第8話 魔物の襲来
けたたましい轟音と共に飛び出して来た巨大なそれは、一瞬にして俺の目の前を横切り反対側の壁を穿ち再び壁の中へと姿を消した。
全員がその場から飛び退いた為、最初の一波では被害は出なかったが――にしてもこんなところでまた魔獣に出会えるとはな。
相手はかなりの速度で通りすぎてはいったが、その姿はしっかり視認する事が出来た。
無数の節を持ち芋虫のような見た目。
太く長い胴体の先端には牛を数頭纏めて飲み込めるほどな円状の口が備わっている。
その口腔は常に開ききっていて、その中には無数の牙が敷き詰められていた。
この魔物の名称はクローラー。牙を開いた状態で相手を飲み込み、その直後に無数の牙で磨り潰しミンチにいて飲み込んでしまうという恐ろしい魔物だ。
攻撃は単純だが、獲物を見つけた時の動きが素早く、またこの状況みたいに土竜のように穴を開け一旦身を隠してから再び現れるという動きを繰り返すので捕捉しにくい――
と、そんな事を考えている間に壁を刳り猛威をふるう。
カラーナ、ニャーコ、コアンの三人が狙われるが、身軽な乙女達は既の所で避け再び巨体が壁の中に潜ってしまう。
「これは噂には聞いたことあるがクローラーか。しかし厄介な!」
「ご主人様、動きが速すぎて鑑定が間に合いません」
アンジェが苦虫を噛み潰したかのような表情で声を張り上げた。
メリッサはなんとか鑑定しようと試みているようだが、壁に潜ってしまうこの魔物を鑑定するのは厳しいだろう。
「メリッサ無理はするな! このクローラーは確かあの口で獲物を捕食するぐらいしか攻撃手段を持っていない筈だ! そこにだけ気をつけて胴体を狙おう!」
「やったらボス! 次出てきたら一斉攻撃やな!」
「にゃん! 任せるにゃん!」
「主様は絶対に私がお守りいたします! あんな醜悪な化け物にやられてたまるものですか!」
「音が近い――来るぞ!」
それぞれが武器を構え、またニャーコは印を次々と組んでいき、セイラは詠唱を既に始めている。
アンジェもウィンガルグを剣に纏わせ臨戦態勢だ。
もちろん俺も双剣を構え反撃に転ずるよう相手が出てくるであろう壁を見据える。
「グォオオオオォオオオオ!」
三度目は咆哮と共に訪れた。空気が振動し、身が竦む思い。
並の冒険者ならば、これで動きを止めその間に捕食されてしまうところだろう。
だが、ここにいるメンバーは全員その程度で怯むような脆弱な心は持ち合わせていない。
そして俺も三度目になれば多少は目も慣れてくる。
三度の突撃も空を切り、ガラ空きになった胴体へ、アンジェによる風の剣戟が、セイラの魔法が、ニャーコの忍術が、コアンの暗殺剣にカラーナの投げナイフが、そして俺の双剣が一斉に降り注ぐ――が、硬い! 闘双剣で切れ味の上がった俺の斬撃もあっさりと弾かれてしまった。
「なんや全くダメージなしかいな!」
「にゃ~忍術もさっぱりにゃ……」
「くっ! 私の剣術も通さないとは――」
攻撃をした皆の表情にも狼狽の色が窺える。
だが――これは予定外だな。俺の知識だけでは対処が……ここはやはり。
「メリッサ! 相手を目で追うことは可能か!」
「は、はいそれならなんとか――」
よし、だったら。
俺はメリッサへ、次に出てきた時にインサイトアイを発動して貰うよう告げる。
そして――四度目の突撃。予定通りメリッサに鑑定を使用してもらい、それを俺のチャージキャンセルで待ち時間なしで発動させる。
「み、視えました! このクローラーは皮膚は確かに頑強なようですが、節目の部分は比較的柔らかいようです! それと――この魔物動き始めてからは時間が経つ毎に速度が上がるようです! 気をつけてください!」
「よくやったぞメリッサ! よしだったら次で一気に決めて」
「ボス危ない!」
な!? 轟音が広がったかと思えば俺の目の前にクローラーの口が! 弾かれたように横に飛ぶが完全回避は無理で軽くかすってしまい――かと思えば俺の身が端の壁に激突していた。
くぅ……掠っただけでこれかよ。
「ご主人様!」
「ヒット! そんな!?」
「だ、大丈夫だ、大した事はない。それより皆気をつけろ既にかなり速度が上がってる!」
俺は声を張り上げて警笛を鳴らす。
何せ感覚的には既に新幹線並だ。あんなのまともにくらったら飲み込まれる以前の問題だ。
