第7話 三日目のダンジョン
「なんだ新しく出来たダンジョンがあるのか? それならそうと早く言ってくれればいいものを」
シャドウの話を聞いていたアンジェが口を挟んできた。
不満そうでもないが、水臭いといった雰囲気は感じられる。
最初に比べるとアンジェも大分シャドウに打ち解けてるみたいだからな。
「まぁそこは実際にそこまでいけるか? といった部分もありましたので。ただ今日のこの調子ならおそらく大丈夫でしょう。ですが一応地震の後ダンジョンが出来てから結構な日にちは経っています。危険な可能性もありますので請けるかどうかの判断はお任せしますよ。尤も誰かがいかなければ魔物が溢れ続ける可能性もありますから、その場合は他の手筈も考えなければいけませんが」
「ふぅ……全くそこまで言われて断るわけにはいかないだろう。それにどっちにしろ今回の任務のメインは魔物の駆除だしな放っておくわけにはいかない」
軽く息を吐き出しながらアンジェがやれやれと述べる。
俺もそれに頷いて同意し。
「アンジェのいう通りだな。それにこのまま何もしないでいるのも心苦しい。シャドウの話し方だとそのダンジョンは俺達がいかないと厳しいのだろう?」
俺が訊くと、黒いハットの鍔に指を掛けながら薄っすらと笑みを浮かべ、察しが良くて助かります、と口にした。
「盗賊ギルドとのツテで噂は流れてきてましてね。ノースアーツにも冒険者ギルドはありましたが、そこから依頼を請けた冒険者が数多く挑んだようなのですが、生きて帰ったものはいなかったそうです」
「え? そ、それってかなり危険なのでは――」
メリッサが不安そうに声を漏らす。そしてきゅっと俺の手を握りしめてきた。
柔らかくてすべすべしていて、いやそんな事を考えている場合でもないが。
「ちょい待ち! それって逆に言えば新しいダンジョンのお宝はまだ持ち出されていないって事ちゃうの?」
「えぇそうなりますね。ふふっ、やはりカラーナはあの方に育てられただけありますね。そういったものに目がない辺りそっくりです」
口に指を添え何かを思い出したようにシャドウがいった。
あの方――確か以前カラーナから聞いたが、元々捨て子だったカラーナを引き取って父親代わりをしてくれたのが有名な盗賊だったとか――今は置き手紙を残してどこかにいってしまったらしいがな。
シャドウが言っているのはその育ての親の事で間違いないだろう。
話しぶりを聞くにトレジャーハンター的な事もしていたのかもしれない。
「新しく出来たダンジョンは貴重なお宝が眠ってるもんやからね。う~んなんか急にワクワクしてきたわ! ボス! 当然ダンジョン攻略もするんやろ?」
興奮した様子で俺の腕に胸を押し付けながら尋ねてくるカラーナ。
いや、そんな事しなくても……いや悪い気はしないけどな。
「カラーナ、これは自己の欲を満たすための任務と違うぞ。我々はこのアーツ地方の人々の為にな――」
「あぁそういうのは女騎士さんに任せるわ。うちとボスはお宝メインで」
「え!? 俺もか!?」
「そりゃそうやろ~え? ボス心躍らんの? お宝やで、お・た・か・ら」
……まぁそういわれれば全く興味が無いといえば嘘になるけどな――
「そ、それは少しは――」
「ほら! 決まりや!」
「いや、しかしそんな不純な目的で!」
「あ~本当かったいわ! そんなんやからボスとも進展しないんちゃうの?」
「な! ヒットの事は関係ないだろ!」
「ま、まぁまぁふたりとも」
俺が応えると、カラーナが喜びアンジェが反発し、そこから何故か俺の話に戻り、アンジェが顔を真赤にさせて吠え、そしてメリッサが窘めた。
まぁ――なんかこのやりとりも落ち着いて見れる俺は、どうやらすっかり慣れたらしい。
「……魔物倒す、宝手に入れる、ダンジョン攻略する……」
ふとセイラがボソリと呟いた。するとぴたりと皆の動きが止まり。
「……うん、まぁそういう事やね」
「うむ、取り乱してしまってなんか恥ずかしいな……」
「流石セイラちゃんです」
「アンッ!」
うん確かに彼女のおかげで助かったな。
「それにしても皆様はいつも楽しそうですね」
「全く騒がしいことです。シャドウ様本当にこのような者達に任せて宜しいのですか?」
コアンが俺たちを指さしながら怪訝そうに言う。
それに大してシャドウは乾いた笑みを浮かべた。
いや! 何か言えよ!
