第22話 箱の中身
バーサーカーの力を持った奇妙な男は、その生命を枯渇させた直後、灰燼と化し消え失せてしまった。
これまでの知識で魔物なんかは、死んでから暫くすると特殊な処理を施さない限り、その死体はボロボロと崩れ落ちて土に還るのは知っている。
しかしそれにしても、通常は死体が消えるまでにはそれなりの時間を要すものだ。
しかしそれがこうもあっさり消滅してしまったという事は――
「恐らくなんらかの形で、死体が残らないようにされていたのだろうな」
死体のあった位置をみやりながらアンジェが言う。
そしてそれは俺も同意だった。
「あの声の主が、前にみた魔族だったなら可能性は高いかもな」
「あの竜に乗って消えた男やな。確かにゴールドにもおかしな事してたしなぁ」
カラーナの発言に俺も頷く。
あれだけの事が出来るなら、これぐらいの芸当出来てもおかしくはないだろう。
「……私の処理、間に合わず」
「仕方ないさ。あんな一瞬で消えられたらな」
「アンッ! アンッ!」
フェンリィもセイラを励ますように吠える。
ちなみにセイラは、メイドの嗜みのスキルを持ってる影響で、ある程度死んだ後の魔物の処理が可能だ。
だから折角回収した素材が消えてなくなるような事もない。
食肉として処理したのも然りだな。
「にゃん、でもこれで出入口が開いたとしても、メリッサの事は大丈夫なのかにゃん?」
ニャーコが猫耳をピコピコ揺らしながら疑問の声を漏らすが、確かにそこが一番重要だ。
メリッサの魔失症はこれから出口を目指しても間に合わない……だが、あの時目玉の化け物から語られた言葉を信じるなら、この部屋に何かが隠されてる可能性があるんだと思うが。
「多分やけど、あの箱が怪しいんちゃう?」
「……やっぱりそうだよな」
俺の横に並んだカラーナがそれを指さす。
広間の奥に鎮座した銀色の箱を。
その大きさは身体を上手く折りたためば成人男性が一人収まるぐらい。
四つの脚がついていて、箱には妙な紋様の意匠が施されている。
俺達はその箱に近づいた。改めて上から見下ろすと、蓋にはかなり複雑な形状の魔法陣が刻まれている。
「……まるで何かの封印でも施されていたような箱だな」
アンジエがポツリという。
封印……だとしたらそんなものが掛けられてる箱が簡単に開くのだろうか?
もしかしたら魔法の施錠が掛けられてる可能性だって――
「あ、簡単に開いたわ」
ズコッ! と思わず前のめりに転けそうになる。 杞憂もいいとこだな……
「いや、カラーナ、流石に不用心ではないか? 何かあったら?」
「アホいわんといてや。うちかて盗賊やで、何の根拠もなくあけんよ。でも、どうみても罠なんて掛かってなさそうやったし」
蓋を押し開けながらカラーナが言った。まぁ確かに、これまではしっかり罠を確認しながら進んでいたのに、ここでそんなドジを踏むわけもないか。
「わお! ボス! 中にこんなんあったで!」
カラーナが箱の中から小さな瓶を取り出し上に掲げた。
瓶の中には透き通るような水色の液体が詰まっている。
「これは――マナポーションではないか! そうかこれを飲ませればメリッサの身体に魔力が戻るはず!」
マナポーション……魔力回復用のポーションか。
確かにそれならばメリッサは助かる。
「う~ん、この箱のなかにはそれ以外は何もなさそうやね……」
「いや、十分さ! それよりも早く戻ってメリッサにこれを飲ませよう!」
「そうだなあまり時間もない」
俺とアンジェの言葉に他の皆も同意。
そして俺達は部屋を出てメリッサの下へ急いだ。
◇◆◇
「う、う~ん、あれ? あ、ご主人様、キャッ!」
シャドウとコアンの眼下で倒れたままのメリッサに、さっきの部屋で手に入れたポーションを飲ませたら、程なくして彼女が目を開け意識を取り戻した。
