第19話 扉の向こう
「へぇ~あのダンジョンまで来たのがいるんだねぇ~」
「あのダンジョン? もしかしてアーツ地方のかね」
皇帝より住処として与えられた屋敷に戻ってきた後、ベルモットがふと、どこか遠いところを見るような素振りを見せ口を開く。
少し離れた位置で椅子に座り紅茶を飲んでいたルキフェルがその様子に質問すると、まるで遊具を与えられた少年のような表情でベルモットが振り返った。
「そうそう、あそこにはね、新しいトラップを仕掛けておいたんだけどそれが起動したみたいなんだよ」
「トラップ……確か元々はある程度の魔力を秘めた人間にしか起動できない仕組みだったというあれか」
「そうそう。まぁそれも僕が無理やり魔力を強化させた人間に協力して貰って開いたんだけど」
くすくすと笑みを零しながら語るベルモットに、ふっ、と鼻を鳴らすルキフェル。
口元に薄い笑みを浮かべ改めて紅茶を啜った後。
「そのおかげで無理が祟り灰になった人間を捕まえて協力か……まぁそれはいいが、それで一体何を仕掛けてきたと?」
「うん、一つは扉を開くと同時に唯一の出入り口を閉ざすこと、もう一つは最後に魔力を込めた人から魔力を完全に吸い尽くす仕様にしたことかな。まぁその変わり奥の扉は開くようにしてあるけど」
「ふむ、なるほどな。しかしそれに何の意味がある?」
「ちょっとした実験だよ~何せあそこにはアーツでもう少しで魔族化出来そうだった作品を置いてあるからね」
その言葉に、ほぉ、とベルモットはカップを置き。
「つまり【魔人】、か……」
「そうそう。半分魔族、半分人の魔人ね。でもまだまだオツムのほうが弱いから簡単な命令しか聞けないんだよ~だからもしかしたらと思って置いておいたんだ」
「もしかしたら? 寧ろこうなることは予測していたのではないか? どうせそこに現れたのは、お前のいっていたあの男なのだろう?」
ふふんっ、と楽しそうに口ずさむベルモット。特に何か言葉を返すこともなかったが、それが答えのようなものだった。
「……まぁいい。魔人は魔人でなにかと役に立ちそうだしな。そっちは最初からお前に任せてある好きにするといいさ」
「ありがとね~ルキフェルは優しいな~」
「ふん、心にもないことを……」
そんなやりとりをしながら、魔族達のひとときのティータイムは過ぎ去っていった。
◇◆◇
『――魔力を失ったのは君たちの大事な仲間かな~それともそうでもないのかな~』
「くっ! こいつ!」
上空をふわふわと漂いながら小馬鹿にするような物言いの魔物らしきそれに、アンジェが憤慨し剣を抜くが、俺は慌ててそれを止めた。
「待ってくれアンジェ! あいつは何かを俺たちに伝えようとしてる可能性が高い、ここは――」
そこまで言うと、むぅ、と唸りながらもアンジェは一旦剣を鞘に戻した。
腹ただしいのは俺も一緒だが、ここで短気をおこしてはメリッサの身がより危険に晒される可能性がある。
それに……この声、俺の記憶が確かなら前にゴールドを追い詰めた際に現れたあの魔族のものだ。
『怖いよね~魔失症。放っておくと死に至るし~おまけにここの出入口は仕掛けを作動した時点で閉ざされて出ることは不可能さ』
「!? 出ることは不可能だと?」
「ちょ、ちょっとうち見てくる!」
慌てた様子でカラーナが確認に走る。
それにしても……放っておいてはメリッサの身体が持たないというのに……そんな状況で閉じ込められたりしたら――
『でもそんな君達に朗報~なんと! この仕掛けを解いた事で奥の閉ざされていた扉が開いたんだけどね~その中にいる相手を倒す事が出来れば出入口も開かれるし、ちょっとした贈り物も用意してあるよ。それを使えばお仲間も助かるかもね~まぁもしいらない仲間ならそのまま殺しちゃってもいいのかもだけど、どっちにしろそれを倒さないと先には進め――』
その瞬間アンジェの放った斬撃が目玉の化け物を両断した。
