第27話 砕けた心
鬱展開。
苦手な方はご注意下さい。
イーストアーツを離れ、馬に揺られながら街道を行く騎士たちが愉快そうに話していた。
「くくっ、かかっ! みたかあの男のあの顔!」
「全く傑作でしたなぁ。しかしヘンベル隊長も人が悪い」
「ん~、ん~? 何がだ? 我々は何も間違ったことなどいっていないであろう?」
「おっとそうでしたな。あれはあのレイリアという娘が勝手にやった事ですから」
「そういう事だ。いやしかし、やはり人の女を寝とるのは気分がいい。特にあぁいった勘違いした馬鹿から奪うのはな!」
「本当にヘンベル様はいい趣味をしていらっしゃる……」
「そんな事を言いながら貴様だって十分に楽しんでいただろう?」
「ははっ、違いない!」
「ん~、ん~、しかしな、やはりあぁいった股の緩い女はあの屑にこそ相応しいな。全く、使い捨てにはいいが、貴族には向かん。どこぞの娼婦の方がまだましだろうよ」
「散々楽しんでおいてヘンベル卿は鬼畜ですな」
「ん~、ん~、それは褒め言葉と捉えておくぞ」
――ア~ッハッハッハッハッハッハーーーー!
屑みたいな会話を楽しむ彼らの馬鹿笑いは、セントラルアーツへと向かう他の馬車にまで届くほどに響き渡った――
◇◆◇
レイリアは一人自室で呆けていた。昨晩の事は何度消そうと思っても記憶から消滅しない。
むしろ考えたくなくても自然と頭に浮かび、今日だけで何度吐き気を催したか判らないほどだ。
ただ黙っているだけなのに悍ましい記憶がぶり返り、心が悲鳴を上げ、胸が締め付けられる。
だが、こんな事ではいけない。
自分が落ち込んでいてはゲイルにだって気づかれるかも知れない。
とにかく、彼の前では平静を装わなければ――そう考えていたレイリアであったのだが。
「……レイリア」
ふと部屋の中に漂う声音。
レイリアが振り向く。
そこには愛しのゲイルの姿。
「あ、貴方戻られたのですね」
確か今日はあの騎士たちを見送りに出ていたはず、それがもう終わったのだろうか?
そんな事を思いつつゲイルの様子を窺うが……何かおかしい。
肩を落とし、覇気がない。さっきまでのレイリア以上に昏い空気を纏っている。
「あ、あの、貴方。何かありました、か?」
その只ならぬ雰囲気に、おずおずと尋ねるレイリア。
するとゲイルは、どこか恨めしそうな目をレイリアに向け口を開いた。
「本当、なのか?」
え? とレイリアが反問する。だが心臓の鼓動が高まる。
「……ヘンベルが言っていた。なぁ? 嘘だよな? お前が、お前が奴らに身体を捧げたなんて!」
駆け寄り肩を強く掴まれた。ゲイルの瞳は強く見開かれ、わなわなと身体が震えている。
その姿にレイリアは理解した。あの男は約束なんてきっと端から守るつもりはなかったんだろうと。
そして――例えそれを問われてもレイリアには……
「……嘘だろ――」
頷くしかなかった。ただ肯定するしかなかった。
もしここで本当の事を言えば、ゲイルは激昂し飛び出し、剣を片手に騎士たちのもとに殴りこみにいく可能性がある。
だがそうなれば奴らの思う壺だ。ゲイル一人でなんとか出来る問題でもない。
それに王国の騎士団に喧嘩を売ってただで済むわけもない。
レイリアの事をいくら話そうが、聞き入れてもらえる可能性はゼロに等しいだろう。
だからこそ――
「ごめんなさい貴方……でも私、少しでも役に立ちたいと」
「それで娼婦の真似事か! 誰がそんな事頼んだ! それで本当に俺が喜ぶと思ったのか貴様はーーーーーーー!」
怒声が響き渡る。
レイリアの心が抉れる。
自然と、涙が零れた。
「ごめんなさい貴方、ごめんなさい、ごめんなさい」
「……今更謝っても遅い」
「でも、でも信じて私は貴方のことが!」
「遅いと言ってるだろうが! この売女が!」
その瞬間レイリアの頬に強い衝撃。彼女の細い身体は宙に投げ出され、床を数度転がった。
あ――とゲイルの細い声。
顔を背け拳を握りしめる。
謝る様子はない。その代わり告げられたのは――
「出て行け……」
え? と顔を起こしゲイルを見やる。
