第13話 続・ギンギンミミック
「ご、ご主人様……」
「あ、あぁ――」
今、俺達は揃ってニャーコの見つけた宝部屋でポーズを取り続けるそいつを見続けている。
基本とにかく先を急ぎ皆との合流を目指していた俺達だが、途中でニャーコが、
「この壁なんか怪しいにゃん」
と言い出して隠し部屋を見つけたのがきっかけだが。
どうやら俺の知ってるのとは少し変わっていて、ダンジョン内でちょっとしたお宝みたいのはこういった隠し部屋に置かれてる事が多いらしい。
まぁ確かにその辺の通路にぽんっと財宝やら宝箱が置かれているわけもないしな。
まぁそんなわけで、部屋に無造作に置いてあったお宝にはそれなりの価値があるのも含まれていたのだが――ぽつんと一つだけ置いてあった宝箱にニャーコが近づき蓋を開けた瞬間、中から丸太のような腕が伸びニャーコを捕まえに掛かったのである。
シノビでもあるニャーコは間一髪のところでなんとか回避したけどな――しかしその直後、今度は宝箱から筋肉質の身体が姿を見せ、俺達の前に現れた形だ。
「あ、あれはミミックのようですご主人様」
鑑定が終わり頬を真っ赤に染めたメリッサが、顔を背け俺に伝えてくる。
てか、あれがミミック?
俺の知ってるのと違いすぎるんだが……ちなみに俺の知識では、ミミックは宝箱型の魔物で、箱のままピョンピョンはねて相手に近づき蓋の部分で噛み付いて攻撃してくる――そんな奴だ。
それが、だ。目の前のミミックは宝箱部分が頭となり人のような筋肉ムキムキな胴体を持つ化け物へと変化している。
しかも裸だ――おまけに股間の一部がギンギンだ。
メリッサが恥ずかしさのあまり目を逸らすのも当然だろう。
「ヒット様。思うにこの魔物、相当危険な相手ですよ」
「みればわかるわ!」
俺の後ろから投げつけられたシャドウの言葉に、思わず唸るように言い返す。
こんな変態、危険以外の何物でもないだろ。
「むぅ、それにしても中々立派にゃん。もしかしてヒットにゃんよりも凄いにゃんか?」
「いや、今それ関係あるか?」
半眼でニャーコに問い返す。特に返事を期待しているわけでもないがな。
俺との比較は――別にどうでもいいだろう。
しかもそんなやり取りしている間に、ミミックは何か戦闘の構えのようなものを取り始めている。
向こうは俄然やる気だな。
まぁだからこそ、こんな変態を遂げたんだろうが。
見た目は本当にヘンタイって感じだけどな。
とはいえ――魔物を狩るのも視野に入れて探索しているんだ。
ここで逃げるわけにもいかないだろうし、こんな魔物を放置しておくのは色々衛生上良くない気もする。
だからとっとと片付けよう。でないとメリッサにも目の毒すぎる。
「俺が先に前に出る! ニャーコはサポート頼む!」
「にゃ、にゃん!」
俺の掛け声にニャーコが反応を見せ、それを両耳で聞き届けながら、正面で妙に様になってる型を見せているヘンタイに向かっていく。
本当は遠距離からスパイラルヘヴィクロスボウで様子見できればいいんだが、今はドワンに預けてしまっているからな。
まぁあのままだといちいちマジックバッグから出したりする手間があるから、察しのいい相手だと使いづらい一面があったからな――
それはそうとして、俺は鞘から愛用しているセイコウキテンを取り出し様子見で右の刃を横薙ぎに振るう。
それをバックステップで避けようとするミミックだが、そこはキャンセルで相手の動作を中断させることで初撃がクリーンヒット――だが筋肉の壁は思ったより厚い。
三分の二程度は食い込んだがそこまでだ。
しかもこいつ一切出血してない……どうなってる?
「ヒット様上です! 気をつけて!」
シャドウの声に、上? と疑問に思いながら顔を上げる。
すると敵の拳が俺の頭蓋目掛けて振り下ろされ――て! あぶねぇ!
