第29話 暴言
「ん~ん~? いやいやこれはまた随分な物言いですな」
「全くです。それではまるで我らが殿下や一応はこの領地奪還の貢献者たるヒット、様ですかな。彼らを貶めているような発言ではないか」
「うむ、不愉快だな。もし魔族を討ち倒したというのが本当ならば、それは勿論称賛すべき案件。ただ」
「ん~ん~まさにその通り。ただ我らはあくまで結果論だけで満足してもらっては困ると、少々苦言を呈させて貰ったまで。ん~ん~全く仮とはいえ、一応はアーツ地方を纏めているという輩にしては、浅慮な見方しか出来ないのだから嘆かわしい。このような人の真意も汲み取れぬ者が領主など名乗っていて本当によろしいものなのかのう?」
こ、こいつらシャドウが言い返して大人しくなったかと思えば、いけしゃあしゃあとよくもそんな事がいえたもんだな……
「いやはやどうでしょうか? 私は難しいと思いますぞ」
「所詮は空いた席を横から掠め取ったようなものですからな」
「全くですな、これでは簒奪と変わらぬ」
しかも今度はシャドウを批判しはじめやがった。
てか、いざという時には全く頼りにならず、事が終わってからやってきてる分際でどの口がそんな事を言っているんだ?
「それは、些か言いすぎでしょう。シャド……シャトー卿はこの地で生き残った民の強い期待と信頼を受け、この厳しい状況の中でも領主の座を買って出てくれたのです」
流石にアンジェも耐え切れなくなったか、擁護を始めたな。
しかしあの豚蛙は眉を顰めて更にその忌々しい口を広げてくる。
「ん~ん~? しかし所詮は平民しか残っていない不完全な状況での話であるしな」
「さようでございます。このような重大な決定を貴族たる臣民不在な中で決めるなど、本来あってはならない事ですな」
「なんやのんそれ! それじゃあ、あんたらこういうんかい! 平民には領主を決める資格もないと! 冗談やないで!」
「ん~ん~しかしさっきから随分とクチの悪い蝿、失礼奴隷が混じっているようですな」
「まさかシャトー殿はこのような下賤な奴隷も、領主として認めてくれる一員の内とでも言うつもりか?」
「いやはや、このままにしておいては先行きが不安で仕方ありませんな」
「おい! アンジュの次はシャトーにまでか! 一体あんたら――」
「いいのですよヒット様。構いませんので」
ついつい口が出てしまった俺だが、シャドウはその顔に笑みを貼り付けたまま、俺を制止するように言ってくる。
しかし、ここまで馬鹿にされて黙ってるのは相手を付け上がらせるだけな気もするが――
「何せ私はまだまだ領主としては未熟の若輩者であります。色々思うところもあるのでしょう」
「ん~ん~、なるほどよく判っているではないか。その分をわきまえている殊勝な態度だけは褒めることが出来るな」
「はい。ありがとうございます」
シャドウがそう言って深々と頭を下げた。
おいおい、本当かよ。いくらなんでも下手に出すぎじゃないか?
「ふむ、その様子なら己がどれほど分不相応な状況にあるかよくわかって――」
「しかし、皆様にここまで言って頂ければ流石の私でも理解出来ます。ここまでの話、一見すると私を含めた皆を蔑み、ただ暴言を吐いているだけのように思えますが、実のところは我々にこのアース地方を任せるだけの価値が有るか、それを見極めようと敢えて苦言を呈してくれていたわけですよね? このシャトー、しっかりと真意を汲み取らせて頂きました」
「むっ……」
「ん~、ん~、な、何を言っておるのだ?」
「しかし流石でございます。王国軍正騎士にして子爵たるヘンベル卿が敢えて悪役に徹するなど中々出来る事ではありません。私も事前の話がなければ、このような場において領地の事などそっちのけで開口一番暴言しか吐かぬ事に憤りを覚えていたことでしょう。しかし冷静に考えてみればそのような事があるはずありませんからね。何せ皆様は礼節を重んじる誇り高しガロウ王国軍の騎士なのですから」
「……ん~、ん~、まぁそうであるな」
「そ、そうだ。我々はちょっと試しただけだ」
……ははっ、これは俺の杞憂だったか。流石だなシャドウ。最初のこいつらの発言を逆手に取って見事な切り返しだ。
「左様でございましたか。このアンジェもその事に全く気がつきませんでした。そのような深いお考えがあったとは、私ももう少し人の機微というのものを察っするようにならないと、改めて修行不足と感じました」