それが嬉しくてつい抱き寄せ、熱い抱擁をかましてしまった。
「……コホンッ、まぁ無事で何よりだ」
アンジェの咳きにハッとなり、抱きしめていた腕を放す。
メリッサが少し顔を背けながら照れくさそうにはにかんでいた。
可愛らしいメリッサの顔が見れて改めて嬉しく思うが、ちょっと興奮しすぎたか……
で、その後は、簡単にメリッサも含めた三人にあの広間での出来事を話す。
「何か申し訳ありません。私のせいで大変な目に遭わせたみたいで」
「そんな事、メリッサが気にすることではない。それにこの条件なら、きっと誰かがこのトラップに引っかかっていただろうからな」
「寧ろうちも申し訳もなく思うわ。うちが気づかな本来あかんのに……」
「そんな! カラーナは悪くはありませんよ」
「その通りだ。これは流石に見破るのは厳しかったしな。だけどメリッサには一つ言いたいことはあるかな」
俺がメリッサに向けて語りかけると、え? と俺に顔を向け目を丸くさせるが。
「メリッサ、あの時何か予感がしていたんだろ? それでメリッサは敢えてあの仕掛けを解いた」
「そ、それは――」
メリッサが目を逸らし戸惑いの表情。
だけどそれが、俺の予感があたっていることを示している。
「……メリッサ、皆の為に自分が率先して動く、それが悪いことだとは思わない。でも、今回みたいな危険がありそうなときは、自分一人で判断しないで、もっと俺たちを頼って相談してくれ。これでもしメリッサに何かあったら……」
そこまでいって喉が詰まる。メリッサにもしものことがあったら、そんな事を考えるだけで胸が痛くなる。
「ご主人様……ごめんなさい、心配かけて」
改めてメリッサが申し訳無さそうに頭を下げる。
その頭を俺はひと撫でし、
「判ってくれればいいんだ。それに何はともあれ無事だったわけだしな」
と告げると、女神のような笑顔がそこにあった。
「でも、これでこのダンジョンは攻略完了にゃんね」
「あぁ確かにそうだな。もう他に部屋も階段もないしな」
「では主様、このような場所は早く出てしまいましょう!」
「ちょっと待って下さい。実は私も、その部屋にあったという箱をみてみたいのですが宜しいでしょうか?」
コアンがシャドウを見上げながら考えを述べたが、それはシャドウ自身の言葉で却下。
どうやら俺達が見た部屋が気になってるようだな。
「うむ、ここは元々シャドウの依頼で来たわけだしな」
アンジェが頷きながら言う。
「そうだな。じゃあシャドウ一緒にいくとしよう」
そして俺がそれに同意し、今度は全員で先ほどまで死闘を繰り広げていた広間へと向かった。
そしてあの箱を目の当たりにし、シャドウがそれを一頻り眺め、触れ、確認した後、顎に指を添え、ふむ、と唸る。
「シャドウ、なんかわかったん?」
マジマジと箱を眺めながらカラーナが問いかけた。
この箱は彼女も少し気になってるみたいだな。
「そうですね、大したことではないですが……カラーナが開けた時には、特に鍵が掛かっている様子もなかったのですよね?」
「そや、簡単にパッカーンと開いたで」
頭の上に後手を回し、褐色の美少女が答える。
するとどこか納得したように再び顎を引き。
「でしたらやはり、この箱は既に開けられていたと考えるのが自然ですかね。この中にマナポーションが一本だけあったというのも妙な話ですし」
「……そうか! 確かにそう言われてみればそのとおりだな」
メリッサの事があり頭がいっぱいでうっかり流してしまいそうになったが、これだけのものにメリッサの状態を回復できるポーションが入ってるだけなんてよく考えれば妙な話だ。
「うむぅ、確かに不自然極まりない状況だというのにそんな事にも気づけないとはな――」
アンジェが悔しそうに述べる。まぁそれは俺もお互い様だけどな。
