第4話 魔物狩り
馬車が七台、ある程度の間隔をあけながらも街道を進み、ノースアーツを目指した。
そして一日目の野営ポイントに辿り着く。
そこから各人が戦闘の準備を整え、その間に回復役でもあるシスターやパースンが魔除けの祈りを捧げた。
馬車の近くに魔物が寄らないようにと思ってのことだろう。
ただ、馬車には馬車で街を出る前にエリンギが用意してくれた魔導器が取り付けられている。
説明では魔物にしかわからない強力な波動を発しているらしい。
その為魔物からだと馬車が強力な魔獣に視えてしまう効果があるようだ。
魔物を近づけさせないために最適といえる。勿論確実なものでもなく、中には無視して近づいてくる魔物もいるだろうから油断は禁物だが。
ただ魔除けの祈りとの組み合わせで、いきなり囲まれるような目には遭わないで済みそうだけどな。
「ヒット達はあまり前には出ないんだって?」
「あぁ。今回俺達はあくまでサポート。勿論危ないようなら手は出すけどな」
近づいてきたダンに応対する。彼は以前ドワンからの依頼で材料を運ぶために鉱山に向かっていた途中、魔物に襲われていたのを助けたことをきっかけで知り合った。
その隣には彼のパートナーであるエニーの姿がある。
相変わらず仲が良さそうだな。
「確かにヒットさんに頼ってばかりもいられないですものね。それにダン、私達だってあれから随分と腕を上げたつもりです。高位職にもつけましたしね。頑張らないと」
「うむ、確かにそうだな」
ふたりとも俺と出会った当初はダンがソードマンで、エニーがマジシャンだった。
だが今はここ一ヶ月の魔物狩りやダンジョンに潜ったりといった経験を経て、ダンはフェンサー、エニーがソルシエといった一段階上のジョブにクラスチェンジしている。
ソルシエに関しては精神系の魔法が使用できるジョブで、相手を眠らせたり混乱させたりが可能だ。
また味方への補助として使える魔法もある。
「皆さん準備は整いましたか? 基本的には五人一組で行動するようにしてください。範囲は――」
シャドウが地図を取り出し、パーティーを組んだメンバーに探索範囲を伝えていく。
俺達に関しては基本的には馬車の護衛、それはシャドウ達も一緒だ。
ただニャーコに関しては単独の自由行動が許された。
シノビの身のこなしを買われた形で、彼女自身調査の目的もあるので、どこか危なそうな部隊がいたら手助けするような形を取るらしい。
シャドウはシャドウで例のスキルで鴉を創り、状況を常に把握するよう務める。
ニャーコが援護してもダメな場合は俺達が出ることになるだろう。
「燃えよ燃えよ心よ燃えよ。勇ましき戦士偉大なる戦士、さぁ立ち向かえ恐れるものは何もない――【ファイト】!」
エニーがそれぞれのパーティーのリーダーを任された人物に魔法を掛けていく。
あれは心を強くする魔法だったな。勇気が湧き上がり怯まなくなる。
流石に全員に掛ける程の魔力はないだろうから、リーダー限定にしてるわけだな。
俺の方は基本護衛だからいざというときの為に遠慮しておいた。
ちなみにソルシエの魔法は、リインフォーサーの使う強化魔法より持続時間が長い。
だから逆にリインフォーサーを加えてるパーティーは戦闘直前までは使用しない方針みたいだな。
さて、それぞれの準備も整ったみたいだな。
俺達は暫くはここで控えてる形になるが、初日だしスムーズに事が進むといいけどな。
◇◆◇
「で、いきなりこれかよ」
ダンが苦虫を噛み潰したような顔でボソリと呟いた。
ダンとエニー、それに三人の冒険者を加えたパーティーは、野営地点から西側を担当していた。
このパーティーでは経験とランクからダンがリーダーとして務めている。
しかし――街道から西側に見えていた森に入って数十メートル進んだ先で早速魔物、オークの集団に囲まれたのである。
「数は一〇……二〇ってところか。いきなりの出迎えご苦労なこって」
「ど! どうしますか!? これは助けを呼んだほうが……」
後衛を任されている女シューターが狼狽した様子で意見した。
肩も若干震えている。何せ女性にとってオークはその性質上、かなり悍ましい相手と言えるだろう。
何せ奴らは人間の女を好んで犯し、子種を植え付けるのだから。
「気持ちはわかるが、こんなことでびびってたんじゃこの先やってられないぜ。確かに数は多いが所詮はオークだ」
「そうねダン。ここで助けを求めてなんていたらヒットさんに笑われてしまうわ」
そういいつつエニーは新調したミスリルの杖を掲げる。ドワーフのドワンに作ってもらったこの杖は、まだ使い始めて間もないにも関わらずよく手に馴染む。
「まぁだが安心しろ。この程度は俺が一人で一〇、いや二〇はやってやる!」
「ケヒヒッ! それじゃあオレたちの出番がなくなっちまうぜ」
奇妙な笑い声を上げながらローグの男が言う。
面構えといい、笑い方といい、どうみても悪人といった雰囲気な男だ。
実際盗賊ギルドのメンバーでもある。だが彼とて今やセントラルアーツを復興させようと奮闘する仲間の一人だ。
「まぁとはいえ、このような愚物が相手ならば女は下がっていると良いだろう。この私の拳でひき肉にしてくれる」
