第30話 納得行かない
「新しい領主とはなんの冗談だ? 今やシャトーはこの街の、いやアース地方で生き残った誰もが認める領主だ。今更新しい領主だ何だと言われても誰も納得はしないだろう」
「ヒットの言うとおりだ。それに此度の魔族討伐においてシャトー卿の助力あってこそです。報告書にもそう纏めさせて頂きましたが」
俺の訴えにアンジェも追従する。正騎士のアンジェには悪いが、結局糞の役にも立たなかった王国騎士が今更何を言っているんだって感じだがな。
「報告書と申されてもアンジェ殿下は騎士として見るならまだまだその立場は下の下、上等兵に毛が生えた程度のものでございますしなぁ」
「正直信憑性という意味では疑問がありますしな」
こいつらまた――
「ん~ん~、まぁアンジェ殿下の事は置いておくとしよう。それに私も一応目を通したが、一応報告書は上手く纏められていたとも思う」
と、思ったら今度は豚蛙がそんな事を言ってきたな。
なんだ? 流石に失礼だとでも思ったのか?
「ん~ん、ですが殿下、報告書にはこうもありました。今領地を纏めるシャトー・ライドは元はノースアーツ領を治めるライド伯の次男であると。そして領主として経験もない中、民の信用も得て未経験とは思えぬほどの手腕を発揮している、とこれで間違いがないですな?」
「……確かにそれで間違いがありませんが」
それが何か? と言った目をアンジェは豚蛙に向けるが。
「ん~ん~、おかしな話ですな? それぐらいの年でありながら領地を預かった経験がないというのも。次男であるなら小さくても領地のどこかを任せてみるぐらいはしそうなものですが? それもせず? おかしな話ですな。ましてやノースアーツは魔物の襲撃にあい滅んだと聞く。それなのに何故ここに? 大事な領地でありましょうに、まさか……魔物に臆して領地を捨てたなどでは? だとしたらいくらアンジェ殿下のご報告通りであったとしても手放しで認めるというのは如何なものかと思いますがな」
「全くですな。ヘンベル卿の仰られる事は最もでございます」
「いくら次男とはいえ領地を捨てて己だけ生き残るなど、貴族の風上にもおけませんな」
「……何か誤解があるようですが、私に領地を任された経験がないのは、どちらかというと商いの方に興味があったもので。それにそういった方面では兄が優秀でしたからね。なので父を説得しセントラルアーツに勉強も兼ねて移ったのです。叔父の知り合いがセントラルアーツで商店を営んでいたというのもありましたのでね。それからはこの街で骨を埋めるぐらいの覚悟でもあったので。父の領地の事を知った時には既に遅かったのですよ……傷ましい事ではありましたけどね……」
「ん~ん~……確かに凄惨な事ではあったがな。しかし、商人とはな。それで、その商店は?」
「残念ながら今回の魔族の企ての影響で……本当に良くしていただいたのに悔やんでも悔やみきれません」
神妙な面立ちで肩を落とすシャドウだが、当然そんなのは俺も初耳だ。
というか、嘘だなこれ……しかし知らない連中からすれば顔だけじゃ嘘とは判らないだろうな。
本当に悲しそうに見えるし。
「ん~ん~死人にくちなしということか? しかしそれを信じろというのは」
「確かに。ですが商人ギルドには私の登録が残っておりますし、それに銀行の取り引き名簿に私の名前で記載があります。銀行が魔族に加担していたとはいえ、取り引きしていたという証明にはなると思いますが?」
……よどみなく堂々と言い放ったな。抜け目がないというか……でも商人ギルドに関しては実際に登録してるとして、銀行は爵位とか他人のを使ってたんじゃなかったか?
……いや、杞憂か。ここまではっきり言うって事は既に細工済みなんだろうしな。
「ん~ん~、なるほどな。しかしそれはあくまで領地にはいなかったという証明でしか無いな。そもそも商人として生きていこうとしたものが突然領主だなどと言われてもな」
「なんや、別に商人でも問題無いやろ!」
「そうです。それに商家でも爵位を授かる事も多いですし、元商人の領主だって少なくはないでしょう」
カラーナとメリッサが一斉に責め立てる。
特にメリッサは両親が商家だっただけに、商人を貶めるような発言は許せなかったのだろうな。
「くっ! 全く、ヘンベル卿が話しているというのに煩い連中だ」
「第一シャトー・ライドはそもそもからしてライド伯領の小倅でしかないではないか」
「ん~ん~、まさにそれだな。セントラルアーツとは全く関係がない上、たかが一領地の次男がアーツ地方全体を統治しようなどと思い上がりも甚だしい」
「お言葉を返すようですが、元をたどればここアース地方は一つの領家によって治められていた土地。確かにそれが三つに分けられこそ致しましたが、先代の血はシャトー卿に受け継がれております。それであればシャトー卿にもこの地を世襲する資格は十分にあるかと思われますが」
アンジェが豚蛙とその傍で喚くしか脳のない騎士達に向けて進言する。
豚蛙、顔を歪めて不機嫌そうだけどな。
「……ん~ん~、確かに資格はある。しかし資格があることと実際に任せられるかは別問題であるぞ。何よりやはりシャトーは経験が浅い。故に色々と粗も目立つ」
「粗ってなんやねん」
「私が見ている限り特に問題があるとは思いませんが」
「そうだな。復興も予想以上に順調だし、人々にも明るさが戻ってきている」
「ん~ん~、確かにここセントラルアーツだけ見ればそう見えるかもだろう。だが他はどうだ? アーツ地方を元の一つの領地の統合したいというのならば、広い目でみなければいかん」
「確かにそうですな」
「全く同感です」
……どうでもいいがこの腰巾着みたいな騎士はいる意味あるのか?