キャンセルする暇もなかったので、後ろに転がるようにしながら拳を回避。
片膝で立ち、視線を相手に合わせるが――ミミックの左腕が無くなり開いた宝箱の口から左の拳が振り下ろされていた……
なんだこのシュールな絵面、気持ち悪すぎだろ――
「ご、ご主人様! あ、あの、あののっ――」
メリッサが何かを伝えようとしているがどもってしまい上手く発せていない。
ミミックの見た目がこれだから上手く頭が回らないのか――
て! そんな事考えていたらミミックが突然勢い良くかけ出した。
思ったよりダッシュが速い! しかもその方向にはメリッサがいる。
俺が攻撃を避けた事で彼女との動線が開いてしまったか。
ニャーコのクナイがヒットするもお構いなしにメリッサに一直線。
思わずメリッサもビクリと顔を強ばらせるが――しかしその動きは強制的にキャンセルされる。
当然だ。あんなギンギンのヘンタイ相手するのに何もしてないわけがないだろ。
メリッサから数歩分先にはキャンセルトラップを仕掛けておいた。
そして相手の動きが一瞬でも止まれば――
「そこからは俺のターンだ!」
ステップキャンセルでミミックの真横に移動し、照準を合わせる。
ふたつの刃を引き、そこから回転を加え放つ一撃――ダブルスクリュードライブをお見舞いする。
一点集中の攻撃力で言えば現状持つ技で最大の威力を発揮する技。
どんなに頑強な筋肉でもこれは通るはず。
更にクイックキャンセルも組み込み、本来放つまでに溜めが必要なこの技を間髪入れず三連続で叩きこむ!
俺の双剣がドリルのようなギュルギュルという音を奏で、奴の身体を穿つ。
刃は鍔が密着するぐらいまで入り込んだ。
これなら流石にダメージはあるか、とそう思ったのだが――
ミミックが剛強な腕を振り上げる。
咄嗟の事でまともに喰らってしまい、身体が宙に浮いた。
鋼鉄のハンマーで殴られたかのような衝撃。
だが、ダメージはそうでもない。ドワンの手で改良してもらった胸当てで衝撃吸収力が上がっているのも幸いしているのかもしれない。
とりあえず体勢を立て直すため、後方宙返りを決めつつも着地。
ミミックの注意がこちらに向けられた。
俺の攻撃はまるで通じてないようだが、それでも俺に対する敵対心は強まったようだな。
そして俺に注意を向けすぎて横からくる追撃には気がついていない。
ミミックの側面からは影で創られた槍、更に跳躍して己の術の間合いまで近づいたニャーコが印を結ぶ。
先ずは影槍が魔物の脇腹に突き刺さり、そしてニャーコの口から噴出された炎がその身を焦がした。
これで今度こそダメージに繋がるか? と思ったがミミックに特に変化は――いや! ニャーコの攻撃によって箱の部分以外の全身に引火し、火達磨になった。
だが、それでも全く動じず、こっちに向かってきて炎の拳で攻撃してくる。
なんだこいつ! しぶとすぎだろ!
ミミックの炎にまみれた蹴りが豪快な音を残し通り過ぎていった。
火の粉が舞い上がりちょっとした熱が肌を伝う。
更に頭部分から飛び出た拳が危なく空中のニャーコに当たるところだった。
猫特有の柔軟さで上手く躱してたけどな。
「ご、ご主人様! そのミミックは頭の宝箱が本体です! ですからソレ以外へのダメージは全く意味がなく、それに身体が油まみれなので炎を与えると逆に厄介な事に――」
「にゃあ! そういうことは早くいうにゃ!」
「ご、ごめんなさい。し、思考が追いつかなくて――」
メリッサ――いや、これは仕方がないだろう。こんなヘンタイミミック、しかもギンギン状態の姿を見せられたら落ち着けという方が無理がある。
「とにかく弱点は判ったんだ! 本体を狙うぞ!」
「了解にゃん!」
俺とニャーコはミミックの左右から挟撃を図る。
「では私もこれでいくとしますか」
横目でシャドウの動きを確認する。するとその手に影で創られた鎖付きの鉄球が現れ、ミミックの頭に向けて放たれた。
あんなものまで作れるんだな……そしてニャーコは風の輪を生み出し相手に向けて投擲する。
メリッサの言うとおり、どうやらミミックにとって頭が急所なのは確かなようで、ふたりの攻撃から身を守ろうと腕を振り上げガード体勢へ――だが、ある程度予測がついたので、キャンセルで守りを崩す。
シャドウの鉄球とニャーコの投擲が見事に命中。
宝箱の部分に罅が入り、蓋の一部がスパッ! と切断された。
ミミックがここで初めてよろめき、動きが鈍る。
だが倒すにはもう一撃必要だろう。