ガタイの良いクンファーの男が前に出て鼻息を荒くした。
武器など持たず素手ゴロで挑む気まんまんだが、彼の拳は岩をも砕く。その筋肉こそが何よりの武器と彼は語る。
「折角こういってくれてるんだし壁役は彼らに任せましょう。私と貴方は魔法と弓で彼らが惹きつけている間に全滅させてしまいましょうよ」
「おいおいエニーそりゃないぜ。俺達はただの囮かよ」
「まぁ餌ってところね」
このやりとりにシューターの女も思わずクスリと笑みを零した。もう肩の震えも収まっている。
だが、面白く無いのは周囲のオーク達であろう。人数的には圧倒的に有利な状況にも関わらず獲物は軽口を叩き合ってるのだから。
そしてオーク達は今にも飛びかかってきそうな雰囲気でもある。
この豚顔の魔物達の中には錆びついた剣や斧を手に持っているのもいる。
また全員ではないがボロボロでも鎧のような物を装備している物もいた。
しかし半分以上は裸で、武器も岩を砕いただけのような代物や棍棒を手にしているのが多い。
中にはメンバー内の女性を粘ばつくように見据え、興奮して露出したいちもつが肥大化してしまっているのもいる。
戦いの場は周囲を木々に囲まれているが、それほど密は深くはなく、彼らが立っている場所も開けている方なので視界は悪くない。
とは言え、何せ二メートル程の身長を有すオークが二十体だ。
その圧はかなりのもので少々暑苦しいぐらいだ。
「このまま囲まれてても仕方ない! 俺が切り開く! 続け!」
機先を制したのはダンだ。だがこれは好手であった。今にも突撃してきそうなオークの出鼻を挫けたのは大きい。
十歩の距離を瞬時に詰め、愛用の剣アースバスタードを振り下ろす。
これはバスタードソードに土の魔鉱石を組み合わせ頑強に鍛えあげられたものだ。
威力もそうだが刃こぼれがしにくい。
ダンの放った一撃は大剣スキルの一刀両断。
その名の通りオークの頭蓋から股下までを見事に切り裂いてみせる。
左右に割れた豚人の間からみえるは、攻めこまれた事にようやく気がついたオークが棍棒を振り上げているところ。
しかしダンは構うことなくオークの駄肉の間をすり抜け、今度は思いっきり手持ちの剣を振り上げた。
剣戟を浴び腹が裂け腸が飛び出したまま僅かに浮き上がる。
しぶといオークはこれではまだ死ぬことはない。しかしそこから手首を返し流れるように振り下ろす。
斬り上げから斬り落としまで連続で行うブレイバー。大剣による名人級のスキルである。
そして当然この一撃には耐えれるはずもなく二匹目のオークも絶命した。
「だ・か・ら、ひとりで全部殺る気かよ! ケヒェー!」
ローグの男はオークの一匹に跳びかかり二本の短剣を使用しその喉を掻き切った。
ダンのような派手なやり方ではないが殺すだけならこれでも十分である。
殺ったことを認めた後はその大きな腹を蹴りあげ後ろから迫るオークを飛び越えつつ回転しながら脳天を切り裂いた。
短剣スキルであるスカイO。空中からOの字を描くように切りつける技である。
「どうした! この程度か! そのなりで俺の筋肉一つ傷つける事叶わぬか!」
クンファーの拳が、蹴りが、オークの腹部にめり込み、陰茎を潰し、頭蓋を蹴り割っていく。
流石全身これ凶器といいのけるだけある。
だがオークも素手相手に遅れをとってたまるか! と防具を装備したオークが近づき両手斧を振り上げた。
「甘いわ!」
しかしカウンターで気合の乗った掌底がオークの鎧に打ち込まれる。
鎧を着ている上からでは意味が無いように思えたが――ぐらりとオークが傾倒し、そこへかかと落としを叩き込みトドメをさした。
クンファーの固有スキルである掌打は防具越しにダメージを与える事が出来る。
こうして三人の勇敢な戦士によって肉壁が崩れ、その間をシューターの彼女とエニーが走りぬけ、戦闘準備に入った。
弓を番えトリプルアローによる三連射とレインアローによる矢の雨でオーク共を仕留め――
「全てを恐れよ、全てを屠れよ、その眼に移るは全て敵ぞ、殺らねば殺られる、逃げても逃げてもそれは追う。解放願うならひたすら藻掻け――【パニッシュ】!」
エニーは精神魔法を使用しオークの何匹かに混乱の症状を引き起こさせる。
敵と味方の区別がつかなくなったオーク達が暴れだし、オーク共が混乱をきたす。
「廻れ廻れ火の輪、動け動け倒れぬように、ここは火輪の走る道、ここは火輪の通り道、邪魔するならば容赦なし、焔に轢かれ魂まで焦がせ――【フレイムホイール】」
更にエニーの魔法は続く。上級魔法であるフレイムホイールを唱え、炎に包まれた車輪を走らせ、次々とオーク共を轢き、同時に炎が纏わりつき次々とこんがりといい感じになった焼き豚に変えていく。
「何だ。結局女性陣にいいところは持って行かれた感じだな」
最後のオークを斬り裂いたところでダンが愚痴るように零した。
二十匹いたオークは見事に全員倒されたが殺した数は結局エニーが一番多かったのだ。
更に弓使いの彼女が与えたダメージもかなりのものであった。
その残骸を眺めながらダンは肩をすくめるも全員を見回し言った。
「まぁいい、この調子でどんどん狩っていくぞ!」




