第20話 バーサーカー
灰色の男が振るった戦斧が空間に一を刻んだ。
俺はそれをバックステップで躱したが、そいつは構うことなく無理やり軌道を変えてその場に十文字を刻む勢いで斧刃を振り下ろす。
流石にこれはキャンセルさせてもらったが、しょっぱなから見事なまでに殺しに来てる型だ。
まぁ武器を使った戦闘なんてものはそんなものだとは思うけどな。
「ウォオォオオオオオォオオオオオオオ!」
――ハッ! やばい、意識が一瞬持って行かれた。
再び今度は斜め上から得物が迫る――が、それはなんとか十字受けでギリギリ防御、しかし威力がデカイ。
俺の身体がそのまま後ろに流された。
おかげで正式にダブルセイバーの固有スキルである十字受けを覚えることが出来たし、仕切りなおしにはなったが――
これはもしかしてショックハウリングか? 咆哮で周囲の相手の意識を一瞬奪うスキル。
近ければ近いほど喰らいやすいスキルだが……ハウリング系のスキルを持っているってことはこいつはバーバリアンか?
「全く! 交渉の余地なしだな!」
と、ここでアンジェが横から迫り攻撃を加える。
彼女の持つ細身の剣は板金鎧の隙間を見事に貫いた。
だが――特に怯む様子もなく、再びの咆哮。
くっ、またショックハウリングか? だが、一瞬だけ奪われた意識を覚醒させると、そこには筋肉が更に膨張した男の姿。
さてはスペシャルスキルのマックスハウリングを使用したのか?
確かこれは、全てのハウリングスキルの効果を一度で済ましてしまう能力。
攻撃力や防御力、体力まで一気に向上するはずだが――しかし当然それはスキルキャンセル!
「なんかまた身体が萎んだにゃん!?」
クナイを投げつけたニャーコから驚きの声。
「俺の力で効果を取り払った! それよりも気をつけろ。こいつ多分バーバリアンのジョブも――」
「ウィイィイイ――ウィイイィイイ、ウィイイイィイイイイイリイイイイイイイイィイ!」
「な、なんやねん! またこいつ叫びだしよったで!」
「いや、これは叫ぶというか――まさかこいつ、バーバリアンより更に上のバーサーカーか!?」
アンジェが驚愕。思い出したように口に出された言葉。
バーサーカー――戦士系の最高位に位置するジョブだ。
それをこいつが持ってるというのか?
でもそう言われてみると確かに、この唸るような声と挙動は、バーサーカーが固有スキルであるバーサクモードを使用した時と同じだ。
そして一度バーサク化すると冷静な判断が出来なくなる代わりに、攻撃力が三倍に膨れ上がる。
「ウィリイイィイイイイイ!」
バーサーカの男が狂犬のような様相で、アンジェへと跳びかかった。
「アンジェ! バーサク状態で力が上がってる! 気をつけろ!」
「判ってる! 風の盾!」
アンジェが叫ぶと、ウィンガルグが形状を盾のように変化させ、迫るバーサーカーから主を守ろうとするが――振り下ろされた斧が盾ごとアンジェを吹き飛ばす。
「アンジェ!」
思わず声を上げる俺だが、しかしアンジェは空中で上手く体勢を立て直し床に着地した。
吹き飛ばされたとはいえウィンガルグの盾のおかげでそこまでのダメージは負ってないようで俺も安堵する。
「くっ! 私は大丈夫、とにかく攻撃だ!」
片膝状態のままアンジェが私に構うなと言わんばかりに叫んだ。
怪我も大したことはなさそうだし、今は目の前の相手を倒すことに専念したほうがいいだろう。
俺は自分自身にチャージキャンセルを掛け、セイバーマリオネットを発動させ、闘双剣も使用する。
が、少しクラっとくるな……大分体力も使用してるしキャンセルを使用すると精神的負担も蓄積される。
だが、メリッサの事もあるしここで弱音を吐いている場合じゃない。
「新技キメたるで! Eビートや!」
「火印の術・息吹にゃん!」
アンジェの発言を受け、その動きの素早さで相手を翻弄しつつ、先ずカラーナが相手の側面から迫り新しく覚えた技を披露。
先ずは水平に三回相手を切りつけ、それから切り上げか切り落としでEを描くような連続攻撃をお見舞いする、それが短剣の達人スキルEビートだ。
カラーナは短剣の二本持ちな上、ナイフを扱う腕も確かだ。
四連続で切る今の技も、瞬きしてる間には全て決めてしまう。
ただ、それを喰らってもあまり効いていないのか、動きに変化は見られない。
防具の性能もあるのかもしれないが、それ以上にバーサーカーのスキルの恩恵もあるのだろう。
確かバーサーカーは凶暴になる分防御は疎かになる。
だから攻撃を喰らってもある程度耐えれるよう、タフさが向上するスキルによって守られている。
とはいえ、防御が手薄になってるのも事実、そこを攻めてダメージを蓄積させていかなければ。
カラーナの攻撃の直後には、彼女が一旦後方に退いたタイミングで、ニャーコの炎がバーサーカーの身を焦がす。