なので俺は新たに覚えた技を試すことにする。
さっき奴にダブルスクリュードライブを放った直後、頭に閃くような形で武器スキルが脳裏を過った。
だからここで試してやる。両腕を胸の前で交差させるようにし、地面を蹴りあげ腕を前に突き出すと同時に自らを鋭く回転させながら、弾丸のごとく勢いでミミックの顔めがけ突き進む。
ジャイロスライサーそれがこの技の名前。
達人級の武器スキルで直線上の相手にダメージを与えていく。
勿論捻じりを加えた突撃は頑強な装甲を崩すほどの威力も秘めており――双剣がミミックの頭に触れた瞬間バキバキッ! という破壊音が周囲に広がり、そして見事ミミックの本来を粉々に粉砕した。
俺はそのまま地面に着地し、今トドメを刺したと思われる相手を振り返る。
頭をなくしたミミックの胴体は、程なくして細かい粒子状の光と変わり霧散して消え去った。
「やりました! 流石ご主人様です!」
「にゃんにゃん。ヒットもやるもんだにゃ」
「確かに今の技は見事でしたね」
三人から賞賛の言葉を受け、少し照れつつも俺は皆を振り返り親指を立ててみせる。
まぁ先にシャドウとニャーコがダメージを与えていてくれた事も大きいんだけどな――
◇◆◇
「くっ! この変態め!」
ミミックの拳を躱し、アンジェは頬を紅く染めながらも気合を込めた剣戟をそのボディに叩きこむ。
厚い筋肉に守られた身体ではあるが、ウィンガルグとの組み合わせによって生まれた風の刃はその肌を、肉を、見事なまでに斬り裂いた。
が、しかし魔物には一切怯む様子がない。
ダメージなど全くないかのようである。
「……フェンリィ、あれに噛み付く」
そして少し離れた位置で様子を見ていたセイラは、地面に下り唸り声を上げている相棒に命じた。
その指の先には――ギンギンに熱り立った塔が聳え立っている。
それにフェンリィは――セイラを見上げプルプルと首を左右に振った。
唸り声も鳴りを潜め、クゥンクゥン、と泣きつくような瞳を主に注ぐ。
どうやらそれだけは嫌だという事らしい。
何せフェンリィは神獣とて雌。雄のあんなものに食いつくなど勘弁願いたいのだろう。
「……フェンリィ――やる」
しかしセイラは容赦がなかった。ワイルドウィップのスキルまで使用し、とにかくいけ、甘えるな、と目で訴える。
このあたりは流石スパルタ飼育士といったところか。
「え~いこんなもの!」
しかしそこにフェンリィにとっては僥倖ともいえるコアンの一撃。
その手に持たれたナイフがギンギンのそれを切りつけたのだ。
男であれば見ただけで悶絶しそうな一撃である。
だが――
「ダメやコアン! それはブラフや!」
カラーナの警告。そしてコアンも、え? と眉を顰める。
何せコアンの振り下ろした刃はミミックのそれに弾き返されてしまったのだから。
刹那――狙っていたかのごとくミミックの豪腕がコアンに迫る。
完全にカウンターを取られてしまった形であり、いくらアサシンのコアンでも、このままでは攻撃をうけること必死。
思わず歯を食いしばり、一撃に耐えようとするが――ぐいっ! と何かに引かれ間一髪敵の攻撃から逃れる事が出来た。
「大丈夫かコアン?」
「あ、アンジェさん。忝ないです――」
「気にすることはない。危ない時には助け合うのが仲間というものだ」
アンジェの見せる微笑みに、照れくさそうに頬を染めるコアン。
そして、思い出したで! とカラーナのナイフを使った投擲がミミックの顔である宝箱部分に命中する。
するとミミックが僅かに怯んで見せた。
「ミミックはあの宝箱部分が本体やねん! それ以外は攻撃しても無駄や! 特にそのギンギンになっとるんは攻撃を惹きつけるための餌やからな、気ぃつけや」
「そ、そういうことは早くいえ!」
コアンが抗議するが、堪忍堪忍、とカラーナが右手を上げ。
「それじゃあ弱点も思い出したとこで一気に決めよか。セイラは魔法使うなら炎はダメや! あの魔物身体油みたいの纏わりついとるから炎で引火すんねん。そのくせダメージはないから厄介なだけや」
「……わかった」
「アンッ!」
「では私もその弱点目掛けて最高の技を食らわしてやろう」
「私もこんなヘンタイいつまでも見ていたくありません! 主様にも早く合流せねば!」
「よっしゃ! そうときまれば――一斉攻撃や!」
こうして全員の放った最大級の攻撃を弱点に喰らったミミックは、結果為す術もなく破壊され、見事四人は勝利をおさめる事に成功したのだった――




