第1話 復興のために
「あん、ボス……もっと、もっと右や」
「ん、こ、こっちかな?」
「ダメ! そこちゃうん――ん、左、そうそのままゆっくりと、優しく、ん……」
「えっと、俺もあまり慣れてなくてな……このあたり、か」
「そや、そうそこ、そこからぐっと、さ、さして! もっと腰を使って」
「こ、こうか?」
「ん、えぇよ、そっから一気に押しこむように――」
「こ、こうだな――よし! 入った! これで――」
「ん、流石ボスや、すっぽりと収まって、気持ち……えぇで――」
ん、というかあれだな……
「カラーナ……その、なんだ。もう少し普通に指示は出来ないもんか?」
「え? 普通やん。ほらばっちりやで。これでしっかり要石も収まってるやろ?」
……あぁ、まぁそうなんだけどな。
うん、というわけで俺とカラーナ、まぁ他にも作業してるのはいるんだけどな。
壊れた橋の復旧作業を行ってたわけだ。
ちなみに以前は木製だったが、それだと再び壊される可能性もあるしという事で石橋を掛けることになり、その作業中。
まぁようやくアーチ型の基礎が出来たってところでここから更に時間は掛かるんだろうけどな。
「おうヒット悪いな夫婦で手伝ってもらっちまって」
ボスご苦労さんや、とカラーナに汗を拭ってもらっていると、ドワンが相も変わらずの仏頂面でやってきてお礼を述べてくる。
ドワンは元々はセントラルアーツの街で鍛冶師と武器と防具の店を兼任していたドワーフだ。
珍しい事に彼は見た目幼気なエルフを妻とし、更にエリンというハーフの一人娘もいる。
そんなドワンだが、ドワーフだけに鍛冶の腕は一級品で、聞くところによると最高位のスミスマスターのジョブ持ちでもあったようだ。
どうりでドワンに鍛錬してもらった装備品の質がどれも向上しているわけだな。
まぁそれはそうとして――
「ドワン。俺たち夫婦じゃ……」
「えぇやん。うちはいつだってウェルカムやで!」
カラーナが俺の腕を取り、嬉しそうに絡みついてきた。
なんというかこのカラーナという美少女はいつもこんな感じで、なんとも積極的だ。
健康的な褐色の肌を有すこの娘は盗賊ギルドに登録していて、ギルドのマスターであるキルビルにかなり可愛がられていたりもする。
まぁわけあって今は俺の奴隷として一緒にいる状態ではあるけどな。
しかしまぁなんというか、彼女はスタイルも上々であり、そうやって密着されると大きめの胸が腕にあたりなんとも……いや、いかんいかん! 全くこんなお天道様が見ている時間から邪なことを考えては――
てか、ドワンの頬が若干緩んでる。基本ドワーフは頑固でしかも表情はいつも怒ってるような感じに見えるので取っ付きにくいと思われやすい。
だがある程度接すると、なんとなくその表情の変化がわかるようになってきたりもする。
まぁ俺の場合は普段からセイラで慣れてるっていうのもあるのかもしれないが。
そして今は、こうみえて俺たちのやりとりをニヤニヤしながら見てるってわけだ。
全く意外と意地が悪い。
それにしてもこんなところ他の皆には見られなくて良かったか。
特にアンジェにはな……いや、別に気にする事でもないのかもしれないがな。
「ところでヒット。そろそろ街に戻った方がいいんじゃないのか? 確か討伐隊として一緒に出るんだろ?」
橋の修復に携わっていた職人の一人が俺に声を掛けてきた。
そういえばもうそんな時間か。確かにそろそろセントラルアーツに戻らないといけないな。
「おう、だったら後は俺達に任せてふたりとも戻りな。元々主要な役目は狩りなんだしな」
そう言ってドワンが俺と作業を入れ替わる。橋の修復作業はドワンとその仲間の職人の何人かが一緒になってやっている。
彼の言うように俺の本来の役割は別にあったが、今日は午前中ちょっと時間が空いてたので、ここの作業をカラーナと手伝いに来ていた形だ。
アンジェやメリッサ、セイラは村の復旧の為に開墾作業を手伝ったり街中で建物の修繕なんかの作業にも関わってたりする。
アンジェなんかは他にも志願してシャドウの私兵となった者達に手解きしたりもしているな。
まぁそんなわけで、俺とカラーナは後の事をドワン達にまかせてセントラルアーツへと戻ることにする。
ステップキャンセルがあるからそれほど時間は掛けずに戻ることが可能だ、が。
「いや、カラーナ。もうそこまでぴったりくっつかなくてもスキルは使用可能なんだが……」
「えぇやん。折角ふたりっきりなんやしこれぐらい……それともボスうちに触れられるの嫌なん?」
「い、嫌なわけないがちょっと照れくさいんだが……」
背後から職人の視線が突き刺さってる感じもあるしな……
勿論俺としては全く悪い気はしないんだが――まぁいいとにかく急ごう、ステップキャンセル!