どこから声を出していたかは知らないが、人の神経を逆撫でし続けた目玉は地面に落ち、言葉をなくしピクピクと震えている。
「……すまないヒット。どうしても聞くに耐えることが出来なかったのだ」
アンジェが俺を振り返り、深々と頭を下げ謝罪の言葉を述べてきた。
「いや、もしアンジェがやらなかったら俺がやってたかもしれない。それに必要な情報は聞けたしな」
「ボス~やっぱ駄目や! 扉閉まっとる!」
「どうやら、厄介な事になってしまったようですね……」
「主様! 駄目ですよあまり無理をしては!」
カラーナが戻ってきて報告してくれたが、やはり駄目か……
そしてコアンに支えられながらシャドウもやってきた。
「どちらにせよもう時間があまりない。とにかく開いている筈の扉の先に行くしかないな」
「確かにな……どんな罠が潜んでるかも判らないが、そんなことを言っている場合ではないだろう」
その通りだ。罠という意味では、メリッサをこんな目に遭わせたこれに気が付かなかった時点で失態だったわけだしな……
思えばメリッサは、もしかしたら俺と同じく何かをこの仕掛けに感じていたのかもしれない。
だから敢えて自分で……くそ! そんな事も見抜けなかったら自分に腹が立つ。
「ボス! 何か罠があっても、うちが見抜いたるから安心してな!」
「ニャーコも勿論協力するにゃん」
「……フェンリィも任せて言ってる」
「アンッ! アンッ!」
「ありがとうみんな……」
全員にお礼を言い、俺はメリッサをそっと床におろした。
「待っててな。必ず助けるから」
「……彼女の事は私がしっかり見ておきますよ。この状態じゃ私もお役に立てそうにありませんしね」
「……仕方無い。主様がそうおっしゃるなら私もしっかり見ておくとしよう」
そうだな。シャドウとメリッサがこの状態だ、コアンがいてくれるのは助かる。
さっきの目玉みたいに魔物がもしかしたら潜んでるという可能性もあるしな。
「よし! それじゃあ早速扉の向こうへ急ごう!」
俺がそう口にすると全員が頷き、あの固く閉ざされていた扉の前まで向かった。
相変わらず頑強そうな鉄の扉だったが、取っ手を掴み引くと、さっきまでの硬さが嘘のようにあっさり開かれる。
そして全員で門を抜けるとすぐに上りの階段とぶつかる。
どうやら床が数段分高くなってるようだ。
おかげで上らない限りは先がどうなってるかを確認する事が出来ない。
仕方ないので全員で階段を駆け上がり、上りきったところで俺はすぐに黒目を動かし状況を確認。
部屋はドライゴーンとも戦った円形の部屋より数倍広く、その真中に何者かが佇んでいた。
まるで闘技場にでも来たかのようなそんな雰囲気。
だが――
「あれは、人か?」
思わず疑問の声が口に出る。
「確かに見た目はそうだが……ただ灰色の人間など私は見たことがないがな」
疑問に答えるようにアンジェが応じた。
空間の中心に立つその男(見た目からして男で間違いないだろう)は鋼鉄製の板金鎧に身を包まれ、両刃の戦斧を柄を上に向けて床に立てている。
上背がかなり高く、筋骨隆々という言葉がぴったりはまる様相。
そこまでだと屈強な戦士といった感じなのだが――アンジェの言うように体色が灰色であり、短髪の髪も瞳の色でさえも灰色だ。
確かにこれを普通に人として見るには無理があるだろう。
「なんやあれ。薄気味悪いやっちゃな……」
「でも見た目は人にゃん」
「……色だけ、違う」
「グルルルルゥ――」
フェンリィだけはかなり興奮状態だな。
何かを感じ取っているのかもしれないが、しかし――
「あんたが俺たちの相手をするのか? 出来れば時間もないし無駄な戦闘は避けたいんだが」
見た目が人である以上、話が通じるならそれが一番だと思い、俺はその男に語りかけるが。
「……殺ス、殺ス! 侵入者ハ殺ス! グァアアァアアァアアァアア!」
……どうやら俺の考えは甘かったようだな――




