第3話 シャドウの考え
「つまり今回の任務では私達はあまり動く必要がないという事か?」
アンジェが怪訝な顔でシャドウに問う。
「まぁそうですね。勿論想定外の相手が出てきた場合は、皆様を盾に全力で全員退却させて頂きますが」
おいおい……と、思わず俺が眉を顰める。
するとシャドウが笑みを崩さずこちたに顔を向け言った。
「ご不満ですか? いやしかしヒット様の御力があれば先ずやられることはないと思っております。これも信頼しているからこそですよ」
「信頼ねぇ……」
俺は細めた瞳でシャドウをみやった。やはりにこにこした表情は崩れていない。
嘘でも冗談でもなく本気でそう思ってるようだな。
「でもシャドウ。なんでうちらがメインじゃあかんねん? ボスが動いたほうが魔物狩りもスムーズやろ」
「このあたりの魔物も、ご主人様のお力でかなり減りました。ノースアーツでも遺憾なく実力が発揮されると思うのですが――」
ここでカラーナとメリッサがシャドウに意見する。
俺の事を思っての事だろうが、あまり持ち上げられるのもなんともむず痒い。
「勿論ヒット様の力も重々承知です。アンジェ様の実力もね。でもだからこそ、今回の件に関しては少し自重しておいてもらいたいのです」
「それはどうしてだ?」
騎士のアンジェが疑問符混じりの顔で問い返す。
「ここセントラルアーツでは、村の立て直しと農耕地の再生を出来るだけ早く行う必要がありました。だからこそ皆様の力も存分に発揮していただき感謝もしてます。しかしノースアーツに関しては、皆様も知っての通り大量の魔物によって滅ぼされ、今や魔物の巣窟と化している状態です。この辺りにはいない強力な魔物が生まれている可能性も高いでしょう」
「やったら尚の事――」
「だからこそ今回の滞在期間だけで全てが解決できるとは思っておりません」
カラーナが言い切る前に、シャドウがきっぱりとした口調で言葉を重ねる。
「その事を考慮してこそ必要なのが今後の指針。今回の遠征でどのぐらいの期間と戦力を割り当てればノースアーツの魔物を人が住める程度まで駆除しきれるか、それをしっかり見極める必要があります。勿論ヒット様とアンジェ様にも、この件が全て解決するまで協力して頂けるというのなら話は別ですが――」
そこまで聞いて俺はシャドウのいわんとしていることを理解した。
それはアンジェも一緒だろう。
「……察して頂けたようですね。先ずアンジェ様は今はまだ私達に協力していただけてはおりますが、そろそろあれからひと月。王国側から何かしらの返事が届いでもおかしくないでしょう。そしてその内容次第では王都に戻る必要がある。ヒット様に関しても、この街の生まれでもない本来自由な身の上です。いつこの街を去っても文句は言えません」
「なんやシャドウ。ボスの事を信用してないんかい」
カラーナが不満そうに述べるが、シャドウは肩を竦め。
「元々私はそこまで人を信用するタイプではありませんよ。それに一応今は街を任されている身ですからね。都合の良い考え方よりも悪い事の方を考慮していかないと」
「いや、確かにシャドウの言うとおりだな。つまり今回に関しては俺たちを基準に考えるわけにはいかないって事だろ? いついなくなるか判らない物に頼っていたら、いなくなってしまった時に後がないからな」
「そのとおりです。その上ヒット様の能力は換えの効かない唯一無二の物。その場その場では頼りにしてますが当てには出来ないのですよ」
つまりさっきシャドウが言っていたような盾にする事などには役立てようとしているが、今後の戦力としては期待していないってわけか。
まぁそれぐらいはっきり言ってもらったほうが清々しいけどな。
「確かに私も王国から帰還命令が来たならば戻る必要がある。ただ、私ごときの力でそこまで何かが変わるとは思えないが――しかしヒットに関してはそのとおりだな。ヒットが引き受けたことを途中で投げ出すような男とは思えないが、それでもヒットに頼りきって、いざ動けなくなってしまったときに何も出来ないようでは困るだろう」
何かアンジェの俺に対する評価は怖いぐらいだな……いや確かに引き受けて投げ出すことはないけどな。
「そういうことです。ですがいざと言う時は勿論頼りにしてますよ。それに報酬分はしっかり働いてもらう必要がありますから」
そういって再びシャドウが笑みを湛える。
報酬か……これはこの周辺の魔物を狩るときにもしっかり支払われていたものだ。
俺は最初は遠慮したんだけどな。正直そんな報酬を貰うような状況でもないわけだし。
ただシャドウ曰く、お金事態は割りと余っているらしい。
確かにゴールドの件で、銀行の金庫からお金を全て奪い五〇億ゴルドは手にしてるわけだからな。
その内不当に搾取されていた分は生き残った皆に返したようだが、ただこの状況じゃ皆お金を使う当てが無いって感じだ。
まぁそういう状況ではあるが、あって困るものでもないし報酬はしっかり受け取って欲しいとシャドウに言われ受け取ることにしている。
『タダで何かをやってもらうという事はやられる側からすれば恩を売られているようなもの、それは場合によっては弱みに繋がります。タダより怖いものは無いのですよ』