しかし――あの速さで節目を狙って攻撃するのはかなり厳しそうだ。
弱点が判ったとはいえ当てられなければ意味が無い。
キャンセルでといいたいところだが、俺のスキルでは一発一発の攻撃の動きをキャンセルで止める事は可能だが、突撃のようなタイプだと動き始めでもない限りキャンセルしても意味が無い。
これがスキルであればスキルキャンセルで強制的に止めることも出来ただろうが、このクローラーにとってはただの攻撃だしな……
「皆様。ここは私がこの魔物の攻撃を引き付けます。ですから仕留めるご準備を」
次の攻撃が迫る僅かな合間、俺が脳をフル回転させて対策を考えていたところに、シャドウの思わぬ宣言。
「な、何をおっしゃるのですか主様! そんなこ――」
当然のごとくコアンがその提案を否定しようとするが――シャドウの笑みが消えた事で、何か打開策を講ずろうとしている事を察したのであろう。
そして俺もそれを察することが出来た。
他の皆も同じ気持だろう。
そして再び壁の破壊音が広がり、巨大な魔物が大口を開いたまま迫る。
俺達はコアンを含めて一斉に飛び退くが、シャドウだけはその場で跪くようにしながら全く逃げる素振りを見せず……しかもクローラーの動線上にいた為、当然の如くその矛先は黒衣装に包まれたその身に向けられる。
一直線に動いていたクローラーの節々が、シャドウを喰らおうと下がり、そして地面ごとシャドウの影を飲み込んだ。
いや、正確にはシャドウの影人形を飲み込んだ。
クローラーからしてみたら、やっとありつけたと思った餌が口に含んだ瞬間消えさり、狐につままれたかのような気分だろ。
まぁ尤もそんな事を思う知能があれば、もう少し慎重に行動したかもしれないが――
何せこのクローラーときたら、あれだけ壁に穴をあけまくっていたにも関わらず、地面に関しては胴体の三分の一ほどめり込んだところで動きを完全に止めてしまったのだ。
これは失態以外の何物でもなく、そして俺達からしてみれば――
「チャンス到来! いくぞ!」
「オッケーやボス!」
「当然だな!」
「今度こそニャーコの術をみせてやるにゃん!」
「……フェンリィ」
「アンッ!」
俺が声を掛けると同時にコアン以外の全員が応じ、一斉にクローラーに向けて攻撃を仕掛けた。
コアンは念のためシャドウ本体の守りに徹しているようだな。
まぁ当の本人は、クローラーから離れた位置でしてやったりって顔を見せているが。
兎にも角にも動きさえ止めてしまえばこっちのもの。
カラーナが空中からの短剣技スカイOで弱点を切り裂き、ニャーコが風印の術・輪で追撃。
セイラが鞭を振るいワイルドウィップでフェンリィの能力を上昇させた所で、風を纏ったフェンリィが突進。
この時点でクローラーの胴体が四分の一ほど切断されボトボトと落下。
そこへアンジェのパワートルネードが放たれ小型の竜巻に乗りながら斬り上げられた一撃で更に切断された胴体が舞い上がる。
「ギイィイイィイイィイイイイィイイイイ!」
けたたましい鳴き声を上げ、ようやく残った部分が頭を上げた。
既にその全長は半分以下にまでなってしまっているが、かといって逃げる意思も怯える様子もないのは本能で生きる故か。
だが、そうやって俺に向かって頭を擡げてる時点でもう遅い。
身体の大部分を失った上、一度動きを止めたクローラーはどうやら再起動までに随分と時間が掛かるようだ。
だから俺は特に苦労することもなく、トドメの一撃をその頭の直ぐ下の節目に叩きこむことが出来た。
闘双剣で切れ味を向上させ、双剣技のハリケンスライサーをクイックキャンセルと合わせて瞬時に五回叩き込む。
その瞬間クローラーの肉厚の頭が宙を舞い、そして勢い良く落下し重低音混じりに地面を揺らした。
残った部位は暫くはしぶとく蠢き続けたが、それも程なくして止み、ただの肉塊と化した――
「それにしてもよく気がついたなシャドウ。このクローラーが地面は掘れないなんて」
「なんとなくでしたけどね。ずっと壁から壁ばかりを行き来していたので不自然に思ったのです」
そう言われてみると確かにな。本来のクローラーは地面にも潜るから俺もそれを前提で考えていたが、どうやらここの地面は奥の方の地盤がかなり固いようだ。