唇を強く噛む彼の口元に赤い一本の筋。
「出て行けと言ったんだ! お前との婚約は破棄する! もう顔も見たくない! 二度と俺の前にその汚らわしい顔を見せるな!」
それから――どうしたのかレイリア自身もよく覚えていない。
ただ、涙が溢れ、脚が自然と家を飛び出し、そしてふらふらと宛もなく街なかを歩いていた。
恐らく酷い顔をしているだろうと自虐的な笑みさえも零す。
どこか遠くに行きたいとさえ思ったりもした。
一人になりたい、そう考えた。
だが――その途中何者かの身体に衝突しバランスを崩しかける。
だが、その腕をたくましい手が掴み引き上げた。
「――ありがとうございます。すみません少しぼーっとしていて」
「な~にいいって事さ。知らない仲じゃないしな」
悪寒が走る。その声には聞き覚えがあった。
顔を上げる。にやにやといやらしい笑みを浮かべていたのは――ザクス男爵であった。
「でも、調度良かった。お前にこんなところであえるとはな。少々話があって呼びつけようと思っていたところだ」
身体が震えた。自分をこんな目に合わせておいて、更に一体なんのようがあるのかと悔しさがこみ上げる。
「さてレイリア、よかったらこれからちょっと屋敷にまで付き合ってくれないかな?」
「い、いやで――」
「まさか嫌とは言わないよな? お前に頼まれて物資の配給も融通してやったんだ。ゲイルだって補佐として働けるのは誰のおかげかわかっているだろう? ここで断るという事は……」
この時レイリアは、既に自暴自棄になっていたのかもしれない。
どうせ帰れる場所もない。それにここまできたらせめてゲイルの為に、そう考えていたのかもしれない。
だが――
「え?」
部屋に連れて行かれたレイリアは思わず悲鳴にも似た声を上げた。
何故、どうして? と頭が混乱する。
「いやなに。お前の事を話したら兵士も是非ご相伴に預かりたいといってなぁ。何せ私達と同じように兵士も色々と溜まっている。ここは士気を上げるために是非ともお前に協力して貰いたいのだよ。な~に一〇人相手するも、五十人相手するも変わらないだろう? さぁ、お前たち思う存分楽しめ」
言ってザクスがレイリアを部屋に押し込み扉を閉め鈎を掛けた。
兵士たちの歓喜の声がレイリアの耳に届く。扉を何度も叩くが開けられることもなく、レイリアは兵士たちに半ば無理やり部屋の奥に連れ込まれ――そして、慰みものになった。
虚ろな瞳でレイリアはベランダから外を眺めていた。
全てが終わった時には既に夜も更けていた。
レイリアは、戻ることは許されなかった。
ザクス男爵がどこかでレイリアがゲイルに捨てられてしまった事を知ったからだ。
「どうせ帰る場所もないならここにいるがよい、飽きるまでは飼ってやる」
そんな非情なセリフを叩きつけられ、空いてる部屋に閉じ込められた。
勿論扉には鍵がかかっていて自由には出られない。
ベランダには出ることができたが、下は断崖で普通なら逃げることなど不可能だろう。
レイリアはメリッサの事を思い出していた。思えば彼女の助けが無ければ自分はいずれチェリオに殺されていたかもしれない。
そしてアンジェと共にこの崖を駆け下りたことも。
だからこそレイリアはふたりに申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
だが彼女の心はもう持たない。たくさんの男たちに汚され、そんな自分の生きる場所がどこにあるか?
愛していたゲイルにだって見捨てられ、このさき待っているのは奴らの慰みものになり続け、飽きた頃にはよくて奴隷堕ちだろう。
あまりにも理不尽――だがそれに抗うすべなど、一つしかなかった。
「私も、飛べるかな――」
言ってレイリアはベランダの手すりに手をかけた。
浮遊感がどことなく心地よかった。
でも自然と涙が溢れでた。
元チェリオ伯爵の屋敷から身投げを図ったレイリアが森で発見されたのは、それから数日後のことである――
ゲイルとレイリアの話はここで一旦終わりです。
次の更新までは少し時間が開くかもしれません。