だがそれでも相手は怯まないし倒れない。カラーナとニャーコが射程外に出たにも拘らず、手にした斧を振り回す。
ウォーリアのスキルであるマッドラッシュか――大暴れといったところだが、攻撃が終わったのを見計らって、ステップキャンセルで近づき、攻撃を纏める。
ダブルスライサー→キャンセル→Xスライサー→キャンセル→卍スライサーと一撃毎に威力の高い技へと繋げていった。
セイバーマリオネットの追撃があるので相手の背後からも全く同じ攻撃が繰り返される。
それでも相手は怯まないので途中無理やり横撃で割り込まれそうになったが、キャンセルで攻撃を中断させ、卍スライサーまで持っていった。
一点を集中的に狙ったので、その部分の耐久値はかなり削っているはず。
「グウウォオォオオォオオ!」
卍スライサーを決めた直後、振りかぶられた斧が俺の脳天向け落とされる。
溜めを作っているから斧スキルであるパワースィングだろう。
既に一度割り込みをキャンセルしてるからスキルは間に合わない。
しかし溜めがある分、俺も反応するのに余裕がある。
相手の鎧を思いっきり蹴りつけ、その反動を利用し後ろに飛んだ。
ブォン! という空を切る音を聞き届けつつ、後方に宙返りし、着地する。
歯牙を剥き出しにした相手の顔を認めた。
少々怒りも溜まってきてるようだな。
「次は私だ!」
「アオーーーーン!」
「ファイヤーボール――」
だがこちらのターンはまだまだ終わらない。
アンジェのシルフィードダンスによるコンビネーションと、フェンリィの爪牙、そしてセイラの放った火炎弾が炸裂した。
鎧にも罅が入り始めているのが見て取れる。
しかし灰色の男はまるで怯む様子がない。
今もフェンリィが縦横無尽に駆けまわってるにも拘らず問答無用で戦斧を振り回し――
「キャイン!」
「フェンリィー!」
俺の視界を横切るフェンリィ。急いで黒目を動かしその後を追う。
床に叩きつけられ二、三度バウンドした後動きを止めた。
そのままピクピクと痙攣を起こしている。
アンジェの時とは違いダメージが大きくこのままではまずい。
俺はステップキャンセルで横たわるフェンリィの傍まで移動し、ダメージキャンセルを施す。
ぱちりとその瞳が開かれた。
ほっと安堵する。しかし今のダメージの影響か変身は解けてしまっているな――
――パシィイイィィイイン!
フェンリィの回復を確認した直後、空気を引き裂く音が俺の耳朶を打つ。
振り返るとそこには鞭を激しく振りまくるセイラの姿。
鞭を連打するスキルも織り交ぜていると思うが、それだけではない、無表情でありながらも激しい怒りを感じさせる猛打である。
「……サンダーストライク、サンダーストライク、サンダーストライク、サンダーストライク、サンダーストライク、ファイヤーボール」
更にそこから、初級の雷魔法では最大の威力を誇るサンダーストライクを五回繰り返す。
恐らく前もってストレージの魔法で溜めておいたのだろう。
しかもトドメとばかりにファイヤーボールのおまけ付きだ。
発射された火炎弾は灰色の顔に命中し小爆発を起こす。
「な、なんかセイラ凄いことなってへん?」
確かにな。しかしセイラの猛攻はまだ終わらない。
「アクアボール、アイスボルト、エアハンマー、ロックシュート――」
まさに初級魔法のフルコースだな。特に最後のロックシュートの時は語気が少し強まった気がした。
表情にこそ出さないが、間違いなく怒りを覚えているのだろう。
そしてセイラの魔法攻撃は、相手の肉体へのダメージはまだまだといったところだが、ロックシュートを当てた瞬間、ピキピキと鎧に罅が入り、そのまま破損した。
胸部から腹部にかけてが露出し、これで少しはダメージが通りやすくなっただろう。
「よくやったセイラ! それとフェンリィは無事だ。回復したからな、だが念のためセイラも診てやってくれ」
俺がそう声をかけると、くるりと振り向き、コクコク、と頷いて一旦その場を離れた。
相変わらず表情の変化に乏しかったが、フェンリィが無事でかなり安心したとみえる。
「エレメンタルリンク!」
直後、アンジェがスペシャルスキルを発動。精霊を全身に纏い、相手に向けて猛進する。
「フェンリィとセイラの作ってくれた好機! 無駄にはしない!」
アンジェは構えをとったままのバーサーカーに向けてシューティングウィンドを放つ。
エレメンタルリンクの効果もあって、一〇〇を超える剣戟が相手の顕になった肉体に叩き込まれる。
しかし相手は怯まない。それどころか攻撃を受けながらも問答無用でアンジェの技終わりの一瞬隙を狙って斧刃を振るう。
しかもキャンセルが効いてない。これはつまりとっくにスキルが発動しきっている事を現している。
肉ヲキラセテ骨ヲタツ――敢えて攻撃を倍のダメージで受け、その代わりに四倍の攻撃を相手に叩き返すカウンター技。
いくら精霊獣と完全に一体化したアンジェでもまともに喰らえばやばい!