「主様の洞察力を持ってすれば、この程度の事造作も無いこと。お前の浅慮な脳と一緒にはしないことだな」
……何故かコアンが得意げだ。いや、それだけシャドウを慕っているって事か。
「何言うてんねん! ボスかてあれぐらいもう少しで気づいていたに決まっとるやろ。なぁボス~」
カラーナが俺を擁護するように言ってくるが、俺は別に気にしてないぞ。
それに気がつけたかは正直微妙だ。俺はどうも元のゲームで得てる知識に引っ張られすぎているところがあるのかもしれない。
この魔物は節が弱点というのも元のゲームではなかった設定だしな。
むしろ力押しで何とかなっていたわけだし。
「俺はそんな大したものじゃないさ。弱点だってメリッサがいてくれたおかげでわかったわけだしな。本当助かったよメリッサ」
「そんなご主人様、勿体無いお言葉でございます」
恭しく頭を下げてメリッサが言う。時折見せるこういう所作は、やはり元貴族の令嬢らしい美しさがあるな。
「それにセイラも大分フェンリィとのコンビネーションが良くなっているな。さっきの一撃も相当練度が上がってるように思うし」
「……フェンリィ、毎日頑張っている」
うん、確かに。この滞在期間も密かにセイラとフェンリィで特訓を繰り返していたのを俺も知ってるしな。
だから俺は、なんとなく再びセイラの腕の中に収まっていたフェンリィに近づきポフッ、と頭に手を置きなでなでしてみる。
毛並みもまた良くなってるような……戦闘のあとでもフサフサだし手触りが良い。
フェンリィも気持ちが良いのか目を細めて嬉しそうだ。
て、うん? 何かセイラが俺の顔を見上げるようにして……相変わらず感情の変化に乏しい感じではあるが、俺はなんとなくフェンリィからセイラに手を移し、サラサラの髪の毛を撫でてみる。
「……ん――」
なんかセイラも目を細めてフェンリィみたいに、て! 何をしてるんだ俺は! つ、つい手が伸びてしまった。
「ま、まぁともかく魔物は倒せて良かったな」
俺は腕を引っ込め誤魔化すように口にする。
あれ? なんかアンジェがチラチラとこっちをみてるような……
「……ま、まぁ確かにそうだな。騎士としてこのような化け物を放っておくわけにもいかぬし!」
アンジェが顔を逸し腕を組み、少し険のある口調で述べた。
不機嫌そうなのは気のせいか?
「アンジェもボスに撫でて欲しいならそうい――」
「ば、馬鹿な事を言うな! 誰がそんな事を言った!」
カラーナの言葉を途中で遮るようにアンジェが叫んだ。
目を尖らせてカラーナを睨めつけている。
「にゃん。それにしても結局ここはクローラーがいただけかにゃん? なんか残念な気分にゃんね」
ニャーコが耳を寝かせそんな事を言う。
確かに貴重なお宝が! とカラーナみたいに言うわけではないが、実際これだけというのはな。
ダンジョンというには少々寂しい気もする。
「……それはどうでしょうか。正直私はまだ気になりますけどね。勿論以前探索に来たという冒険者達は皆この魔物にやられてしまったのは間違いないと思うのですが――カラーナはどうですか? 何か感じませんか?」
どうやらシャドウは、ここにまだ何かあると踏んでいるようだな。
そしてそれを調べるのは、盗賊系のジョブ持ちであるカラーナの領分だとも。
「どうやらまだ気になることがあるんだな。カラーナなにか判るか?」
「う~んそやね、うちも気になる事はあるねん。例えば地盤が壁に比べてここまで固いことなんかもちょっと妙やねん。もしかして――」
そういいながらカラーナは壁に近づき、目で手で耳で確認し始める。
壁を叩き何か怪しい点がないかチェックしているようだ。
俺達はその行動を静かに見守り続けるが――
「ん? これもしかして……」
「何かあったか?」
カラーナの様子を目にし、俺が尋ねると首だけ巡らせ俺達に向けて応える。
「多分この奥に隙間ちゅうかちょっとした空洞があるねん。ちょい待ち――」
首を戻し再び壁を見据え、そして怪しいと思った箇所を重点的に調べ始め――
「これや!」
声を張り上げ壁の一部分を手で押し込んだ。
するとまるでスイッチのようにそこが引込み、ゴゴゴッ、と何かの物語の如く岩の壁が横にスライドし隠されていた通路が姿を見せる。
それは大人一人分が入れるぐらいの隙間であったが、地面には下へと続く階段が口を開き続けていた――