これが報酬を断る俺に告げられたシャドウの言葉だったな。
だからこそお互いが対等の関係でいるためには対価を支払う必要があると――そういう事らしい。
まぁとはいえこれはアンジェには当てはまらなかったようだけどな。
実際アンジェは断固として報酬を受け取ろうとはせず、ここはシャドウも引いたらしい。
王国の正騎士たるもの困っている人々を助けるのは至極当然! との事だ。
彼女の場合は、それを受け取ってしまうと後々非難の対象にされる可能性もあるわけだしな。
「シャトー様。冒険者に盗賊、それに騎士合わせて二〇名の準備整いました」
「ヒット様もお揃いで。我々も含めてこれで三十名揃いましたな」
「おおヒットにゃんも一緒にゃん。よろしくにゃん」
俺達が会話を続けていると、今はシャドウの下で護衛を務める騎士のダイアとマーリンが報告に来た。
ついでにニャーコも一緒だ。彼女は元はこのセントラルアーツで受付嬢をしていた猫耳を生やした獣人だが、密かに王都の冒険者ギルドから派遣されていた受付嬢でもある。
色々ポンコツな部分もあるが、シノビのジョブをもっていて腕はわりと確かだ。
「なんか今失礼な事を考えていたにゃんか?」
て! なんかこういう時は妙に鋭いのな。
「き、気のせいだと思うぞ。それよりもニャーコも一緒にいくんだな」
俺が誤魔化すように言うと、腕を組み得意気に胸を張った。
こいつ結構いいもの持ってるんだよな……揺れてるし。
「一応ギルドの受付嬢としてはノースアーツの現状というのを知っておく必要があるにゃん。あ、勿論私も戦うにゃんよ。大虎に乗った気でいるにゃん」
……虎、猫だから虎って事か?
「マリーンも私の事はシャドウと呼んでくれればそれでいいんですがね」
「いえ! 主に仕える身としてそのような失礼な振る舞いは許されません」
「まぁマリーンは固いからな」
深々と頭を下げるマリーンとその横で苦笑いのダイア。
見てるとシャドウに対してダイアは多少は砕けてる感じか。でも俺に関しては様をつけてくるのは変わらないんだよな。
何か色々感謝をされてはいるようなんだが。
「主様を敬うのは下のものとしては当然。私の目の前で失礼な物言いなどしたなら――斬る!」
「こらこらダメですよコアン。そんな簡単に殺すとかは」
コアンが唸るように言う。
それにシャドウが宥めるように手を上下させてるが――殺すとは言ってない気がしたけど、なんか怖いな。
「皆様~~~~もう出られるのキャッ! イタタタ、あ、え~と……出られるのですね」
「みゃみゃ大丈夫?」
それぞれが馬車に乗り込もうとし始めた時、ドワンの妻であるエルフのエリンギと、その娘であるハーフエルフのエリンが見送りにやってきた。
それはいいとしてエリンギ盛大にコケてたな……娘に心配されてるけどメガネを直しながら大丈夫そうに振舞っている。
そんなエリンギは年齢的には俺達よりかなり上だが、長寿のエルフ族だけにとても若々しい。
見た目には少女のようですらある。普段から身につけているメガネもよく似合ってるしな。
なにもない所で転んだりとちょっとドジなのが玉に瑕だが。
そして娘のエリンはエリンで正直見た目には全くドワーフ成分を感じず可愛らしい。
まぁ体系的にも幼女なこの子は、いざ戦いとなると大の大人を拳一つで吹き飛ばしたり、精霊魔法で魔物の大群を蹴散らしたり出来るぐらいのハイブリッドでもあるのだが。
「これはこれはエリンギ様。いや今回はこの遠征の為に色々と魔導具の作成頂きありがとうございます」
「いえいえこういう時だからこそ協力を惜しむわけにはいきませんから」
シャドウが丁重にエリンギへお礼を述べている。
ふむ、どうやら今回の為にシャドウが色々と頼んでいたようだな。
「本当娘さん可愛いよな……」
「奥さんもあのドジっぷりがまたキュートだぜ」
「あれであのドワーフの嫁と娘だろ? 世の中絶対間違ってるぜ……」
そして見送りにきたふたりには男たちがメロメロだ。
一部嫉妬の声も混じってるが……
「何はともあれこれで準備は整いましたね。それでは皆さん馬車にお乗りください。出発すると致しましょう」
エリンギとの話もそこそこに、シャドウの号令で、おう! と気合の入った声が広場に轟く。そしてエルフ親子が見守る中、用意されていた馬車にそれぞれが乗車した。勿論俺達もな。
「ヒット様達もお気をつけくださいね」
「あぁ皆もいるし大丈夫さ」
「先生が作ってくれた道具も大切に使わせて頂きます」
「ふふっ、喜んでもらえてるようで嬉しいわ。メリッサちゃんも頑張ってね」
メリッサも改めてエリンギにお礼を述べてるな。
そういえば薬を作るための道具をまた新しく作ってもらったんだったな。
「みんにゃ頑張るなの!」
そしてエリンの声援にメンバー全員がどこかほんわかした雰囲気になる。
実際可愛いしなエリン……
「それではドワンにもよろしくお伝え下さい」
俺はふたりにそう伝えると、全員で馬車に乗り込んだ。
さてっと――それじゃあノースアーツに向けて出発するとしようか。