「ヒット!?」
俺が目の前に現れたことに驚愕する。ステップキャンセルで斧とアンジェの間に割り込ませてもらった。
とはいえ振り向いて防御する余裕もない。
だからここはセイバーマリオネットの防御モード頼みだ。
それに、例え間に合わなくても、死にさえしなければまだ一回ぐらいダメージキャンセルが使える。
だが、俺の技は優秀だったようで、しっかりと俺の背中に振るわれた斧の一撃を二つの闘気の剣が防いでくれた。
しかしそれでも勢いを完全に殺すことは叶わず、俺とアンジェを巻き込んで衝撃が一気に突き抜ける。
俺とアンジェの身体がほぼ同時に数メートル程吹き飛ばされた。
カラーナの悲鳴が耳に届く。
だが俺は吹き飛ばされながらも、大丈夫だ! と大声で返した。
地面を転がり、視界も回転するが、ぎりぎりの防御もあってダメージはそれほどでもない。
「全くボスは無茶しすぎや!」
「本当だぞヒット……」
立ち上がると、アンジェからも同じように心配された。
首を巡らせ確認するが、彼女の方も大した怪我はなさそうで安堵する。
「男は綺麗な女性の前では無茶をしたがるものさ」
「こ、こんな時に何を馬鹿なことを!」
俺の言葉に、プイッと顔を背けた。
アンジェの顔が紅い。
確かに緊張感がなかったか。怒らせてしまったかな?
「にゃん! 戦闘中にいちゃついている場合じゃないにゃん!」
「べ、別にいちゃついてなどおらん!」
「そ、そうだぞニャーコ何言ってるんだ!」
全く勘違いもいいところだ。
とは言え、確かにまだ相手には決め手となるダメージを与えていない。
なんとかしないとな……そう思っていると。
「ニャーコもそろそろ本気を出すにゃん!」
言って素早く印を結んでいく。例のごとく忍術だと思うが、これまでのに比べると少々複雑な結び、そして――
「獣身具現術にゃん!」
語気を強め、両手を突き出すと、その手の中から白く光る虎が現出し、バーサーカーに向かって飛び掛っていく。
あれはシノビのスペシャルスキルか。チャクラを練り上げ、イメージした獣を具現化して襲わせるシノビの奥義。
「ガオオォオオオオオォオン!」
本物の虎さながらの咆哮を上げながら、虎の牙が奴の喉笛に喰らいついた。
首は防具で守られていたが、ニャーコの放った虎はその部分に牙をつきたて、そして暴れまわる。
「やったなニャーコ! こんな技を覚えていたとはな!」
「にゃん! 切り札は最後まで取っておく物にゃん!」
ふふん、と得意げに語るニャーコ。
そして、確かにこれなら、ともすれば奴を倒すことも可能かもしれない。
「フー――フー……ウィイイイリイイイイイィイイイィイイ!」
だが、ここで奴のこれまでのなかで一番の雄叫びが空間内に広まった。
かと思えばその灰色の瞳に赤い光。
これは――しまった、俺は思わず顔を覆う。
うっかりしていた、バーサーカーにはこれが……
「スペシャルスキル、【バーサクハイ】があったんだったな――」