◇◆◇
「う~ん何度もみてるし、うちもなれてるつもりやけど、やっぱボスのこれは便利やね」
あっという間にセントラルアーツの東門に辿り着き、カラーナが感嘆の声を上げた。
ステップキャンセルというのは俺の持つキャンセルスキルの一つで、移動するという過程をキャンセルして移動した結果だけを残す能力だ。
まぁ瞬間移動みたいなものだな。このスキルも以前は自分一人か手をつないでいるものとしか使用できなかったが、ハイキャンセラーになった事で効果範囲内にいれば一緒にステップキャンセルで移動ができるようになった。
このおかげで、例えば馬車なんかに乗りながらでもステップキャンセルで高速移動が可能になっている。
また以前は移動する場所に視線を合わせる必要があったが、今はそれもイメージで使用が可能になった。
但し基本的な制限は変わっておらず、本来移動できない場所にはステップキャンセルでも移動は出来ない。
つまり移動を妨げる障害物などがある場合はそれをすり抜けるような事は不可能って事だ。
またあくまで過程をキャンセルしてるだけなので、移動した分の体力はしっかり減るし、使用する俺自身はスキルを使用した分の体力消費もプラスされる。
ちなみに一回の使用でキャンセル出来る距離は五〇〇メートル程度。
他にもジャンプする過程や落下する過程をステップキャンセルで省くことも可能だが、その場合はジャンプする場合は本来跳躍できる高さまで、落下は本来の落下ポイントまで、勿論落下の場合は着地した場合の衝撃はしっかり残る。
まぁそのあたりの制約を踏まえても使えるスキルである事にはかわりはないけどな。
「おおヒットの旦那ふたり仲良くお戻りかい。お熱いねぇ」
俺達が東門に近づくと、門の修繕作業中のダイモンが声を掛けてくる。
相変わらず強面な見た目の男だ。
だがその癖、実際はかなり気の小さな男でもある。
ダイモンは元々この街で衛兵を務めていた事もあってその為なのか門の件も任されている形だ。
この街には他に北門に南門と西門があるが、その中で一番破損が激しいのはこの東門だからな。
ダイモンだけでなく男手もかなり多い。
「勿論うちとボスはいつもラブラブやでぇ」
「お、おいカラーナ……」
カラーナが更に俺に寄り添ってきて肩に凭れ掛かるような形になる。
作業中の男たちの視線が一斉に突き刺さった。
ニヤニヤしてる物や殺意に近い眼差しをこちらに向けるのまでいる。
この街を解放した直後は英雄扱いでそれも落ち着かなかったが、最近はメリッサやセイラやアンジェも含めた女性陣に囲まれるような状況も多かっただけに、なんというか嫉妬みたいなものも向けられるようになってきてるな……
女性陣には個別にファンみたいのがついたというのも大きいのかもしれない。
「それにしてもダイモンもちゃんと仕事してるんやな。ちょっとうち驚いたわ」
「おいおい俺だってやるときゃやるんだぜ」
親指を自分に向けながら心外だとでも言わんばかりに返す。
そんなダイモンの周りを白い球体がぷかぷか浮かび上がりながら回っている。
ダイモンの召喚獣である霊獣モキューだ。
このダイモン、見た目はこんなのだが持っているジョブはサモナーだったりする。
なんでもお爺さんが割りと有名な召喚士だったらしい。
といっても本人は召喚士としての勉強に身を入れていたわけでもないので、今現在召喚できるのはこのモキューだけのようだが。
ちなみにモキューは攻撃能力を持たず、相手から攻撃を受けた時に分裂するという能力を持つだけだ。
ただ見た目が可愛いのでマスコット的人気が高く、街の女の子がよくみたり触ったりしていくらしい。
もしかして召喚してるのはそれが目的ってわけじゃないだろうな?
まぁとりあえず、ダイモンとの話もそこそこに俺たちは門を抜け街に入る。
街なかではあちらこちらからトンテンカンテンと作業の音が聞こえてきた。
改めて見回すが……あの戦いから今日で約一ヶ月、少しずつ復興の兆しは見えてきているが、それでもまだまだ戦いの爪痕が色濃く残っている。
俺がこの世界にきてからどのぐらいだろうか……俺、今はこの世界でヒットを名乗っているが、元々は地球という惑星の日本で暮らしていた。
だがその星は巨大隕石の衝突によって滅んでしまい――気がついたとき俺は地球最期の日までプレイしていたゲームとそっくりな世界にキャンセラーのジョブを持った状態で来てしまっていた。
そして俺は、セントラルアーツの伯爵である領主を殺し、領主として成りすましていた魔族のアルキフォンスや、その正体をしりつつ協力していた連中と対決し仲間の助けもあって見事勝利をおさめた。
だがその戦いで失った物も大きい。魔族を領主と信じて疑わなかった貴族達は人々を蔑み勝手気ままな振る舞いで苦しめてきたが、その影響で周辺の村や畑は疲弊し、魔族が生み出した魔物たちのお陰で街もボロボロに近いからだ。
まぁそんな貴族共は結局魔族に裏切られ魔物の餌にされたり魔物との掛けあわせに利用されたりしたみたいだけどな。
俺からすればそれも自業自得ともいえるが。
ただ、そんな色々なことが起きたこの街だが――
「ボ~ッス!」
「ん?」
気づいたらカラーナが俺の目の前に手をやり左右に振っていた。
「どないしたん? ぼ~っとして?」
「あ、あぁちょっと考え事しててな……うん、なんというか皆逞しいよな。この状況でも落ち込む事なく街を復興させようと頑張ってる」
「……そやね。まぁ元々スラムで生きていた皆は逞しいし、それに領主や貴族相手に解放軍だ! って挑んでたぐらいや。心の強さはガロウ王国でも屈指やとうちは思うで」
ニヒッと笑顔を見せ、どことなく誇らしげに言う。
確かに……そうかもしれないな。
「そうか……じゃあ皆のために俺たちも頑張らないとな」
「お~流石ボスや! やる気満々やね!」
いつでも元気なカラーナを見てるとなんとなくホッとするな。
この明るさに救われた事も多い。
と、そんな事を思っているうちに広場が近づいてきたな。
見たところもう大分集まってきているようだ。俺も気合入れていかないとな――




