かも知れないが)が屋敷に侵入したのを判っていながら聞かれるまでそのことには一切触れてなかった事になる。
「セイラの言うとおりです。それにレイリアは本当に自ら身を投げたのでしょうか……」
「メリッサがそう思うのも判る。そもそもゲイルの事だけでそこまでするだろうか?」
「……騎士達の言うことが、そもそも嘘、可能性ある」
確かに、それが可能性が高いというか……ただそうだとすると――
「俺も騎士が嘘を言っている可能性は高いと思っている。……ただそうなるとゴブリン以上に――レイリアの心が壊れてしまうぐらいの事を奴らがやっていたという事になる」
エキは言っていいものかと一瞬躊躇していたが、メリッサの目を見てそのまま言葉を続けた。
既にメリッサは真実を明らかにしたいといった思いの方が強いのだろう。
「なんて奴らやねん! 本当とんでもないわ! こうなったら乗り込んで、追い詰めてとっちめてやらんと!」
「気持ちはわかる。俺もゲイルやレイリアの事を思うとそうしたいのは山々だ。だが、あいつらを問い詰めても白を切られるのが落ちだろう。こっちも結局のところ推測でしかないし、レイリアがあの状態ではな――」
エキは瞑目しながらそう述べる。
落ち着いた様子にも感じられるが言葉の端々に怒りの感情が滲み出ていた。
俺も同じ気持だ。本当なら俺だって今すぐにでも乗り込みたいぐらいだ。
だけどこればかりは、力でなんとかなるものでもない。
「……やったら、何か証拠を掴めばええんやな!」
ん?
「なあボス。どうせ今夜はここで泊まるやろ?」
「え? まあ確かに時間が時間だから寝る場所は確保しないと駄目だが」
「だったら狭くて構わないなら、ここを使ってくれ。あまり良い物は振る舞えないが、食事も何か用意しよう」
「それは、助かるが――でも泊まる事が何か今の話と関係あるのか?」
「大ありや! 夜といえばうちの出番やで! 連中の屋敷に忍び込んで、何か証拠を掴んで来たるわ!」
 