「てか相変わらずあんな美女に囲まれて――」
「羨ましすぎだよな……」
「あいつと俺たちと何が違うってんだ」
「バカお前! そうはいってもヒットは街を救った英雄だぞ! あぁ見えて!」
なんかやたら持ち上げられるのも勘弁して欲しかったが、かといってこう嫉妬と妬みの篭った目で見られるのも嫌になるな……あぁ見えてって――
◇◆◇
二日目の夜も特に何事も無く終わり、明朝から山を下り、途中向かってくる魔物を冒険者や盗賊達が返り討ちにするという流れを繰り返しつつ、俺達は三日目の陣地となるノースアーツの街に辿り着いた。
まぁ元々街だったと言ったほうがしっくり来るけどな――生き残りなどは居るはずもないし、どこもかしこも建物は倒壊して見る影もない。
一応シャドウによると領主だった伯爵の屋敷が街の中心の高台の上にあったという事ではあったが、過去形から判るように、そこも、もう屋敷といえるような状況ではないようだ。
それにシャドウ曰く、一度キルビルと一緒に来ていてその時にまぁ、遺産という形で貰えるものはもらったらしい。
それを資金源にしてセントラルアーツで貴族の振りをしたり金貸しをしたりもしていたようだ。
尤もその時は、出来るだけ目立たず戦いは避けながら移動していたらしいが。
そんなわけで、今回もメンバーをそれぞれ割り振り周囲の討伐に向かわせてたが――俺たちに関しては別の仕事が待っている。
「昨晩話したダンジョンはここから北、ノースアーツの砦がある位置から少し東に向かった岩山沿いにあります。そんなに離れていないので徒歩でも十分いけるでしょう」
「そうか。まぁそれはいいんだが……シャドウも行く気なのか?」
俺達が準備していると、シャドウ、コアン、そして何故かニャーコも同じようにダンジョンにいく準備のような物を始めだした。
だから聞いては見たんだけどな。
「えぇ。馬車の見張りにはシャドウナイトをつけておきますし、こっちにはマリーンとダイアに付いていてもらいますから」
にこにこと楽しそうに言う。戦闘向きじゃないとかいいながら結構ノリノリだなシャドウ。
そんな会話をしつつ、準備も整ったところで出発することにする。
ステップキャンセルを使えればいいんだが、全部で八人だからな。
流石にそうなるとちょっとキツイ。効果範囲で考えると俺のは一度に五人が限度だ。
だから素直に歩いて行く。まぁ片道一時間ちょっとぐらいで着く距離だしな――
◇◆◇
「ここがその入口ですね」
「あぁ、まぁ確かにまんま洞窟の入り口って感じだな」
「う~ん、なんかこれだけ見るぶんには、あんまお宝が眠ってる空気を感じへんけどな……」
「貴様! 主様のご案内でここまでこれたくせに文句を言う気か!」
シャドウの案内で砦のある岩山を登り、中腹あたりに存在するその入口を認め、カラーナが若干残念そうに言うとコアンが噛み付き、それをシャドウが窘めた。
とは言え、俺が感想で述べたように見た目は普通に洞窟の入口って感じだな。
ただ岸壁は崩れて抉れたようになっていて、確かに元々あったものが出てきたと言っても納得できそうな状態ではある。
「でもちょっと不気味な雰囲気は感じますね――」
こちらに向かって大きな口を開け続ける闇穴を目にしながら、メリッサがおどおどした口調で述べる。
穴の大きさは幅は大人ふたりが通れるほど、高さも俺でも直立したまま入れるぐらいの余裕はある。
中は大分暗そうで、ジメッとした空気が外に漏出していて、あまり入り心地はよくなさそうだ。
「しかしここで何もせず見ていてもしかたがないだろう。とにかく入り、人々に危害を及ぼすような魔物がいるなら斬り伏せねばならん」
宝剣の鍔に指を掛けながらアンジェが言う。
やはり騎士だけに、こういった場では生真面目さが前面に出ている。
「にゃんにゃん。アンジェの言うとおりにゃん。さっさと中に入ってみるにゃん」
ニャーコはどことなく陽気であまり緊張感を感じさせない。
猫耳だけにそこが猫っぽいといえば猫っぽいが。
「じゃあシャドウ入るとするか」
「そうですね。では皆様油断なされぬよう――」
全員をみやると、皆も特に問題はなさそうなので、取り敢えずは俺が先頭になって洞窟へと脚を踏み入れた。
中はやはり薄暗いが、後ろから淡い光が届き前を照らした。