「でも、それやったら一体誰がこの箱を開けたいうん?」
「えぇそれは」
「馬鹿かお前は、そんな事も判らないのか? そんなもの、あの魔物を介して伝えてきた魔族とやらに決まってるだろ。ですよね主様?」
「え、えぇまぁ可能性としてはそれが高いでしょね。ですがコアン、言葉にはもう少し気をつけなさい。失礼ですよ」
「も、申し訳ありません主様!」
コアンが耳をピンッ! と立てて深々と頭を下げた。
流石にシャドウに叱られると堪えるみたいだな。
「しかし魔族がこの箱をか……一体何のためなのだろうな?」
「それはこの場では判りかねますが……ただ、この箱に描かれている紋様や魔法陣を調べれば何か判るかもしれませんね。すぐには難しいかもしれませんが街に戻ってからでも試してみますよ」
「しかし、それだとまたこのダンジョンに来るのか? 中々大変だとは思うが」
確かにアンジェの言うように、このために戻ってくるというのは、大変だし手間かなとも思う。
「それでしたら、私がこの箱の模様など全て書き写していきます!」
そういってメリッサが愛用しているメモ帳を取り出した。
そういえば彼女はこういうところも気が利くんだったな。
「でもメリッサ、これ書き写すって流石に大変やない?」
「複雑な模様にゃんね~」
「……簡単じゃない」
「アンッ!」
「あぁそれなら大丈夫ですよ。もう全て覚えましたから」
えぇええぇええぇ! とシャドウの発言に全員が声を揃えた。
俺も同じく驚いた。こいつ、この短時間でもうこの複雑なのを覚えたのか?
「こ、これをこの短い間に覚えたというのか?」
「はい。ですから大丈夫ですよメリッサさん」
にっこりと微笑んでなんて事ないように言っているが、驚いてみんなぽかーんとしてしまってる。
「当然だ。主様の明晰な頭脳はお前たちとは出来そのものが違うのだからな!」
「コアン、言い過ぎです。そんな大したものではありませんよ」
シャドウはそう言うが、これは十分過ぎる特技だろう。
本当に色々と驚かせてくれるな――
◇◆◇
箱の件の話がついた後は、特にみるものもないので、きた道を引き返し、ダンジョンを出た。
途中魔物との戦いもあったが、行きに比べると大分楽だったしな、その分帰りは早かった形。
そしてダンジョンから出た時には――丁度夜明けの太陽が昇り始めた頃だった。
どうやら気がつかない内にダンジョンで結構な時間過ごしてしまっていたようだ……
そうなると陣地が心配だったが、戻ってみれば誰一人として欠ける事なく休んでいた。
シャドウナイトも無事であり、作戦はかなり上手く言ったと思っていいだろう。
「無事戻られて良かったです」
「まぁこのメンバーなら心配はしてなかったけどな」
マーリンとダイアがほっとした様子で出迎えてくれた。
まぁ、こっちはこっちで結構大変だったんだけどな……
「こちらの方も見たところ特に問題はなかったようですね」
「いやいや結構大変だったんだぜ。全く草臥れちまったよ」
「あらダン。貴方もっと手応えが欲しいって言っていたじゃない」
「う~んまぁそうだな。何の加工もしていない干し肉ぐらいの歯ごたえはあっても良かったかもなぁ」
そんな事を言って周囲の仲間と笑いあう。
うん、これは余裕そうだ。
まぁそんなわけで、互いの情報を交換し合った後は、とりあえず最初の遠征を終え、倒した魔物やダンジョンで手に入れた戦利品を運びながら、俺達は帰路に就くのだった――
取り敢えずこれでアーツ地方でのダンジョン探索は終了です。
ここからまた少し更新までの時間をいただく事になると思います。
出来るだけ早くとは思いますが来週末ぐらいまでお時間いただくかも知れません。
どうぞよろしくお願い致しますm(__)m