「その話だけ聞くと、他で何か問題があるようにも聞こえますが」
アンジェが怪訝そうに尋ねる。
するとあの豚蛙がニヤリと口角を吊り上げた。
なんだか妙な悪巧みでも考えていそうな顔だな。
「まぁそうであるな。ここに来る前に我々はイーストアーツでも一晩お世話になったのだがな」
「あぁ、あの件でしたか」
「全く、確かにあの街には問題がありますな」
イーストアーツに問題? 今はゲイルが頑張ってくれている筈だけどな。
「イーストアーツには顔を出しているが、特に問題があるとは思えないぞ。それは確かにこの街に比べれば規模は小さいが、それでも復興に人々が一丸になって尽力してくれている」
「ん~ん~、まぁヒット殿は所詮は冒険者でしかないって事ですな。外側しかみていないので、内部まで気がまわらないのであろう」
「……内部ですか。イーストアーツは今はゲイルに纏め役を任せているのですけどね」
「ん~ん~、先ずはそこが問題であるな。あのような粗野な男、しかも所詮冒険者などに小さいとはいえ一つの街を纏め上げる力などあるわけがない」
「随分な言い草やな」
「ゲイルさんは婚約者の為にも一生懸命頑張ってくれてます」
カラーナとメリッサが不機嫌そうに述べた。
確かにゲイルはレイリアと婚約してから更にやる気を出してくれていたようでもあるけどな。
街を早く復興させて正式に結婚してやると張り切っていたんだが。
「婚約者ねぇ」
「まぁその婚約者があのようなものでは――」
……なんだこいつら? イーストアーツにいったならレイリアの事は知っていてもおかしくないが……
「ふむ、当然シャトーの耳にはまだ入っていないであろうがな。そのレイリアという娘が問題なのだ」
「問題? 彼女はゲイルと一緒に復興のため随分と尽くしてくれているようですが――」
「ん~ん~、ふむ、確かに尽くすのは悪いとは言わぬがな。しかしだからといって我々に身体を差し出す見返りに便宜を図らせようなどと、それは少々行き過ぎではないか?」
「全くであるな。あれには流石に私も驚きましたぞ」
「夜、我々を部屋に招き、自ら服を脱ぎ始めおねだり、いや殿下の前で失礼でしたかな?」
そんな事をいいながら、好色な笑みを浮かべてやがるが、てか!
「ふざけるな! レイリアがそんな真似をするはずがないだろう! ゲイルと婚約しているのだぞ!」
俺はゲイルとレイリアがどれだけ愛し合っていたか知っている。
それなのに、こんな薄汚い豚連中に身体を差し出すとは思えない!
「ん~ん~、と、言われても事実ですからな。まぁ最もそのような申し出は王国騎士としてお断りいたしましたが、しかしそのような状況ではとてもとても街の纏め役など任せておけぬ。婚約者の管理も出来ぬのだからな。だから今はうちの者に代わりを務めさせておる」
「……私は何も聞いておりませんが」
「ふん、ある程度の裁量権はヘンベル卿に王国より与えられている」
「ん~ん、その通りであるぞ。それに問題があるのは今の説明で十分判ったであろう? まさか不満があるわけではあるまい? 寧ろ感謝されたいぐらいであるぞ」
こいつ、いけしゃあしゃあと……
「……判りました。では一応はこちらでも確認致しましょう」
「ん~ん~、ふむ、まぁあの女が正直に話すかどうか。それに我らが断った事と、ゲイルが補佐にされたという事で逆恨みのような感情を持っておる。もしかしたら口からでまかせを言うかもしれないでな。まぁ最も今イーストアーツに駐留している騎士や兵士が皆証言してくれるとは思うがな」
「……そうですか。ですが一応当人の声も聞いておいた方がいいと思いますので」
「ん~ん~、まぁそれは任せようぞ。さて、流石に私も今日は疲れた。まぁ今の話で何故この地に新しい領主が必要となるかは判ったであろう?」
「……そうですね。どちらにせよ資料にも目を通して頂く必要がありますし、詳しくはまた後日に致しますか。部屋はこちらでご用意させていただきますので」
シャドウがそう言って締めた事で今日の話し合いは終わった。
しかしなんとも消化不良だし、なにより、イーストアーツのことが気になる。
一体どうなってるというんだ?