「あぁ俺も正直驚いてたところだったからな。王国の騎士ともあろうものが、自国の姫に随分と失礼な物言いであったし、勿論騎士として対等に扱うという話があるとしても、随分とぞんざいな扱いに思えたからな」
「えぇ、ご主人様の申される通り、ですが敢えてというなら理解出来ます」
「なんやおっちゃんらそういう事かいな。人が悪いでほんま」
「しかし我々はもうその本意十分に汲み取りました」
「そうですね。もう十分かと思います。ですのでそろそろ本題に移させてもらっても宜しいでしょうか?」
そして当然だが俺たちもその流れに乗らせて貰う。
カラーナもメリッサも上手いことシャドウの方の本意を汲みとったようだな。
おかげで、相手も下手なことが言えなくなっただろう。ぐうの音も出ないといったとこか。ざまぁみろだな。
「ん~ん~……チッ、あぁ判った判った。そうであるな。では本題といくとするか。先ずはこの領地の現状か」
「それと今後の見通しなどもお聞かせ願いたいものですな」
「魔族とやらに受けた被害状況も当然」
「そうですね、それでは」
「ん~ん~? おっと、その前に、まさかそれらを全て口頭で説明しようなどと思ってはおるまいな」
「これだけの事案ですからな」
「全くです。まさか我々にそれを一々記憶せよとでもいうおつもりか? 流石に――」
「いえいえ、しっかりと資料はご用意させて頂いておりますよ」
「ん~ん~? 物資がないから資料は用意できないなどは言い訳に、て、え?」
連中、今度は別の方向からシャドウを責め立てようとした思ってたようだが、再びの切り返しに目を丸くさせてるな。
全く、そこは流石にシャドウを舐めすぎだろ。
「コアン、お願い致しますよ」
そして、シャドウが声を上げると扉が開き、犬耳を頭に生やした獣人娘が部屋に入ってきた。
コアンだな。そしてその手には騎士たちの分の資料が抱えられている。
てか、目が怖いぞコアン。さてはさっきまでのやり取り聞いていたな。
なんせコアンはシャドウを溺愛しているからな……アサシンのジョブ持ちだからってそこでキレるなよ。
「ん~ん~……これ、全てか?」
「こんなに……」
そしてドサリと机の上に置かれた資料の山に、連中は更に目を見張り驚いてるな。
「はい。材料の方は皆の協力で、紙作りに関しては、この街には腕のいい職人が運良く残っておりましたので助かりました」
そう、シャドウの采配もあって、日常的に必要となりそうなものは急ピッチで仕上げられていったからな。
それに材料の盗賊ギルドの伝とやらがかなり役立っていたようだし。
「ふ、ふん! しかしいくら量が多くても内容が伴ってなければ――」
「そちらの資料には今回の魔族による謀略で受けた被害状況。その後の街の復興に関して私なりに纏めたもの。アース地方における魔物の分布図、討伐数、今後予想される被害、それに対応する為の案、臣民の就業内容、割合、貢献度、街道、橋、家屋の復興率、荒地と耕地の割合。開墾に必要な人員、そのために掛かると思われる経費と時間、農作物の収穫状況、長い目で見た場合の予想収穫量……こちらは三ヶ月、半年、一年、三年と期間でそれぞれ分けてあります。それと税の――」
「わ、わかったわかった! ん、ん~、ん~、しかし我々も長旅で疲れておる。これに関しては後で目を通すとしよう」
「そうですか。確かに色々と語ることも語りお疲れでしょうからね。それではどう致しますか? 詳しいお話はまた後日で?」
シャドウも密かに毒を滲ませつつ、連中に問いかける。
「……いや、ん~ん~、しかしこれだけは言っておかねばならぬな」
「そうですな。後で聞いていないと言われるのも心外ですので」
「……と、言うと?」
連中の含みのある言い方に、シャドウも思わず反問する。
確かにどこか気になる物言いではあるが――
「ん~ん~、判らぬか? 確かにこの資料は受け取ろう。だが王国として、今後この領地復興に関してどう考えているかというところであるが」
「シャトーよ、ありがたく思うが良い。ラース総統閣下のご配慮により、この地に二〇名の有力貴族が配属されることが決まった」
「更にここアース地方を取り纏める新しい領主の選任も進んでおるのでな」
……は? 選任? 新しい領主? 何を言ってるんだこいつら――
 