一顧するとシャドウが魔導灯を片手に照らしてくれている。
流石に準備がいいな。
そのまま暫く洞窟を歩き続ける。中は大人ふたりが並んで歩ける幅が保たれ、うねりながら進む一本道だ。
傾斜があり、角度で言えば完全に下っている形。
暫く歩くがこれといった障害もなく進む。
思ったよりも張り合いがないな。魔物も全く出てくる気配がない。
「これ、ほんまダンジョンなん? お宝の気配も全く感じないんやけど」
「うむ、お宝はともかく魔物すら出てこないな」
「本来は何もないほうがいいんでしょうけどね……」
「……一本道」
「アフゥン」
セイラの腕に抱きかかえられてるフェンリィも、欠伸してしまってるぐらい何もないな……
「シャドウ、これで本当に何人も冒険者が挑戦したのか?」
「そうですね。尤も私はその当時にはもう家を出てましたから、話で聞いただけですが」
首を巡らせシャドウに問うが、少しおどけた感じに返された。
確証はないって事か……ただ、シャドウがそんな不確定な事で動くとも思えないけどな。
と、そんな事を思っていたら道の勾配がなくなり平坦な地面が続き、更に歩みを続けると――
「奥が広くなってるみたいだな……」
「う~ん、もしかしたらお宝隠されてるかも知れへんねボス!」
カラーナのテンションが上がる。流石盗賊だけに現金だな。
「さて! それじゃあうちの出番やな。前歩くでボス」
「ん? あぁそうか。でも気をつけてな」
「心配してくれてるん?」
クルッと振り返り腰を少し屈め上目遣いに訪ねてくる。
くっ、不意打ちとは卑怯な! 可愛いぞ!
「カ、カラーナの腕は皆信用してる! そうだろヒット?」
「え? あ、あぁまぁな」
アンジェを見ると腕を組み眉を顰めている。
メリッサも苦笑いだ。
「うちボスに訊いたんやけど……まぁえぇか。ちょっと待っててな」
言ってカラーナが広くなってる手前の壁際に背中を預け中を覗きこんだ。
それから数秒様子を窺っているようだったが、こちらを振り返り問題無いと手招きしてくる。
「ほんま、なんかただ広い空洞って感じやな。おまけにどん詰まりやし」
空洞に脚を踏み入れカラーナが詰まらなさそうにぼやいた。
首の後に両手を回し、ぷらぷらと歩きながら辺りを見回す。
広さはセントラルアーツの広場より一回り大きいぐらいか。
歪な円形で、端から端まで俺の歩幅で二十歩ぶんぐらいといったところだろう。
ただ高さは見上げるぐらいにはある。それぐらい入り口から下ってきたという事か。
「シャドウ。流石にこれはあてが外れたんちゃう?」
「う~ん、ですが、何か奇妙は空気を感じるんですよね」
「流石主様! このコアンもここにはきっと何かあると思います! 三流盗賊ではそれがわからないのです」
「はぁ!? 誰が三流やねん!」
「別に誰とは言ってませんが? おや? ご自分で認めてらっしゃるのですね」
「な!? は、腹立つガキやな! シャドウなんでこんなん傍においといてんねん!」
「ま、まぁまぁカラーナ」
俺は額に手を当てつつ嘆息をついてしまう。
メリッサが一生懸命仲裁してくれてはいるがな。
「ヒットにゃんも中々大変やね」
「……ニャーコに同情されると余計悲しくなるな」
「なんかそれ酷くないかにゃん?」
顔を眇めたニャーコに文句を言われた。
しかしそれを受け流しつつ、改めて空洞内をみやる。
特に何もなさそうに見えるんだが……ただ確かに何かが不自然な気がするな。
「これは――」
するとアンジェが身を屈め、ひょいと何かを拾い上げた。
俺もアンジェに近づきそれを確認する。
「欠片? 白い? てかこれって……」
「あぁヒット。おそらくこれは――人の骨だ。これはもしかし、て!?」
その時、視界が上下に激しくぶれる。足元が震え――洞窟全体が揺れているのか。
まさかまた地震か? と考えるも、何か奇妙な音が空洞の外側から聞こえてくる。
まさかこれは――
「なんやこれ! また地震!?」
「違う! これは地震ではない! 気をつけろ! 何かが来る!」
アンジェの口から緊迫した声が飛び出す。
洞窟の外側からは確かに、ゴゴゴゴッ、と土を刳りながら掘り進むような重苦しい響き、そして、耳を貫くような異常な鳴き声を上げながら、壁を突き破りそれが飛び出してきた――




